久しぶりに見た彼の人は美しかった。





終息





中忍になり、Bランクの任務にもそれなりにこなすようになり初めて受けた長期任務を終え、里に帰還した時だった。
青々とした新芽が少しずつ濃緑へと変わっていった大樹の下に、人影を木の葉丸は確認した。
里内へは入っているし、まだ遠目ではっきりとは分からないが同じ木の葉の忍の装束をしている、ましてや追っ手があんな風に無防備に目立つ所にいるはずもないので木の葉丸は特に警戒も気にしなかった。
それに里へ入り一番最初にある森の中で最も大きいのではないのかと言われているこの大樹は密かに待ち合わせや、落ち合いの場所となっている。
ああやって人が佇んでいても不自然ではないし、マンセルを組んだ仲間が先に帰っているとはいえ任務報告もあるので無視をして通り過ぎようと思ったが、近づいていくにつれその考えは変わった。
夜目にも目立つのではないかと思われる、見事な金色が見えたから。
この里であれほどはっきりと濃い金髪を持った者など一人しかいない。
子供の頃からずっと憧れと尊敬を込めて慕い続けている相手。
憧憬をもって見続けた相手。
その人の名を小声で呟くと、木々の枝を蹴っていた脚の力とスピードを徐々に緩め、次に降りる枝の高さを下げていく。
会うのは随分と久しぶりだ。
初めての長期任務を成功させた事も話したい。
きっと笑って聞いてくれるだろう。
そう考えただけで任務の疲れなど忘れ、嬉しくなった。
はっきりと顔を確認できるほど近づいた時、木の葉丸の足は止まった。
止められたと言った方がいいのかもしれない。
動かせなくなったのだ。
ふうわりと金色の髪が風に煽られ、透き通る青が細められる。
熱くもなく寒くもない、心地よい暖かさで柔らかな空気に撫でられくすぐったそうに笑みを浮かべた。
木の葉丸は静かな衝撃とも言えるほどの感情に意識も出来ぬまま胸を支配された。
苦しかった。
それでいて堪らなく甘い。
ただ見ているだけでどうしようもなく心が揺さぶられた。
激しい焦りにも似た何かが湧きあがるのに、指一本動けなくてただ立ち尽くしながら、見つめることしか出来ない。
美しい人。
ナルトの姿を。
こんな強い、激しさよりも強さを持った気持ちをこの人、ナルトに抱いたのはあの時以来だろうか。
あの伝説の三忍の一人である自来也との修行から2年半ぶりに帰ってきたナルトを見た時、驚いた。
ナルトであるのは間違いようがなく、幼い――といってもその当時の木の葉丸くらいだったが――面影を残しながらも、最後に見た姿とはやはり違っていて。
自分自身、あまり意識していなくともしていた成長した分あった時間というものを、ナルトの姿を見て初めてしっかり認識出来たくらいに。
でも驚いた理由はそんな事ではなく、一目見た瞬間に思ったのは。
綺麗だ。
そう、感じて見惚れた。
今思えば初めて会った時から、ナルトの性格による表情が前に出て気付かなかったが男にしては、というよりそこいらの女の子よりも可愛いらしかった。
その当時の木の葉丸にはそんな事を想えるほど大きくなかった、というか完全にお子様だったので気付ける筈もなかったが。
約3年近い時間を置いて再開したナルトは、はっきりとは言えずともどこかしら以前に無かったものが滲み出ていて、綺麗だと想ったのだ。
落ち着いて大人っぽくなったから、変わったからかと考えたが、話してみれば以前のナルトと変わらない所が多分に残っており、何より芯というかあの見る者すら巻き込んでしまうほどの強い意志はそのまま、むしろ更に強くなっていて、それに安堵と喜びが溢れて気付かなかったのだ。
だが、あの時からすでに変化していたのだと思う。
