うちはサスケは口が上手い方ではない。
上手いどころか日常会話に於ける言葉数が極端に少ない、はっきり言って口下手な人種に属する。
何か己の得意な専門分野での解説や論理の展開などではすらすらと出てくる単語も、自分の感情を表すという場合ではいっそ見事なほどのその貧困さに喘ぐ。
そんな訳で彼は今悩んでいた。
心情的には困っていると言っていい程に。
どうすれば目的を達する事が出来るのか。
日頃それなり以上の評価を受けている頭は全く答えを提示してくれなかった。









糖分摂取










継続的な電子音が暫く鳴ったところで、携帯から鳴るそれが合わせていた目覚ましアラームで無い事に気付いたサスケは低血圧の、酷く寝起きの悪い頭でも懸命に腕を伸ばして通話のボタンを押した。
『サスケー!窓開けてくれってばよ!』
機械を通したどこか浮いた感のある声に先行するように近い声が窓の外から聞こえてる。本来なら電話など不必要なほどの距離しかないのだが、朝のサスケの寝起きの悪さを知っているからの措置だろう。
相手が誰かなど分かってはいたが実際に聞こえるとやはり嬉しい声がサスケの鼓膜からまだ稼働の悪い頭に染みていく。
『サースーケー!』
確実に近所迷惑になるであろう大声だが、それも自分の名前を呼ぶなら気分も良いと沸いた事を思いながらサスケは寝床のベッドから這い出し、窓を開けた。
「サスケ、おせぇーっての!んで退いてっ」
退いて、と言いながらもう既に窓から身を躍らせている。
いつもの事とはいえ、サスケは少し慌てながら後ろへと引き、着地地点でしっかりと腕を伸ばしてどんっ、と痛みに近い衝撃とともに高い体温を腕と胸に収めた。
「っ〜ぶね〜。あのさ、いつも言ってっけど受け止めたりなんかしなくていーって」
まだ7時を数分過ぎた程度なのにもう制服に着替えたナルトが腕の中から見上げてきて、丸い蒼玉が子供扱いされていると思っているのだろう、照れを含んでほんのりとまわりを赤くしている。
「うるせぇ。下手にコけられて物壊されたら困るだろうが」
すぐに活発になる心臓とそれに送られ集まる血を沈める為、ナルトから離れ寝床へと戻りながら、取り敢えずいつもする言い訳を口にした。
「しねぇっての。あ!それよりサスケ、今日の一限目数学だったよな?ノート写させてくんねぇ?」
昨日やるつもりだったけど寝ちまった、と言って両手を合わせて頭を下げるナルトに眉根を寄せる。
「ダメ?」
やはり昨日きちんと目の前で監督すべきだったとサスケのついた溜め息にナルトがちら、と上げた丸い目がじっとこちらを見つめてきた。
この違うと分かりつつもこのどこかの小動物のような青い目に勝てるやつがいるのなら是非目の前に連れてきて証明してみせろと言いたい。
「鞄ン中に入ってる。持っていけよ」
顎で鞄を指すと、ナルトの顔がそれこそぱっと輝いた。
「サンキュー、サスケ。ガッコ行く前には返すからさ」
「別に学校でいい」
PCデスクの側に置かれた鞄からノートを取り出し、すぐにでも戻ろうとしたナルトにサスケの声は常になくのんびりとしていた。
「どーせ先に会うってばよ?」
確かに授業が始まる前なら別に学校で渡しても問題はないけれど、家も通ってる高校もクラスも同じである二人はもう幼稚園の時からの習慣としていつもサスケがナルトを迎えに行って一緒に登校、となっている。
いつものように顔を見た時に渡してもいいのでは、とナルトが思うのは自然だった。
疑問符を浮かべるナルトにサスケの顔がそれこそ余程苦いものを口に入れられたかのように顰められ、重い声が吐き出される。
「…今日は遅れていく」
「え?何で?サスケどっか具合でも悪ぃの?」
そういえば着替えもせずベッドに座ったまま、下を向いて溜め息なんかを吐き肩を落とすサスケの元へとナルトは行き、しゃがみ込んで暗い顔を覗いた。
