目の前に傅いているのは従順な僕、のはずだった。
The husband and the order
開花前どころかまさに丸裸だが、それでもアーチのように続く桜並木は日本の学校においてはすっかりお馴染みのものだった。
並んで歩くうずまきナルトもうちはサスケも今年で三度目になるそれは見慣れたものであり、同時にあと少しで遠くなる風景だ。
無事卒業も進学先も互いに決まり、もうすぐこの道をほぼ毎日歩かなくなる事を悲しむ気にはサスケは特になれなかった。
何よりも必要と思う存在はこれから先も変わらず共にあると根拠などなくとも確信している。
ただ隣にある陽と空を凝固させたような金色と青がこの桜の中を歩くのをもう少しで見れなくなるのは惜しい気がした。
「なー、今週でガッコくんのもう終わりなんだよな」
はぁっと朝の冷たい空気の中で白い息を吐きながら言ったナルトは多分に愛惜の想いとやらあるようで、いつもは朝から馬鹿みたく元気なくせに空気の抜けた風船を思い出させるような顔でそんな事を言う。
「卒業式も残ってんだろうが」
「そうだけど、それは別ってか、ホントに最後じゃん」
高校三年にもなってまだ丸みの残っている頬を少し膨らませたナルトにサスケは小さい息を吐いた。
こんなナルトの顔は困る。
「なら留年してもう一年いるか?お前の成績なら今からでも教師どもに頼めば出来るだろ」
「そんな酷くねーっ!」
しおらしく沈むなんてらしくなくて、見慣れた笑顔の方がいいとナルトの元気のない顔を前にするといつも密かに焦るサスケの言葉にナルトは、むっと唇を尖らせ軽い怒気を纏う。
「まぁ俺が教えてやったしな」
沈んでいるよりはこちらの方がずっといいと、サスケは口の方端を上げて笑った。
「って自慢デスカ!?ほんっと嫌味なヤローだってばよ…!オレだってそれなりに頑張ったんだかんなー」
ナルトには嫌味な笑みに見えたらしいが。
大部分にサスケの協力のお陰というものがあるのは分かってはいるが、思い返すは苦難の日々をそれこそ死ぬ気で乗り越えたナルトは今度は少し拗ねたように頬を膨らませた。
「知ってる。俺が教えてやったんだから分かってるに決まってンだろーが。そう言うんなら無事卒業出来るのを素直に喜んどけ、このウスラトンカチ」
くしゃりと掻き混ぜるように頭を一撫でされたナルトは掌の熱と指の優しさと、不器用な言葉に頬が思わず熱くなるのを感じる。
「っ、だったらなんかゴホービでもくれっての」
込み上げる照れやら気恥ずかしさやらを誤魔化すようにふいっと顔を背けるが赤く色づいた耳がサスケの目に止まった。
「ご褒美のキスならいくらでも、それ以上でもしてやるぜ?」
ふっと唇を寄せ、耳朶に囁かれた低く、健康的な朝には似つかわしくない声にナルトは先とは違った意味で瞬時に顔をのぼせ上がらせる。
「っの、ヘンタイ!!」
叩きつけられた革の鞄を受け止めながら、サスケはご褒美とやらではないが何かをするのは悪くないと思った。
もうか、まだかは判断のつきにくい所だが、3年になるのだと思ったサスケもどこかしら感傷に浸っていたのかもしれない。
進学にせよ、就職にせよ卒業とその後の予定が決まった高校三年生の二月とは実に暇な時間が多かった。
高校生活最後のテストが終わり、受験やら就職活動やらが終わり、幸いにして追試もなく、テスト休みという名目で学校の授業さえもうない。
あと登校するのは卒業式その日だけ。
人生でこれほど暇で時間を持て余す時など滅多にあるものではなく、それが如何に貴重かは後にならなければ分からない若者としては少々楽しくないものだった。
父子家庭で幼少から家事をして過ごしてきたお陰で、すっかり慣れた手つきで家の掃除を終えられたナルトは、片付けたばかりの自室の床に腰を下ろし、テーブルに置いてあった携帯がメール受信を知らせてピカピカと点滅を繰り返している事に気付く。
もうすることがなくなり、時間を持て余していたナルトは多少の期待を抱いてメールを開くが、中身はキバの赤丸自慢の写真と知り合いの介助犬の訓練士の所での実に楽しそうな経験談だった。
赤丸は可愛いし、キバの話も面白い。
あまりにも退屈な現状に自分も行きたいとつい思ってしまうがキバが遊びで行っているわけではないので、それは言わず「ガンバレ」と未来の介助犬訓練士にエールを送るだけにする。
「……バカサスケ」
送信のボタンを押して、送信終了となった画面を見ていたナルトの口からそれは意識せずに出た。
ここ2週間ほど、殆ど連絡の取れない男の顔が無意識に頭を占めていって、形になった自分の声にナルトは少し驚きつつもそうだ、と内心で毒づく。
本来なら今日だってナルトにも予定があったのだ。
予定、というほどのものではないけれど、一応サスケと春から共に入る大学の通学路確認も兼ねての近隣探索をするはずで、もっと言うならサスケは昨夜か一昨日あたりから泊まる予定ではなかっただろうか。
テスト休み前に交わした会話を記憶の底からなんとか引っ張り出してきて、再生させれば、ナルトの脳内でしっかり泊まりに行く、と言っていた男がいた。
「これって…約束破られてるよなぁ…?」
声に出したそれが紛れもない事実であるサスケの非と、ここ最近の不満がナルトの中で一気に直結する。
「っのバカサスケ!来ないなら来ないで連絡いっこくらい入れろっての!大体最近メールしてもなかなか返ってこねーし、電話も通じねーし!やっ、泊まりには別に来なくてもいーけど!」
自身も忘れていたという部分は少しばかり横によけたナルトは誰に対してか分からない注釈を入れながら真っ赤になる。
サスケが泊まりに来るとまともに寝れない上に文字通り腰が立たず、歩けなくさせられる。
父がしょっちゅう出張でいないこの家では特にそうなる可能性が高い。
そんな目にはあまり遭いたくないけれど、声を聞いていないと思う。
ほぼ毎日、必ず聞いていたあの低く耳触りのいい、悔しいが同じ男でも聞き惚れる声。
皮肉を紡ぐことが圧倒的に多いけれど、それだけではないし、何より自分を呼ぶ名前に篭った熱が嫌いじゃない。
本人に言うのは恥ずかしすぎて死ねると本気で思うので絶対に言わないが、好きだ。かなり。
思い出しより熱くなった頬の熱を冷ますように、クッションの冷たい布地に顔を当てた。
ひんやりとした布がすぐに熱を吸い取り、仄かに温かくなっていくのと一緒にナルトの頭に昇った血も落ち着いていく。
