朝起きたら空が綺麗で。
とても遠く思え。
そしてこの透明な水色の向こうには全てを飲み込んだような黒色が今もあり。
それはこの空と見えないだけで繋がっているのだ、と不意に気がついた。









散歩









さらりとベッドに突いていた指を柔らかな金糸が擽る。
上半身を起こして座ったサスケに布団が引き摺られ、肩が出てしまい寒くなったのだろう。
深い眠りについたままサスケの手に擦り寄ってきたナルトにサスケは自然と口角が上がった。
露出した白い肌とそこに己で付けた痕を目で楽しむのは悪くは無いが、風邪をひかせる心算はないので肩の上まで布団を掛けなおす。
先ほどまでの行為で何も身に付けていないのはナルトだけではないのだがそれでもサスケはあまり寒さを感じない。
小春日和がちらほらと訪れるようになったとはいえ未だ寒さを残している中、暖房器具の稼動は欠かせないが少し低めに温度を設定しているのはこうやって人肌で温もる方を選びたいからで、隣にあるそれは十二分に補ってくれる。
ふとカーテンを透かしはじめた朝日に気付き、ひやりとするが明日――正確には今日はバイトが休みだったと即座に思い出し、息を吐いた。
少し無理をさせた自覚がサスケにあるほど鳴かされたナルトの身体ではいくら始まりが夜の6時からとてバイトがあれば辛いだろう事は容易に想像が付く。
最も、二人して勤めているバイト先のシフトがいつも同じになるように組んでもらい、サスケが休みの時はナルトも同じく休みだからこそ無理をさせたのだが。
幸いにしてサスケが通う大学も試験休みに入っている。
とはいえそろそろ睡眠が必要だと訴えてきた身体の欲求を聞き入れるべく、サスケも布団の中へと潜れば、知らず冷えていた肩や背中を温かさがじわりと包み、熱の元である男にしては華奢な身体を抱き寄せると、より高いぬくもりがサスケを支配していく。
今日一日の大半をこの寝床で過ごすのも悪くないだろうと自堕落な計画を浮かぶほどの心地良さで、それを齎しているのは単なる温かさではなくサスケの腕の中で規則的な寝息をたてているひよこ頭、ナルトだ。
気がつけば目に必ず入ってしまっていたこの体温の持ち主は、気がついた時にはもうとっくに手遅れなくらいサスケの心を侵食し、サスケの世界の色も温度も全てを変えてしまった。
こんな寒い日の布団の中が大事で愛おしいものだと思うように、下らなく面倒でしかないとしか思えなかった日常の全てが些細で楽しめるものだと思うようになるほどに。
ナルトと知り合って1年。
たった1年前随分と変わったものだと思う。
それまではただ医者になる、という目標があり、それを達成することだけがサスケの中にあった。
だがそれすらも中学に入ってすぐに亡くなった両親の後を追っていただけだったかもしれない。
或いは両親が死んですぐに子供だったサスケを一人残し、突然大学病院を辞めて失踪に近い状態で居なくなった事を多くから惜しまれるばかりの、天才と謳われる外科医の兄を越えて見返してやりたかっただけかもしれない。
どちらにせよサスケの毎日はただ目標を達するためだけの手段で、それを楽しんだりしようとは思えなかった。
花の散り行くを手伝う風の柔らかさや雨で洗われた街の一瞬輝き、夏の夕暮れの美しさ、すっと耳に馴染む音に身を浸す心地良さ、落葉の匂いとともに変わった店の謳い文句、肌を震わせて恋しくなる熱。
全てがナルトが楽しいと笑い、それに惹かれ、通して見たサスケの中で同じ物が良くも悪くもその色も温度も変わるのだ。 暗い闇を太陽がこの世界を照らしていくようにそれは明瞭で。
「…ふっ……」
思考に微睡んでいたサスケの胸に小さく身じろいだ拍子に猫のひげのような痣のある頬が当たり、ぽっと重なり合った部分がまた熱を生む。
明瞭で温かくしていく、とサスケは再認識しながら癖があるのにさらさらと指通りの良い髪に小さく唇を落とした。
夜が明ける。
窓から射し込む光は強く、それだけでこの部屋だけでなく陽のあたる全てに恩恵を与えようだ。
必ず昇るその陽が腕の中の存在は重なる。
どうしてだかそう思う度、サスケは陽だまりのようなものと同時に酷い不安も憶えた。



