無防備にさしだされた手と、そいつのそんな顔が珍しかった。








爪切り









「お先ってばよ〜」
ぴっと僅かな引っかかりが出来るようになった爪が気になり、爪切りを探すために立ち上がったと同時に部屋へと入ってきたのは同居人であるうずまきナルトだった。
ぽたぽたとまだ存分に濡れている髪が落とす雫にサスケが軽く眉を顰める。
そんな乱雑な拭き方で風邪でもひいたらどうするのだと。
「ちゃんと拭け」
小物入れがあるテーブルボードに向けていた足の方向を変え、冷蔵庫から取り出した牛乳を飲んでいるナルトが座るソファの背後へと回ると、男にしては華奢な肩に掛けられたタオルを取り深い金色になっている髪を拭き始めた。
「あ、いいって。自分でやるから」
「出来てねーから俺が今やってるんだ」
自分の髪を丁寧に包み、水気を取っていく動きにすぐさま振り返り、ナルトは身を捩ろうとするのを、タオルごと頭を掴んで無理矢理前を向かせる。
そうして抗議を封じてしまうようにそのままタオルに当てた手を動かしていくとしぶしぶ抵抗を止め、軽く顔を俯ける。
ナルトはこういった事で誰かにされたり、甘えたりすることを酷く嫌がる。
嫌がる、というか気恥ずかしいらしい。
前に一度だけそう言っていた。
今もそうなのだろう。
被せられたタオルの終わりから覗く項がほんのり朱を帯びている。
きっと下を向いている顔はもっと赤い。
そんなナルトの仕草が可愛くかつ、ナルトの行動が腹立たしい。
早くに両親を無くし、中学卒業と同時に厄介者扱いされていた親戚の家を出て自力でバイトをしながら夜間高校を卒業したとか。卒業後、バイトをしながら行きたいと思った所を転々として暮らしてきたとか。何事も全部自分のことは自分で、というものを身に叩きこませてきたからとか。
そういった過去など捻じ伏せて、無条件に甘えてこないのが悔しく思う。
何よりナルトと知り合い、一緒に暮らすようになって8ヶ月、そう言う意味で付き合うようになって半年以上は経過したというのに未だにそうさせられない自分自身が一番腹立たしい。
単純に甘えるのに慣れていないというよりも、ナルトの場合はそれを当たり前になって依存する可能性が僅かでも生まれるのを嫌っているようにサスケは思っていた。
依存すればいい。
そうして俺という存在がナルトの中から抜けなくなるように、必要不可欠なくらい侵食してやりたいのに、こいつはそうさせてはくれない。
こんな些細な事でさえ未だに軽くであろうと抵抗に遭う。
その度にサスケはいつかナルトが突然この街にやってきてたように、突然いなくなってしまうのではないかと不安に駆られる。
ナルトを繋ぎとめられるだけの存在である自信を持ちたくても、持ちきれない。
サスケにとってはとうにナルトがいない生活など考えられないのに。
「サスケ?」
つい考えに没頭していたせいで止まってしまった手をい訝しみ、振り返り上目遣いに風呂上りで潤んだ目が見上げてきた。
「ドライヤー取ってくる」
誤魔化すようにもう一拭きだけすると、ぽん、と頭を撫でて洗面所へと向かう。
「そこまでいらねぇって。すぐ乾くんだし」
「駄目だ。今日は結構冷えるし、放っておくと風邪ひくぞ。お前明日もシフト入ってんだろーが」
ナルトと知り合う切欠になったバイト先はサスケも同じく働いていて、ナルトのシフトも知っている。
サスケの場合は大学に通いつつ、ではあるが。
奨学金を受けているとはいえ進路で揉めて飛び出した親元からの仕送りを一切受けていないサスケが選んだだけあって時給は非常にいいのだがその分、飲食業とは思えないほど体力を恐ろしく使う。