良く見れば顔色が少し赤くなってきていて、熱でもあるのかもしれない。
「違う。そうじゃねぇ」
だがきっぱりとサスケから否定され、なら何で、とまたナルトが口を開く前にサスケが溜め息とともに遠回しに理由を言った。
「今日は何の日か分かんねぇかよ?」
今日。
言われて日付を頭の中で辿れば2月14日、日本でもすっかりお馴染みのバレンタインデーだった事に気付く。
そしてそれに伴う騒動も。
「朝から行くとウザくてしょうがねぇから、授業が始まってから行く」
サスケが心底嫌そうに吐き捨てる理由は他の男性陣からすれば決してその様な気分になるものではない。
チョコが一つも貰えない、いくつか貰えた、というささやかな見栄を張り合いたい年頃の男子ならばむしろ普通は喜ぶだろう。
何と言っても毎年貰いすぎてうんざりするというのだから。
告白する気持ちをチョコの乗せて渡すという風習が一般的な日本で、甘い物が苦手とするサスケにとてみれば嫌いな物を押し付けられる日だ。
それが見てくれと多少の成績の良さとやらで冗談ではなく大量と化すのだから堪ったものではない。
どれほどすげなく断ろうともこの日だけは喰い下がり方と多さが半端ではなく、断るだけでも苦労と疲労を強いられる。
そして最終的には下駄箱やら机の上に無理矢理に押し込まれているのだ。
そればかりは返したくとも返しようがないのでサスケも受け取らざるを終えない。ので断られた子も最後にはそうしてサスケが少しでも席を離れた隙にチョコを押し込んでくる。
どうせそうなるなら断る苦労を少しだけでも無くしたいとサスケはこの日だけはわざと遅れて学校へ行く事にしていた。 中学二年からのこれもある意味習慣だ。
「でもそんな嫌がんなくてもいーじゃん。受け取るぐらいしてあげればいいだろ?せっかく女の子がイッショウケンメイ作ってくれてんだからさ」
「あんなクソ甘ったるいモン渡されるなんざウゼェだけだ」
しゃがんで下から覗き込んだまま、珍しく諭すように言ったナルトの言葉を一瞬の迷いも無く切り捨てたサスケにナルトの声と頭が上がった。
「だー!このレイケツカン!オレなんか去年は4個しか貰えなかったのにゼータクだってば」
元々しゃがんでいたためサスケの顎下を旋毛が直撃するのは難しい事ではなく、ナルトの思惑通りサスケは後ろへと倒れた。
そこまでは良かったのだが、勢い余ってナルトもサスケの上に倒れこむ。
ちょうど上に乗り掛かってしまうような形でバラバラとポケットに入れていたものが落ちてしまった。
「ってめぇ…いきなり何しやがる!」
強かに顎を打ったサスケは幸い噛まずに済んだ舌をすぐに回して怒鳴るがナルトに応える様子などあろうはずが無い。
「うるせー!チョコのありがたみを分からない奴にはちょうどイイ罰だっての」
不満げに頬を膨らませ、眉根を寄せるナルトが貰った4個はサクラ、いの、紅先生からの義理とヒナタ――本命なのだがナルトは気付かずに終わった――という内訳となっている。
「好きでもねぇやつから貰って嬉しいかよ?」
はぁっとまた溜め息を吐いたサスケにナルトは力強く頷いた。
「そりゃ男としてモテたいと思うのは当たり前だし、それにバレンタインのチョコってすげーウマイし!」
大の甘党のナルトは拳を握って力説している。
チョコを貰いたい理由が好きな甘い物、という事と一般的なサスケからすれば馬鹿らしい男の見栄という事だけにサスケは密かにほっと息を吐いた。
特定の誰かから、もしくは誰かでなくとも想いを打ち明けられたのならば付き合ってみたい、というそんな理由を未だ抱くことのない晩熟っぷりとそんな想いを寄せられてもに気付かない鈍感さに感謝するが、その鈍さによってサスケも相応の苦労をさせられているのだからプラスマイナス、差し引きしてゼロといった所か。
