Congratulations!
色々な意味でへたれサスケさんでごめんなさい…。















157円を払ってコンビニを後にした時、吸い込んだ空気は独特な雨の匂いを孕んで鼻腔に纏わりついた。涼やかな店内で冷やされた身体は外気に触れた途端、汗ばみシャツがべとりと肌に張り付く。
ポツリと、匂いにつられ仰ぎ見た空から、瞼に雫が落ちた。
―――つまんねぇ、空だな。
普段であれば、思わず見上げて足を止めるくらいの星が浮かんでいるはずなのに、今の空には絵の具で塗りつぶしたような、ただの黒しかない。
もう八月も目前だというのに、この悪天候は一体なんなんだろうか。例年であればもうとっくに梅雨明けをし、鬱陶しいほどに照らす太陽がお目見えしている時季だ。去年は既にお祭り騒ぎだった。毎年行われる花火大会が近場の河川敷で行われ、――嫌々ながらにも、自分は浮きだった笑みを噛殺してその日をアイツと待っていた頃になる。
なのに、毎日がこの空模様だ。時折見かける大会の宣伝ポスターにも覇気がない。

もともと素晴らしい星空に囲まれるほど澄んだ場所で暮らす覚えはなかった。自分には入学すべき高校の近郊であればどこでもいいと選んだ区域だ。だが、部屋から初めてアイツが夜空を覗き見た時、都内にしては十分な星に随分な笑顔を作ったのを思い出す。
ここを選んで正解だったと、どうしてかそう思った。
その考えは、今でも失われることはない。今、こうして、相手に対して癇癪を投げつけてしまった後でも、だ。

「早ぇな。……もう一年以上たつのか」




栄転を機に海外での永住を考えた両親に着いて行かなかったのは、そりの合わない親元から一刻も早く独立をしたかったからだ。別に成し遂げたい夢が日本にあったわけでも、愛着があったわけでもない。でも、日本という育ち慣れ親しんだ国から離れれば、異国語を一から学ばなければいけない自分は、今以上に親の庇護元に置かれる事は目に見えていた。
勝手な理想だけを押し付けられ、子供を自分達の(仕事の立場)の付属品ていどにしか考えられない親とこれ以上一緒にいる事は耐えられない。
常に優等であることを強要され反抗すら出来なかった生活は、苦痛と親への苛立ちしか生み出さなかった。

以前、なんのきっかけか忘れてしまったが、同居人に親との確執を話した事がある。
そんなものは甘えだとか、両親は両親なりにお前のことを思っている、んだとか。言われなくても理解はしているものを親戚一同に、散々諭された事が頭を過ぎった。
お前も、そう思うのか、それが正しいと言うのか。と半ば試しのように尋ねたようなものだ。――どこかで否定してくれればと淡い期待を持っていたのは嘘ではないけれど。同い年の奴らがこぞって言う言葉は、きっとどれも綺麗ごとだけを並べた親戚達と同意語に決まっている。

だが、アイツは尽く、全部を覆してくれた。
全部話し終わった後、軽く笑って『そういうの逆勘当って言うんだぜ、かっこいーじゃん』と笑った。
俺は俺なりに、歪んでいても両親の愛を理解して、それでも耐えられない部分を自分の意思で変えようとしている。

――オレは、自分の意思で自分の道を選ぶヤツの方が、すげぇって……知ってるから。

どうして、そこまで分かるんだと。同居し始めたばかりの自分を何故そこまで、と。

その時からだったのかもしれない。
こんなにも、相手の存在が常に胸内に沈殿して、一時も離れなくなったのは。





――わざわざ遠いコンビニにまで足を運んだってのに、結局はアイツのことばかりじゃねぇか。

自嘲に笑んで、サスケは来た道を帰した。都内といっても隣駅が県に属する街並は穏やかな民家を列ね、都心の喧騒など一つもない。
ふいにサイレンの音が突然こだまする。静かな夜中の道路では、遠くで響く音すら近所のものだと錯覚するほどに静寂に満ちている。きっと、先ほど自分が放った声もアパートの隣近所まで聞こえてしまったかもしれない。
足取りが、一段と重くなった。
ずるずると引きずるように足を持ち上げる。勢いで買ってしまったビニール袋の中身が無性に重く感じた。