風邪気味で入るにはきつい。用心するには越した事はない。
素直に心配だと言えないサスケの性格と、簡単に甘えることをしないナルト性格にはそういった言い訳がまだ必要で、もう一度サスケは小さな苦みを味わった。



ぱきっ、ぱきっと硬質な音が連続的に鳴らしながら、爪の白く邪魔な部分を切り取っていく。
固い爪は切られた側から跳ねるように新聞紙に落ちて、散らばっていった。
器用な手先が滑らかに形に爪を切り落として行くのをじっと青い目が追っていく。
両手が終わり、両足も終えて、床にことりと重めの音とともに爪きりが置かれたと同時だった。
す、っと白い両手が差し出されたのは。
「なんだ?」
目の前にある二本の腕にサスケは、差し出された意味が分からず持ち主を見る。
じっと真っ直ぐにサスケを見てくる青い瞳が妙に真剣だ。
「オレのもやって」
「?」
「だから、爪。切ってってば」
分からなかった意味をはっきりと聞いてサスケは余計に凝視する事になった。
「ヤなら別にいーけどさ」
何も言わずただじっと見てくるだけのサスケに、すぐに引っ込めようとした手を慌て掴む。
「嫌だなんて言ってねぇだろ」
掴んだ柔らかい手をしっかりと握りナルトを見れば、髪を拭いていた時のように少し頬が上気していた。
「じゃ…お願いシマス」
引く力を抜いたナルトに笑みが浮かびそうになるのを抑え、掴んでいた片方の手を広げる。
白く、滑らかで綺麗な手だと改めて思う。
西欧の血が混じっている白さと、東洋の肌の肌理の細かさが混じったそれは女のものにしては大きいが、男にしては柔らかさがありどこか艶めいていた。
右手の親指を取り、桜貝のような色と形良い爪の白く出た部分に銀色の鈍い刃を入れる。
サスケのよりもずっと柔らかく、跳ねる事もない、下手をすればくにゃりと切った部分が曲がる爪は栄養が偏ってきた生活をしていた証だ。
一緒に暮らすようになってナルトのラーメンを中心とした偏食ぶりには心底驚き、かなりの改善をさせたが、何年もかけて作られた身体の根本的改善にはまだまだ遠い。
「てめぇもっと太れ。てか太らす」
手に取ったナルトの指も細く、決意を改める。
「はぁ?ナニ言ってんの?イキナリ」
「本来指をガードするためにある爪がこんな脆くてどうすんだ。栄養が偏りすぎなんだよ。お前痩せすぎ」
「うるせーってば。別に痩せすぎじゃねぇし。ちゃんと食ってんじゃん」
好き嫌いの激しい己の食生活を言われ、唇を尖らせたナルトが言うように量は本当によく食べている。
だが、どう考えても疑問に思うほど見事に身体に付かない。
全体的に華奢な身体だ。抱き込んだ時すっぽりと腕の中に収まるのは嬉しいが、それでももう少し丸くなった方がいいし、そうなっても矢張り腕にすっぽりと抱えるのに問題はないだろう。
「もっと食え。好き嫌いしねぇでな」
ぱちり、と中指に取り掛かる。
「うっせー。サスケだって納豆食えねぇじゃん」
「俺とお前じゃ嫌いなもんの量が違うだろうが」
するすると滑らかな新しい曲線が出来上がっていく。
「いいから太れ。それにもっと良くなるだろうしな」
「何が?」
急に手を止め、ふ、と口の端を上げたサスケにナルトは何の疑問を抱かずに聞き返す。
「抱き心地」
にやり、といやらしい笑みを浮かべたサスケにナルトは一瞬の間の後、真っ赤に顔を染め上げた。
「っバカサスケ!」
「動くな、深爪すんぞ」
身を引きかけたナルトの手に力を込めて、薬指へと爪切りを当てる。
「誰のせいだっての」
「悪かった」
膨らませて横をむいた頬にキスをしたくなる衝動を抑えながらサスケは謝罪を口にした。