取り敢えず今は自分の腹の上で目を輝かせて拳を握り締め、チョコレートの美味しさを力説しているこの天然記念物指定をしたくなる鈍さを持つナルトを退かさなければいけない。
でないとサスケには色々と困る事がある。
理由は己の感情と若さだ。
「いい加減に退け」
「あ、わりぃ」
すぐ間近にある顔を正面からは見ず、腹筋を使って上半身を起こそうとしたサスケからやっと退いたナルトだが、その拍子にまたポケットの中身が落ちてきてしまった。
さっき落ちたのは生徒手帳やボールペンやらと一緒に拾ったサスケはそれが小さな食べ物だと気付く。
それも少し変わった、けれど元々の物は誰でもしっている。
四角い、今しがたナルトがサスケには分からない美味しさを力説していた小さなチョコ。
チロルチョコだった。
ただししっかりと「きなこもち」と書かれていて、サスケは初めてみるものだったが、この形状、大きさは間違いなくチロルチョコだ。
「お前こんなのまで持ち歩いてんのかよ?」
ポケットにチョコレートを入れて歩くなどどこの子供だ、というサスケの心情が浮かんでいたがナルトは気にする事なく嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「朝のチョコはオレにとって一日のカツリョクゲンなの!それにすっげぇウマいんだって。中にもちが入っててさー」
大好きだってば、と語尾にハートマークがついてそうなほどうっとりとした口調にむっと不快な感情が湧き上がるのを、そのみっともなさの自覚で押さえ込んだサスケが掌の中の小さなチョコをじっと見遣った。
「なら、くれ」
そして過ぎるほど端的に要求した。
主語を端折ったサスケの言い分が分からなかったナルトは隣に座りながら小首を傾げる。
「これ一個ぐらいいいだろ」
「だ、ダメッ!ぜってぇダメ!」
生徒手帳やら他の物は返し、手に残ったチロルチョコを握り締めようとしたサスケに主語が何か理解したナルトが盛大に否定を紡いだ。
「それってば最後の1個だし、今日はまだ食べてねーもん」
緩く開いていたサスケの手からチョコを取り戻すと、その場で包みを開けて口へと放り込む。
ふわっと広がるきなこのと甘い香り、そしてカリ、と噛んだ中から柔らかな餅が出てきて、やっぱり美味しい。
緩んだ笑顔を浮かべたナルトは、手持ち最後のチョコを食し終えるとノートを手にして立ち上がり窓へと足を掛けた。
「じゃな、サスケ。ちゃんと学校来いってばよ」
そしてすぐ目の前の自分の部屋の窓へと潜る。
「あのウスラトンカチ…」
視界からあっという間に金色の騒々しい嵐が去った部屋で、少なからず落胆に満ちた声が響いた。



月末締めの10日払い。
それが通っているバイト先の給料計算のシステムだった。
学校が終わってからのバイトだから社会人からすれば大した額ではないけれど高校生には結構な額で、今日はお給料を貰ってからまだ4日しか経っておらず、財布の中はそこそこ暖かかったりする。
そんなちょっとリッチな気分で朝の間食と昼休みのおやつを仕入れる為に家からの通学路の途中にあるコンビニへとナルトは自転車を停めた。
客が多い忙しい朝でも「いらっしゃいませー」という掛け声を忘れない見事な店員の声に迎えられてまずはと、朝の教室で軽く腹ごしらえするものを物色する。
朝食はしっかり食べてきたけれどそこは育ち盛り、まだまだ身長も伸びる予定のナルトとしてはその為の栄養補給を惜しむつもりはない。
メロンパンと苺クリームのデニッシュ、そしてデザートのでかミルクプリンを手にするとお菓子コーナーへと向かった。 ポッキーのつぶつぶ苺にすべきか、それともキットカットの期間限定にするべきか。
いやここは塩っけも取り入れてプリッツにすべきか。