ともに果てたナルトの腹の上で未だ灯していた欲情の残り火が籠った漆黒の眼を向けているこの男、うちはサスケはうずまきナルトにとって同居人というか、家主というか、友達というか、それ以上の所謂一般的な名称で恋人とか言い表したりする。
同性同士で、それまでお互い――サスケはどうかは知らないが少なくともナルトは――女の子しか恋愛対象に入っていなかったはずなのだが、いつの間にか。
本当にいつの間にかこうして身の裡、それこそ身体の奥まで入ってきてしまう存在になっていた。
切欠という何かは無かったと思う。
ただ、馬鹿だと思ったのははっきりと憶えている。
当面住もうと決めたこの街でまずは食いっぱぐれないようにと、古くからの知り合いを頼って見つけた働き口での初日で、サスケと初めて逢った日だ。
ハッキリ言って家無し、金銭的余裕の問題から真冬といっていい2月に野宿をしようとしていたナルトを家に泊めようとして偉そうに命令してきた。
どう考えても心配してくれて言ったくせに自分の為だと言い張る。
初めて顔を合わせたその日一日は、お世辞にも友好的な関係の一歩とは言えないもので、仲良くどころかむしろナルトの負けず嫌いからくる反発とサスケの皮肉な物言いは反りが合わないと思える方なのに、そんな相手の事など放って置けばいいのに、どれだけ憎まれ口を叩こうともサスケの行動は真逆だ。
一日だけじゃなく部屋が見つかるまでいろとか、どれだけ文句を言っても仕事のフォローは必ずしてくる所だとか、将来医者になる者の努めだとか言ってナルトの野菜嫌いの非健康的な食生活を改善させようと色んな料理を作ってくれたりとか、割ってしまったお気に入りのコップの代わりを家のを割られると困るからと買ってきてくれたりとか。
結構自己中だしどこかお坊ちゃんで我が儘だけれど信じられないほど不器用で口下手で、優しい馬鹿。
それがサスケだと思う。
そして言葉では上手く言えないのだけれども、一緒に居て心の底から気持ち良い相手だ。
下らない口喧嘩などほぼ毎日で、それでも一番奥の、根っこの部分がサスケと居て安心してしまう。
そこがこの場所を失うのが嫌だとこの心と身体の持ち主のナルトに断りも無く言うようになり、その感情が友達ではなくこういった関係にも属するところから来るものだと気付かされてもう随分とたった。
あの叔父の家を出てからは長くても三ヶ月ほどにしか一箇所に留まった事はなかったナルトが一年近くもずっと同じ場所にいるのは間違いなくサスケがここにいるからだ。
決して今まで思い続けてきた、色んな場所を見て色んな世界を見てから自分の夢を見据える、という最初の目的を忘れたわけじゃない。
大好きだった父の道を自分も歩けるかを見極めるのを止めたわけでは決してないのだけれど。
「好きだ……」
ぼんやりとナルトは快楽で攪拌された頭の隅で思い出しながら、背中を震わせ腰に疼きを溜めてくる低く掠れた声で甘い睦言を恥ずかしげもなく紡ぐ男を見返すと、もとより近かった顔が一層近付いてナルトの視界を覆う。
意図するところが分からないわけではなく、目を閉じようとした寸前に少し汗を含んだ黒い髪の向こうに遮ろうとしている本人の目と同じ色の空が見えた。
部屋の中で発散される熱に窓の硝子がぼんやりとした白で滲ませてはいるが外で展開される夜が薄れる事はない。
夜の闇は恐ろしく冷たいもののようだとこの季節はいつも思っていたのに、閉じた瞼の向こうで感じる体温を与えてくる男の色と同じだと思うようになってからは柔らかな安息を齎すものだと思える。
