それを目にしたのは一瞬。
一瞬だけのそれがただ目に焼きついた。
世界の果てのような場所で出逢い。
この日、俺は世界で一番綺麗な笑顔を見た。









最果ての地で










心地良い秋の涼風が身を躍らせ、去っていった道路を通るのは自分以外を除けば重装甲の戦車や軍用の連絡車か搬送車のみ。
舗装された道路に転がる瓦礫や鉄くずらを避けながら歩いてるのはまだ少年と言っていい年頃の子供だ。
中学には入学したばかりの少年は年齢に不釣合いな黒いスーツとシャツに身を包んでいる。その顔に浮かぶ表情も年相応とは言い難いものだった。
手にした数種類の、綺麗に繕った花が少年に不似合いな明るさと色をぽっかりと浮かばせている。
キャタピラを回転させ、重々しい車体が整列し沈痛な轟音を歌いながら進んでいた武装と防備を強化した鋼鉄の車輌が一台、慌てたように停止した。
「おい君!この先は戦闘区域だ!近づいちゃいかん!」
登頂部のハッチから迷彩色のヘルメットを被った中年の男が顔を出し、叱責を混ぜた声を飛ばす。荒くはあるが心配が織り込まれたその声に少年は鋭い印象のある黒目を向けた。
「墓参りに来ただけです。すぐに帰ります」
何事も無いように、表情一つ変わらず理由を口にした少年に車輌に乗り込んでいた男の方の顔が歪んだ。
こんな時勢になってしまったのだから少年の境遇のような子供などいくらでもいるだろう。だがそれでもその事実が苦いものを呼び起こさないわけではい。
憐憫が滲んだ男の視線から逃れるように少年は背を向け、ほんの少し脚の動きを速くした。
男が勝手に向けた眼差しに対する腹立ちと脳裏に浮かんだ相手への苛立ちとが胸の裡に皮肉げな言葉を吐かせる。
(父さん…あんたが置き去りにしていった息子は…十三になった)
ぎゅっと無意識に力を込めて白くなった手が花の茎を押し潰し、青臭い臭いが秋風に乗って流れていった。




「うちは家之墓」と刻まれた黒い御影石の前に立ったのは、この墓と墓が立てられている一族の敷地の―――といってもそんな境界線など壊れて久しい―――持ち主だ。
名を、うちはサスケと言う。
ここに眠る一番近い血を持つ、今日が命日である男、父の影を否応なしに思い出したサスケは、その記憶の中の不器用な手の温度と寒々しい空気の現実にずっと手に持ち、包装用に包まれた白い飾り気のない紙の手元部分がくしゃくしゃになった花を墓に振り下ろす。
力任せに石へと叩きつけられた花はなす術も無く美しい慰めになるはずの色をつけた花弁が散らされた。
「可哀想だってば…」
高くも低くも無い、澄んだ声が、声無き花の代わりように無残な姿にされた悼みを象る。
突然聞こえた声に瞠目した目をすぐさま向けた先には光が居た。
深いものから陽を受けて透けるような蜜色を見せる金の髪とその下にあるのは澄みきった夏の空のような青がサスケの漆黒の両目に鮮やかに映る。
墜落した軍用ヘリがいくつもの墓石をなぎ倒し、土を抉って作った轍の向こうに自分より少し幼い少年が立っていた。
ヘリの車体から向こうは家一つ無い、瓦礫と塵の荒野のみが広がるこの。
世界の最果てのような地に。