分かっているのだ、自分が悪い……と思う。
そう分かっていても、放ってしまった言葉はもう二度と戻らないのだ。

もう幾度目かの溜息をこぼした時だった。一匹の猫が目の前を横切って先にある公園に走りこんでいった。あの白猫は確か、自分の住まうアパートの真向かいに住んでいた新婚が餌を与えていた猫だと、アイツが言っていた。だがその新婚も、つい最近別居し、今は夫だけが残っているという。だからだろう、餌を与えてくれる人がいなくなった猫が放浪しているのは。

『まあ、もとから野良猫みたいだから、心配はいらないんだと思うけど。オレ、何度か奥さんとしゃべったことあったから、なんか残念だってば。おしどり夫婦だったのになあ』

そう悲しそうな顔で出た言葉に、今更驚きはしない。
人付き合いが上手いヤツなんて、最初から分かっている。そして、誰もが人懐っこく邪気のない笑顔で笑うアイツに惹かれるのも。
自分には一生できない芸当だ。アイツは人との付き合いや関係というのを頭で考えて築いているのではなく、生まれ持った性分がそうさせる。損得なんて考えたことなどないのだろう。
だからこそ、こんなに自分は無駄な嫉妬心にかられなければいけなくなっているのだ。
胃が何個あったって、足りない。
勝手な、それこそ、本当に自分勝手な感情だと分かりきっているのに、――最近は抑えきる自信がなくなっている。




中央に高い電灯だけが建つ簡素な公園には、公衆トイレとベンチしか置かれていない。ベンチを確かめるように触れれば、幾分湿った感触が手のひらに伝った。濡れていなければ問題はないと、重くなった腰を落ち着かせる。
公園は静かだった。
ガサガサとビニールから取り出した音、プルトップをあける音、全てが耳につく。
初めて買ったビール缶からは、酒の匂いが酷く漂った。
酒など、未成年の自分が好きなわけがない。ただ尖った感情のまま飛び出し、ついコンビニで目にとまって買ってしまっただけだ。
いわゆる、自棄酒、というのを実行しようと思ったのだろう。けれど、結局、ビールは口に運ばれることもなくサスケの手の中におさまっている。

『ね!花火大会、OK貰ったんだって?ナルトから』

唐突に、見知らぬ女の声は、鮮明に鼓膜に訪れた。
部屋から飛び出し歩いている時は意図的に忘れようとしていたのに、ベンチに座り脳だけが働くようになって、すぐにこれだ。
その声の持ち主は私服の知らない女だったが、店員の制服を着込んで外で作業をしている女には見覚えがあった。背を向けていても姿や雰囲気は変わらない。
同居人であるナルトと同じコンビニで働く彼女を何度も見たことがある。
内気な少女だった。いつも頬を染めながら俯いた仕草でナルトを見つめている女だ。なんとなく結論づく。
今更ながらに、行かなければよかったなんて、遅いにも程がある。あのとき、試験が近い自分は休憩だと言い訳をこじつけてナルトのバイト先に向かった。それがいけなかった、いかなければよかった。であれば、こんなにも、罵りたくなるような狭量を突きつけられることはなかったのに。

たかだか花火だ。そう、世間で考えれば十七歳になる青少年が、野郎と二人で行くっていうのが間違ってる。アイツだって男だ。普段から女が遠のく男との同居なんかをしているのだから、彼女の一人くらい、今の時期できない方がおかしいだろう。
それが一般論だ。――ただ、自分がその世間一般論に該当しないのだと気づいたのは、アイツと出会ってからだったが。