よくは分からないが何か忙しそうな雰囲気はあったし、ひょっとして家の事情なんかかもしれない。理由はサスケが言いたいと思えば言うはずなので、それまでは聞く気はない。メールだってすぐに返せない時や、電話に出れない時だってあることぐらいナルトだって分かってはいる。
サスケの性格からすればきっと何かあるのだろうと頭では理解しているけれど、考えを下ろしていった胸では落ち着きは見つからなかった。
もやもやとした不安定な、そして心地の悪い感情がずっと居座っている。
明るい気分とは反対のそれがどんな種類のものか、日頃から鈍いと言われているナルトでも分かった。
淋しいのだ。
こんなにも会っていないのはひょっとして知り合ってから初めてではないだろうか。
その所為かあの声が聞けないと、顔を見て、話をして、そしてサスケという存在の熱を隣で感じないとどうしようもない空虚が出来て、そこに嫌な感じのものが溜まっていく。
一人で時間を過ごすなんてずっとずっと慣れていたはずなのに。
「…バカサスケ」
また意識せずに出た言葉はクッションが柔らかく吸い込んだ。
こうなれば一人で通学路確認をして、後で教えて思いっきり貸しにしてやろう。
元々が前向きな思考を馴染みとしているナルトは、もう三月がすぐ目の前というのに一向に暖かくなる気配のしない、それでも新鮮な空気の中へと出かけ、その顔を見つけてしまった。
降りる駅の確認を終え、切符を買ったナルトが向かいのホームで見つけた切欠は、実にいつもながら嫌味な女の子達の控えめにした騒めきに、何事かと視線で追ったからだ。
それもほんの数時間前思い浮かべてはクッションに少し八つ当たりをする原因になっていた男、サスケがいるではないか。
一人で、何処かに行くらしく電車を待っている。
周りの女の子からの視線に、世の中に楽しい事など何一つない、というような渋面を作ったサスケに思わず笑いが出そうになった。
時刻表を確かめればナルトが待つ電車はあと15分以上待たなければならない。
ほんの少しだけ、向かいのホームに行っても戻ってこれるだろう、と判断をつけたナルトは約束破りの薄情者に拳の一つでもくれてやる決心を胸にホームの階段を下りたのだが。
向かいだったホームに、たっ、たっ、と二段飛ばしで上がり、ナルトが階段を登り切った時を見計らったかのようなタイミングで電車が来てしまい。
「えっ、あっ、ウソっ、ちょっと待ってってば」
発車を知らせるサイレンに小さく声を上げたナルトは慌てて電車へと入りそうして、扉がしまってしまったてからその判断がミスだったと気付いた。
別に電車に乗ってまで追いかけるつもりなんてなかったのに、と思うけれど今更だ。
仕方無しに次の駅で降りて戻ろう、と軽く項垂れたナルトの目に隣の車両に乗り込んだサスケが遠目に見えた。
(そういえばどこ行くんだろ…)
そこで初めて湧いた疑問がナルトの頭の中に掠め、瞬時にそれは根付く。
前は休みに何か予定があるとは言ってなかった。だからこそ今日だって約束していたのだし。
そしてここ最近の忙しそうな様子に何か関係があるのだろうか。関係というかむしろそのものかもしれない。そもそも一体何故あんなにもサスケが掴まらないのか。
考えれば考えるほど心当たりなど思いつかず、謎になったそれへの好奇心がナルトの中で育つのに一駅分の時間も掛からなかった。
「へへっ、このうずまきナルト様が謎を解いてやるぜ…じっちゃんの名前なんか賭けなくっても!」
前々から某漫画の主人公は勝手に祖父の名前を使い名誉を賭けるなんて、使われたじーちゃんは結構迷惑なんじゃないかと思っていたナルトは祖父のように自分を可愛がってくれた亡き猿飛のじっちゃんの顔を思い出しながら力強く宣言をした。
目の前の出来事が事実ではないように思える。
ナルトの視力は悪くない。両目ともに1.5以上ととても良好だ。
そして今日は天気もよく視界もすっきりとしているし、何よりそこは硝子張りであったため、店内がよく見えた。
なのでナルトが親友であり、所謂オツキアイをしている間柄のサスケを見間違えるはずがないという自信があったりするのだが、それでも見間違いかと思った。
そんな、自然さなど銀河系の彼方にまで吹き飛ばすほど結構な衝撃のある姿だ。
執事姿の恋人は。
名探偵よろしく宣言したナルトは当然某漫画の主人公と同じく尾行などした事のない素人だが、十分な距離と初めからナルトが付いて来ているなどという思考が脳内の片隅の影にもないサスケの意識のお陰で幸いにも見つからず、そうして辿り付いたのは少し大通りから外れた通りにある、けれど奇麗な、どことなく重厚感のある扉が印象的な喫茶店だった。
正面ではなく、裏の勝手口から入っていくサスケの後をそれ以上追う事など出来る筈もなく、けれど何人もの女の子ばかりが入って行くその店に足を踏み入れる気にもなれずどうしようかと迷っていたナルトが店の正面がある通りへと戻った時にその衝撃を受けたのだ。
しっかりとした造りながら陽の光を取り入れるように計算したのか、大きくな一枚硝子が嵌め込まれた窓から見えた店内には、何人もの従業員がいるのだが何故か男ばかり。
それも何故か全員が同じ格好、それもよく喫茶店のウェイターがしているようなものではなく、テレビ番組で見るどこそこの国のパーティで男性が来ているような服を着ていた。
そんな店員が全てのテーブルに控えているようにずっと側にいる。
「ここって……?」
自然に洩れた呟きは店の看板――には一見すると見えなかったプレート――にぶつかって消えた。
緑銅のプレートに掘られた文字。
『執事喫茶 英国館』
「しつじきっさ、えいこくかん」
思わず声に出して読んだ単語が、クラスメイトの女の子の会話とニュースの話題で見た微かな記憶の残像とが繋がった時、ナルトは見知った顔、サスケの姿を見つけてしまった。
執事喫茶といえば、アレだ。
確か店員が執事になりきってお客さんをもてなすとか何とか、メイドのカッコした女の子がお客を「ご主人様」と甘い声で向かえてくれるらしいメイド喫茶の男版みたいなものと聞いたような気がするような。
その執事喫茶に、執事としてあのサスケがいる。
サスケの性格というものを少しは知っているナルトはこれを大した事じゃないと思い平然と受け止めれるほど精神が円熟していない。
硝子窓の中と外のプレートを交互に見やり、また中を見る。