目つきの悪いガキだな、と自分の事は棚に上げて思ったのがその少年に対するサスケの第一印象だった。
本来ならばくるりと丸く大きいと推測出来る青い目は戒めるように険しくされ、眉根もきゅっと寄せられている。自然、出来た眉間の皺とともに初対面の人間に好印象を与えるとは言い難い。
だがそれでもサスケは不快に思う事はなく、ひたと合わせた目を逸らせなかった。
「お前…誰だ?」
ただ知りたい、という純然な想いのままに口をついて出た質問に答えではなく質問が返される。
「子供がなんでこんなトコにいんの?ここは危険だってばよ」
自分よりも年下としか見えぬ相手に子供と言われサスケの眦が不機嫌に釣りあがった。
「お前だって、」
「見ろ!誰かいるぞ!」
子供だろうが、と続けようとしたサスケの声はまたしても脈絡無く掛かった声が邪魔をし、その機会を失う。
今度は何だ、というやや鬱陶しい気持ちで邪魔をした相手がいる方向へと見遣れば、倒壊した寺の本堂から4、5人のサスケより少しだけ年が上のように見える少年達が姿を見せ、アサルトライフルやサブマシンガン、銃火器と呼ばれるものを一人を覗いて全員が手にしてサスケと金髪の少年に向けてきた。武器を持たぬ子供の手にあるのは茶トラ模様の毛を持つ若い猫で、それは怯えるようにこちらを見ながら猫を抱いている少年と銃や武器を手にした他の少年達とは違うように見えようものだが、何故か異質ではなく感じられる。
むしろ多くが手にしている武器のほうがずっと馴染んでいないかった。
「綺麗な格好してんなぁ。お前ら疎開児童か?」
真ん中にいた少年が代表のように聞いてくるのをサスケは冷めた眼で斬る。
「てめぇら、ここで何をしてる。ここは私有地だ」
冷然とした声と不快げに顰められた顔は、元が整っている所為もあり武器を持ち優位に立っているはずの少年達の背に寒々としたものを走らせた。
「ど、どうでもいいだろ、そんなの!とにかくお前ら、金を出せ!」
年下の子供相手に恐怖を感じるなど許せないとばかりに声を荒げた真ん中の少年の指示で、サスケと金髪の少年に全員の銃口が合わさる。
「俺たち義勇軍は武器と仲間を集めて奴らをぶっ倒しにいくんだよ!そのための資金だ!」
激しい叫びとぴたりと合わせられた銃の照準に、だがサスケは先よりも温度の低い眼を向け、嘲笑を口に上らせた。
「軍隊ごっこなんざしてないでさっさと出て行け」
「なんだとコラァ!!」
「なぁ、お前ら」
小馬鹿にし、冷たくあしらうサスケとかっと昇った血に顔を真っ赤にした少年達の怒気のどちらともにそぐわない声が混じるが、それは届かない。
「世界がこんなになってるのに何が私有地だ!あんまり馬鹿にしてると撃ち殺すぞ!」
鼻先に突きつけられたライフルのセーフティが外される、小さな、けれど良く響く金属音と感情的な少年の行動にサスケの眼は冷めた怒気を孕ませた。
「なぁ!死にたくなけりゃ早く逃げたほうがいーって!」
ぴん、と張り詰めた両者の間に再び、今度は先よりも少し強い口調で金髪の少年の声が掛かる。
まるでそれを予期していたように。
「何の、」
サスケだけが金髪の少年の言葉に気付いたと同時に、ひゅうううううと何処からか落下音が聞こえ。
ドシンッ、と重みのある衝撃で地を揺らしたそれは現れた。
いくつもの眼と長い首と裂けた口にならぶ歪な歯。爬虫類のように見える、けれどずっと硬質で頑丈な黒い皮膚で覆われた、優に数十階建てのビルに並ぶ巨大な体躯。
鳥の足のような前足と太い爪を持ったそれはこの世界の、普通にあった日常というものを食らいつくした化け物だ。
二年前、新宿に突如現れた謎の物体"カーネル"。
それは一定の周期で"デーモン"と呼ばれる怪物を生み出す。
生み出されたデーモンはそれが生きる全てというように、破壊と死を人類に齎した。
それが今、目の前にいる。
「何してる!早く逃げろ!」
武器を持ち、息巻いていた少年達は手にしていた戦う道具を向ける事なく投げ出し、蜘蛛の子のように散り逃げていく。
腰を抜かしながらも一歩でもこの場から離れようとする者しかおらぬ中、数体のデーモンを前に見据え、金髪の少年は全く、動く気配すらない。
少年の手をサスケは慌てて取り、引っ張るが少年は頑として動こうとはしなかった。
「いーの。オレはこいつらを待ってたんだから」
「何言ってやがる!」
当たり前のことように動かない少年にサスケが苛立ちと焦りに声を上げるが、それはもう遅いと嗤うようにデーモンの一体が前へと塞ぐ。
濁った咆哮を上げて食らおうかというように攻撃波を放つ三角に裂けた口を開き、太い爪を振り下ろそうとしたデーモンに金髪の少年は怯えることもなく、何も持たぬ腕を掲げた。
「来いってばよ」
すぅっと浮かばせていく笑みを化け物に向け。
死を齎す凶器が下ろされる前に金髪の少年から何かが繰り出された。
グン、と向けられていなかったサスケの身体さえも圧倒するようなその衝撃は瞬時にデーモンを粉々にし、塵芥へと変えてしまう。
(なっ…こいつ……今、何をしたんだ)
目の前の出来事を一部始終見ていたはずなのに、それは理解しがたい光景だった。
如何に強く、如何にその生命力が高いかを人類はこの二年の間に嫌というほど知らしめられてきたデーモンが1秒も数える間もなく粉々に、まるで脆い砂で出来た模型が地面に叩きつけられたかのように空中で霧散し、消える。
一体何がどう起きてそうなったのかなどまるで分からない。
サスケに分かったのはそれが金髪の少年から繰り出されたものだという事だけ。
この少年が、デーモンを倒した事実だけだ。
その事実はサスケの脳裏に一つの噂を甦らせた。
――――――――――――軍にはデーモンと戦う為の力を持つ『特別な人間』がいる。
実しやかに囁かれていた噂が真実として体現した状況に喜ぶよりも、驚くよりも、憤りに似た何かがサスケの胸に湧き上がった。
(こんなガキに戦わせてるのかよ…ッ!)
自分よりも幼い子供の姿は、異形の姿が跋扈する戦場には不似合いだとしか思えない。