わかっているのに、こんな自分の感情は異端であり、受け入れてしまってはいい結果など待っていないことくらい、分かっているのに。

この焦燥感は一体なんだ。

自分の中にこれ程の強い欲求がある事に驚いた。そして無知な自分は行き場のない感情を抑えきれずに結局は八つ当たりに近い形を招いてしまった。

「くそっ」

アルミの缶が、ぐしゃりと歪む。呑んでいない中身は行き場を失い、ボタリと砂利地に落ちた。
こんな自分が嫌だった。腹が立つ。
他人に無関心で、人との関わりが嫌いだった。誰かに自分を左右されるのも、影響を受けるのも嫌だったはずの自分が、アイツと出会ってから全て狂わされっぱなしだ。
その変化がいいことなのだと理解はできても、認めてしまうのとは違う。
結局、自分はもてあます気持ちを堂々巡りさせては、結論を出せずに隠すだけだ。

す、と外灯からの光が遮断された。影が視界に現れて、じゃりっと音を立てたと同時に足が見える。見慣れた靴。素足にスニーカー。
はあはあ、と息を弾ませた呼吸音だけが、あたりに響く。

「みーつけたっ!も、っ、こんなとこで、なにやってんだってば!不良少年!」

息も絶え絶えのところを見ると、飛び出した自分を追って直ぐに探したのだろうか。
それだけなのに、思わず顔が緩みそうになり、叱咤する。―――なんだか凄く自分が、滑稽だ。

「おーい?聞いてる?なあ、オレ気にしてないって、お前機嫌悪かったの知ってるから、――なんつか、むしろオレがごめん?」

顔を上げる前に、しゃがみこんだナルトが覗き込むように目線をあげて首を傾げた。
夜に映える、色だった。天然の蜜色の髪は汗と湿気で肌に吸い付いて、上気した頬が赤く染まっている。
なんで、そんな仕草をしやがるんだろう。どうして野郎である相手に、自分は目をそらなきゃいけねぇんだ。
――だいいち、なんでお前が謝る。

合わさった視線をあからさまにはずされたナルトは、何も言い返してこないサスケをまだ怒っているのかと勘違いし、頬を膨らませた。

「むかっ、シカトなの?ね、ちょっとサスケくーん?」
「…………」

うわあ、完璧無視だよ!と一人で額を叩いて嘆くナルトは、それでも負けずにじっとサスケを見つめる。
こんな真っ向からの、真っ青な目を……そうそう見つめ返せるヤツは、いないと思う。
数十秒、沈黙を置いて。ナルトはサスケがあさっての方ばかりを見ているのに一つ息を吐き出してから、俯いて呟いた。

「やっぱり、オレ、お前の邪魔なら部屋を出て」
「違うっつってんだろっ」
「………」
「……あ」

衝動的とは怖いものだと、心底思う。即答し、顔を見合わせてしまったサスケはばつが悪そうにまた横を向くしかない。
そんなサスケにナルトは笑みをこらえて肩を竦めると、わざとらしく大声で叫んだ。

「お前が帰るっていうまで、オレ、ここから動かねぇかんな!」








苛立っていた。昼にコンビニの外であの話を聞いてしまってからは、店内にいるナルトに会うこともなく家に直帰して机に向かった。もうじき期末テストも近い。今まで成績が優等であったのは天才と仄めかされるほどのことではなく、ただ勉強が好きなだけだ。無心で机と向き合っている時は親のことも忘れられた。だが、ナルトだけは違った。
ノートを開いていても、ペンを動かしていても、文字の羅列は頭に入ってくるのに、脳の奥まで染み込んで来ない。
ぽっかりと出来てしまった空間にナルトのことだけが浮かんで、全然勉強に身が入らないのだ。
ナルトを好きな女がいる。彼女は自分の知らない時間のナルトを知っている。そして、異性である彼女は気持ちを吐露出来る存在だ。
自分と違って。
小さなことがコツコツと頭に溜まって、最後はペンを投げてしまった。
苛々はテレビでも読書でも紛れることはなく、夜ナルトが帰ってきても、荒んだ感情はなおる気配が一向にない。
ナルトも帰ってきてから直ぐに気づいたのだろう。