恭しくお客だろう女の子へと荷物を渡しているサスケの姿は、日頃の自己中だの尊大だの態度でかいだのぺったりとサスケに貼りついている不動の評価とは遠く離れていて、視界から消えてもナルトは窓の下で呆気に取られていた。
更に扉が開き、黒を基調とした礼服に身を包んだサスケが出てきたと思えば、優雅な仕草で客をエスコートするとぴしりと腰を折って頭を下げている。
しかも。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
などと言ったのだからこれで驚かないはずがない。
本当に淡くだが笑みを以って発せられた挨拶のようなそれに、言われた女の子達は揃って染めた頬を嬉しそうに緩めた。
見た事もないサスケの様子にあまり良くない気分が湧き上がってくる。
そんな不意の感情にナルトは驚くが、それをはっきりと意識する前に嬉しそうに高く上がった女の子の声がナルトの思考を遮った。
「ありがとう。また来るねー」
「私もー!」
声に色を付けるなら間違いなく黄色になるだろうと思うような声で返しながら帰って行く女の子達が自分の方へと向かって来て初めてナルトは見つかるかもしれないという可能性に気付き、逃げるように隣の店の入り口へと隠れようとするがそれはあまりにも遅く、折った腰を上げたサスケの黒目がいつだってすぐに捉える金色を逃すはずもなく。
「ナルト…?」
くるりと向けた背と出した足がその声にぴたりと縫い止められる。
「よ、よぉー、久しぶりだってば」
棒読みの台詞とにへら、と取り敢えず浮かべた笑みが引き攣ってしまうのをナルトは止められない。
だが変であろう自分の顔より目の前の男の顔がずっと可笑しいものになったのでナルトの引き攣った笑みは腹からの笑いへと変わった。
「うわー、サスケに『ご主人様』なんて言われると気持ちワリィ」
店先で遠慮なく笑いだしたナルトが、客の殆どが女の子だと気まずいという理由も考慮して通された、というより仏頂面のサスケに押し込められた店の奥に数室だけある個室でナルトは身を震わせた。
からかいが主だが、本気で気持ち悪がってもいるのが分かり、もう既に随分と募らせている不機嫌のゲージをまた1メモリ上げたサスケは腕を組んで見下ろしていたナルトから視線を背ける。
「俺だって好きで言ってんじゃねぇよ」
元より低い声が精神状態を反映してより地面に近い所を這っていた。
「ふぅん?」
だがナルトの声は疑わしげだ。
「のワリに楽しそーじゃねぇ?」
ここ最近顔を合わせるどころか声すらもまともに聞いていないナルトには、先ほど店先でお客の女の子を送るのに見せていたサスケの笑みなど久しぶりに目にするような気がする。
無口、無愛想、無表情の三無を標準装備している男、なんて同じクラスメイトのキバに言われるようなサスケだが笑顔にならないわけではない。
むしろサスケが笑顔に、優しい顔をする奴だと誰にでも言えるほどナルトは知っている。
但しそれはナルトだけに見せているわけでもなければ、ナルトといて笑顔ばかりになっているのでもない。
そんな事考えるまでもなく分かっていたつもりだったのに、今更気付き、そして溜まっていく訳の分からないもやもやとした胸の蟠りは何なのだろう。
分からずとも自然と機嫌の良さとは対象的な声がその心情を彩った。
「どういう意味だよ?」
それでなくとも感情がストレートに出やすいナルトの観察に長けたサスケがその猜疑が含まれた声に気付かないはずもなく、言葉尻と片眉を僅かに上げた。
サスケにすれば決して好んで――どころか元来の己の性格からすれば苦痛としか言い様がないが仕方無く耐えて――振り撒いている愛想を楽しそうだと言われては堪らない。
その苦労の理由を思えば尚の事。
「べっつにィ。ここ最近すっげー忙しそうだったし?今日の約束だって忘れるくらいこの仕事が楽しいんだと思っただけだってばよ」
宜しくない気分は唯一の原因だと思われる約束を破られた事だと心の中で決め付けたナルトに言われ、サスケの顔色は一変した。
すぐに昨夜から今日にかけての約束を思い出し、珍しく動揺が大きく顔に出る。
まさかこの自分がナルトとの約束を忘れる事があるとは自分でも信じられない。
小さく舌を打った口が謝罪を続けようとして出そうとした声ががちゃり、と勝手に開いた扉の音に飲み込まれる。
「キャンセルが出た個室を勝手に使ってるって聞いたから見に来たら…ナルトじゃないの」
ひょいっとまるで自分の家の中を覗くように入って来たのは銀色に近いほど色の抜けた髪がナルトとは違った印象で人目を引く、はたけカカシだ。
この店のオーナーであり、サスケの少し遠い親戚でもある男は怪しげと評される笑顔でナルトの側に来るとくしゃり、とさらさらと指通りの良い金糸を掻き混ぜる。
「久しぶりだねー、ナルト」
「わっ、カカシせんせーってば、くすぐってー」
くしゃくしゃと旋毛のあたりから後れ毛へと指を滑らせたカカシにナルトはきゅっと首を竦めた。
そのくすぐったさを嫌がる様子は欠片もなく、嬉しそうに受け止める。
ナルトとカカシは親戚関係にあるサスケを通じてではなく、カカシの学生時代の先輩であるナルトの父を通じサスケよりもずっと先に知り合っていた事もあり親しい間柄で、先生、とナルトがカカシを呼ぶのも高校受験の時に家庭教師をしてもらった時の癖が未だに抜けないからだ。
和気藹々とした雰囲気が一人を除いて生まれ、除かれた人物は己の周りから剣呑な空気を放出する。
「やー、サスケも我慢が足りないねぇ」
それに気付きたからというわけではない、別の目的からナルトから離れたカカシはにんまりとしたサスケ曰く胡散くさい笑みを顔中に広げ、小さく耳打ちをしてきた。
「あの法方で上手くやってると思ってたんだけど、ちゃっかり連れ込んじゃって」
「勝手な妄想してんじゃねぇよ、この変態ドクサレが」
「妄想ってソレはお前の方デショ」
にやにやとサスケを不快にさせる笑みを浮かべているカカシが何を言わんとしているのか分かるサスケは声を潜めつつも先よりも不機嫌さを増して睨みつけるが、カカシは鼻歌でも歌い出しそうなほど面白くてしょうがないといった様子を欠片も崩さない。
「カカシ先生、何話してんの?」
声は聞こえるもののはっきりとした言葉にはならず耳に届いたナルトは、酷く楽しそうなカカシの様子に小首を傾げる。
「んー?それはねぇ」
「余計な事をナルトに吹き込むな、近付くな!」
ナルトの頬に触れそうなほど顔を寄せるのは勿論、あまり聞こえが良くはない話しをするのを許せるはずもないサスケが横から蹴りを入れるがあっさりと躱しながらカカシは楽しげにナルトへと言い放った。
