「あ、あめだってば」
ぽとり、と柔らかな頬に落ちてきた初めの一滴はすぐに次を連れてきて青い瞳いっぱいに散らばった。
映し出す瞳と同じ、影一つない真っ青な空からやってきて。
「お日さまがおかおだしてりゅのに、はれてりゅのにあめもふってるってばー!」
ぱぁぁぁっと顔を輝かせてナルトは空に手を伸ばした。
晴れてい燦燦とした太陽が注いでいるのにその反対の雨も一緒に降ってくる、という不思議な初めて見る空に至極嬉しそうに。
そんなナルトに文字通り相好を崩してナルトを抱っこした親バカと有名な父親は、ナルトが少しでも濡れないように着ていた上着を被せて言った。
「ほんとだねぇ。狐さんのお嫁入りだ」





良く晴れた日に





ぶん、と足を曲げてのばすたびに近づく空と風のきもちよさがなにより楽しいブランコで、ナルトはキバとどちらがより高く上がれるか競争していた。
その隣には順番を待っているわけでもないのにブランコのそばを決して離れないサスケの姿が。
幼稚園児らしからぬ眉間の皺をはっきりくっきりつくりながら見つめる先は楽しそうにはしゃぐナルトいる。
何もしらぬ者が見たらナルトが嫌いなのだろうかとも見えるのだがそうではない。
サスケが不機嫌な原因はさっきからずっとナルトがキバとの競争に夢中で、危ないと言っても少しも聞かずどんどんとブランコを漕いで高く昇っていっていることだった。
あんなに高くあがってもし万が一にでも落ちたらどうする。
もちろん、何があっても自分が守るつもりではいるがそれでも何がおこるかわからない、というか何をやるかわからないのがナルトで、そんなナルトが大好きだから心配で仕方がない。
それにやっぱりサスケの存在がまったく目に入ってないというのがいちばん機嫌の悪い理由で、むりやりにでもブランコから降ろすことも考えなかったではないが急に手を出してそれこそナルトが落ちてしまうだろうから出来なくて。ひたすら待っているのだがナルトは一向に降りる様子もなく、サスケは眉間の皺を増やしていった。
だが、唐突にサスケにとってちっとも楽しくない時間は終わりをつげた。
ポツポツとスモッグの青色がところどころ濃く染められる。
空からやってくる冷たい水、雨が降ってきたのだ。
ついさっきまで、というより今も晴れているというのに降り出した雨はなかなかに強く、このままではすぐにびしょ濡れになってしまうだろう。
流石のナルトもブランコを漕ぐのを止めたようだった。
少しずつ揺れなくなっていき止まったブランコからすぐにでも降りると思ったのにナルトは空を見上げたまま、まだサスケを見ない。
「ナルト!」
むっとしたサスケは乱暴にナルトの手を引くと教室に駆け込んだ。
おもいっきり速く走ったけれど、それでも少し濡れて戻ってきたナルトとサスケにイルカがタオルを渡してくれた。
「ナルト、すぐに教室に入ってこなかったけど何かあったのか?」
上手くふけないナルトからタオルを取って、わしわしとふいてやりながらイルカが尋ねる。
「んーん。なかったってば」
ふかれているにもかかわらず、頭をふるふると振って否定したナルトはまた空をじっと見つめた。
「ウスラトンカチ。晴れてるのに雨が降ってるってだけだろ。こんなのがそんなに珍しいのかよ」
いい加減ちっともこちらを見ないことに限界が来たサスケはついいじわるな言い方をすると、思ったとおりナルトはすぐにサスケを振り返った。
「ちがうってばよ!そーぢゃなくて、およめさんがちゃんといけたかみてたんだってばー!」
ようやくこちらを向いたナルトはぷうっと頬を膨らませて怒っていたがそれも可愛いく、サスケはすぐさま機嫌を直して聞き返す。
「お嫁さん?」
「しょう。しゃしゅけ、しらないってば?」
こてんと首を傾げてのぞきこんでくる愛らしい仕草に心臓の動きが一気に加速して何も答えられなくなるが、イルカが「ああ」と手を打ったのでナルトは真っ赤になり固まったサスケに気付かない。
「狐の嫁入りのことか」
「しょうだってばよ!とーちゃんがいってたってば。おひさまがでててもあめがふってるのは、きつねしゃんがおよめさんいってるんだってば」
