取り扱い注意








白を基調にされた部屋にその服のオレンジは酷く鮮やかだった。
「あ、ネジ!」
こちらを振り返ってぱっと開いた笑顔のように。
ベッドの上で退屈なのだろう、片腕で懸垂をしているナルトの姿に苦笑めいた笑いが出る。
「休んでなくていいのか?」
「もう治ってるもの。すぐにでも退院できるぐれーだっ、てッ」
その証拠といわんばかりに片腕で一度軽く跳ね、上げていた足をくるりと回してベッドへとスライディングするように着地させた。
「そのようだな」
ベッド脇まで来たネジは置かれていた簡易椅子と取り、座る。何度もこの部屋に来ていたので慣れた動作だ。
「おう!そーゆーネジはどうなんだってばよ?」
未だナルトと同じ入院着を着ているネジを見上げてくる目には案じる色合いが濃くでていた。
そこには済まなさも滲ませて。
ちくりと痛みが走る。
お前がそんな思いをする必要はないだろう、と口を突いて出そうになるのを寸で呑み込みんだ。
言えばもっとナルトを困らせてしまうだろうことは容易に想像が付く。
それにネジがそれこそ命を賭けて戦ったのは里を抜けたあの男でもこの里のためでもなくナルトへの自身の想いのためで、だと知れば更にナルトはネジの負った傷を気にするだろう。
それはそれで惹かれるものがナルトをこれ以上苦しめたくない。
「完全に完治している。明日退院するくらいに、だ」
代わりにからかうように口角を上げたネジにナルトは一瞬驚いた後、すぐに嬉しそうに笑みが広がり、すぐにぷうっと頬を膨らませた。
「オレだってもう退院できんのに」
「明後日だろう?たった一日だけの違いだ」
ころころと忙しないほどによく変わる表情を楽しみながらも呆れた顔をすれば思いの外、その感情をよく表す青い目が真剣な光を帯びる。
「一日でも早くがいーんだってば」
軽い、拗ねたような口調で、その実心の底からの本音なのだろう。じっと前を見据えるナルトが見るものはここに無い。 ナルトの視線を引き戻したくてネジはわざと気付かないふりを選んだ。
「ナルト…いくら怪我が治ったとはいえそう無茶をするもんじゃない。退院すれば自来也様と修行に出るのだろう?」
「そ!エロ仙人がオレを見込んでどーしてもって言うから!」
「エロ…あの自来也様に向かって……まぁお前らしいが」
ぱっとまた笑顔に戻りネジを振り返ったナルトのらしい物言いにしょうがないな、と一族特有の白い眼をゆるりと細める。
「いつから行くんだ?」
「ん〜、退院したらすぐにでもって言いてーけど一週間後」
「一週間後?」
思っていたよりも早い日程につい聞き返してしまった。
「なんかエロ仙人の方が準備とかあるって言ってさー。ま、オレも家の事とか頼んだりしなきゃなんねーし、イルカ先生にもちゃんと報告したいから仕方ねーけど」
「一週間しか里に居ないのか?」
修行の旅に出れば3年近くは戻らないと聞いた。
それなのにナルトが近くにいる時間は後たったの一週間。
「一週間も居るってばよ?」
ナルトはそれがどうしたのだろうといわんばかりに目を丸くし小首を傾げる。
それまで認識していなかった時間の短さに嫌に騒めきだした内心にネジは困った。
落ち着かなくなったのは常に己の道を歩き続けネジの近くから消えてしまうかもしれないナルト自身に対してなのか、その見据える先にある対象が己でないであろう事に対してなのか。
「そう今すぐ里を立たなくとも外の修行は先の時間を考えればいくらでも機会があるだろうに」
はっきりと分からぬまま、気付けば愚かな言葉を口にだしてしまった。
そしてすぐにその愚かしさを焼くような深く濃い青を見る。
「今、だけなんだ」
片時も逸らされることのないその奥にある決意そのもののような激しさを秘めた青と同じ色を纏った声が強く、けれど静かに通った。
「いつかとか、この先なんてねーんだ」
つい先日まで包帯が巻かれていた、丸みの残る手が白くなるほどきつく拳を握る。
「オレ、エロ仙人に付いていって色んなもん見て、術とか色んなもん全部憶えて、掴んで、そんで、そんで絶対強くなる…ッ」
血を滲ませたようだと、その声と吐き出された激昂にも似た言葉を思った。
だがあるだろう痛みを見せずにナルトはそれを語る。
だからこそだったのかもしれない。
より血を流させるだろうと分かっていつつネジは愚かしさを繋げたのは。
「そうすれば取り戻せるから、か?」
何をとは言わなかったネジにナルトの眉根がぎゅっと寄せられ、泣きそうな顔になる。
「わかん、ねぇ……」
微かに下を向けられ、ゆっくりとまた上がった顔はやはり濡れていなかった。
「けど、取り戻すって決めた今がどこまでも続いてるんだってば。駄目でも変えてやる」
もう一度ここではない場所を見るように遠くを見る。
「だから行く」
今度こそ苛烈なほどの意思が焼き尽くすのと、ネジの身の内でざわりと蠢くそれが望んでいるものを理解した。
この感情はどちらに対してではなくどちらに対してもだと。
ただ単純にナルトと共に在り、側にあって全てを捧げたいという欲求と、ナルトが痛みを伴わせてもそれほどまでに渇望する存在に対する密やかに、けれどはっきりと存在した嫉妬が今更ながらにネジに落ちてきた。
そうして、納める場所を見つけた気がした。
「すまない。意地の悪い事を言ったな」
柔らかな金糸を掬いながら、頭を抱き寄せるとじわりとネジの服が濡れていく。
優しい抱擁の中でナルトは小さく首を振った。
触れたそばから伝わる押し殺した声と同じくらい微かな振動にネジに引き絞られるような痛みと息苦しさが走る。
こんな時までも最後の最後までは自分を晒してくれないナルトに。
それでも全てを与えてくれなくとももうナルトという存在がネジという存在の一部になっているのは変わり無い事実で。
一度でもナルトという存在に触れ、その魂が発するものを摂り込んでしまったものならばそれを忘れることなど出来ない。
手に留めておけないのに常に欲してしまうようになると分かりながら、気を付けなければいけない存在を包む腕の力をほんの少しだけ入れた。