「ナルトは『ご主人様』だから絶対に言う事を聞くようにって言ってただけだーよ」
サスケの思った事ではないが、ある意味それよりも厄介な事を。
「へ?」
『ゴシュジンサマ』って何?と顔にありありと浮かばせ、考える時の癖である仕草、小首を傾げながらカカシを見上げる。
「だって当然デショ?サスケはこの店の『執事』でナルトがお客様、つまり『ご主人様』なんだから。ここにいる間はサスケがナルトの言う事をなーんでも聞くのはあたり前だよね〜?」
「何、勝手な大嘘こいてやがる!そんなシステムじゃねぇだろ!」
店を屋敷、客をその主と見立てる執事喫茶というシステムだからと言ってカカシの言うような事など行うはずがない。
むしろ喫茶店と執事のプロフェッショナルなサービスを合わせた最上ものを提供するのが目的とされており、カカシが言ったような事はオーナーとして店の方針と背くと客に言っているくせに何を言い出すのか。
ぎっといらぬ事ばかり言う根性が腐っているとしか――サスケには―――思えない上司である男を射殺さんばかりに睨みつけるが、飄々としたカカシの余裕は欠片も崩れず欠伸を漏らすようにサスケの言を封じる一言を放った。
「あ〜ちゃんと仕事しない店員の普段の行動をナルトに聞いてもらいたくなるな〜」
「てめぇ……」
今度こそ予想と違わぬことを吹き込むつもりだとチラつかされサスケは薄い唇を噛み締め沈黙で息を飲み込む。
成り行きを見守っていたナルトを挟んだサスケの反対側に回りこんだカカシはぽんぽんと蜜色の旋毛を幼い子に言い含めるように撫でた。
「ね、ナルト?」
明らかに面白がっているカカシの目が同じ立場へとナルトの青い瞳を誘う。
それが分かったナルトはカカシに頭を撫でられたままサスケを振り向き、悪戯を思い付いたような――密かにサスケが小悪魔だと沸いた事を思っている――笑みを浮かべた。
「じゃ、サスケにオレとの約束、忘れるほど楽しーいオシゴトを思いっきりやってもらおっかなー」
理由も分からないのに募ってしまった憂さを晴らすのなら矢張りそれを作りだしたと思える張本人に取ってもらおう、と決めて。
二対一、何よりそれでなくとも惚れた弱みと、約束の反故という弱みの二つの不利がある相手の勝負にサスケは勝てるはずもなかった。
「コレ甘くない」
「申し訳ありません、ご主人様」
むぅっと唇を尖らせ、ミルクティーの入ったカップを差し出す姿は何事もなければ今すぐ襲いたいくらい可愛いものだ。
座っているせいかサスケを見る目は常に上目遣いになるのもまるで甘えられているような錯覚を促すが現実はそうではなく。
「砂糖もっと入れてってば」
ぴしゃりと言い放たれた命令にサスケは顎を引いた。
「はい」
いつもなら入れすぎだと注意するところだが今は何も言わず従わなければならない。
ティーカップを手元に取ると角砂糖をもう一つ足し、スプーンで丁寧に混ぜてナルトの前へと置く。勿論カップはナルトが手を伸ばし安い位置と向きを考えて。
「あとこのケーキも一個。それと…あ、肩も凝ってるし揉んでもらおっかなー」
美味しい紅茶にケーキ食べ放題、その上サスケに下らない我が儘も言い放題。
普段ならお小言や嫌味が入るのにそれもない。
ちょっと気持ち悪いと言えばそうだが、仏頂面で不機嫌そうにしているサスケを見るのは普段口で必ずと言っていい程言い負かされているナルトの気分を大層良いものにしてくれた。
「それから…」
「いい加減にしろ。まだあるのかよ?」
ナルトが欲しいと言ったケーキをトレイから皿へと移し、肩を揉む為に長椅子の後ろへと回ったサスケが重たげに口を開く。
「セッカクだから無くても作ってやってんじゃん」
ニシシ、と後ろのサスケを振り返って見上げたナルトが悪戯の真っ最中のガキそのものの顔で笑った。
反比例するようにサスケの渋面がより濃くなる。
「作るな。全くこんな下らねぇ事の為にカカシに呼ばれて来るな」
はぁっと重い溜め息を零したサスケにナルトは丸くした目を流した。
「へ?別にカカシ先生に呼ばれて来たわけじゃねーけど?」
「嘘吐いてんじゃねぇよ。カカシからこの店の事を聞いてわざわざ我が儘言う為に来たんだろうが」
「違うってば!」
「違う?なら何であんな所に居たんだよ」
「それはっ…べ、別にいーだろ!もうウルセーっての!サスケは今、オレの言う事聞くんだろ!?黙って揉めってば!」
つい成り行きとちょっとした好奇心の結果だったとはいえ、後を追けたとは言い難く、カカシがくれたお遊びの特権を使ってうやむやにしてしまおうとナルトは逃げを打った。
それが酷く間違った一手だと気付き後悔するのは、やはり後からで。
「………畏まりました」
少々長い沈黙の後、すっと細まったサスケの眼は完全に座っているのにナルトは気付けない。
「イタッ」
がっしりと肩を掴み、背を向けさせたサスケの力は強く、長椅子の上へと足が乗るほど身体ごと向きをかえさせられたナルトは小さく抗議を上げ、背後を振り返った。
だが聞こえなかったかのようなサスケの顔が涼しいだけでなく、完全に不機嫌を通り越して怒っていると気付いたナルトは背筋を走った嫌な予感に身体を震わせる。
「あっ、サス、ケ…その、やっぱいい!もーいいってば!」
幾分青ざめたような顔で笑って流してしまおうとしたナルトの腰へと肩から降り、脇の下から出てきたサスケの左腕がクラスメイト男子の平均よりも細めの腰へと回った。
「そうはまいりせん。主の要望にはしっかりと応えなければ」
いけませんから、と耳朶にすぐ側で笑み――ナルトにとってはとても過去一度として良かった試しの無い類のもの――を含んだサスケの声が撫でていく。
肩からぴたりと抱きかかえるように長椅子の上へと移動したサスケの温度が伝わり、その久しぶりの温度が不意に心地良く思ってしまうがそれではマズイとすぐに気付かされた。
右の腰の横からにゅっと生えるように出てきたサスケのもう一方の腕は遠慮なく前へと伸ばされ、長い指はそのままナルトの下腹部の中心、ジーンズのベルトへと掛かり、カチャカチャと金属が小さくぶつかり合う音と腰元が緩まる感覚にナルトはサスケの顔へと向けていた視線を前へと戻す。
だがもう指はジッパーのフックを抓んでいる。
「なっー!?」
目を丸くし、声を上げたナルトの手がサスケの手を止めようとするより早く、ジィィっと音をたてて開いたジッパーの中へとひやりとした指が這入った。