『……なんか、機嫌悪い?』

と、もらしたが『別に』とそっけなく返ってきた返事に、それ以上口にする事はなかった。

夕飯は、コンビニで貰った賞味期限切れの弁当だった。いつもだったら、他愛ない話をしながら食を進めるのに、今日ばかりは互いに黙ったままだった。
サスケは一体何をしているんだと、自問する。が答えは出てこない。自分勝手に苛立ってもナルトを困らせるだけなのに、悶々する気持ちは黙っていないと何を言ってしまうか分からないからだ。

だが、食べ終わった弁当のパックを片付けている時だった。先ほどから、何か言いかけて口を開いたり噤んだりしているナルトが痺れを切らしたかのように、なあ、と声をかけてきた。
性格からして、こういう状況に耐えれないのだろう。ナルトはキッチンでゴミをわけているサスケに近寄ると、珍しく眉を顰めながら低い声音を出した。

『なあ、なんで不機嫌なんだってば?』
『……別に』
『別に、じゃねーよ!なに?オレ、なんかした?』
『……なにも』
『なにも、って……なんもない様子じゃないじゃん……お前』

人の動向にだけ人一番、敏感なナルトは心配して言ってくれているのだろうが、サスケには今、一番それが辛かった。
まさか、単なる嫉妬だなんて、気軽に言えるわけでもなく。だからといって自分を静めるすべを知らない。

ちらり、とナルトがサスケの部屋を振り返って、肩を落とす。いつも開いているはずのノートも教科書も閉じられていた。
シンクに寄りかかりながら、ナルトは溜息交じりに呟いた。

『試験、週末明けって言ってたよな?勉強も手付かずの悩みなんて、お前らしくないって――来年、受験生なんだろ?』
オレでよかったら、悩み聞くけど。

ガツン、と鈍器で殴られたようだった。
励ますように言ったナルトの言葉は、返って深く自分を抉った。

伝えられる悩みなら、もうとっくに言ってる。
お前には、わからないだろう。男を好きになって、それが四六時中一緒にいる同居人で。離れたくても忘れたくても、何一つ手放せない俺の気持ちなんて、

『――んねぇだろ』
『え?』
『お前には、わかんねぇだろっ!』
『……サスケ、』 
『学校も行かねぇで、自堕落な生活やってるお前に、いちいち言われたくねぇんだよ!』
『……!』

ついて出てしまった台詞に、思わずサスケは口許を押さえた。
何を言っていると自分自身を罵倒しても、一度放ってしまった言葉は二度と取り返しがつかない。
これは、ただの八つ当たりだ。
ナルトにはナルトの理由があって、高校にはいかずバイトで生活しているのを知っているのに。そこにはきっと、深い理由が存在しているのだと、気づいていたはずなのに。
言ってはいけない、台詞だった。
馬鹿もほどがある。

『……悪い、』
『あ、……いや、いいんだってば。なんか、お前本当に……調子悪い?』
『違う』
『あー……なんつーの、その、勉強の邪魔になるんだったら、……オレ、出てるけど?』
『違うっ!……悪い、俺が悪かったから、いいから、いろ!ここに!』

戸惑いがちに見つめるナルトの目を見返せなくて、勢いのまま部屋を飛び出す。

『へ?あ!ちょ、お前が出て行くのかよ!!!意味わかんねぇ!!』

後ろから、そうナルトの叫び声が聞こえたが、振り向かずに走り抜けた。時間が必要だと思ったからだ。
自分には、少し、頭を冷やすだけの時間が。








どのくらい、ベンチに座っていたのか。居心地の悪くない沈黙というのは随分と厄介なものだとサスケは思う。ナルトは来てからずっと隣に座ったまま、自分を黙って待っていた。時折、公園の前を通る車のライトが光の線を残していくのを追いかけるだけで、何も言ってはこない。
ふいに、ポツリポツリと徐々に空か落ちる雨の回数が増えてきたときだった。
ナルトはゆっくりと顔を上げると「雨、……多いな」と消えてしまう小さな声で呟いた。