己のナルトに対する気持ちの種類というものが。
「木の葉丸だってば?」
いつまでも立ち去らぬ気配に顔を上げたナルトが気付いて掛けてきた声にはっとして、木の葉丸は慌ててナルトの元へと降りていく。
「ナルトのにーちゃん!久しぶりだ、コレ」
すぐ近くで見たナルトに自然と笑みが零れると、ナルトも笑顔を返してくれた。
裡の奥まで暖かな陽が射すような笑顔。
強い意志を湛える青がとても優しくて昔っから大好きなその笑顔に木の葉丸はますます嬉しさとそれを上回る胸の苦しさが生まれる。
「やっぱ木の葉丸か〜。あんな所でぼーっとして何してたんだってば?」
「ぼーっとなんてしてないぞ、コレ!ナルト兄ちゃんに声掛けようか迷ってたんだ!任務中だったら邪魔しちゃわるいし」
むうっと口を尖らせた木の葉丸に苦笑し、ナルトはぽんぽんと宥めるように頭を撫でた。
いつまでたっても子供扱いなのには多少不満があるが、あれほどあった身長差は今や存在せず、ナルトとほぼ同じ目線になっている事にまた嬉しくなって文句はなかった。
「こんなトコに突っ立ってて任務中なわけないってばよ。その反対で終わった所。木の葉丸も任務帰り?」
「そうだ、コレ!俺、初めて長期任務成功したんだ〜」
「え!?そ、なの?おめでとうってば〜!よくやったな、木の葉丸!」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でていた手つきが乱暴なくらいになって、木の葉丸を抱き締めてくれた。
まさに我が事のように、もしかしたらそれ以上に喜んでくれるナルトにこの任務を成功させた実感が改めて湧きあがった。
同時に、抱き締められた腕や引き締まっているものの自分より華奢になってきた胸や腰に心臓が煩くなる。
「と、とにかくナルト兄ちゃんに追いつくのも時間の問題だぞ、コレ!!」
これ以上は持ちそうにないとナルトから離れ、ぴっと指をさして宣言すると、ニシシとナルトは悪戯小僧のような笑みを浮かべた。
「頑張れってばよ〜」
「あー!馬鹿にしてるな!?そうやって油断してると次の火影は俺がなっちまうんだからな!」
「お、ソレはないってばよ。次の火影はオレなの!オレで決まり。絶対オレ。木の葉丸はその次の次ぐらいじゃねぇ?」
「なぁーんでナルト兄ちゃんの次の次なんだ、コレェ!?せめてナルト兄ちゃんの次だろー!?」
「任務報告すっぽかしてこんな所で油を売ってるようじゃ駄目だってばよ」
「だ、だってナルト兄ちゃんがいたし…それに報告は先に他の人が行ってるし、大体にーちゃんだってそうだぞ!」
「オレはサスケを待ってんの。あいつが報告に必要な物持ってるからオレ一人行ってもしょーがねぇの」
出てきた名前の持ち主である、楽しげな笑みを浮かべたナルトとは対照的な無愛想な顔が浮かぶ。
名門うちは一族の生き残りであり、一度里を抜け裏切った過去があり、それを差し引いても請われる程のナルトと並んで里でも屈指の実力者。
話題性には事欠かない人物だが木の葉丸にはそういった事よりもいつもナルトの側にいる人物という印象が一番強い。
ナルトと居る時以外のサスケというものを見た事がないからだ。
それは自分がいつもナルトを探して見ているからという理由も少なからずあるが、それだけではないような気もする。
「またサスケの兄ちゃんと任務だったのか〜。ナルト兄ちゃんはサスケ兄ちゃんとの任務が多いんだな、コレ」
「ん、まぁな」
ふ、と浮かべた苦笑につい見惚れる。
柔らかく、本当に暖かく、けれど強さをも感じ、声を掛け損なった時のように一瞬で思考すら奪われる。