「ナニ考えてんだよ!?」
「ご用命通り、揉んでさしあげているだけですか?」
くっと喉の奥で笑うとニヤリと唇の端を上げたサスケの顔はナルトにとって極悪にしか見えない。
「って、オレが言ったのは肩だろっ、バカサスケ!」
慌てて手首を掴んで引き離そうとするが、布越しに掴むように触れられた場所が場所なだけにナルトの両手から力が抜けていってしまう。
「てめっ、止めろっての…っ!」
カッと朱を頬に散らしながらナルトはぐ、と込めた力でサスケの手を上へと押し上げようとするが、敏感な箇所を擽られ走った感覚が四肢の力を奪ってしまってどうしようもない。
布越しにそれでも知られ尽くした弱い箇所を強く弱く揉みあげていき、手際良く快楽を引き出さしていく手に、口での制止が聞くわけがないと分かっていても止めろ、と続けて言おうとしたが言葉にならず、甘さを含んだ声へとなってナルトの唇から零れた。
「っ、やっ」
ぞくぞくと駆ける怖いような気持ちよさはここ暫く味わっていなかったもので、ナルトの意志に反して身体は不足していた物を補うように従順に受け入れ始め、手首を掴んだ形ばかりの両手が折り目も綺麗な服の袖を縋るように掴んでしまう。
下着の上から茎ごと包んでいた双果の下へと、前の切り込みから侵入した指で直接触れられ、五指で転がされるとふっと心許なさと隣合わせの快感がじんと腰の奥から響いてナルトのじわりとナルトの理性を焦がし始めた。
双果の裏から茎へと擽るように弄る指と底で二つを擦るように布越しに揉んでくる掌の肉に、ゆっくりと首を擡げだしたナルト自身を確認したサスケは弱い耳の後ろの首筋を一舐めすると、低いナルトの色を誘う声を流した。
「よろしいですか?」
「い、いいっ、わけねーだろ…!」
「ではもう少し力を入れて、念入りに致しましょう。随分と硬くしてらっしゃるのですから」
「……っ!」
上げてもすぐにずり落ちてくるシャツを潜り、下着へと這入った素早い手が半ば以上勃ち上がったナルト自身を直接握る。強弱をつけた指で擦りあげられてしまい、今すぐやめやがれ、と続けようと震わせた喉からは噛み殺した熱を持った吐息だけしか生まれず、ナルトは悔し紛れに唇と噛み締めた。
ナルトの悔しさとは真逆に悪戯のようにもどかしい感触だけを与えられていたナルトの性器は近く強い刺激に喜ぶようにすぐさま張りと熱を満たし、先から白蜜を零しだす。
そうしてぬめりを帯びてより動きがスムーズになった手から齎される気持ち良さにナルトの唇も止めようと添えられていたナルトの手も、そして逃げるように引いていた腰もその頑ななさを解き始めた。
「…っあ、ぅっ…んんっ」
下から上へと指の腹で筋に沿って押すように扱かれ、先端の敏感な箇所を爪で擦られれば痛みとともに鋭く湧き上がった快楽と熱が霞をかけた頭でナルトはより強い刺激を求めて肩に頭を預けているサスケを振り仰いだ。
腹立たしいがもうここまで高められてしまっては一度昇りつめないとどうにもならない。
男の生理的現象とはそういうもので仕方なく、取り敢えずこの熱を開放してしまわないと、してしまいたい、と。
だがナルトの潤んだ青瞳に甘い媚びを見つけたサスケはぴたりと動きを止め、それが当たり前のように離れた。
「サス、ケ…?」
「よろしくない、と仰られたままでしたので止めさせて頂いただけですが?」
明らさまな故意を含んだ声が真実味の乏しい台詞を型どり、青瞳を驚きそのままに広げたナルトへとぶつける。
「てめっ…!」
かっと血が昇った頬の赤と瞳の青が濃くなり、睨み付けるがサスケの気分を下げるどころか上昇に拍車をかけた。
「続けるのであれば、どこをどうして欲しいのか仰っていただかなければ」
至極楽しそうに言った男の意図があまりにもお約束、かつ見え透いていて腹立たしいが続く言葉にナルトは口をへの字に曲げる。
「ちゃんと仰って下さればお望み通りにして差し上げますよ」
背後からナルトの正面に回ったサスケはそう言うと、楽しげに端を上げていた口元へと自分の手を持ち上げ、指についたナルトが零したものを舌で絡め取った。
長い指についた粘りのある白濁した液体を赤い舌と、欲望を押し込めた黒い眼が恨めしげにサスケを追っていた視界に映り、ナルトは一瞬腹立たしさに紛れた熱がぼっと火を上げるのを感じる。
ナルトの熱と自身の熱の二つを映し、交じらわせている黒い双眸は数字一つ数える間すら逸らされずナルトに注がれた。
寛げられた下腹部にその側にだらりと垂れたままの手と男にしてはしなやかという言葉が似合う指、小さな玉になった先走りで汚れた腹、シャツの下で息荒く上下する胸、紅でも刷いたように赤く色づいた頬ととろりとアクアマリンを溶かしたような熱を孕んだ瞳。
一つ一つを鑑賞し、触れるかのように、過去触れた感触を手のひらに甦らせるようにつぶさに撫でていく眼にナルトはぶるりと震える。
ただ見られているだけなのに、触れられてもいないのに、触れられたような、酷く恥ずかしく情けないのに、身の内に飼っている欲に喰らいつくような視線が更にナルトの熱を煽って堪らない。
なのに依然、目の前の男は楽しげにナルトがきちんと言葉にして言うのを待つだけだ。
ぎり、と噛んだ唇を震わせながらも開こうとする前に従順さを被った命令が響き、ナルトの頬は強張った。
「今のわたくしは『主の言う事を聞く』のが勤めですから」
長椅子の上に身をたえるナルトの向かいにまるで傅くように床に膝を折り、囁いた声音にナルトは反感を覚える。
勤め、というその響きに込められた皮肉が嫌に響く。
違うとは分かっていてもあの女の子達に笑顔を向けたみたいに、まるで本当にサスケが仕事のような気分でナルトに対しているような気になり、胸の中をぐちゃぐちゃにされるような不快感からじわりと目頭が熱くなってくる。
「も、ヤだってば…こんなんっ…し、仕事なんかでされんの、ヤだっ…」
くしゃりと歪ませた顔は小さな子供が今にも泣き出しそうで、苦しげに吐かれた言葉は身体を蹂躙する熱からの艶より痛みが勝っていた。
下から覗き込むようにナルトをつぶさに見ていたサスケは微かに瞠目すると、ふ、と吐息に紛れて笑みを浮かべる。
普段の皮肉めいたものでも意地の悪いものでもなく、嬉しさが滲み出た柔らかいも笑みを小さく出しては仕舞うと、あやすようにナルトの頬を包んだ。
「んぅっ…」
両頬に感じる普段は低い体温しか持たない手の高い温度にほっとしながら、ナルトは近付いてくる顔に眼を閉じる。
