理不尽恋愛法則










世の中は実に不平等で理不尽だ。
うずまきナルトは至極真面目くさった顔で頷いた。
「なんか悪いもんでも食ったかぁ?」
面倒くさげな、というより面倒さそのものを固めたような声で聞いてきたクラスメイトの奈良シカマルをナルトは勢いよく振り返る。
「ちっがーう! オレは納得いかねーんだってばよ!」
席がナルトの後ろであるシカマルの机を叩き、激しく主張した。
「なっんでいっつもいっつもいっっっっつもサスケばっかイイ目にあってんだっつーの!」
「そうだな、いつもの事だろ。落ち着けよ、ナルト」
肘をついてうたた寝をしていた机を揺らされたシカマルは欠伸交じりに今更何をそこまで怒っているのか、と返す。
言った通りサスケ、クラスのうちはサスケがいわゆる『イイ目』にあっているのは本当にいつもの、日常茶飯事と化した事で、それに対して不満を言う時期などとっくに過ぎていた。
それをわざわざ言うだけの何か理由でもあるのか。
口は開かずとも面倒くさいなりに動かした目で問えばナルトは不機嫌そうに口を尖らせる。
「オレってば今日、誕生日なのにさ、誕生日おめでとうって女の子に言ってもらえたと思ったら「サスケ君に祝ってもらえていーわねー」とか、「サスケ君にお祝いしてもらうなら誘って」とかっ、「家となりなんでしょ、行っていい?」とか!」
一旦は落ち着きかけた声が終わりにはまた声量と荒さが戻っていた。
だが、あんまりだってば…!と嘆く友人の心情を考えれば止める気はあまり起こらない。
言った女の子達は深く考えてのことでないことであるかもしれないが、確かに酷い話ではある。
「あー…まぁ、災難だったな」
シカマルは他に掛ける言葉なくそう労った。
「だいたいッ、日頃から面倒見てんのはオレだっての! サスケなんて米一つ炊けねーんだぞ!? 洗濯しようとすれば洗濯機壊すし、この前なんて入浴剤と間違えてトイレの洗浄剤いれるし! せいかつのーりょくってもんがカイムの駄目男ってまさにサスケの事だろ! なのにいっつもいっつもオレが世話になってるとか、あいつのファンの子には睨まれるわ、何もしんねー奴から隣にうちはが居て良かったなとか、先生にまで感謝しろよとか言われるわ! 感謝してもらうのは俺の方だってーの!」
立て板に水とばかりに日頃から溜まり具合のよろしい鬱憤がナルトの口から溢れ出てくる。
年月をかけて溜まりに溜まった不満に思えるが、シカマルはこの手の愚痴を先月の終わりにも聞いていた。
散々迷惑を掛けられている相手に迷惑を掛けるなと常日頃から注意もされていればこうなるのも無理はないのかもしれない。
そもそも何ゆえそんな事態になるのか。
それは一重に、うちはサスケの顔が良いからである。
顔というか雰囲気というか。
どういうわけか、うちはサスケは見た者に何でも卒なくこなす優秀者と思われるのだ。
成績は中の上。運動も中の上。性格は無愛想。手先は壊滅的に不器用。生活能力はナルトの絶叫然り。
成績にさほど差の無いどころか英語など教科によればナルトの方が良く、運動能力で言えばナルトは常に学年トップクラス、性格だってサスケよりずっと愛想の良さとサスケに費やしてる分だけでも面倒見が良いと言えるほど。
手先も生活能力も長年、自分の事は自分で、という生活をしてきた為に同年代の子らよりずっと上だと自負している。
それなのに、周囲の評価は間逆なのだ。
今は出ている名家の実家での育ちゆえか、それともナルトが叫んだように顔という見てくれのよさからなのかは正確には分からない。
だがほぼ99パーセントの確率でサスケは一見の印象で文武両道な天才と思われ、その印象はまるで幻術の如く続いていく。
例え自ら取り繕う気などないサスケが大して良くもない成績や酷すぎる不器用さを見せたところで、本気を出していない、とかうっかりした一面もある、と何故か好意的に周囲が捉えた。
結果、何か失敗があっても常に隣に居るナルトが足をひっぱっているとレッテルを貼られる。
シカマルはこの実態を知る貴重な友人の一人で、同じクラスというカテゴリーではこうして愚痴を言える唯一の存在だった。
「どーせ世の中、顔のいーやつばっか得するように出来てんだってばよー」
取り敢えず今ある鬱積は吐き出しきったらしいナルトは椅子に座り、シカマルの机に突っ伏した。
「とりあえずこれやるから落ち着けよ」
人差し指での、の字を書いてはいじけるナルトに落ち着くまで待っていたシカマルは苦笑しながらナルトの頭に何かを乗せる。
平坦でもない上にぴんぴんと跳ねる癖っ毛の髪の上から、シカマルの手を離れたそれはすぐに落ちてきた。
こん、こん、と机に転がり、手の甲に顎を乗せていたナルトの目線降りて来たのは手からはみ出るほどの長方形の箱で、オレンジと黄色のリボンでラッピングられている。