だが。
「ナニぼーっとしてんだってば!早く逃げろ!」
きっとこちらに向けた瞳は恐れも悲しみも無く、サスケの感情などを受け付けさせないまっすぐに戦い強く臨んだ透徹したものでサスケは息を呑んだ。
(そうだ…子供だろうが何だろうが軍の人間が戦うのは当たり前だ……俺には…関係ない)
下を向きぐっと拳を握った手が動かされ、腕と足が動き少年が目を向けている方向に背を向ける。
(関係ないんだよ――――!!)
顔を逸らし、走り出す寸前に見えた少しだけ柳眉が下がり青い目を堪えるように眇めた少年の顔が視界の端を掠めなければサスケはその声にすぐに足を止めることは出来なかっただろう。
「ねこっ!!僕のねこがっ!」
「ばかっ、危ない!」
とうに逃げ出したと思っていた少年グループの、武器を持っていなかった少年が手を伸ばし、身を躍らそうとしているのを中心で指示を出していた少年が必至に止めていた。
手が伸ばされた後方へとままにサスケは目を転じてしまい、そこには泣き叫んでいる少年の腕にいたはずの小さな猫が左足を先から無くして血を流してデーモンの目前で多少離れていても分かるほどぶるぶると震えている。
右の足だけで動こうとするが、爪がかりかりと僅かに足元の土を削るだけで逃げられる気配などない。
「僕のねこぉ!」
その少年にとってその猫の存在がどんなものなのかはっきりと知るはずなどないが、その声が大事だと痛切なほどに訴えていた。
(大事なら、手ェ離してんじゃねぇよ…!)
離され、残された方はそれきり一人になるというのに。
込み上げる苦いものがサスケの裡を埋め、チッと舌を打った。
止まぬ泣き声の中で猫に一番近いデーモンがギギギギギと錆び軋むような音とともに淡い発光体を裂け上がった口内で膨れ上がらせ、それが放たれると見ていた全員が予感した瞬間、デーモンが横面から潰される。
対デーモン用に強化された銃弾が届けたのがどこからか、サスケと少年グループ達は分からなかったが、金髪の少年だけはそれを理解していた。そしてまだ楽観出来る状況でない事も同時に。
「どうした、ナルト!攻撃が止まってるぞ?」
耳に差し込んだ小型の通信機から仲間からの叱責と心配を含んだ声をクリアに届ける。
言いたい事、指示されている事は分かっているが、でもナルトはそれを実行出来ない。
「猫がいるんだってば!」
今自分が早くしろと言われている事、『攻撃』をしてしまえばどうなるか。
"対策"が何も無い今に攻撃を放てば確実にデーモンだけではなく小さな猫も巻き込んでしまう。後ろで泣いている子の、必至に逃げようとしているあの猫をも巻き込んでしまうと、けれどデーモンとの距離をこれ以上縮めるのも危険だと分かってしまうが故に金髪の少年――――ナルトは動けずに居た。
「猫!?何を言ってるッ!」
遠方からのサポートを行っている銀髪の男は長距離タイプのライフルに付属された望遠鏡でナルトの前にいる猫と周囲を確認し、その状況を理解した。
躊躇うナルトの感情も。
「俺の弾じゃあいつらを全部処理するのは無理だ。攻撃しろ!ナルト!!」
だがそれを許せるような甘い世界では今は無い。
「お前の"exex"(エグゼクス)で!!」 相手の、ナルトの性格を考えれば冷徹だと自覚しつつも、しなければならない命令を吐き出す。
「でも!!」
どうしても出来かねた決断の刹那の鈍りは攻撃波よりも繰り出される速度が速いデーモンの爪を誘った。
避ければ後ろにいる一般人に被害が行くかもしれない、けれど前への攻撃も出来ない、という迷いがナルトの身体の動きを奪ってしまい、真っ青な眼に重く大きいであろう爪が視界に広がっていく。
(!!)
「ナルトォッ!!」
ぎゅっと目を瞑ってしまったナルトの耳に離れている銀髪の男の悲鳴に似た声が激しく名を呼ぶ。
だが虚しくそれは響き、ナルトの身体はデーモンの爪を深々と飲み込み引き裂かれる、筈だった。
ナルトが目を瞑ったと同時に足元ががら空きになったデーモンの元から猫を掴み、そのまま走る足をナルトの元へと向け、ナルトの身体を引っ張る腕が無ければ。
来ない、予想していた痛みの代わりに感じた浮遊感にナルトが恐る恐る目を開ければ猫は居らず、デーモンの反撃から身体は逸れていた。
後方へと飛びのく自分の身体とデーモンの元から消えた猫、そしてそれを成し得てくれている腕に気付いたナルトはしっかりと目を見開き、ふわりと口元を緩め。
"エグゼクス"を発動させた。
正面から加減の無いナルトの攻撃を受ける形になったその場のデーモン全ては跡形も無く消え、巨大なエネルギーの放出を受けてナルトとナルトを抱えていたサスケとサスケの手の中にいる猫の身体は加速したようにより後ろへと飛ばされる。
「ぐぅっ!」
ふわりと浮いた身体はすぐに柔らかい土の上に落とされたが、サスケが自分よりも小さいナルトの身体を抱きしめ衝撃から守ったお陰でナルトは痛みを殆ど感じる事はなかった。
「よしッ」
仲間の安堵と喜びが集った声が耳にしっかりと届けられ、ナルトは本当に助かったのだと確認する。
「ナルトッ!無事か!?」
小さく呻いたサスケも軽い擦り傷と打ち身程度で済んだようだと分かりナルトの声は自然、明るく柔らかさを帯びた。
「うん、みんな無事!」
ナルトの返事に追随するかのように猫が小さく声を上げる。
だがナルトは猫の声に振り向くよりもまず、未だ地面に横たわったままの少年へと心が向かっていた。
すっと手を差し出す。
伸ばされた手は子供のものだとはいえ、サスケよりも細い。
だが、それを掴むことをサスケは僅か足りとも躊躇わなかった。
そうして。
手を辿るように上げた視界に見えたのは。
笑顔。
心の底より嬉しそうにゆうるりと緩まった目元を赤く染め、澄み切った青を湧き上がる感情で深く染めて潤ませた瞳で。
丸い頬を、唇を柔らかに上げた笑顔。
差し出されたナルトの手に腕を伸ばしたサスケは打ち付けた痛みなど吹き飛び、その笑顔に一瞬で心を奪われる。