少し強引に、噛み付くような荒さで押し付けられる唇とは対象的に優しくゆっくりと口腔内を撫で、絡めてナルトの快楽を引き出す舌と合間から洩れる息にくらくらとした。
深く、浅く繰り返し何度も口付けられ、今一つ息継ぎが上手く出来ないナルトの頭の芯がぼぅっとしだした頃、漸くちゅ、と吸い付く音を残してサスケが離れる。
「なら最初から嘘吐いてまで下ンねーことしてんじゃねぇよ」
怒っているように言うそれが少しばかり苛めた呵責と望む言葉を聞けた嬉しさを隠すためだと分かる、蜜色の髪やこめかみに甘やかして落ちる唇にナルトは、照れ隠しの言とはいえ、誤解はきちんと解いておかねばと高い温度の息を一度出してからナルトは首をゆるく振った。
「…はぁ…うそ、なんか吐いてねーってば」
「本当にカカシに呼ばれたんじゃないのか…?なら何で?」
この店を知っている、そして来たのか。
甘党であるナルトはサスケと違いどこそこの甘味処やケーキがどうのとよく話しているが、こういった趣向の店まで把握し、ただ偶然に来るとはとても思えない。
何かしらの理由があるはずだ、ひょっとして誰か、それこそこういう所を好む相手――女とでも待ち合わせたのではないかと、サスケの中で生まれて育ちだそうとした疑念は先程とは違う、気恥ずかしさから耳まで赤くし、合わせていた視線をついと逸らしたナルトが霧散させた。
「そっ…それは………たまたま駅でサスケ見つけて、反対のホームだったけどさ、最近ずっと会ってねーし、あんま話しもしてねーしちょっと話してーって思って行ったら電車来て、つい乗っちゃって、そういえばサスケが最近忙しいのって何でかなって気になったから……」
「追けて来たってわけか。それでオレに見つかったのかよ、ドベ」
些か言葉の足らないナルトの説明だが、慣れたサスケにはその状況がそれこそ手に取るように分かり、緩んだ頬から溜め息に似た、溜め息、と言うには多分に浮かれた気配がある息を吐いた。
「うっせー!ドベって言うな!」
「見つかったついでにカカシにつられて調子に乗ったって所か。このウスラトンカチが」
「うるせーっての!だって、なんかハラ立ったんだからしょうがねーだろ!ずっと会ってなくて…その、ちょっとだけ……ちょっとだけだけど、さ、淋しいって思ったりとかしちゃってんのにサスケはなんか楽しそーにしてるしさ。あんな風に笑ってんのオレ久しぶりに見たってば…お、女の子に優しくすんのは当然だけど!」
「…へぇ」
抑えようとしてもどうしようもなく顔がニヤけていく。
その自覚はあるが隠す気にもならない。
滅多にないのだ。というかこんな風に言われた事など初めてではないか。
いつもいつも自分ばかりが抱え、焦り、持て余していると思っていた感情を、強い恋情から来る種類の感情をナルトの方が抱くことがあるのだと言われたのだから。
今一つ自覚の無いのが惜しくてならない。
ならばそれを気付かせずにいる術などないだろう。
「要するに俺が構ってやらなかったから淋しくて、俺に会いたくなって、俺が相手してる客に嫉妬したんだろ?」
ニィ、と口と目元か横へと流れた嫌味な、けれど端正な顔にナルトはますます顔を赤くして声を上げた。
「なっ、誰が!?自惚れんな!」
「お前がさっき自分で言ったんだろうが」
「わーー!知らねぇ聞こえねぇ!」
顔中を真っ赤にして膨らませた頬に、喉の奥を鳴らしたサスケが啄ばむがナルトは一向にこちらを見ない。
「悪かった」
このままではいくら嬉しくとも機嫌を損ねるのは分かっているのでそんな事態よりももっと楽しく有意義な時間にするべくサスケは言葉を紡いだ。
「な、何が」
ぎゅっと正面から抱き困れるとその腕の温度にほっとして、ナルトは背けた顔が前に来た肩へと自然に落ちてしまう。
「まず約束を破っちまったし、それがなくとも最近は電話すらまともに掛けられなかった。あの馬鹿オーナーが勝手にフルで入れやがったせいもあるんだが…って言い訳だな。悪かった」
背中に回された腕が宥めるように上下へとさすり、低い耳に心地良い声が繋ぐ謝罪は嘘やごまかしなどが一つもない、サスケらしいものだった。
確かに約束は破られたかもしれないがそれも軽い口約束で交わしたものだったし、バイトが忙しかったという理由があるなら仕方がなく、逢えないのを不満に思うのはナルト自身の勝手だから謝る必要はないと思うのだけれど、けれど謝りたいと思うサスケの気持ちが嬉しくてナルトはきゅっと腕を回し返した。
そして自分も下らない我が儘を言った事を謝ろう。
そう思ったのに。
「サス」
「だからその分しっかりと可愛がってやるから」
続くサスケの言葉がそれを蹴り飛ばした。
「やっ、いらねー!マジでいらねーってば!」
背を撫でていた手がシャツ越しではなく、ナルトの肌に直に触れてわき腹を撫で上げていく。
ぴたりと密着させていた上半身を離そうとサスケの肩を押しやるが、片腕ががっちりと腰に巻き付いてそれを許さない。
「遠慮すんなよ」
「してないっつってんだろーがバカサスケッ…っぁ!」
ぎぎ、とナルトが力押しした結果出来た隙間に腰を這っていた手がいつの間にか前へと戻り、放置されていたナルト自身をきゅっと掴まれくにゃりとまた抵抗は萎んでしまった。
同時にナルトの内腿に押し当てられたさらりとした布越しに感じた熱のある感触にさっとまた頬の色が変わる。
「中途半端でキツイのはお前もだろ」
そろりと視線を落とせば同じ男だからキツそうなその状態は痛みがあるだろうと想像してしまうほどで、けれど上げた視線の先にある顔は眼を除けばそんな素振りなど露とも見せていない涼しげなものだ。
「い、いつのまに…こんのむっつり……」
「しょうがねぇだろ。お前見た時からこっちはとっくに欲情してんのにさっきので勃たねぇわけないだろ」
「ナニさらっと変な事言ってんだーっ!」
あまりに明け透けなものいいにどうしてこいつがクールだとかストイックだとか言われるのか、人生七不思議の一つだと抱えかけたナルトの頭の中を溶かすような熱量を持った声が耳朶に注ぎ込まれる。
「変かよ?好きで会いたくてしょうがない恋人に会って抱きたくなるのが」
卑怯なくらいに真摯な声音を届けておきながら綺麗な歯列がふっくらとしたナルトの耳たぶを噛み、小さな痛みを与えた後でざらりと温かく柔軟な舌で懐柔してくる。
きゅうっと締め付けられるような痛みとこそばされるようなくすぐったさが混じった胸が大きく鳴りだし、つ、と触れた頬と頬が異常に熱くて熱くてナルトは小さく息を呑む。