眠りを包む優しいものだ。
触れるだけの唇を落とし、肉欲からではなく抱き締めてくる腕のように強く優しい。
本当に、居心地が良すぎる。
ナルトは気持ちの良い倦怠感に飲まれ、瞼はもう上がらない。
そうして次に開けた時にはもう漆黒は見えなくなっていた。
昼も過ぎた陽射しは、寒さだけをよけて降り注ぐ。
暖房の効いた室内でそれは何一つ身に纏っていなくともじんわりと汗を掻くほどで、ナルトは瞼の裏まで明るくされ、遅い起床を迎えた。
カーテンの引かれていない窓から陽が何にも遮られず入ってこれたように、眩しさから細めながらもナルトは目を明け、息を飲む。
映しているその青と同じぐらい澄み切った、まさに快晴の空が飛び込んできて、あまりにそれが遠く、高く、透明で、どこまでも広がっていて言葉が出てこない。
見えない、遠い先には眠る寸前に見ていた夜がある場所に続いているのだろう。
それを想えるくらい晴れて広がる空があった。
もっと見たい。
ぽつん、と思った。
そんな風に思うのは初めてではない。
今まで何度もそう思って、そのまま見てきた。サスケと知り合ってからは無かっただけで。
それはここがあまりにも心地良くて、それを無くすのが嫌だとずっと心のどこかで思っていたからだ。今でも失うのは嫌だと思う。
けれど違った。
この透明な水色の向こうには眠りにつく前に見た全てを飲み込んだような黒色が今もあり、この空と見えないだけで繋がっている。
この場所も同じで、どれだけ遠くまでこの空の先を見に行っても地も空もここと繋がっていて、無くなるわけではないのだと不意に気が付く。
「本当に…いー天気だってば……」
手を翳し、窓の外の雲を掴むように伸ばすと、ナルトの口に小さい笑みが掃かれた。
「何、笑ってんだ?」
いつの間に部屋に入ってきたのだろう、振り返り見たサスケは怪訝そうな顔をしている。
「へへっ、天気がいーからさ」
にこりと嬉しそうに笑ったナルトにサスケは一拍の沈黙の後、そうかよと小声で応じた。
「メシ出来てる。食うだろ?」
「あ、ちょっとタンマ!」
ベッドまで来てナルトを抱えようとするサスケを慌てて引き剥がしたナルトは、起き上がり座ってサスケと向き合うと柔らかな笑みを浮かべる。
窓から差し込んだ強い光が跳ね返っている金色の髪とその笑顔を透かし、サスケはざわり、と胸の裡が粟立つのを憶えた。
「あのさ、急な話なんだけどさ」
ふっくらとした唇が言葉を形作る。
その先は知りたくない。
「明日ここ出てこうと思うんだ」



必ず昇るその陽はナルトと重なる。
そう思う度、サスケは陽だまりのようなものと同時に酷く不安にもなっていた。
必ず昇る陽は、同じように必ず沈むものだと知っていたからだ。
あの瞳の晴れた昼の空色と対称的な夜闇の色を持つサスケにはそれは忘れられない事実で、そうだと分かった今はもう遅い。
ふらりと寒い夜にやってきた猫のような奴は、暖かな日に散歩に行くようにふらりと出て行ってしまった。





















(終)


すみません!(土下座)
本当に駄文も駄文、中途半端な話で申し訳ありませんー!;;え、えと、サスケの家にいてスナフキン(旅)を止めていたナルトがまた歩きだすのを書きたかったのですが…ほ、本当にたったそれだけで;;;
山なく意味なくオチもない駄文すぎるものを、お目汚しを失礼しましたー!!(土下座)
び、微妙に続いたりします;


'05/12/15