朝靄がまだ色濃く残る早朝、ネジは本家の門を潜った。
今日から宗家である日向ヒアシ直々の稽古を受ける事になっている。
少しでも早くする為にネジはこんな時間から道場へと入り、一人準備を開始した。
今日旅立つナルトに遅れぬよう。
僅かたりとも止める事など出来ない。
それに気落ちしないといえば嘘になるが、妙な充足感もあった。
己などが止められる存在ではない。
どこかその事実が悲しくもあり、嬉しくもある。
ああやって決して諦めず自ら進めようとする足を止めないナルトにそれまでのネジを世界を大きく壊され、創り変えられて、惹かれたのだから。
過ぎた薬は毒にさえなると言うのに決してナルトという存在を無くしてはいけないほどに欲してしまった。
そうしてその強すぎる光に中毒者のように手を伸ばし、追いつこうとネジももっと先を見るのだ。
だがどれだけネジが望もうとも、本当にそれを得られるのはきっとあの男なのだろう。
「うちはは幸せ者だな…」
そしてその行幸を棒に振った愚か者だ。
だがそれ以上に愚かなのはこの感情の大きさを見誤った己だと、自嘲めいていつつもどこか嬉しそうにネジは微笑った。




















(終)


ナルト(薬)の用法容量は正しく守って使いましょう、でないと中毒で困るかもしれません、とアホなことを言ってみたかったんです;強すぎる精神で進もうとするナルトさんはある意味強すぎる薬かと;><弱い部分があっても出さないのでそう見えてしまうというか。それによる中毒(ナルトへの好意)と薬(ナルト自身)の取り扱い注意というか;
ネジはせめて曝け出して自分に見せて欲しい、ナルトの弱い部分を欲しいと思ったんですが、出させる事は出来なかったです;無理にでも歩こうとするナルトに心酔してしまっている部分があるのと、何よりナルトの気持ちを一番に考えて。でもネジは無理矢理引き出すのを止め、察して優しくその傷を癒してあげれるとは思うのですよー!!ネジってこう、包容力のある男だから!と主張してみたり;
って、いつにも増して長ったらしい補足説明をすみませんでしたー!!(滝汗)こんなんですが、読んで下さってありがとうございます!!


'05/9/11