「いい加減お前不足で死ぬ。だから…」
さっさと補給させろよ、と喉の奥で再びくぐもった笑い声を転がしながら、口付けてきた男の背にナルトはぎゅっと目を瞑ってもう一度腕を回した。
「このっ、横暴エセ執事…!」
過敏な神経が集中するそれらを一つに包まれる感覚。
普通にしていればあるはずのない感覚にナルトはぶるりと震える。
放置され続けていたナルトのものはサスケの指で与えられた軽い刺激だけでもう一度熱を吐き出したというのに、擦りつけられるようにしてあてられたサスケ自身と一緒に握りこんできた指に先の括れを指の腹で弄られただけですぐにまたずっと腹に溜まったものを先まで満たして反り返っていた。
緩くなった鈴口から幾筋も白濁が流れ、色合いのせいか薄く見える茂みを濡らす。
「っ…んんっ、あっ、サスケッ…!」
分かっていても上下するサスケの手に合わせるように腰が揺れて自ら擦りつけるように動いてしまうのを止められず、それでも満たしきれない、収まらない疼きにナルトはサスケの名前を呼んだ。
「これだけじゃ、イけねぇんだろ」
己の脚の上へと乗せたナルトの腿に空いた手を滑らせ、ぺろりと口先にあった丸い頬を舐めたサスケの強い情欲を滲ませている声が確信した物言いで言った。
ジーンズを脱がせ、濃い渋皮色の長椅子の上に酷く艶かしい色合いを晒している肌を滑った手が脚の付け根、双果のさらに後ろへと進み奥まった秘所へと潜り、止まる。
「もう一回イっちまってるし…」
く、と中指の先がまだ潤いのないはずの頑なな口へと宛てた。
「こっちがヒクついてる」
「んあっ…あ、あ…っ」
ぴりっとした痛みと異物感があるのに、それと同時に先の快楽を知っている身体の奥でむず痒いような疼きを訴えていた部分がずるっと蠢いてよりもどかしい刺激を走らせる。
「もうここもヨくしてやらねぇとイけねぇよな、お前」
「う、るせぇ…っ」
きっとナルトは睨みつけるが唇を引き結び、眉根を寄せた清冽な青瞳はしどけなく濡れ、側の青と引き立つように白い肌の上に昇った赤は淫靡なほどの色香を放っている。
甘く強請られているようなそれはサスケの欲を煽りこそすれだ。
「本当の事だろ」
からかうように笑ったいやらしい顔は雄の色を持っていて、悔しいがナルトはそれすらぞくりと興奮を覚えてしまい、口を閉ざす。
指の関節一つ、二つと這入った僅かなそれを求めて中で蠕動しだした襞の熱さと心地よさに、口の干上がりを感じながらサスケは少しくらい濡らそうと一度指を抜いた。
「やっ、抜く、な…てば」
ぎゅっと二の腕の服が皺になるほど掴んだ予想外のナルトの甘さに充ちた命令にサスケはナルトのものと一緒に緩い刺激を送っている自身が痛むように張り詰める。
「指だけっても、少しぐらい、濡らさねぇと痛いだろ」
とろりと随分していなかったせいか多く放たれ、ナルトの腹へと零れていた白蜜を指に絡ませる。
「指だけ、って…その、し、しねぇの?」
ほんの少し詰まらせて身体を巡る快感からではなく羞恥からまた一層赤くなった顔で、伏せるように眼を流したナルトにぐらりと傾ぐ。
理性やら抑制というものが。
ナルトが何をしないか、と聞いたのか分からぬほど野暮でも鈍くも無いし、サスケとて本当は今すぐにでもサスケ自身でナルトと繋がり、ナルトを何より近くに感じたい。
見せる媚態の一つ一つ全てを、愛おしいおと想う感情を直接注ぎこみ、余す所なく貪りたいのだ。
ただ家でも無いこの場所から帰らなければならないナルトに掛かる負担や後の始末等を考えて脆いと自覚のある理性を補強させていたというのに。
「……人が我慢してんのに煽りやがって」
「ひっああっ!」
ぬめりを纏った指が一度に数本、急くようにナルトの後庭へと這入り、ばらばらに動き出してナルトは唐突な強い刺激に高い嬌声を上げた。
「してぇに決まってんだろ」
ぐぐ、と長い指が奥まった媚肉を押し広げ、弱く過敏な箇所を引っ掻くように攻め立てていけば震えながら蕾が解けていく。
「あ、あ、サ、スケ…ェ…」
ここ最近色めいた事をしていなかったせいもあるのだろう、与えられる快楽を素直に呑み込み、肢体を震わすナルトはあまりにも扇情的でサスケは濃度の濃い唾液を嚥下する。
入れていた指を一気に引き抜き、ナルトの両脚を肩に掛けさせるように抱えなおすとナルトのものに擦りつけていた茎を宛がった。
「後から文句言うなよ…」
「え?あ、いっ、んんーっ!」
ひくつく口が開いた瞬間に抵抗しつつも絡み締め付けてくる肉襞の中に力と体重を乗せて腰を進めたサスケに、声を奪うように唇を塞がれたナルトは背を剃り返させる。
そうして奥まで押し入り、すぐさま動き出そうとする気配に圧迫感と痛みと快感でぐちゃぐちゃに混ぜられたナルトは堪らず胸を叩いた。
「ん、あっ、ちょ、っ…まって」
「待てるか」
だが逡巡の間もなく返し、激しく突き上げだした男に文句と着替えやらの現実的な問題に気付いたナルトが、気付いていたのならと止めろと言えるのも、カカシの愉快気な笑顔でサスケが胃をぎりぎりと絞られる痛みを味わうのも今ではなく。
淫蕩な音が一部屋の屋敷に満たされ続けた。
「国内線だからフライトの1時間も前に着けば十分でショ」
バタン、と荷物をトランクに積んだカカシがナルトの頭を撫でる。
さわさわと本当に手触りのいい髪を指で遊ばせるカカシにふわっと広げた笑顔は今浴びている春の陽射しのようだ。
「カカシ先生、ありがと」
「いや、気にしなくていいよ〜。可愛いナルトが旅立つんだから見送りぐらいしたいし、先生にも頼まれてるしね」
「旅立つって、ただの旅行に大げさだってば。味噌ラーメン食いにいくだけなのにさ」
けらけらと笑うナルトにカカシは目を細めて笑みを返しながら小さく呟く。
「北海道までラーメンねぇ…」
無事高校を卒業し、大学入学までの時間に北海道へ行くと決まったのはナルトの何気ない一言からだった。
テレビの全国ラーメン特集を見ていたナルトが「一楽が一番だとは思うけど、北海道の味噌ラーメンも食べてみてー」と他愛もなく言ったナルトに「行くか」とサスケが返し、翌日には旅行の手配は整っていた時にはナルトも驚いたが、飛行機のチケットから宿まで既に払い込んだと言われナルトが何を言う間もなく旅行が決まって今に至る。
突然気紛れで決まった旅行、そう信じて疑わないナルトにカカシは笑いが込み上げて止まらなくなりそうだと、自称花粉対策のマスクの下で密かに口角を上げた。