再度の里抜けを恐れた里の意向も絡んだ人員編成にまだまだ見た目は若い現火影に言われた言葉とそれに対して答えたサスケの言葉を思い出しての笑みだったのだが、木の葉丸に当然それが分かる筈もない。
「狡い」
ぽつりと出てしまった言葉は己で感知していたものでは全くない。
唐突に身の内から溢れたようなもので、言った木の葉丸自身が驚く。
だが言うつもりが無かった言葉でも、ナルトにはしっかり聞かれているし、取り消せもしない。
「へ?何が?」
当然言われるナルトの疑問を誤魔化せなかった。
「その…サスケ兄ちゃんばっかナルト兄ちゃんと任務出来るが……俺だって早くナルト兄ちゃんと一緒に任務がしたい」
まるで子供そのものの言い分に言っていて恥ずかしくなる。
ナルトの顔を見てられず目を背けた。
きっと笑われるだろうと思う。十年早いと言われるだろうか。
それでも、紛うことのない本音だ。
ずっとずっと目標で、ライバルだと思っている人物に少しでも並びたい。
その背を預けてもらいたいと思い続けている。
「頑張れってば」
くしゃっとまた優しい手がツンと跳ねた黒髪を撫でた。
目を戻せば、からかうような笑みでなく、木の葉丸の気持ちを受け止めるような優しい笑顔があった。
「すっ、すぐ追いついてやるぞコレー!背だってもう変わんないし、あっとゆーまに追い抜くから覚悟するんだぞ!」
頬が熱を持つのが分かり、照れを隠すように叫んだ木の葉丸にナルトは渋面を作る。
「ったく、図体ばっか大きくなって。サスケと同じだってば」
拗ねて尖らせた唇と表情に目が行くも、また出てきた名前にすっとひいてしまう。
「ナルト兄ちゃんは……兄ちゃんはいつも一緒だな、コレ」
少し暗くなった声を今度ははっきりと自覚していた。
「一緒って何が?」
「サスケ兄ちゃん」
ナルトの見せる表情ひとつひとつに酔うように浸っていた心に侵食してきたのは間違いなく嫉妬だ。
常と言っていいほどナルトの隣にいるその存在が疎ましいと。
「なんでナルト兄ちゃんなんだ?」
「木の葉丸?」
「なんでいっつもナルト兄ちゃんが、居なきゃいけないんだ…」
ぎゅっと掌に力が入る。
言ってはいけない。
言えばきっとナルトが悲しむのに。
「里を、一度でも里を裏切ったのに、あんなヤツがなんでナルト兄ちゃんと一緒にいるんだ!」
止められなかった。
瞬間、浮かんだのはやはり悲しみだったと思う。
それを目にすると木の葉丸はもうナルトの顔を見れなかった。
分かっていたのに。
怒るかもしれない。嫌われるかもしれない。
ナルトに嫌われる。
それを想像しただけで堪らなく辛くなった。
だが俯いて顔を上げない木の葉丸に降ってきた声はとても穏やかだった。
「木の葉丸はサスケを裏切り者だと思うってば?」
「……だって、里を抜けて…じじぃを殺したヤツの所に行ったんだぞ」
本当はそんな事よりも、傷だらけのナルトを見て憶えた怒りと、それでいてのうのうと今ナルトの隣にいるサスケに対する嫉妬から出た言葉なのに、言えず誤魔化す自分が嫌になり、ますますナルトの顔を見れなくなる。
「そっか。確かに里を抜けるのはやっぱり裏切りと言われても仕方ないのかもしれないし、一時でもじーちゃんを殺した大蛇丸のトコにいたサスケを木の葉丸は許せないのかもしんねーけど…でもサスケが大蛇丸んトコに行った本当の理由や気持ちはサスケにしか分かんねーし、それが正しいか間違ってるかはきっと誰にも分からないと思う」
「兄ちゃんでも知らないのか?」
サスケが里を抜けた本当の理由や気持ち。
大蛇丸の姦略とだけされ、里内で全てがはっきりと明かされたわけではないサスケの里抜けの理由は、他の誰が知らずともナルトにだけは伝えていると思っていた。