この日、俺は世界で一番綺麗な笑顔を見た。




だが、一瞬で奪われたその笑みは瞬く間に消えていく。
(なんだ…どうして……)
赤く色づいていた笑みは青ざめ、恐怖が憑り付いていった。
(どうしてそんな悲しい顔をしてる…)
サスケの疑問は遠く、引き攣るような悲鳴は声にならず、美しくいつまでも見たいと思う笑顔が歪み、小さい手が顔を覆う。
(もっと…笑ってくれ……)
意識がゆっくりと薄れ行くのにも気付かぬほどサスケが願った笑顔を見せたナルトの悲鳴が、今度こそ空気を引き裂いた。
腕を無くし、気を失ったサスケの血が溢れ出ていく中で。





















(続)


全部で3か4話の予定です。
む、無駄に長くなってしまう予定ですみません!(土下座)
初めてのダブルパロネタでして、どうしても、どうしても、どうしてもサスナル変換したかったんです…!
サスナルで妄想するときゅんきゅんしてしまって、暴走が止まりませんでした…!
実はナル誕企画最後のネタとして一気に全話上げる予定だったなんて言えませ、ん(殺)
元ネタは「エクストラ・イグジステンス」(塩屋干郎次 著・ワニブックス)という全1巻の漫画です。
こちらの主人公の佐倉勇斗をサスケ、ヒロインの藤ノ倉花(ツインテールの女の子!)をナルトに置かせてもらっております。
でもナルコではなくナルトです(笑)
「エクストラ・イグジステンス」にほぼ沿う内容となりますが、少し変えている部分もあったりしますが、読んで頂いて分からないという事が無いようにするつもりです><;
至らぬかもしれませんが頑張りますので最後までお付き合い頂ければ幸いです…!
こんなんですが、読んで下さってありがとうございましたー!


'06/11/13