悩んだ末、プリッツを手に取るとナルトはチョココーナーへと回った。
本来なら男としてはバレンタインデーというこの日だけは堂々とは立ちたくないコーナーだ。
もうずっと何日もきらきらと可愛らしいデコレーションで飾られたチョココーナーは美味しそうだけど、甘党のナルトでも近寄りがたい雰囲気があった。
だが、今日でもナルトは寄る。
うっかりストックを食べ切ってしまったため、今日という日でも寄ってしまうほどに今一番ハマっている、虜になっていると言っていいチロルチョコの為に。
オレンジ色の包装紙の上に描かれた可愛らしい丸く膨れ上がったキャラクターのイラストににへらっと頬を緩めた。
(取り敢えず10個くらいでいーよな…でもやっぱ20個でも…いやでも…)
幾つ取るか、真剣に悩んでしまう。
出来ればこの20個くらい欲しいけれど、今日はバレンタインデーだ。
もしかすると誰か可愛い女の子がチョコをくれるかもしれない。
というか欲しい。
というかあると信じている。
そんな日に何個もチョコを自分で買うのもどうかと思い、ナルトは10個と心に決めて手を伸ばした。
だがその心の決意は伸ばした腕の先、もう一つ隣に目が行った事で覆される。
じっと吸い寄せられるように行った視線が釘付けにされ、ナルトは予定よりも遅く学校に着く事となった。
「よ、ナルト。今日は保護者は一緒じゃねぇのか?」
席に来てすぐ、ナルトの一つ前の席に座るキバが声を振り返ってナルトを見上げてきた。
「サスケなら今日はチコクだってばよ。多分一限目のとちゅーくらいから来るんじゃねぇ?」
鞄を肩から外し、座ったナルトはいそいそとコンビニのビニール袋を取り出す。
「あ〜、アレか?朝まともに来るとチョコ渡されすぎるからってヤツか?確か去年も遅刻してたよなぁ」
「そ。ゼータクだっての!甘い物キライだとか、ウゼェとかすっげーヒデー事言うくせにオレのチョコ取って食おうとすんだぜ?信じらんねぇ!」
「へぇ〜」
にやっと口の両端を上げたキバに気付かず、ナルトは今朝の出来事を思い出しては頬を膨らませたが、鞄の重みにすぐにそれは治まった。
「?何かイイ事でもあったのかよ?」
いつもならもう少しサスケへの愚痴とキバ曰く面白いネタを提供するはずのナルトの口が止まり、どうしたのだろうと少なからず機嫌の良いナルトに疑問を浮かべたる。
「へへっ、それは後のお楽しみ!」
ナルトの上機嫌の謎は午前中の授業終了まで解かれず、キバの中で小さく燻り続けた。



「このウスラトンカチ」
昼休みは屋上で取る。
立ち入り禁止とされている屋上の鍵を去年の春に壊したナルトとキバとシカマルの提案により決まった、ナルト達の約束事の一つだ。
晴天の陽射しが冷気を柔らかくいなす昼食日和の中、食後のデザートを嬉しそうに取り出したナルトは、サスケから開口一番呆れを多分に滲ませた、朝には届けられなかった愛称を言われた。
「うっさい。サスケにはカンケーねーだろ」
「ぶっ…ナルト、お前バカだろ?絶対バカだろ!?くく…ハラ、痛ぇ〜!」
憮然と返した横で、キバが文字通り腹を抱えて笑っている。
「キバもうるせーってば!」
一目見てからずっと笑い続けるキバに怒るが効果はなく、むぅっと口を尖らせるナルトに追い討ちが掛かった。
「まぁ、なんてーか…コレ全部ってのはご苦労なこったな」
「好きなのはしょうがないから、気持ちは分かるよ」
「だからってコレはどうよ〜?」
「しかも何も今日買わなくてもいいんじゃない?」
「ナ、ナルト君、これ大好きなんだね」
「好みはそれぞれだが、何事も摂りすぎは良くない」
ほぼ円になって囲み出来た中心に置かれたナルトのデザートに次々と全員の感想が投げられる。
持ち主であるナルトの掌より大きい長方形の箱にびっしりと入ったきなこもちチロルチョコに。