「…誰であれ、言いたかったらサスケが話す事だってばよ」
ナルトは明確な返答はされず、困ったような笑みを浮かべた。
そして。
「ただ、オレはサスケに裏切られたとは思ってない」
きっぱりと言い切った。
「これからも里を裏切る事は決してないと思ってる」
思わず顔を上げてナルトを凝視するが、欠片の揺らぎも無い。何度も惹かれて、何度も心の底より信じられた青い瞳が偽りのない意志を映していた。
どうしてそんな風に言えるのだろう。
病院で見たあの包帯だらけの身体。里に戻る時も沢山の傷を負った。
きっとどちらも身体だけでなく心にも。
あんなにされて何故そう言えるのか木の葉丸には分からなかった。きっとそれこそナルトにしか分からないのかもしれない。
やはりどうしようもなくサスケという存在に腹立たしさが募る。
「そんで…出来れば木の葉丸や他の皆もそう思ってくれたら嬉しいかもってのも」
腹立たしくはあるが、ナルトがそう言えば元より誤魔化す為の嘘が重く感じた。
ナルトにこんな気を遣わせたり、悲しませたいのではない。
「………ごめん、ナルト兄ちゃん」
「謝る事じゃないってばよ」
もう一度頭を撫でられる。
やっぱり優しい手で、泣きたくなった。
何に対してか分からない。
ナルトを悲しませた事か、嘘を吐いて騙した事か、それともああ言わせたナルトの中のサスケという存在に自分の言葉が敵わなかった事か。
優しい手。
穏やかな言葉。 きっとナルトの中で木の葉丸は『弟分』という存在から少しも変わっていないのだろう。
昔はそれが嬉しくてしょうがなかった。
なのに今は悔しくてしょうがない。
いつでも手を取って貰えると思ってたのに、遠くて、遠くて手が届かない存在。
どんどん上に行き、あらゆるものを飲み込んで輝く。
「ナルト兄ちゃん…」
何?と目線だけで聞いてくるその人はやはり美しかった。
衝動的に抱き締めたくなる。
ナルトがしてくれた肉親の情に近い荒々しいものでなく、その存在に惹かれる者として想いを込めた、ずっとずっとしてきた、そして貰ってきたただ優しい接触ではなく、痛ささえ感じるような強い抱擁をしたい。
手を伸ばしたい。
伸ばす。
ふらりと腕を上げた所で、阻むようにナルトの前に影が落ちてきた。
カンッと木の葉丸の指のギリギリの所をすり抜けて木に刺さったのはクナイ。
次いで。
「遅くなったな」
夜の黒を纏ったような男。
うちはサスケが立っていた。


真上から降りてきたその男のそれまでの気配に全く気付けないでいた。
だがあれほど目の前にいるナルトに気を取られていたのだから無理もないものと木の葉丸は心の中で納得する。
ナルトは気付いていたのか驚いた様子は無かった。
ナルトが慌てもしないのを見ると先ほどの会話の多くは聞かれていないのだろう。
「サスケ、ホントに遅いってばよ」
「しょうがねぇだろ。文句ならこの作戦を考えたシカマルに言えよ」
「そうだけどさぁ。それにこのクナイはなんだってば。危ねーだろ、イキナリ」
「……虫がいたからな」
「え?どこ?いねーじゃん」
「ドベ、お前が気付かなかっただけだ。別に殺す必要もないから追っ払ったんだよ」
「ドベ言うな!」
「で、こいつは?何かあったのか?」
条件反射のようにすぐさま言い返したナルトを流し、それまでこの場にはナルトしか存在しないような振る舞いだったサスケが木の葉丸を振り返る。
特に気まずい空気が漂う事もなくナルトの側にするりと立ったこの男は矢張り先の会話は聞いていなかっただろうが、だが伸ばしそうとした腕は確実に気付いていた。
木の葉丸の視界から隠すようにナルトの前に出るサスケの眼は、うちはの血継限界である写輪眼が浮かんできそうなほど険悪に木の葉丸の腕を睨んでいるし、何よりあのクナイ。
