何度か聞いた事のある着信音は記憶から悪い予感を起こす。
次いで酷く苦い味を引き出した。









失恋記念日










高校の三年生になってからキバには目の上のたんこぶが出来た。
別に鋭くカッコイイ───自称だろという言葉は聞こえない―――キバの目の上に本物の瘤ができたわけではなく、言葉のアヤ、意味としてはムカツク面白くない、そして邪魔、である。
たんこぶは名前をうちはサスケと言い、今キバの隣で大口をあけて饅頭を食べている親友、ナルトの幼馴染だ。
うぐいす餡の饅頭を頬張る顔は実に幸せそうで、何でも有名な露店のものらしく、ナルトとナルトの手にある茶色の紙袋の中から甘い香りが漂ってくる。
制服を着たままぶらぶらと歩きながらの買い食いはいつも学校帰りの道と決まっているが、今はまだ昼の二時。
平日で学校が休みなわけでもないが問題はない。
そもそも今は居る所も地元ではない。
「しっかし、ウチの学校もベタだよなー。修学旅行に京都なんてよ」
肩に掛けた移動用の小さな鞄を抱えなおし、キバは頬を膨らませた。
修学旅行という高校生活の中でも大きめの旅行イベントの行き先は定番も定番、あまりにお約束すぎる。
今日は決められたポイント、主に寺や神社を各クラスで組まれた班がそれぞれ好きなルートで廻るという日で、割と自由な行動が認められてはいるがキバには少しばかり面白みがない。
修学旅行中、一緒に行動する班のシノやシカマルは好きらしいのだが、寺や神社巡りの趣味はないのでどうしても退屈さが拭えなかった。 先を歩くシノ達の後ろを、寄り道をしながらゆっくりとキバとナルトが追う。
二人が活発になるのは明日、丸一日ある自由行動の時だ。
「中学でも行ったってーの。なぁ?」
中学の修学旅行先が京都と奈良、今回の京都と神戸というラインナップにどうしても出てしまう不満の同意を求めたキバに、ナルトは口の中にあった餡子と皮を飲み込む。
「オレんトコの中学は北海道だったってば。北海道でスキー」
「何だよソレ、こっちより中学のがダンゼンいいじゃねーか!」
普通は逆だろ、とキバは犬歯を見せて唸るが、ナルトは難しい顔―――キバ曰く変な顔―――をして小首を傾げた。
「う〜ん、確かにスキーは楽しかったけど京都も悪くねーってばよ? 太秦で忍者のカッコとかすげー楽しかったし、ウマイお菓子もいっぱいあるし」
幸せそうに笑うナルトは金髪碧眼という洋風な見てくれに反してお汁粉や団子などの和菓子が大好物ときている。
他にも別の和菓子屋で買った手提げ袋の中には草花を模した綺麗な和菓子も入っており、それは宿に帰ってからのお楽しみだとか。
どこどこの和菓子屋が美味いだのは別班になったぽっちゃり系の友人、チョウジと合いそうな話の内容で、詳しい知識がないキバは実体験でその楽しさを確かめた。
ナルトの手にあった紙袋の中から饅頭を一つ取り、口へと放り込む。
「あっ! コラ、返せ!」
「まぁ、確かにウマイけどなー」
しっとりとした餡の上品な甘さは確かに美味い。
そして貸衣装を借りてやった忍者ごっこは楽しすぎて集合時間に遅れるほど燃えたのも事実だ。
(まぁ、確かに悪くねぇか)
そう思えるのはきっと同じ速度でテンションが上がっていく相手が居たからだとキバは思っている。
「だろ? チョウジの「絶対」に外れはねーかんなー」
返せと言った割りに、ナルトはニシシ、と嬉しそうに笑った。
ナルトは空になった紙袋をくしゃりと丸め、近くにゴミ箱が見当たらないのでそのまま手提げ袋の中に入れる。
「ンだよ。最後の一個だったのか? 悪かったな」
「別にいーってばよ。チョウジなら怒ってただろーけどな」
食に関して並々ならぬ関心と執着を持ち合わせているチョウジは、おやつや食事の最後の一個に特別のこだわりがあるらしく、過去、キバは気軽にそれを食べてしまいとんでもない騒ぎになった事があった。
その時の騒動を思い出し、どちらからともなく吹き出してしまう。
店の中で暴れたチョウジが落ち着くまでとんでもない騒ぎになり店員にも散々怒られたが、今となってはけらけらと二人して笑える思い出として残っていた。
「あん時は、すごかったってば」
「なぁ。テーブル越えてきたチョウジがオレ捕まえて」
「「だせ〜〜!」って」
「つるし上げられてよ」
思い出している順番も同じで、交互に出てくる言葉はまるで打ち合わせていたように淀みがない。
隣で笑うナルトにキバの気分は修学旅行の詰まらなさが消し飛び、どうしようもなく嬉しくなっていく。
高校に入って知り合い、最初から気が合い、考え方や行動が似ていながら、時々自分には全く思いつかない事を言い出したりして面白い。 こんな下らない会話だけでも楽しくて、側に居るだけで心地好かった。
明るい髪色と目が笑っていると嬉しくなる。
裡に湧き上がってくる、ふわふわと浮いて跳ねるような気持ちは純粋にナルトが好きだからだとキバは分かっていた。
親友として、もしかしたらそれを少し越えているのかもしれないとも。
(けど、言わねー)
何となくではあるが言ってしまってはいけない気がした。
それに言わなくてもずっと隣に居る。
それがナルトと自分の関係だと。
そう、思っていた。
高音の連なりが突然鳴り響く。
キバの思考を途切れさせた音はナルトのポケットから上がっていた。
何度か聞いた事のある着信音は記憶から悪い予感を起こす。
次いで酷く苦い味を引き出した。
「もしもし、サスケ?」
ポケットから取り出した携帯電話のディスプレイを確認などしないでナルトは相手の名前を口にする。
その瞬間から、ナルトの意識はもう京都ではなく母校にいる電話相手だけに向けられた。
知らずキバの眉根が寄る。
電話の相手、たんこぶのサスケが原因だ。
ナルトの二つ下で、今年になってから同じ高校に入学したとナルトから紹介されたのが、これが実に可愛げがない。
サスケのキバへの態度はそれはそれは悪いものがある。
後輩として先輩であるキバを敬う気持ちはおろか、顔を合わせれば常に敵意むき出しで睨んでくるか、もしくは無視だ。
元より愛想のある性格でないのだが、その事をさし引いてもキバの中では好感とはほど遠くある。
それだけでもこのクソガキ殴りてー認定するには十分なのだが、何より面白くないのがナルトと一緒に居る時だ。
幼馴染で気の置けない間柄で小さい頃からいつも一緒に居たのだと、初めて紹介された時に聞かされた通り、サスケが来れば自然とナルトの隣はサスケのものになる。
他に譲りたくないと思うほどに、親友、と言いきってしまうには大きい独占欲がキバの中で首を擡げた。
「元気にしてたか? まだ学校だよな? 怪我とかしてねえ?」
質問ばかりがナルトの口から次々と出てくるのは心配からで、たった二つとはいえ、子供の頃には大きい歳の差で、ナルトはサスケを年上の自分が守ってやるという幼い頃の意識が未だに抜けない。
実際は歳の割りに子供らしからぬサスケの方がしっかりしていると周囲に言われていたらしいが、それでもナルトの中では癖のようなもので染み付いている。
『学校だし、元気に決まってんだろ。お前じゃあるまいし怪我なんてヘマするかよ』
「オレだって怪我なんかしてねーっての」
性能の良すぎる最近の携帯は隣にいるキバの耳にも会話を届けてきた。
いつ聞いても無愛想な声だが、ほんの少しだけ柔らかい気がするのはサスケの感情を知っているからだろうか。
同じようにナルトの声も、ほんの少しだけ、自分と居る時よりももっと柔らかい気がする。
恐らく互いに無意識の事で気付いていないのだろうが、お人好しにそれを教えてやるつもりはキバにはさらさらない。
(面白くねぇな)
一重で黒目が上に寄ったキバの目はともすれば恐く見られそうだが愛嬌の良さもあり、きりっとした野生的な雰囲気に落ち着いていたが、今は目つきが悪い、と評されるには十分なほど不機嫌さが滲んでいた。
それでもキバの機嫌が下降していっているなど知らぬナルトとサスケの会話は耳に入ってくる。
「じゃあさ、なんかあったってば?」
『越えたぜ』
「なにが?」
主語を抜かした低い声にナルトの小首が傾いだ。
『身長。今日でお前の身長を越えた』
「なっ、サスケってば成長早すぎ! もっかい縮めっての!」
サスケの身長は同年代に比べ、確かに高いほうではあったが、それでもナルトがその年齢差のお陰で僅か数センチのリードを取っていたのだが、どうやら抜かれてしまったらしい。
そんな事をわざわざ報告に電話してきたのか、とキバは呆れとも逆に感心ともつかぬ脱力感が生まれそうになる。
だが、何故か速くなる心臓がそれを許さなかった。
『フザケんな。明日、お前の誕生日だろ』
「そーだけど」
『だったら、これで賭けは俺の勝ちだな』
聞きたくもないのに聞こえてしまうサスケの声は妙に緊張しているようで、着信音が鳴った時のように嫌な予感をキバに与える。
『ちゃんと誕生日までに同じ身長になったんだ』
どくどくと加速する心音と一緒にキバの裡に広がる嫌なもやは大きくなって、その正体を明らかにした。
『オレと付き合えよ、ナルト』
嫌な予感はどうしてお約束のように当たるのだろう。