分かってもらえたことが嬉しいらしく、大好きなとーちゃんから教えてもらったことを楽しげに話していたが、急に笑顔が曇る。
「どうしたんだよ」
ナルトの沈んだ表情にすぐさま反応したサスケが心配げに覗き込む。
「ちゃんとおよめしゃんがいけたかみてたんらけどみえなかったてば…いけたかなぁ」
「大丈夫だろ」
「でももうあめ、やんじゃうってば」
窓からすっと手を伸ばしたナルトの言った通り、一瞬で遊び場を濡らした雨はもう霧のように細かく消え掛けていた。
「やんだからって別にいいだろ?」
晴れて雨が降るのは狐が嫁入りに行っている証拠、というのなら止んだというのは行き終えたという事なのだから。
そう思うサスケにナルトはぶんぶんと頭をふった。
「よくないってばよ!もしかしたらまだついてないのにあめがなくなっちゃったのかもしれないもん!」
空を見上げ、ぽつりと呟く。
「おひさまもいてあめもふらないとおよめにいけないなんてきつねしゃんがかわいそうだってばよ…」
晴れていながら雨も降る不思議な天気は狐が嫁入りをしているせいだからだ、というただの迷信なのだが、ナルトの中ではいつの間にか晴れていながら雨も降らないと狐は嫁入りできない、に変わっているらしい。
「そんなにかわいそうかよ」
「だって、およめしゃんにいくって、だいしゅきなひとのとこへいくことらってとーちゃんいってたもん。だいしゅきなひとのとこへいけないなんてしょんなのかわいそうらってば」
うるっと潤ませた瞳の青が濃くなっている。
「好きなヤツの所にいけないのはイヤか?」
こくんと素直に頷くナルトにサスケは口の端を上げた。
「……なら晴れててもくればいいだろ。お前はこいよ」
「え?」
「晴れてても、晴れて雨が降ってても、まぁドレスがぬれるからあんまよくねーけど雨がふってても、お前はこい」
狐の話が突然自分に言われ、ナルトはひとさし指を口元に持っていって考えるがさっぱり分からない。
「なるが?」
「ああ。お前は嫁にくればいいだろ、オレは雨がふってようが、晴れてようがどっちでも構わねぇ」
「しゃしゅけのとこに?」
「他の誰のところにいく気だよ?浮気してんのか…!」
まだ言われている意味が分からなく不思議そうなに目をまんまるくすると、対照的にサスケの目は厳しく細められた。
「うわき?なんらってば?」
「オレのところに来ないんならそうなるだろうが!」
「らっておよめしゃんってだいしゅきなひとのところへいくんだってばよ」
「だからだろ。オレの事がキライか?」
じっと見つめるサスケの異様なまでの真剣な様子にナルトは気付く事なく首を振る。
「んーんっ。しゃしゅけ、しゅきだってばよ!」
にこっと再び広がった笑みをつけて言われ、かっとサスケの頬が赤くなった。
そうだと信じていても、はっきりと好きな子に好きだと言われて喜びと照れがこみあげる。
「な、ならいいだろ」
「う〜ん?しょうだってば?」
「そうだ。これは婚約だからな。約束破んじゃねぇぞ」
「おう!おれってばやくしょくやぶんないってばよ!やくしょくやぶるのはいけないってとーちゃんもいるかしぇんしぇーもいってたもん!」
「もし破って浮気したら許さねぇからな。相手は殺してやる」
「やくしょくやぶんないってば!」
むきになって、はっきりきっぱりと言い返したナルトにサスケは満足そうな笑みを浮かべた。
「なら、いい」
ナルトに比べ、あまり表情が豊かとはいえないサスケが、滅多に見せないほど嬉しそうに笑うのでよく分からないままナルトも笑顔になる。
通り雨があがり、良く晴れた空のような。
その様子を一部始終見ていたイルカは始めこそ本気で狐のお嫁さんの心配をしていたナルトの優しい心に教師になった感動と喜びを噛み締め微笑ましいなぁっと思っていたのに、続いたサスケの台詞の数々にただ乾いた笑いを浮かべることしか出来なくなっていた。
じょ、冗談だよな。そう、子供のたわいない、なんの根拠もない思いつきだ。
頭では考えるのだが、それを真っ向から否定するサスケの真剣そのものの眼と物騒な言葉がイルカの不安を妙に煽った。