虫とは木の葉丸の事を言っているのだ。ナルトに近寄る悪い虫だと。
「木の葉丸だってばよ。サスケも会うの久しぶりだろ?」
「ああ、そうだな。で、何か用でもあったのかと聞いてるんだが?」
「いや別に…偶々木の葉丸も任務帰りでばったり会ってさ。懐かしくて話してただけ」
「お前な、例え任務内容が遂行され里内に入っていて後は報告だけだとしても任務報告をするまでは完了とは言えねぇだろ。話しこんでんじゃねーよ」
「むぅ。そーいやそーだけど…なんか機嫌悪くね?」
「そりゃ、俺が追っ手を捲くために遠回りをしている間にお前がのんびりお喋りしてたのかと思うとかなり楽しい気分だぜ?」
「しょうがねーだろ。偶然会ったんだし」
「で、俺が神経張って任務遂行中にさっさとくつろいでたわけか」
「もー!それこそシカマルに言えってばよ」
「大体久しぶりに会ったんだからちょっとぐらい話してもバチは当たんねーって」
「ならもう十分だろ。さっさと帰るぞ。煩いババァが待ってるんだ」
「それ、ばーちゃんの前で言うなってばよ……じゃな、木の葉丸。先行くけど帰ったらお祝いに味噌ラーメン大盛り奢ってやるってば!」
シュッとそれこそ消えるようなスピードで居なくなった二人を後に、木の葉丸はその場をすぐに動けなかった。
ナルトに伸ばそうとした手を射竦めるサスケの眼光に背筋が震えながらも我が物顔をするサスケにどろりとした不快なものが蟠って、木の葉丸の身体を重くして。


「なぁ…やっぱ何か怒ってるだろ」
「怒ってねぇ」
嘘だ。
即座にされた否定に心の中で即座に否定し返す。
木の葉丸と話していて慣れた気配が近づいてきたと思ったら、すぐにそれは殺気だったようなものに変わった。
どうかしたのかと思う間もなく現れたサスケは取り合えず表面上は普通だったし、今も何か別段態度に出てるははっきり言えるようなものはないがどこか機嫌が悪いように思えてならない。
別に何か怒らせるような事をした心当たりはないし、唯一の心当たりと言っていいのかわからないが先程言っていたような、サスケは働いていたのにナルトがその間お喋りをしていたからという、子供じみた理由で不機嫌を引きずっているとも思えない。
だが怒っている。
眉間の皺がいつもより多いし、顔の筋肉がいつも以上に固いし、隣からくる空気はどこかピリピリしているし、ずっとこちらを見ない。
こんなサスケが口を割らないのも良く知っているので仕方なしにそのまま放っておこうと決めた矢先、何を怒っているのかさっぱり分からない、黙ったままのサスケが唐突に口を開いた。
「さっきの所で投げたクナイを回収し忘れた」
「お前なにやってんの。てかまた今度取りに行かねぇ?」
「その方が面倒だ。お前はここで待ってろ」
続くナルトの返事を待たず、サスケはスピードを落とさず踵を返す。
「ちょ、サスケ!」
非難の声を上げるがサスケは聞くはないらしく、後姿はもう小さい。
「もー、何だってばよ!」
常々理解出来ないと思っているサスケのこんな身勝手さに溜め息を零した。


「一つだけ言っておく」
喉元に宛てられた冷たさとそれ以上に冷ややかな声で初めて、クナイに気付いた。
それほどまでの完璧な気配の無さだった。
先程のようにナルトに気を取られていたわけではないのに、あのまま立ち尽くしていた木の葉丸は完全に背後を取られた。
クナイを一引きすれば頚動脈を掻っ切る事の出来る状況を持っている相手は、振り返るまでもない。
声で分かったし、例え声を聞かずとも今木の葉丸にこんな事をする心当たりといえばサスケしかいない。
理由もナルトの事だろうと分かっている。