『俺と付き合えよ、ナルト』
通りの良い声がナルトの思考を耳から一瞬で奪った。
ナルトだけでなくキバも巻き添えにして。
理由はそれぞれ別だが、ナルトとキバは同じ様にがちり、と固まってしまった。
「…あ、アレ、本気だったってば!?」
たった数秒だが完全な沈黙を作ったナルトの声が、反動のように大きく上がる。
十分すぎる音量で返ってきた返事にサスケの眉間に皺が出来るが、鼓膜を少々痛めただけが原因ではない。
三ヶ月ほど前に言ったことを本気と取られていなかった事への不満の方が大きかった。
『冗談で言えるわけねぇだろ』
けれどここで怒るよりも、冗談でもなんでもなく本気なのだと分からせる方が先決だとサスケは口を開く。
すぅ、と一度、息を整えてから吐き出された言葉は単純で、ただそれだけの感情を乗せた。
『好きだ』
「好きって」
意味など知っているはずなのに初めて聞く単語のように頭で響くその言葉を、ナルトはただ反芻するしか出来ない。
『言っとくが幼馴染だとか、兄貴みてーだとか、そんなんじゃねぇからな』
誤解する余地をさっさと潰した声は、少しばかりの苦味と甘さが滲んでいた。
『ガキの頃からずっと好きだった』
耳に当てられたスピーカーから流れてきた声は少し掠れていて、すぐ側で囁かれているような錯覚を起こさせる。
キスしたい、それ以上の事もしたい、そういう好きなのだと熱っぽく続けられ、かぁっとナルトの頭に血が昇っていく。
「は、恥ずかしーことばっか言ってんじゃねー、バカサスケ! もー切るってば!」
『待てよ、ナルト! 帰ったらちゃんと返事聞かせろ! ナル』
耐え切れずナルトは耳から電話を離して叫んだ。
それでも黒電話の受話器が降ろされたイラストが描かれたボタンを押して、通話を終わらせる直前のサスケの声までしっかりと届けてくれた携帯電話の機能は、本当に高い。








