大晦日に大掃除をするのだと聞いて、ナルトは妙に納得した。

 だから毎年この月のこの日は特に慌しかったのかと。

 一人で納得していたナルトの姿に、それを教えたサスケは眉間に皺を刻んだ。

 

 

おおつごもり

 

 

 自分も世間一般の大晦日をやってみようかと思い立って色々いじくり出したはいいものの、普段から割と片付けている上に所持品が少ないナルトの家の大掃除はすぐに終わってしまった。

「…こんなもんなのかなぁ」

 首を傾げてみたが、それを判断できる者などいないのだからしょうがない。

 ナルトは前の日に買っておいたカップそばを手に取る。

 年越しそばという物を食べるのも習慣だと聞いたが、それはいつ食べる物だったのかよく聞いていなかった。

「ま、いっか」

 そう言ってナルトはそばを適当に置いてベッドに横になった。

 今日はもう何にも予定がない。これから修行にでも行こうかと天井を見ながら考えていると、不意に影が被った。

「…何やってるんだ?」

 窓にビニール袋を提げたサスケが立っていた。

 

 朝からうちはサスケは忙しかった。

 何しろだだっ広い屋敷の掃除を自分一人でやらねばならないからだ。

 普段からチョコチョコやってはいたが、正月の準備もあるので忙しい。

 それに、大晦日もよく知らない恋人のことが気にかかり、居ても立ってもいられないくらい心が落ち着かないのだ。

 掃除を終え、正月の準備も終わって戸締りをしっかりとするとサスケは商店街によってから、ナルトの家に向かった。

 人ごみを避けるために屋根を渡って行くと、ちょうどナルトがベッドに寝そべっている。

「…何やってるんだ?」

 

 突然の訪問に、しばらく思考が停止してしまったが、ナルトは換気のために開けていた窓から入ってくるサスケに当然の疑問を投げかけた。

「どうしたんだってばよ、サスケ」

「…どうしたって」

「掃除すんじゃねぇの?」

「終わった」

「え、サスケも?」

「ああ。お前も終わったなら俺んち来いよ」

「サスケんち?」

 首を傾げるナルトにサスケは提げていた袋をガサガサ鳴らす。

「どうせ年越しそばもいつもみたいにインスタントで済ます気だったんだろ」

 図星を突かれて、ナルトは言葉に詰まった。

「その様子だと図星みたいだな」

「…うるせーってばよ」

「一緒に除夜の鐘でも聞きながら食うか?」

「…食う」

 悔しいが、サスケの作る食事は美味しい。それにわざわざ誘いに来てくれたのが嬉しかったから、ナルトは小さな声で言った。

「じゃあ、今すぐ行くぞ」

「あ、戸締りしなきゃ」

 ナルトは窓を閉め、鍵とコートを持って玄関に向かう。

「ガスは?」

「大丈夫だってば」

 コートに袖を通すと、サスケはドアを開けた。

 