そんな諸々が分かっていても木の葉丸は指一つ、目線一つ動かせない。
未だかつて、敵ですらこれほどの殺気を浴びせかけられた事はなかった。
研ぎ澄まされ抜かれた、恐怖に支配されそうなほど強烈。
否定しようとした端から怖いと本能が訴えてくる。
殺されると信じてしまいそうなほどの殺気。
「確かに」
だが何も答えない木の葉丸の様子を気にする事なくサスケは口を開いた。
「確かに俺はアイツの側にいる資格なんざとっくにねぇ。それ所かアイツを見る事すら本来は許されないんだろうな。それだけ最低の事をした自覚はあるし、どうやったって許されるものじゃない」
淡々と語られた言葉と自嘲と後悔を滲ませた声に木の葉丸は驚く。
まさかこのサスケがそんな事を認めるなんて思いもしなかった。
里の上層部が免罪を出す程度に情状酌量の余地は認められると、どこかで思っているのだろうと考えていた。
だがそれをサスケ自身が酷薄に否定し、驚いたが、続いた台詞に少し納得する。
「アイツを傷つけたんだからな…」
里を抜けた事、大蛇丸に与したそれ自体よりも、それに伴いナルトを傷つけた事がサスケの中で最も罪深く、他には何の感慨もないのだろう。
息が酷く苦しくなった。
「だが俺が側にいる事、里にいる事、見つめるのも全て許しを願うのは、里でも他の木の葉の奴等でもない。ナルトだけだ。ナルト以外のヤツらなんざ知ったこっちゃねぇし、お前がナルトに俺の事どう言おうが好きにすればいい。最終的にはナルトが判断するんだからな。ただし…」
ぐっと本当に切れるか切れないかぎりぎりの所までクナイが押し当てられる。
「あいつの隣は渡さない」
低い声が殺意ので構成されているようだった。
「絶対に。その為なら俺は何だってする」
クナイから間接的に伝わる心臓に直結している動脈の動きが速い。
「あいつの隣を望むんならそれだけの覚悟をしておけ」
すっと引かれた刃は皮膚一つ傷つける事はなく、同時にサスケが消えた。
元より気配を捉えられていたわけではないので、殺気の消滅により存在を認識出来なくなっただけだ。
首一つ動かして振り返るのがこれほど労力を要するとは思った事はない。
音がしそうなほど軋む首を後ろにやると矢張りもうそこには誰もいなかった。
全身から汗が噴き出す。
身体は冷たくなっているのに出てくる汗は嫌なものだった。
がくりと膝から力が抜け、こみ上げる吐き気を懸命に堪えながら情けなく思う反面、むしろ良く最後まで立っていられたとも思う。
それほどの殺気。
本当に殺そうとはしなかったが、殺したいと思っていたのは間違いないだろう。
ナルトを、それこそあのサスケと同じように望む心があるのだから。
あれほど命を握られながらも最後まではっきりと想ったのは、どれほどの恐怖があろうとも、どんな事をしてもあの存在の一番近くにいたい、欲しいという欲望だった。
もうずっと前から変わってきていた感情。
憧憬と尊敬。
そういった綺麗なだけだった気持ちがひっそりと動かなくなる。
美しくなった彼の人を見たこの日に。










(終)


解かり辛いのですが、サスケはかなり遠方からナルト以外の気を察知したので気配を完全に殺してナルトに近づく奴(木の葉丸)を確かめた後、わざわざ戻って気配を滲ませながら近づき、ナルトに姿を見せた、と。ナルトはサスケに話を聞かれたとは思っていません。サスケに気配を殺されると馴染みすぎてて察知しにくいため気付きにくかったりするので。同じ事がサスケには言えません。アヤツはナルトセンサーが付いていますので(笑)
説明しないと解からないものを書いてすみませんでした;;


'05/7/3