へにゃり、と膝から力が抜けて、ナルトは道端にしゃがみ込む。
「ぜってー間に合わねーって思ったのに」
そもそもの始まりは、些細な口論から始まった賭けだった。
今年の誕生日までにナルトの身長に追いつくと豪語したサスケに絶対に追いつかせない、もし追いついたら何でも言う事を聞いてやる、と言ったのが始まりで。
追いついたら俺と付き合え、と言われても、それは罰ゲーム的な冗談か何かだと思っていた。否、思い込もうとしてた。
サスケは弟のようなもので、そもそも男同士で、そんな事があるわけがないと。
けれどもうそんな思い込みなんて意味がなくなった。
「どうしよ」
俯いて呟いた声は弱々しい。
立ったままのキバには見えないが、きっと情けない顔をしてるのだろう。
自分と同じように。
「どうしよって、どうすんだよ」
ナルトの顔を見れば一目瞭然だというのに聞いてどうするんだ、と頭の隅で声がするが、どうしようも出来ない。
つむじを見せてる、いつも軽いと言ってからかう金髪頭はとても重そうに下を向いたままだ。
キバの目にはそれでも迷っているようには見えない。
(ああ、クソ!)
「ずっと弟みてーだって思ってた」
同じ年頃の男にしては少し高めの声も困り、震えたりなどしていない。
「なのに、サスケに好きって言われて嬉しーんだ」
こんなん、弟に思ったりしねーってば。
泣きそうなほど目元を赤くしたナルトがキバを見上げてくる。
けれどその顔は自身で言った通り、泣きたいような悲しみではなく嬉しさが彩っていた。
(最悪だ!)
違ってほしいという予想ほど、矢張りお約束のように当たる。
瞬間、悔しさと腹立たしさと寂しさをごちゃ混ぜにしたような熱が湧き上がり、キバはぎりっと奥歯を噛み締めた。
けれどすぐにそれは小さな溜め息に変わる。
「まぁ、お前がいいならいいんじゃねぇ?」
結局、キバにはこんな言葉しか言えない。
ナルトの気持ちなどとっくの昔に決まっていて、薄々気付きながら、見ないふりをしていたのはキバもナルトも同じなのだ。
分かっていたから、決して言えないと思っていた。
胸の中でもう一度、溜め息を吐く。
そうして、後でナルトの欲しがってた土産もの屋の変な蛙の財布を二つ買ってやろうと決めた。
一日早いナルトの誕生日と自分の失恋記念日の為に。





















(終)


ぐだぐだ駄文ひどすぎる\(^o^)/
ナルトはサスケへの気持ちはずっと無自覚だったけどサスケは自覚ありまくりで、サスケが告白さえしてしまえば両想いになると、キバは半分失恋状態だったのを本当はずっと気付いてたけれど敢えて気付かないふりをしてて、時々邪魔してたりしてました。
ちょっと友情を越えてるかもしんねーって思ってるぐらいキバはナルトが大好きだし、サスケはクソ憎らしいガキって思ってるのですが、でも結局ナルトが選んで幸せならそれでいいって思ってしまうキバって萌える!と一人突っ走ってしまいました、すみません…!
そして偽者すぐる…orz
久しぶりすぎる上に駄文で本当にすみません!
そしてこれのどこが祝ってるんだ;
毎年言ってますね;お眼汚しを失礼しました!
こんなんですが読んで下さって、ありがとうございました!


'08/10/10