 古いうちはの屋敷の脇には松がささやかだが飾られていて、玄関には注連縄もある。

「スッゲー、サスケってちゃんとやってんのな」

「まあ、門松はさすがに用意しねぇけどな」

「あの斜めに切られた竹が立ってるあれ?」

「あんなの片付けるのが面倒だ。昔はやってたけどな」

「…ふうん」

 ナルトは古めかしい家に、自分がそぐわないような気がしたが鍵を開けたサスケに促されてついていく。

「そうだ、鐘」

「鐘がどうしたんだってば?」

「聞くだけじゃなく、撞きに行くか?」

「え? あれって撞けるの?」

 ナルトが目を輝かせながら言うので、サスケは口角を上げながら頷く。

「場所によってはな。もちろん、108人に入らなきゃ無理だが」

「そっか、108人に入れば撞けるのかー…」

「行くか?」

 ナルトはしばらく考えていたが、にっこり笑って断った。

「いいや、サスケと二人で一緒に聞くだけで」

 予想外の答えに驚きつつ、二人でいたいと言うナルトに嬉しくなった。

「…そうか。てっきりやりたがると思ったんだが」

 二人で温かい飲み物を台所で淹れながら話していてすっかり身体が冷えてしまった。

 居間に入ってストーブをつけて向かい合うように座る。

 ココアをこくりと飲んで顔をほころばせるナルトにサスケも表情を柔らかくした。

「でもさ、初日の出は一緒に見に行こうってば」

「徹夜でか?」

「夜の内にお参り行けばいいだろ」

 確かに夜の内から行くと言うのはかなり一般的ではあるが、出てくる太陽を見るまでがつらいなとサスケはコーヒーを口に含みながら考えていた。

「神社に行くのはいいとして、どこで日の出を見るつもりなんだ?」

「ん? そうだな〜」

 ナルトも場所までは考えが到らなかったようで、マグカップを両手で包み込むようにして暖をとりながら思いつくまま様々な場所を挙げていく。

「アカデミーは」

「あそこはそんなに眺めがよくないだろ。と言うか、たぶん開いてない」

「入ろうと思えば入れるってばよ」

「基本的に立ち入り禁止だし、見つかったらうるさいぞ」

「じゃあ、火影岩」

「…見晴らしはいいだろうが」

「だめ?」

「追い出されそうな気がする」

「あ〜」

 三代目が確かそこで景色を眺めていることがよくある。初日の出なのでとそこに陣取っていそうだ。

「でも、平気じゃないかな」

「元旦から一緒にいたらそれだけで疲れる」

 お互い三代目にはよくしてもらっているが、サスケは少々苦手のようである。

「…あ、じゃあ、いつも修行してるところ!」

「森か」

 確かにそこには人は来ないだろうし、大きな木に登れば見えそうだ。

「そうだな、そこにするか」

 防寒具をしこたま用意しなければとサスケは考えながら同意した。

「初日の出か〜。俺いつも寝ちゃってて鐘も聞けなかったし」

 ナルトらしいなと思ってサスケは口元に笑みをにじませる。

「サスケはいっつも起きて聞いてんの?」

「俺はあんまり興味なかったからすぐに寝てた」

「何だ、俺と同じじゃん」

 言われて見ればそうであるが、さして年が変わることに重きを置いていなかったからだろう。むしろ時が経つのがいやだったのだから。

「でもさ、鐘って夜遅くなんだろ?」

「ああ」

「それまで暇じゃん」

 何してようと言われて、サスケも考える。

 そばの用意はそんなに時間はかからないし、確かに時間が余っている。

「…そうだな。仮眠でもとっておくか?」

「昼寝かぁ〜。じゃ、一緒に寝よ?」

 その言葉に、思わずサスケはコーヒーを吹き出しかけた。

「わ?! サスケ?」

「…っ! このウスラトンカチ…」

 サスケはやっとそれだけ言ってむせている。

「大丈夫かってば」

「…あ、ああ」

 ようやく落ち着いたサスケはそれだけ言うと、大きく息をついた。

「いきなりどうしたんだってばよ」

 ウスラトンカチと言われたことについては何も言わないナルトは珍しいが、こんな時にはどうでもいい事で。

「…あのな」

 一緒に寝るなんて言われて我慢なんか出来ないとちょっと鈍いナルトにもわかるように言うと、ようやく意味を理解したナルトは真っ赤に熟れあがった。

「――お前がそれでもいいならいいけど?」

 ちょっと意地悪だなと思いながらも言ってみた。そもそもナルトはあんまり好きではないのか、いつも渋る。

 「うー」とか「あー」とか唸っているナルトの様子を見て笑みが自然とこぼれる。

「ナルト、冗談だから」

「じょ、冗談?」

「今からやったら、お前絶対起きてられないからな」

 ナルトはいつも終わると意識が飛んでそのまま朝まで熟睡してしまうのだ。日の出はともかく、鐘は聞けなくなるだろう。

「今日は明日まで起きてたいんだろ?」

 ナルトはサスケを見たままこくりと頷いた。顔はまだ赤い。

「ちゃんと我慢するから、安心しろ」

 その言葉にナルトはまたこくりと頷いて見せた。

 

