正月の空気もすっかりと姿を消し、馴染んだ日常が根を張りだし、まだ1月だったかと、ふと奇妙な感慨を憶えた日。
奇妙な夢を見た。









夢現










それは気持ちの良い寝床だった。
芝が柔らかく後ろから身体を受け止めて包み、側の天に伸びた大木の枝葉が緩やかに風に躍らせつつ作った陰と優しい挨拶をして過ぎる風がナルトの五感全てに心地良い。
今この時は全てが満たされていいるように酷く穏やかで、ここが何処かすら分かっていないのにそれに何の疑念も浮かばなかった。
心の隅、本能に近い所が大丈夫だと安心してしまっている。
柔らかなオレンジが撫でた空を映した丸い晴天の瞳が細められ、代わりに開かれた口からは欠伸が出た。
眠いというわけではなく、ただ緩んだ余分な力を吐き出しただけのもので、ナルトは微睡みから少し覚める。
「んっ…」
手を頭よりも上へと伸ばし、両の腕や背の筋肉を引き解し、そうして釣られ上がった視線が木以外の影を捉えたのはここに来て初めての事だった。
当然のように寄せられた視線がその姿に合わさった時懐かしさが込み上げ、一瞬その感情に浸り、そしてどうしてそう思うのかと疑問がナルトに生まれる。
頭を反らし後方へと広がった視界、太い幹の向こう側に映ったのは一人の男だ。
知らない、見た事の無いはずの顔なのだが見た事があるように思えた。
じっと誰か、どこかで会った事があるのだろうかと考えて見詰めた男は逆さに見ているのではっきりとは言えないが恐らくそれなりにある背とすらりとした細身に、金色の髪と青い瞳を持っている。
と、そこまで観察してナルトは分かった。
色だ。
この男の持つ色は自分と同じなのだと。
だからこそ懐かしい――というか見覚えがある――気がしたのだ。
鏡やら水面やらを覗けば見える色合いと同じだからそう感じても不思議ではない。
独り納得すると、ナルトに凝視されたまま微動だにしない男から一度目を外すと、ナルトは修行で鍛えた腹筋を使い上半身だけでなく身体全部を一気に起こして、振り返った。
「なぁ、にーちゃん誰だってば?」
人一人居ない事が不自然と思えなかったここで出会った人に対してごく自然にナルトは思ったままに聞いたのだが、男は青い目を丸くし、小さく息を呑んだ。
明らかに驚いた――それもかなりの――顔をした男にそれ程変な事を言っただろうかとナルトは少し首を傾げる。
もしかしたら聞かれたくなかったのかも、話掛けられたくなかったのかもしれないと思い至り、僅かにナルトの顔が沈んだものへと変わり、返事を待たずまた寝転がろうと踵を返すために片足を後ろへと下げた時、男が口を開いた。
「木の葉の忍、だよ。君と一緒」
そう言ってくしゃりと笑い細くなった瞳と凛と通ってきた声は温かく、優しい。
男がしている額あては確かに木の葉のもので、ナルトがしているものと同じだ。
里の、あのナルトの故郷である木の葉の里の大人からこんな笑顔と声を貰うのはとても珍しい事で、ナルトは少し落ち着かなくなる。
ひょっとしたらこの男はナルトに九尾が封じられていることを知らないのかもしれない。
けれどあの里でナルトに意味が分からないからと毛嫌いをしない者も少なかった。
特に年齢が上がれば上がるほど。
離れて一年以上は経つが、その間に劇的にその認識が変わったとは思えない。
「どうかした?」
いつの間に来たのだろう、顔を覗き込んだ男が声を掛けてくる。
真っ直ぐナルトを見つめた青い瞳には嫌悪や薄い儀礼的なものではなく、当然のように心からの心配が湛えられており、それがナルトの不慣れな事に対しての居心地の悪さを消した。
「…なんでもねーってば!」
素直に、受け入れられた嬉しさから笑顔になったナルトに男は安心したように同じ笑みを浮かべる。
「なら良かった。どこか痛いんじゃないかな、苦しいんじゃなかなってずっと心配だったから」
安堵した息を吐いた男は、そして言った自分の方が痛くて苦しい所があるかのような顔になった。
「にーちゃん?」
小首を傾げ、どうしたのだろうと思うナルトの顔を覗き込む為に腰を曲げていた男は、膝を着いてナルトを正面から見るとそっと両手で頬を包んだ。
「僕がこんな心配をする資格なんてないんだけどね」
「何で?」
先よりもずっと辛そうな、否、悲しい声で吐き出されたのにナルトは意味が分からないまま、それをどうにかしたくなり口を開いていた。
「何でだってば?あのさ、なんかにーちゃんが言ってる意味、よく分かんねーけどオレのコト心配してくれてたんだよな?何で心配してくれてたのか分かんねーし、あ、ひょっとしてどっかで会ったコトあったっけ?なら忘れてごめんなさいってば」
ぺこんと頭を下げてから言いたい事から逸れてしまったことに気付いたナルトは慌ててまた声を上げる。
「ええっとともかく心配してくれてたんだろ!?だったらそれスッゲー嬉しいってば。木の葉の、同じ里の仲間にさ、そう思って貰えるって、嬉しい」
本当に嬉しいのだ。
イルカ先生や綱手や自来也一部の大人だけでなく――ひょっとしたら里のどこかで会ったのかもしれないが――知らない大人からもこうして心配される事もあるのだという事実が。
はにかむような笑みを言って浮かべたナルトは照れているのだろう、ほんのり赤くした顔を下に向けた。
「…ごめんね」
ひっそりと呟くように言うのを聞いたナルトは次には身体が少し揺らぎ、ぽすんという小さな衝撃と同時にぬくもりに包まれる。
膝を着いた男の肩がナルトの胸に当たり、伸ばされた腕は背にしっかりと回っていた。
「にっ、にーちゃっ」
「君が、ナルトが九尾を抱えて苦しむかもしれないのは分かっていたのに、この先にある負担があるかもしれないと思ったのに……なのに僕は全部押し付けた」
突然抱き締められて慌てるナルトの声を遮り淡々と静かだけれど慟哭のように聞こえた声が紡いだ言葉にナルトは言葉を失う。
「あの時これが唯一の術だなんて勝手な言い訳で取り繕って、本当に苦しむ君の事など結局何も考えず、何も出来ないんだ。全部僕の所為なのに…ごめん。ごめん。ごめんね、ナルト。ごめん…」
ごめんと謝り続ける男の顔は抱き締められて見えないけれど、それでも泣いているのだと感じた。
「……にーちゃん、四代目火影だってば?」
謝り続ける理由が表す男が言った言葉から生まれた問いに、小さく頷いたのが分かるとナルトは腹が立った。
「ならっ、なんで謝んだよ!」
ぐいっと間に手を入れて身体を離すと、同じ色をした、けど濡れてはいなかった瞳をナルトはしっかりと見据える。
「四代目火影っていやー九尾から里を守った英雄だろ!?里を、皆を守るために九尾を封印したんだろ!?それが何で謝る事なんだよ!」
濃く深くなった青が強く睨むように向けられ、四代目火影である男は一瞬目を丸くさせ、だがすぐにくしゃりと笑みを浮かべた。
ただし先の優しく温度さえ感じるような笑みではなく、自嘲に満ちたものだ。
「でもナルトは守れなかったから」
弱々しく返された答えにナルトの眉根がより一層寄せられる。
「違う!九尾を封印しなきゃオレだって死んでたかもしんねーんだからオレだって守られたんだ。それに、あんたはオレを選んだんだろ?オレなら大丈夫だって、九尾を封印出来るって、オレを信じてオレを選んだんだろ?違うのかよ!?」
今度こそ本当に目を点にし、頷いた男にナルトは嬉しくなった。
やっぱり、そうだと信じていた事が認められて。
イルカ先生よりも、誰よりも自分をこの人は信じて認めていてくれたのだ。
「ならそのまま信じてろってば!オレは絶対絶対火影になって、そんでもって火影を越す男だ!これぐらい何でもねーっての」
悪戯小僧のような笑みを浮かべたナルトはもう一度抱き締められると、くぐもった声が伝わった。
「ありがとう」
そして肩が濡れた事に気付いたのは少ししてからで、それは冷たくなく温かままナルトに残る。
「ありがとう」
繰り返される言葉とともに。
ぎゅっと強くなった腕の力を感じ、そこで目が覚めた。
夜明け前の橙と薄い紫紺が混じりあった空が目に飛び込んでくる。
「ゆ、め…?」
つい先ほどまであったぬくもりから抜け切って居ないナルトの呟きに答えるように遮るもののない空の星が一つ白金の軌跡を描く。
自来也と修行の旅に出てからすっかりと慣れた野宿だ。
流れ星など珍しくとも何とも無い光景だが、瞳に焼き付いたそれは奇妙な夢とともに決して消えず、まるで裡に灯ったかのようにいつまでもナルトの胸を奥底で温め続けた。