蓋が付いていない代わりにセロハンで包装されている箱は、整然と三段に詰まれた一段目に並んでいるチロルチョコがそれなりの圧巻さを見せていた。
総数45個。
「普通するかよ?チロルチョコの箱買いなんて!」
シカマル、チョウジ、いの、サクラ、ヒナタ、シノの順でぐるりと一週し、ナルト以外全員共通の感想を代弁したキバの言葉にナルト強く頭を振る。
「だってこれ期間限定で冬しか売ってねーし、出ても人気あっからすぐ無くなるし、見かけなくなったらもう終わりなの!箱であるなんてラッキーで、見つけ時に買わくちゃいけねーんだってばよ!」
青い目で真剣な光を湛えてナルトにじっと訴えたナルトは置いていたチロルチョコの箱を取ると、セロハンの包装を破き、大量のチロルが並んだ箱を差し出した。
「食べてみてくれれば分かるって!」
「あら、いいの?」
「ってこんなにあるしいいんじゃない?」
「ありがとう、ナルト!」
「じゃ、じゃあ貰う、ね?」
ナルトと同じく甘い物が好きなサクラといの、ヒナタとチョウジに、まるで自分が作ったかのようにナルトは頷いた。
「うん、いいから食べて」
きらきらと期待に瞳を輝かせてせがむナルトに、今すぐ抱き締めて頭を撫でたい衝動に駆られながらサクラは口へとチョコを運んだ。
香ばしいきなこの香りとともにする、まさにきなこの味の滑らかなチョコとその中から出てきた柔らかい餅にちょっとした驚きがあり、しかも美味しい。
「美味しいじゃない〜」
「うん、美味しいね」
「だろ!?」
「おもちが入ってるって面白いよね。食べ応えがあって僕は好きだな」
「な!」
「確かにコレはちょっとハマるかも」
「さっすがサクラちゃん!分かってる!」
三人の好評ぶりと嬉しそうに相槌を打つナルトに興味を示したキバも手を伸ばし、一つ口に投げ入れた。
「おっ、ホントにきなこもちの味がすんだな。結構イケる」
「へへ〜。だから言っただろ〜」
お気に入りが受けた高評価にご満悦と言った風のナルトは、自分も口に入れやすいこの小さく甘いチョコを頬張った。
サクラ達から貰ったチョコは後でゆっくり味わうとして今はこれ、とすっかり憶えた味を舌の上で蕩かす。
緩めた頬の中で現れたもちをきなこのチョコと一緒に噛みだしたナルトの隣から、伸ばされた手は持ち主としてはとても不釣合いな人物の物だった。
「サスケ、何?」
すっとオレンジの包装紙に包まれた四角いチョコの前で揃えて出された長い指にナルトは小首を傾げる。
「何って、見りゃ分かんだろ」
「分かんねーから聞いてんじゃん」
普通ならば分かるだろう状況でも、他意はなく本気でそう言い真っ直ぐな視線を投げてくるナルトにサスケは石でも乗せられているように口を開いた。
「寄越せよ…それ、俺にも一つ」
「え〜ヤだってば」
ちら、と黒い眼をそれ、チョコへと流して促したサスケにナルトは返事は多少間は開いてはいたが今朝と同じものだ。
「サスケみたいにチョコの味の分かんねーヤツには勿体ねーし、チョコならサスケ、いっぱい持ってるだろ。コレ食べるくらいならそっち食べろよ。少ないオレのきなこチロルに手ぇ出すんじゃねー」
そう言ってサスケの手から遠くへと箱を移動させ拒否を示す。
確かにナルトの言う通りチョコ自体はサスケは持っている。というか押し付けられてある。
だがそれでは意味がないのだ。今朝のように引く気も無い。
「チョコ貰うのウゼェなんて言う奴にはやんないってば」
目を細めてべ、と舌を出す顔はいくつだと知っていても疑いたくなるほど幼いがそれをツッこんでる余裕もなくサスケは叫んだ。
「お前のならウゼェなんて言わねぇだろうが!いいから寄越せ!」
「ぜってーやんねぇ!」
寄越せ、という傲慢な言い分と強引に伸ばされた手を避けるのでナルトは言われた言葉をさらりと流してチョコをさらに避難させる。