「許してやるってばよ」
小指の爪を切り終えたサスケにナルトは左手を差し出すとシニニっと子供のような笑いを寄越し、目を細める。
右手と入れ替わった左手を取ると、滑らかな流線が描かれているナルトの指の一つの幅を確かめるように、サスケの少し骨ばった手で包み、親指と人さし指で挟む。
そうしてまた慎重に余分な部分だけを無くしていく。
自然に降りてきた、苦痛を少しも含まない沈黙の中でぱちり、ぱちりと静かに流れる作業をナルトはじっと見つめる。
自分よりもずっと男らしい、若竹のようにまっすぐと綺麗なサスケの指が密かに好きだと思いながら。
本当に器用な手先は初めから決まっているように美しいアーチ型の切り口を爪に作っていく。
するりと動き、交差して重ねられる大きさの違う指と手が絡んで右手の時と同じように、親指、人指し指、中指、と順番に整えていき、十指全てが終わるまでそう時間はかからなかった。
「しかしお前が爪、切ってくれなんて珍しいな」
仕上げに息を吹きかけてた手を離すのがなんだか惜しく、繋いだままずっと思っていた事をサスケは口にする。
「そだっけ?」
「初めてだろ、こういうの。いっつも絶対甘えてこねぇじゃねぇか」
「甘えてって…別に自分のことは自分でしてるだけだし」
「だから珍しいって言ったんだ」
「それは……」
多少なりと自分のそういった性格に自覚があるのか、ナルトは口籠る。だが困るとか、不快さはないようで、ただ気恥ずかしいのかまた顔が赤くなっていた。
「ホント言うと…ちょっとだけ誕生日だからってのもあったりすんだけどさ」
人差し指で頬をかきながらさらっと言われた言葉にそんな仕草が可愛いとゆっくり眺める余裕は吹き飛んだが。
「なっ!何でもっと早く言わねーんだてめぇは!!クソッ、何も用意してねぇじゃねぇか!」
カッと怒鳴ってしまったサスケに、何をそんなに怒るのだ言うように青い目が丸くなる。
「今してもらったってば」
「こんなのがか!?巫山戯んな!」
「オレには十分なの」
にへっと気の抜けたような、けれど嘘偽りなく嬉しそうに笑うナルトに痛みか焦燥かが分からないものがサスケの中に渦巻く。
「俺の気が済まねぇんだよ」
くしゃっと前髪を掻き上げ、小さく舌を打った。
ナルトの誕生日一つ知らない己が、聞いておかなかった間抜けさが憎くてしょうがない。
「んじゃさ、足も頼むから」
「ぐっ!」
げしっと腹に蹴りを入れるよに、というか入れて寄越してきた足に、サスケの溜まった苛立ちやらが一気に吹き飛ばされる。
「てめっ」
つい口を突きそうになった文句は浮かんだままのナルトの笑顔に呑み込む。
どうやったって、こんな時のナルトに敵わないのだ。
「……もう少し後ろに下がれ。切りにくい」
「おう」
小さく吐いた溜め息とともに出されたサスケの台詞にナルトはまた子供のような、けれど子供らしからぬ綺麗な笑顔を見せた。
少し下がり、後ろ手に突いたナルトがサスケの手元に脚を伸ばす。
足裏に片手を沿え、見易いようにと目線までサスケが持ち上げたせいもあり、ナルトは半ば寝転ぶような形になった。
そこで急にナルトは恥ずかしさが込み上げる。
足なんて箇所を人の、サスケの顔のすぐ近くに向けているのが何だか妙な気分になるのだ。
吐く息が指先や足の甲をくすぐってこそばゆくもある。
そんな感覚を無視するようにナルトはサスケの顔を見ないようにと横を向くが却って見えない分、意識がそちらへと行ってしまい仕方なしに視線を元に戻した。
「あんま動くなよ」
「わりぃ」
あまり変わらない表情とは不釣合いに低い声が掠れていたのにおかしな気分に襲われていたナルトは気付かない。