「雨、嫌いだったか?」
「ううん、そうじゃねぇけどさ。あ、そりゃ晴れてるほうが好きだってば」
「そうだな、お前はそんな感じだ」
「……そんな感じってどんな感じだよっ。なんだか能天気野郎ってのが含まれてるような気がしてならないんだけど」
「すげぇな。大当たりだ」
「うわ!嬉しくねぇ!そんなん当たっても全然嬉しくねぇ!!」

すらりと返せた会話の応酬が、酷く不思議なものにサスケは思えた。他人の関わりを最小限にするために引いたラインをいとも簡単にナルトは飛び越えてしまう。
そしてどこかでもっと自分だけの領域に、他人と自分を境とするラインの奥の奥に、入り込んで嵌ってしまえと願っている。
俺しか見れないようになればいい。
伝えられない、きっと伝えては、壊れてしまうのを恐れているからだ。




隣にナルトが座ったときから、狭いベンチの上では小指だけが触れ合っていた。触れるというより、近くにありすぎて熱だけが伝っていた。その指に、自分の指の感触を与える。ナルトからすれば、ただ偶然あたっただけのものと感じるだろう、それでいい。
指だけに熱を感じて、サスケはナルトと同じように空を仰いだ。
覆っていた雲から、本格的な雨が降り出そうとしている。
汗をかいたばかりのナルトは、今濡れてしまうとすぐに風邪を引くかもしれない。サスケが立ち上がろうとした時だ。
ナルトは、空を見上げたままだった。

「今年の花火ん時は、晴れるといいな!サスケ、予定だけはちゃんと空けとけよ?」
「……――は?」

今度こそナルトの顔を見つめてしまう。なんと言っただろう、こいつは。もしかして、あの女を交えて一緒に行こうとでも言うのか?ふざけんな。

「女とよろしくやるんだろ?俺がいけるか、ドベ」
「…………―――はあ?」

今度はナルトが見返して、至近距離で見詰め合う格好になる。染めていない金髪はこんなにも綺麗で、こうやって真正面から見たのは、実は久々だったかもしれない。など。一瞬ずれた思考を戻し、サスケは自分よりも大分、間延びした声を出したナルトに再度言い寄った。

「お前、女と約束したんじゃねぇのか?」
「オンナ、って……あー、なんで知ってんの?」
「偶然聞こえたんだよ、行くんだろ?そいつと」
「へ、なんで?」
「な、んでって……」

『ね!花火大会、OK貰ったんだって?ナルトから』

もう一度思い返してみれば、……確かに、決定的な了解を得たという会話ではない、気がする。

という事は、自分の単なる勘違いなのか……、すると。
ほんっとうに、情けないにも程がある。

「オレ、誘われたけどさあ、先約あるじゃん。だから断った」

サスケの胸中を知らぬまま、ナルトはぽりぽりと頬を掻いた。それが照れたときの仕草なんだと本人は気づいていないらしい。単純そうで、実は知らないことばかりのナルトが見せる唯一の分かりやすい仕草を、サスケはいちいち指摘したりはしない。

「なんだよ、先約って」

だが先約、と聞いた途端、今度は誰と何の約束だよ。と真顔で顰めた面を晒したサスケは、見る間にナルトの眉がつりあがっていくのを目撃した。

「ばっかじゃねぇーの!!去年、お前とまた今年行くって、約束したじゃん!」

憤慨きわまりないとばかりに叫んだナルトは、今が夜中真っ最中だと気づいて直ぐに声音を抑える。そのためにシフトも空けたんだぞ、と目を眇めさせたナルトは、呆れたように肩を落とした。
そんな姿を横で見ながら、サスケは呆然とする。