叱るような声に気付く前に頷いていた。
息を捕まれるように、その事実が脳裏に甦る。
あの時、混乱と恐怖と絶望が里全体に圧し掛かっていたあの夜。
思い付いた唯一の方法で、それが出来るのは、この里を救えるのはこの子しか居ないと思った。
あれだけの被害を齎した九尾を宿そうとも、きっとナルトならそれを乗り越え、里の英雄だと認められると信じた。
躊躇う自分の手を握った小さな手と鼓動を聞けたあの時に。
どうして、分かるのだろう。
ニシシと笑ったナルトに今度こそ本当に脆くなった青が海のように濡れ溢れた。
どうして、こんなに。
この子が痛みを感じなかったはずはない。
この子がその心を傷付けられた事実が消えるはずはないのに。
その根源を作った自分にどうして、こんな。
「ありがとう」
生まれてくれた事に。
愚かな懺悔など必要ないと跳ね除けてくれた事に。
強く生きてくれた優しい君に。
伝えれるのならこれぐらいしかないのが矢張りもどかしいけれど何より嬉しい。
「ありがとう」
満たされた心が保てるのはそこまでだった。
それでもゆら、と曖昧になっていく感覚の中で白い光となって消えていく腕をもう一度伸ばす。
せめてもう一度届きますようにと、最後までもう一つの事実を言えなかった臆病者の勝手な願いを乗せて。





















(終)


四様お誕生日おめでとうございます!
の、のつもりだったのですがすみませんー!><。;相変わらずのこんな駄文な上に遅刻までしてしまい…;;
お誕生日になんとか会いに来れたパパというか、乙女の一念が岩をも通すなら、パパの愛は空間も捻じ曲げるよね!というアホ妄想が走りまして、もう;;
本当はパパ、自分が四代目だときちんと名乗って、父親である事も名乗って、その上でナルトにごめんと謝り、断罪されなければいけないと思っていたのですが、ナルトの姿を見たらもう思考が殆ど停止してあんなぐちゃぐちゃになっちゃったというのが裏設定という名の言い訳です。(土下座)
ナルトを英雄だと認められる云々は三代目が四代目が自分と同じように里を救った英雄として里の者にナルトが見られると願ったとか何とか言ったと(確か)1巻で言っていた事からそうだと思いまして;
またしても説明が必要な物ですみません;;
こんなんですが読んで下さってありがとうございました!!


'06/1/26