だりぃ。
不規則性を体現して流れていくラベンダーの残滓と気が遠くなるほどに遠い空に泳ぐ白雲のように浮かんだ言葉は、もうずっと脳裏にこびりついて離れなくなっている言葉だ。
癖と言っていいだろう。
だが、ここ最近は特に思う事が増えた気がする。
皆守は屋上での昼寝というバイオリズム上欠かせない行為を行いながらぼんやりと思った。
原因はこの口癖が増えた原因は分かっているのだが、それが厄介だ。
先ほど着信を知らせる音楽が流れた携帯を取り出す。
予想していた通りの人物からのメールを開くと、内容も予想から外れていなかった。
昼休みが終わる前に見た顔と遺跡という文字にアロマで平らにしていた精神表層が揺らぐ。
ちり、と脳裏が疼いた。









移り香










「あの雲、マミーズのカレーライスだよな、絶対」
にゅっと視界の端から生えてきた腕と唐突に降ってきた声が示した物は、頭の中で考えていた事とものの見事に一致した。
寝転がったまま声の持ち主の顔まで視界を動かすと葉佩が覗きこんでいる。
「ああ、だろ。あの皿の形といいライスとルーの分配は」
皆上は銜えていたアロマを外すことなく器用に、雲の白と薄墨色の影とに解説を加えた。
「で、隣のが細掃!」
「そうかよ」
葉佩は自信を持って断言するが皆守はそこまでは考えてなかったらしい、同意も否定もしなかった。
「なんだよー。カレー以外は見えないのかよ。カレーレンジャーめ」
「誰がだっ!」
むうっと口を尖らせて、隣に座った葉佩の聞き捨てなら無い呼び名に反応してしまい起き上がる。
「だってこれほど甲ちゃんにぴったりなのってないよな。性格的にはブルーかブラックだけど安心していい。イエローはお前のもんだぞ!」
「そら、どうも」
キラキラと擬音語がつきそうなくらいの全開の笑顔に抗議するのも馬鹿らしくなり、再びごろりとコンクリートに背を預けた。
後ろ手についた葉佩の手が何とはなし目に入る。
すぐ側の熱に心地良さを感じながらも、手に見える細かい傷に波立った。
「お前…」
まだあの遺跡に入るのか?
「ん? 何? 甲ちゃん」
喉元を通り抜けようとした言葉を止める。
上へと向けていた目をこちらに向け、続かない言葉を待つ葉佩は少し首を傾げた。
「いや、何しにきたんだと思ってな」
「何ってサボリに来たに決まってるだろ。授業はとっくに始まってるんだし」
「だがさっきお前授業受けるって帰っていかなかったか?」
「んー、だってさ。甲ちゃん、さっき「また会いにこいよ」って言ってくれただろ? それ思い出して窓みてたらむしょーに甲ちゃんと昼寝したくなって。だってさぁこんなに天気がいいんだもんな。こーしてると雲になれるみたいで気持ちいいし」
にへら、っと頭に花が咲いたような抜けた笑みを浮かべる顔から目が離せなくなる。
心臓がゆっくりと、まるで今動き出したかのように煩い音で主張してきた。
不変。静寂。安定。
そういった物を望んでいるのにいつもこうやって勝手に乱してくる。
しかも無自覚なのだというのだからなんて性質が悪い。
意識せず、己があるままに歩む事が他者を変貌させる存在。
こんな悪質な奴だかららしくもない、無駄な言葉が口をついてでようとしたのだ。
矛盾だらけのくせに何が言えると思う。
あいつがこれ以上深く進む事を望んでいない自分に。
けれどもそれを手助けしている現実に。
この学園、己の立場というものを考えれば決してするべき事ではない。
だが例え俺が手を貸さなくともあいつはその歩みを止めないだろう。
求める手を決して降ろしたりはしない。








求める物に痛みが、苦しみが齎されようとも、時に苛烈ささえ滲ませて、まっすぐに。
壊していく。
黴が生える程変わらないこの学園と遺跡の中を。
それはとても危険で、恐ろしいとさえ感じてしまう。
怖い、と。
一瞬にして浮かんだ感情の核は、それが何かを認識する前に消えてしまい、何故そう感じたのか不明だ。
その代わり危険であるのははっきりしているのでそちらの方を己に翳して、あいつを止める言葉を吐きながら、手を出してしまう。
そちらの言い訳は俺が出さずともあいつに貸すのを望んでいる手は沢山あり、無かったとしても遺跡を進む事が止めないのは分かりきっているから。
もしこの先の『役員』に倒れた時、自分が側にいれば生き残らせれる可能性があるから。
放って置けない。
(親友として、か?)
裡で呟いた声あからさまな自嘲を纏っていた。
そんなご大層で綺麗な感情か。
ただの自己満足を言い訳にしているのに吐き気すら感じる。
自分を護るためだろう。
どこまで進んでいるのかを監視するという名目を掲げながらいつも側にいて、あの背を預けられてあいつが負けると思った事などないくせに、その場で倒れてくれる事を女々しく願っている。
あいつがこれ以上進まないように、これ以上進んで壊されないように。
見張っていなくては。
あいつの側を、背を誰にも渡さないように。
(ああ、くそっ!)
散漫な思考が不意打ちで出す答えに苛つき、皆守は銜えただけだったアロマを思い切り吸い込んだ。
ジジ、と微かな悲鳴で身を焦がしたラベンダーの火に目に付く。
手を翳しでもしない限り、その熱を感じる事はないがその実、約七百度もある。
焼かれた所は瞬時に冷め、二度と熱を取り戻しはせず、小さな高温は下手をすれば指でさえ揉み消せるのに酷く熱く、芳醇な主張をする香りを生む。
記憶に閉じ込めた自身の熱のように。
小さな、小さなこの熱が酷く熱いのだ。
見張らなければ。
しっかりとこの偽善面で側にいて。
誰にも渡さない。
小さな、小さな欲求という熱が。
ふわりと立ち上った。
「九ちゃん」
また一面の紺碧に見入っていた葉佩は、なに?と起こした上半身を捻り、目線だけで尋ねてきた葉佩の頭をぐいっと引き寄せる。
バランスを当然の如く崩した葉佩は引き寄せられた皆守の上に倒れこむと、ガツンと歯に硬い物が当たった感触、次いで痛みとそれを消し去るような柔らかさを感じた。
皆守の顔が近い。
理由が分かる前に離れて、一瞬してから分かった。
何が起きたのか。柔らかかったものは。歯が当たった物が硬いのは同じ歯だからで。
瞬時に葉佩の顔が朱に染まる。
「こうちゃっ…! い、まっ」
キス、と続ける前に口を塞がれ、少し強い風が屋上に吹いて、手をついた皆上の指に挟まれたアロマの香りが葉佩に向かい、染み込んでいく。
しっかりと側に。
この不安を。
刻みこむように口内を蹂躙している間、ラベンダーは葉佩に移っていった。





















(終)


すみませんでした(土下座)
何が書きたかったと申しますと、甲ちゃんは内心役員が、墓守が〜ってのを言い訳に葉佩の側にいるけど、実際はそんなのあくまで理由づけで誰にも九ちゃんの隣を渡したくなかっただけ、という単純な感情が強かったよ!と主張してみた…り………は、外してますね;かなり外れてますね;しかも補足説明が必要って;おまけに薄暗い…うおおおおお訳のわからんもん書いてすみませんーーー!!!お目汚し失礼いたしましたーーー!!!
友人のオフ本のゲスト原稿をリサイクルでした。リサイクル精神!(だから黙れ)
偽者すぎの駄文ですが、読んでくださってありがとうございましたー!


'06