バスの停留所に向かえにきている沢山の親達の中からすぐに見つけて、飛びついた。
ナルトと同じ金色の髪と青い青い瞳を持つ大好きな父に。
「ただいまってばよ!」
「おかえり、ナルくんっ!!」
まるで何年も会えず、漸く訪れた感動の再会でもしているようにナルトの小さな身体をぎゅっと抱きしめ上げると、ふわふわとした金髪に顔をうずめるている。
「淋しかったかい?ナルくん。パパはとぉぉっても淋しかったよ〜」
「先生、また大げさな」
お迎えについてきたカカシが呆れるが一向に構いはしない。
ちゅっと夕日を浴びてより一層赤くなったほっぺにキスをするとナルトはそれをくすぐったそうに受け、いつものように今度は自分がほっぺにちゅーをし返す。
これがナルトが幼稚園に行きだしてからの送迎バス停留所の朝夕の恒例行事と有名なうずまき親子の挨拶だ。
いってらっしゃい、いってきます。おかえり、ただいま。たったこれだけの挨拶をするだけなのに毎度毎度(主に父親が)今生の別れ、奇跡の再会のように大げさな見送りをする。
ふとそこで気付く。
いつもならそれを苦々しげに見つめる顔はいいけれど可愛げなんて欠片もない子供の視線があるのだが……今日に限ってない。
それどころか妙に勝ち誇ったような笑みを浮かべた後、ナルトにだけ向ける笑みを浮かべ「じゃあな」と挨拶をするとあっさりと先に帰っていくではないか。
普段ならば「何やってんだ」とか「いくつだお前」とか「とっとと降りてこいよ、ドベ」などと言ってナルトを挑発し、自分とナルトを引き離そうとし、家が隣なのもあって帰り道もずっとナルトの手を引いて帰ろうとするのに。
あの少年もいい加減にウチのナル君を諦めたかな。
元よりあげるつもりなんてないけど。
ここ最近すぐに自分の腕の中から出て行ってしまうナルトを今日は存分に堪能できてすっかりご機嫌である。
「ナルくん、今日は幼稚園でどんなことをしたの?」
久しぶりの抱っこしたまま帰り道を楽しみながら自分のいない間に何があったのか、ナルトがどんな体験をしたのかを聞く。
「んとね、きょうはキバとブランコでしょーぶして、シカマルとおそらのくもみてー、それから、あ!きつねしゃんのおよめいりもみたー!」
「そっか〜。今日もあったんだ」
「うん、でもすぐやんじゃってきつねしゃんがちゃんとおよめにいけたかしんぱいだったてばよ」
しゅん、とちょっぴり下を向いて心配するナルトがまた可愛らしいので優しい勘違いを未だに解いていないこの父親は親バカの名に少しも恥じない。
クセっ毛だけれどふわふわと手触りのいい髪をくしゃくしゃと撫でた。
大きくて暖かい、心地い手にしばらく目を閉じていたがぱっと開き、綺麗な青を一層輝かせていった。
「でも、はれててもいってもいいんらって!」
「いい?そうなの?」
誰から聞いたのだろう、と思いながら嬉しそうに話す愛息子の様子につられてまた頬を緩ませた。
「うん!だからなるもいく」
すぐに固まったが。
「え?」
「だから、なるもいくの。はれてても、あめがなくてもおよめしゃんにこいってしゃしゅけがいってったてば」
「………そ、それでナルくんはなんて答えたのかなぁ?まさか行くなんて…い、言ってないよね?」
喉に張り付いてうまく出ない声をなんとか絞り出して。
「いったってばよ!しゃしゅけ、しゅきだし、でないとやくしょくやぶりになっちゃうってば」
「………」
気に食わない。
こんなに不愉快な出来事があってもいいのだろうか。
ひくり、と頬が引き攣ってしまうのを止められるわけがない。
「ナルト〜。それはナルトがサスケのお嫁さんになって行っちゃう約束をしたってコトかな〜?」
文字通り固まり、足すら一歩も動かせなくなっている親バカに代わり、カカシが聞けば満面の笑みで「しょうだってばよ!」と答えられ、更に凝固を進めてしまった。
「まぁ…子供の言う事ですからね。大丈夫デショ、先生。せんせーい?」
ひらひらと手を翳すカカシなど目に入っていない。
「ボクのナルくんを騙して手篭めにするなんて…」
地獄の死者も震え上がるのではないかと思うほど暗く、重い声音が這った。
「手篭めって、まだ何もしてないでしょうが。ただの子供の口約束でしょー?」
「そんなこと言ってなにかあってからじゃ遅いんだよ!?」
大丈夫、と気軽に言うカカシに烈火の如く反論し始めた。
脳裏に浮かぶのは今日の別れ際に見たあの小憎ったらしくふてぶてしいサスケの笑み。
今日、親子の愛情の確かめ合いを妨害しなかった理由はこんな所にあったのかと思えば腹立たしさしか募らない。
大人げない、という視線を感じるけれど大人げなんてこの一大事の前に一々持っている場合ではないのだ。
ああ、どうしようか。
少々行きすぎとも思えるこの焦りと過剰な心配が、あまり行きすぎでも過剰でもないと分かるのは10年後の事。










(終)


言いくるめられるナルトとサスケ初勝利(笑)
でも今後もパパは「ボクのナルくんをあげるもんか!」な勢いでサスケ撃退を誓うかと(笑)サスケもサスケでいつまでたっても仲良すぎな親子に嫉妬でイライラな毎日でっすv


'05/07/22