「大体、サスケ甘いの嫌いだろ!?何でコレ奪ろうとすんだよ!?」
最も痛い部分をピンポイントで指摘されたサスケの顔が苦く顰められた。
サスケは口が上手い方ではない。
上手いどころか日常会話に於ける言葉数が極端に少ない、はっきり言って口下手な人種に属する。
何か己の得意な専門分野での解説や論理の展開などではすらすらと出てくる単語も、自分の感情を表すという場合ではいっそ見事なほどのその貧困さに喘ぐ。
そんな訳で今サスケはどう言い繕うか非常に悩み、心情的には困っていると言っていい状態だ。
どうすれば目的を達する事が出来るのか考えるが日頃それなり以上の評価を受けている頭は全く答えを提示してくれなかった。
そんなサスケを前にギャラリーと化した他の面々はどんな言い訳をするのか聞くのを楽しんでます、と書かれたような顔で見守る。
「それは…その……俺は今疲れてんだよ」
一度止められた口が数秒の間を持って開いたが、あまり脈絡の無い言い分にナルトの瞼が半分に下げられた。
「…だから?」
「疲労の回復には適度な糖分摂取が有効的で、チョコは消化吸収が早い分効率もいいんだよ。だが俺はそんなもん持ち歩いてねぇ。だから、それを寄越せ」
続け、展開した論法に遠巻きになったギャラリーから「必死ね…」やら「うっわ、苦しいな…」やら「プライド捨てるってああいう姿を言うのね」など密やかに憐憫と呆れが満ちた囁きが交わされる。
「そんなん教室に戻ればいいじゃん」
贔屓目に見ても上手くはない言い訳はナルトのあっさりとした切切り返しに遭い、サスケの回らない頭の語彙は本音を紡ぎ、声はそれを張り上げた。
「うるせぇ、それでなきゃ駄目なんだよ!」
「え?…あ、ああ、そ、そっか」
一瞬きょとん、とまんまるく丸まった青い瞳が意味を理解したという風に解け、戸惑うような笑みが浮かんだ。
不用意に発してしまった言葉を今更取り消せるはずもなく、どくりとサスケの心臓が大きく打った。
「サスケ、そんなにきなこもちチョコが食べたかったなんて知らなかったってば」
瞬時に、予想とは別の意味で止められたが。
「オレてっきりまた単なる意地悪で言ってんのかと思ってたんだけどそーじゃなかったんだな。甘いの嫌いだからすげー、意外だけどさ」
一人納得して、大きく間違った解釈の元に浮かんだ笑みを収めたナルトは何度も頷いていた。
「はい、サスケ。やるってばよ」
現実は誤解のまま感情の真実は隠れたまま今年も過ぎていき、ころりと小さな小さなチョコがサスケに一個渡される。
でも。
それでも。
例えその気がなくとも、例えたかが一個のチロルチョコでも。
今この場で渡されたのならそれはバレンタインデーにナルトから貰ったチョコとなり、その事にこそ意味があるのだから。
にっこりと機嫌の良い極上の笑顔渡されたチロルチョコを掌で転がしたサスケの精神的糖分摂取は、僅かばかりだが成功を収められる結果となった。





















(終)


The king of HETARE!!!
すみませっ;
散々遅くなったくせにこんなんでっ;;
余談ですが後日、というか家に帰ってきなこチロルをまくまく食べたナルトが屋上の件を思い出して笑いながら、サスケの「お前のならウゼェなんて言わねぇ」という台詞をふと反芻してしまい、そこからあれ?朝は「好きでもないやつ〜」って言ってたよな…アレ?どういう意味だってば?ん?ナンカオカシイ…?とようやく意識し始めるそうですよ。
10時間後くらいに漸く半告白に気付き始める鈍ナルトさん。萌え。(黙れ)
マジで意味も何もない駄文で本当にすみません;;
サス→ナルバレンタインというのが裏ミッションだったんです…!(アホ)
こんなんですが、読んで下さってありがとうございました!!!(土下座)


'06/2/16