2ヶ月ほど前、カカシにバイトをさせろと言ってきたあの時こそが突然で、始まりだったとナルトは知らないままなのだろう。
その理由も、その為の涙ぐましい努力も。
「ナールト、いい記念日になればいいね」
「記念?って…何が?」
「ん〜、それはねぇ」
旋毛に置いたままだった手でぽんぽんと柔らかく叩いたカカシの言葉に案の定小首を傾げ見上げてきたナルトを可愛い、と思いながら一層笑みを深くしたカカシを背中から蹴りつける足があった。
躊躇いの欠片も無く、間違っても今からわざわざ空港まで送ってくれる相手にする態度ではないはずだが、蹴った本人はそれを悪く思う様子は欠片も見受けられない。
「無駄口叩いてないでさっさと車だせ。テメーと違って遅刻趣味はねぇんだよ」
深い眉間の皺と剣呑な眼が余計な事を言うなと、向けられるがそよ風ほども気にした様子のないカカシはサスケを酷く不快にさせる笑みを返した。
「俺もお前と違ってアニバサリー趣味はなーいよ」
「うるせぇ…!」
車のキーを手の中で回しながら運転席へと向かう背中にもうもう一蹴りを見舞ってやろうとしたがサスケの背中が引っ張られ、止められる。
「カカシ先生蹴るなってば。てか、サスケ、記念って何?何かあったっけ?」
止めるな、と振り返ったサスケだがじぃっと見つめてくる純粋に疑問を湛えた目にその口の方を止められた。
全く分かっていない、本当に少しも気付いていないと改めて確認させられると、サスケの中に分かってはいるが多少の落胆が生まれる。
「別に大した事じゃねぇけどな」
結局気にして、些細な事さえ喜んでいるのはいつも自分だけだと少々不貞腐れた気分で投げ遣りに言うが、真っ直ぐ見つめてくる目が先を促してきて、サスケは小さく息を吐いた。
「ただの卒業記念だ。お前頑張ったから褒美でも寄越せって言ってただろ。それと…明日は付き合い始めて3年目ってだけだ。お前は忘れてるけどな」
「へっ……?」
言われてもすぐには思い出せなかったナルトが、精一杯脳を働かせ、約2ヶ月ほど前と3年前の記憶を俯いて考え、引っ張り出す。
卒業して皆と別々になる淋しさを紛らわせる掌と照れ隠しに言った自分の言葉、そして入学してすぐに言われた息を止められると思った言葉。
記憶の海から漸く時、見上げたサスケの顔は照れているのだろう少し赤くなっていた。
それがナルトにも伝染ったように顔が火照っていくのを感じる。
あの時の我が儘のような一抹の物悲しさを本気で受け止めてくれた事、あの日の事を大切に想ってくれていた事実、それと2ヶ月前という時期の重なりから来る推測から。
「え、じゃ、じゃあさ、ずっと前からこれ計画してたりとかすんの?」
「悪りぃかよ」
低く篭った、ぶっきらぼうな返事は怒っているようにも聞こえるのにナルトを嬉しくさせる。
「ひょっとしてさ、あのカカシ先生んとこでバイトしてたのとかさ、この為だったとか?」
思えばあの少し後から急にサスケは忙しくなりだした。
時期的な事と、そしてぽん、と出した――ナルトが折半すると言っても譲らなかった――結構な旅行費用を考えれば当然浮かびあがる考えで。
沈黙が肯定だった。
「その、なんてゆーかさ…」
言いあぐねるナルトに、気恥ずかしさが更に増し、べつに大した事じゃない、と開きかけたサスケの口はまたしてもナルトに止められる。
「オレってばあんま何した日とかそんな気にしないってか今一緒だったらいいって、これからも居られたらそれでいーっておもってたけどさ…なんかこーゆーのも嬉しいってば」
へへっっとはにかみ、それこそ花が綻ぶような笑みをふうわりと広げたナルトに。
「ナルト…」
自然の成り行き、と緩くあがったナルトの唇を奪おうとしたサスケだが、カカシの冷やかしにより邪魔をされるというお約束により愛車を蹴り上げるという行動に変更するはめになり。
卯月の空だけが穏やかにその音を吸い込んだ。
オハラ様のお誕生日祝いに捧げさせて頂きたいと思います!
もう、色々と本当にすみません!!!(土下座)
オハラ様のお誕生日は4月。今は…………orz
ああああごめんなさいー!!!(土下座)
タイトルの意味はご主人様、ご用命を、というような感じです。間違ってる可能性大です。(すみませっ;;)
そしてしっかりと書いてはないのでうすが、サスケがバイト中に愛想が良かったのはバイト開3時間で苦痛の限界が来たサスケが「客は全部ナルトと思い込めばいいじゃねぇか…!」と自己暗示で客をナルトだと思い込み、目にフィルター掛けてたからで、ナルトを見つけ、名前を呼んだ時疑問系だったのは「本物?」という疑問だったりし、します。友人ときやさんの素敵な一言が切欠です。ありがとう!
またしても説明の必要な物を失礼しました;;
そんでもってサスケはアニバーサリー男だと思います(笑)ナルトは忘れ去ってもサスケは何かあったら一個一個憶えて、記憶をなぞってそうだと!(すみません;)
頂いたリクは
『現代パラレルで高校3年生サスナルのエロギャグ、卒業&付き合って3周年記念なので、(その事をナルトは忘れてますが;)サスケは「卒業旅行も兼ねてどっか行きたいゼ!」と、ナルトには内緒でバイトをするけどお金が足りないので、サスケの叔父であるカカシが経営する《執事カフェ》で臨時のバイトをし、最近なかなか構ってもらえなくなったナルトがサスケを尾行して執事カフェでバイトしてることを知り、「困らせてやるってばよ!」なノリで乗り込み、腹いせにワガママばかり言うのでキレたサスケに襲われる、サス←ナルに見せかけてサス→ナル』
だったのですが大遅刻な上に全然リクに添えてなくて…本当に本当にすみませんすみませんすみません!!!!
しかも場所が場所なので触りっこな感じ、ってだったのに、ヤ、ヤっちゃってるし…その癖ぬるい内容だし……申し訳ありませんでした;(土下座)
執事喫茶さんでは一応基本は「旦那様」と呼んでらっしゃるそうなのですが、個人的マイ憧れ天才執事ジーブス(国書刊行館版の翻訳)は「ご主人様」らしいので「ご主人様」になりました。
当たり前なのですが実際にある執事喫茶とはまったく違いますし、システム等も含め無関係でございます。アタイの頭のみの妄想執事喫茶!
こんなんいらん!と思われるかもしれませんが押し付けさせて下さいー!
そんでもってこのような駄文を読んで下さった皆様、ありがとうございます…!
駄文ですみませんでした!