 仮眠は一時間ぐらいと思っていたが、思っていたよりも疲れていたのか三時間は優に寝ていたらしい。

 ナルトは自分に回されていたサスケの腕がないことに首を捻りながら部屋を見渡す。

 おいしそうな匂いが漂っているからサスケは台所にいるらしい。

 目をこすりながら起き上がって台所に行くと、サスケが動き回っていた。

「サスケ」

「ああ、起きたのか」

「ん〜、何で起こさなかったんだってばよ」

 眠気も手伝って不機嫌そうな声で言うナルトに、サスケは苦笑する。

「気持ちよさそうだったからな」

 自分の腕の中で熟睡しているナルトに起きてしばらく目をそらせなかったのだから、しょうがない。

「確かに、気持ちよく寝れたけど…」

 起こされなかったことが不満だったらしい。

「ところで、サスケは何してるってば?」

「出汁をとって汁を作りながら、下ごしらえ」

「下ごしらえって、そばになんかのせんの?」

「何でもいいんだが、今回は幾つか天ぷらを揚げようと思ってな」

「天ぷら?!」

 嬉しそうに顔をほころばせてナルトが言うのを見て、予想していた通りの反応が得られたサスケの顔も柔らかくなる。

「好きか?」

「うん! 好き〜!」

 尻尾なんかあったら多分千切れんばかりに振っているだろうと思うほどの喜びように、サスケは思わずその頭をなでた。

「? サスケ?」

「あ、悪い」

「ううん? どうしたの?」

「…なんか、つい」

 可愛かったから手が出たと言えばナルトはまた顔を真っ赤にしてしまうだろうから言わないでおく。

「そうだ、顔洗ってないだろ。洗ってこいよ」

 シーツの跡がまだうっすらと残っている。

 素直に頷いてとたとたとナルトは洗面所に向かう。

 サスケは野菜などの下ごしらえに戻るのだった。

 

 ナルトも手伝って揚げた天ぷらとゆでたそばを並べて、二人で食べ始める。

 鐘もそろそろ鳴り出すはずだ。

 好きな天ぷらをのせておいしそうにそばをすするナルトが、ふと思い出したかのようにサスケに尋ねた。

「なあ、何で108回撞くんだってば?」

「ん?」

 サスケはそばを飲み込んで、昔聞いたことのある話を記憶の底から引っ張り出す。

「仏教って言うのがあるだろ」

「うん」

「その宗教では色々な欲望のことを煩悩と言うんだが、それが人には108あるらしい」

「ふうん」

「それと同じ数鐘を撞いて煩悩を落とすって言うのが除夜の鐘らしい」

「へー。サスケってほんと色々知ってるよなぁ」

 尊敬の眼差しで見られて、サスケは何だか照れ臭くなって天ぷらを取ることによって顔を直視されることを避けた。

「あ…」

 遠くで、一つ目の鐘の音が響いてくる。

「始まったな」

「うん」

 二人で黙って鐘の音に耳を傾ける。

「――こういう鐘の音なら、いいのに」

 ナルトは鐘の音に紛れるような声で言ったつもりだったのだが、サスケの纏う空気が刺々しい物に変わったのを感じて、心の内で「しまった」と肩を竦めた。

 ナルトの誕生日に鳴り響く鐘のこととサスケはすぐに理解したらしい。

 恐る恐るナルトはサスケに話しかける。

「…サスケ?」

「…早く食べないと、冷める」

 それだけ言うとサスケは黙々とそばをすする。

 何となく気まずいと思いながらも、天ぷらもそばも全部胃袋に収めてから、サスケは口を開いた。

「…お前、もしかして鐘の音を聞いた事がないってそういう理由か?」

 ナルトは首を横に振る。

「違うってばよ。ほんとに起きてらんなかったし、鐘の事もよく知らなかっただけ」

 除夜の鐘ということをやっていると言うのは聞いた事があるが、それがどんなイベントだか知らなかっただけ。

「それなら、別にいい…」

 席を立ち、皿を片付けるサスケを手伝おうとナルトも自分のどんぶりを流しに持って行く。

「サスケ」

「…何だよ」

「俺さ、今までの大晦日の中で今日が一番楽しかったんだってば」

 その言葉に、食器を見ていたサスケは顔を上げた。

「だから、来年の大晦日も一緒にいよ?」

 鐘の音が、まだ響いている。

 

 108番目の鐘を撞くことで煩悩が落ちるって言うけど、俺は落としたいと思わない。

 ずっと二人でこうしていたい。

 それが単なる煩悩と片付けられてしまうのなら。

 

 鐘の音が絶えて、新年を迎える。

 

 

 

 

本当は「続」。
お正月のフリーはこの続きの予定。
ぐだぐだ長くなってしまった…。
こんなのでよかったらお持ち帰り下さい。 

今月いっぱいフリーです。



BACK