いかにせん、祭りの最中は人ごみの多い中、はぐれないようにとずっと手を繋いでいたのだ。普段触れることのない手に、熱が集中してしまわないようにするのが必死で、会話なんて二の次だった。
―――……覚えてねぇよ。
さっきから、あまりの情けなさに、自己嫌悪すらする。
馬鹿は、俺じゃねぇか。





頭痛がする。額に手を置いて、サスケは背もたれに寄りかかり目を塞いだ。
歯止めの利かなくなっている感情そのままに、勝手に勘違いをした挙句にナルトに八つ当たりした。
自分が出た行動は、どこかお気に入りのおもちゃを取られる子供の心情と酷似していて、羞恥が身を包む。

けれど、こうやってぶつけてしまった身勝手な感情をナルトは寛容に受け止めてくれる。
『気にしてない』とここに来た時に告げたのは本心だろう。ナルトは学校で常に屯っているような連中より、時々大人びる瞬間がある。それは心の広さ、かもしれない、他人の気持ちを直ぐに察知できるからかもしれない。
ただ、それだけでも、自分よりナルトは他人との関わりを広い視野で経験してきた差だ。

自分は、ナルトを全然知らない。もちろん、ナルトに――この感情を含めて――自分の全てを教えてはいないけれど、一見入り込みやすそうなナルトのライン内は自分のものより強固だ。
事実、自分はナルトの過去を一度も聞かされてはいない。
ナルトが、自分だけを見てくれれば、と思った。でも、それにはナルトの内側、もっと深くに自分も立ちいらなければならない。
この持て余している気持ちがどんな結果を齎すかは、分からないけれど。互いに全てを晒せるようになったときに、もしかしたら違う結末も見えてくるような気もする。
それまでは、引きずっていよう。いい結果が待っているわけではないと分かっていても、当面、気持ちを消すことは不可能だ。少しずつでいいから、何の隔たりもなく心の内を曝け出せる関係になるまでは、温めていたい。初めて抱いた、想いだから。



「悪かった」

何かが吹っ切れたように、きっぱりとナルトに言ったサスケは、今度こそ立ち上がる。
雨脚の強まった中でちゃんと耳にした言葉に、口許を上げると悪戯っこのような笑みを見せた。

「なーお前が帰るっていってくんねぇと、オレもお前もこのまま濡れるんだけど」

気づけばもう、互いの服は水滴を吸い取ってずっしりと重みを増している。傘すら持たずに出てきてしまったのだから、早く帰らなければ濡れ鼠だ。
水滴が落ちる前髪をかきあげて、サスケは手を出した。

「ん」
「……なに?」

手?

目の前に出された手のひらをどうしろというのか、ナルトがサスケの顔を伺えば、さっきの悪戯っこの笑顔を真似したサスケが「帰るんだろ?」と笑う。

「………そりゃ、帰る、けど……」

雨に塗れていく手は、ずっとナルトを待っていた。

「……お前ってさあ」
「なんだよ」
「言ったほうがいい?」
「…………なんとなく、お前の言いたい事は分かったから、言うな」
「時々、甘えんぼ?」
「言うなっつってんだろうが!」

薄っすらと頬を紅潮させたサスケに、おかしいなとナルトは思う。いつもは仏頂面で感情の変化に乏しいと感じる相手は、たまにこういう一面を見せてくる。何を考えているのか分からないことが多いのに、その時だけは相手の気持ちが手に取るように分かるのだ。
それは、きっと。自分にしか見れない一面で。
――むず痒くなる。

「そゆとこ、嫌いじゃないよ」

差し出した手を、ナルトは掴み取る。
絡められた手が、紅潮した頬に比例するかのように熱くて、我慢できずに噴出した。なんでこんな時だけ子供のように見えるのか。

「恥ずかしいなら、こんなことしなきゃいいのに」
「俺は甘えんぼなんだろ?付き合えよ」
「でっけぇ、子供!」
「嫌いじゃないって言っただろうが」
「うん、好きだってば」