手元から伸びやかに続く白い脚。
上から見える脚と夜着にしているハーフパンツから覗く付け根の眺めの良さと、足と言うあまり顔とは最も遠い位置にある箇所を近くにあるという妙な感覚にどきりとする。
まるで押し頂くように手にしたナルトのこんなところまでしっとりと綺麗な足の指の間に、サスケは指を割り込ませ、一本を固定する。
きゅっと抓むようにして、ぱちん、と手よりは硬い爪に刃を入れた。
逆爪になりそうな部分も、深く切り過ぎないようにゆっくりと。
くるんと下に向いていく指はやはり足も綺麗だと思いながら。白い肌で作られている指の先は赤く色づいていてなんだか艶めかしい。
二本目、三本目、片足、と終わらせながら、サスケはしなやかな足と脚を目で堪能する。
すっと撫でて、五本全てを終えた爪の形を確認すると、終わった片方を胡坐をかいている己の腿に置き、残るもう片方を引き寄せた。
踵を掴み、土踏まずにしっかりと掌を添えて角度を調節し、指と指の間にサスケの手の指を押し込み、切り始めた。
比較的大きい親指から愛らしいとさえ思うほど小さい小指まで終えるのにそう時間は掛からないはずなのに、サスケは殊更ゆっくりと刃を入れていく。
どこかの姫君が奉仕されるような丁寧さで、遠慮ない手で指が捕えながら。
黒い目がじっとほんの少しでも外されることもない。
どこもかしくも丸みのあるナルトの身体は、どこもかしくも誘うようで。
ぱちっ、と最後の小指の爪端が落ちたと同時に、ナルトの足の甲にしっとりとした熱が押し当てられた。
吸い付くような音とともに。
柔らかな感触はそのまま指先へと移動し、たった今形を変えられた一本一本の指を確かめるように移動していく。
「サスケさぁ…オレ別に爪切ってとは言ったけど、ちゅーしてとは言ってねぇんだけど」
恥ずかしさからナルトの声が上擦っている。
さっさと足を引いてしまえばいいのに、動揺からそれすら思いつかない。
無論、例え出来たとしてもサスケがあっさりとそれを許すのはまた別の事だが。
「誕生日プレゼントだ。たっぷりとヨくしてやる」
僅かに上げた唇が紡いだ言葉が示すこの先の出来事にナルトは羞恥から、今日一番の赤面をした。
「おっ、お断りするってばよ!」
「俺がしてぇ。させろ」
「何ソレ、フザケんな!」
つい先刻サスケが言った台詞を今度は口にする。
意味合いは全く違うが。
「巫山戯てねぇ。しっかりとヨくしてやるって言ってんだろ」
「ああもう、人の話を聞け!会話をしろっての!」
至極真っ当な事を言うのだが、それが通じる相手ではない事に問題がある。
返されたのは言葉ではなく、足指をねっとりと擽ってきた舌の感触だった。




















(終)


ナルトさんハピバーーー!!!! ま、また祝ってるか本当に怪しく、かつ微妙な内容で申し訳ありません;
本当に祝う気持ちはめいいっぱいあるんですが;;ヘタレた駄文ですみません;(土下座)
はっきりは書いていないのですが、ナルトさんはその日暮らしというか、家無しでふらふらと思いつくまま旅して、ここ、と決めた街で1、2ヶ月働いてはまたどっか行って、という生活をしてました。
そんで宿とかはお金があればカプセルホテルとかネットカフェとかで泊まったり、お金や場所が無かったりしたら野宿とかしていて、バイト初日でその事を知ったサスケが強引に泊まれと連れ込んでそのまま同居→同棲、となったという経緯があったりし、ます;
またこんな場所で補足して済みませんでした;
こんなんですがこれも今月一杯フリーですので宜しければドゾー!
'05/10/10