目を瞠ってしまえば、ナルトの青色の目と正面からぶつかる。
くらりとする。雨の所為で熱を出したわけでもないのに、眩暈がする。
改めて、ナルトという存在がどれほどの容量を占めているか、再認識させられる。

「――、ナルト」

腕を引かれた。ナルトは手を繋いだまま、歩き出す。

「帰ろ。早く、オレ達の部屋に―――帰ろう」

その時の笑顔は、サスケの瞼裏に焼きついて離れることはなかった。



(終)



















おまけ。



「で、もしかして、お前が不機嫌だったのって、花火大会のこととなんか関係あったの?」
「………」
「沈黙は肯定?」
「別に、」
「出た、すぐそれだ!」
「口癖だ、仕方ねぇだろ」
「あ、っそう。まあ、機嫌なおったんならいいけどさあ……あ、コンビニよっていい?さっき見たらマヨ切れてるし、ちょっとだけ雨宿りにもなるかも」
「………バイト先の?」
「どこでもいいけど、近いじゃん」
「……そうだな(無駄な笑み)」


「あ、ナルト君」
「お!お疲れー。相変わらずあんまり繁盛しない店だってばね」
「楽だから、……いいと思うよ」
「確かに」
「……っていうか、……ナルト君………」
「え?……あ!……お前、いつまで握ってんの?」
「………寒い」
「は?何?風邪ひいたんじゃねーの?おいおい、今この時期の試験って大事なんだろ!バカサスケ!」
「頭が熱いだけだ、気にすんな。それとバカは余計だ」
「口答えしない!うーん、でこからは熱わかんねぇな、濡れてるし」
「背、伸びたか、お前?」
「マジ?!」
「額の場所が、ちょっとな」
「やった!!――って、喜んでる場合じゃねって、マヨ買って直ぐ帰ろう!」
「腹減った」
「あーもう、はいはい、なんか作るから、お前は風呂入って温かくして勉強な!あ、レジお願いするってば」
「……はい、レシート中にいれとくね―――、」
「なに?どしたの?」
「う、ううん………なんか、仲いいね(ナルト君は世話好きだから、……わからなくもないけど……)」
「仲、いいかあ?ケンカ多いよな?」
「それはそれでいいんだろ、俺達は」
「ん?そう?まあ、いいや。邪魔したな、帰るとき気をつけろよー」
「う、ん、ありがとう」
「じゃあな(無駄な笑み)」
「…………」

(どうしよう……あたし、今見せびらかされたの、かな………)


宣戦布告です。

































7/31/06
一周年記念、おめでとう!vvv
……相変わらず→で、へたれなサスケさんですが、見捨てないでやってください……。
これからもナルマニで頑張ろうvv
あ、おまけのは、秘儀☆BL王道デコ熱計りです。無意識に実はおかあちゃんみたくなってるナルトさん……。

設定としては、一人暮らしを始めた頃に、道端で突然ぶっ倒れるナルトさんに遭遇。
ほっておけるわけもなく、仕方なく部屋にあげて看病してあげる。外人かと身構えたが結局は日本語ぺらぺらさん。
このあたりで安い物件で家を探しているがなかなか未成年という事もあって貸してくれずに、空腹で倒れてしまったナルトさん。
部屋が見つかるまでサスケさんの家に居候していたけれど、一ヶ月くらい一緒に暮らすようになって、互いに慣れも生じてきます。
結局、安い部屋は見つかったけれど、それなら一緒に暮らして生活費別けたほうがいいんじゃないかと互いの意見の一致により。同居生活スタート。
な感じです。










ありがとう!ありがとうー!(愛)
アタイこんなサスナル(サス→ナル)大好きだ!
天然落としのオトコマエなナルトさんと素敵にヘタレてるサスケさんで最高でした…!
わざわざ宣戦布告するサスケのいやらしい(褒め言葉)根性、あっぱれです(笑)
ヒナタ頑張れー!(え)