慌てて起き上がり、箱と交互に見てくるナルトにシカマルは「誕生日だろ?」と言って口の端を上げた。
誕生日を迎えた今日、海外に居る父から届いた物以外では初めてもらったプレゼントにナルトの頬が紅潮する。
「シカマル、サンキューな。すんげー嬉しい!」
「どーいたしまして」
開けていいかと尋ねられたシカマルが頷くと、ナルトは丁寧にラッピングを解いた。
箱の蓋を開ければ某メーカーの小型ミュージックプレーヤーが入っている。
「い、いいの!? これすげー高いじゃん!」
高校生のお小遣いで買うには少々悩むぐらいの値段だ。
「いいからやるんだよ。正直な話、ネット通販でかなり溜まってたポイント使ったからそんな掛かってねぇしな」
遠慮なく受け取れと遠まわしに告げられ、ナルトはもう一度礼を言い、取り敢えずは仕舞った。
もう放課後だが、説明書を読まなければ分からないだろうし帰ってから。
使うのが楽しみでしょうがないとナルトの目がすっかり輝いている。
使っていたMP3プレーヤーの調子が悪く新しく買い換えるかどうか悩んでいたところに、色もナルトが普段から好んでいるオレンジカラーで嬉しくないはずがない。
シカマルも知っていて選んだもので、素直に喜ぶナルトを見れば甲斐もあった。
包装紙もきちんと畳んで鞄になおしたナルトはもう帰ろうかと考えて、出来なかった理由を思い出す。
「あー、サスケにシカマルの爪の垢でも飲ましてやりてー。今朝起こしに行ってやってもおめでとうの一言も言いやがらねぇ!」
おまけに昼からサボってどっか行ってるし、とまた不満を頬に溜めて膨らませた。
昼から急にいなくなったサスケの鞄やらの荷物を、常日頃からつるんでいる上に家が隣だから渡すようにと押し付けられた為、ナルトはこうして教室に戻ってくるのを待っている。
シカマルはその付き合いだ。
荷物だけならば家が隣だから帰ってから渡せばいいのだが、進路調査の用紙提出が今日までというのを伝えてくれと担任にも頼まれているので帰るに帰れない。
はぁ、と溜め息を吐いて膨らんだ頬をへこませたナルトにシカマルが面倒くさそうに口を開く。
「あのなぁ、ナルト。今日のこれは仕方ないにしても、嫌ならうちはの面倒見なきゃいいだろ」
実にシンプルな解決方法を、無駄と知りつつ言えばナルトの眉尻が困ったように下がった。
「それはそーだけど…けどあいつってば放っておいたら隣で死体になってるかもしんねーもの。そーなったらやっぱ寝覚めが悪いってばよ」
何だかんだ言いつつ放っておけない自分が一番の原因とナルトも分かってはいるが、やっぱりもし何かあれば、と思ってしまう。
「いくらなんでも二つ三つのガキじゃねぇんだ。うちはだって死なない程度に生活するだろ。お前が見なきゃなんねー理由にはならねぇと思うけどよ」
「ナルトは俺の嫁になるんだからな、当然だろ」
「寝言は寝て言えってば、サスケ」
何となく先が見える答えに更に面倒くさそうになった顔で言ったシカマルにいきなり割って入った声と、それに脊髄反射レベルの速さでナルトの否定が入る。
まるで全て決まっていたように一連の流れで交わされた。
「サスケ、お前どこ行ってたんだよ!?」
シカマルの忠告を横から蹴って入った、話題の中心人物にナルトの眦が上がる。
「進路調査の紙、今日出せってアスマ先生が」
「帰るぞ」
先生からの伝言を伝えるために残っていたのだと文句を付け加えて言おうとするナルトを自分とナルトの鞄を持ってサスケはあっさりと遮った。
「なっ、人の話聞けって! それにオレ、今日はシカマルと帰んの!」
荷物だけでなく、手まで掴まれて引っ張られたナルトは振りほどこうとして断るが残念ながらサスケの手は離れず話も聞かれない。
「予定変更しろよ。いいだろ。ほら帰るぞ」
いっそある種の感心をするほど傲岸に、一方的に言い放ったサスケはそのままナルトを教室のドアまで連れて行く。
「誰もいいなんて言ってねぇっ!」
どうするか、考える時間すら与えられないシカマルの前でナルトの姿は廊下の向こうに消えた。
「ああもう、どうやったらおめーみてーなオーボーアクトク人種が出来んだってばー!」
徐々に遠ざかっていく声を追いかけようかとシカマルは逡巡するが、追いかけた所であのサスケがナルトを解放して自分との帰りを許すとは到底思えない。
それにナルト自身が既に諦め気味だ。
そこにいくつかの要素を加えてシカマルは結論を出す。
「面倒くせぇ」
放っておこう。
精神上、都合の良い選択をしたシカマルは椅子から腰を上げた。






家の玄関の隣、サスケの家の玄関まで引き摺られてきたナルトは諦めて促されるままに勝手知ったる部屋へと入る。
途端、鼻をついた異臭にナルトの眉間に皺が寄った。
「なんかヘンな匂いがする」
遠まわしに何かしたのかと聞くが殊勝に返事など返す男ではない。
言いたい時にだけ言うのがうちはサスケだ。
ひくり、とナルトの頬が引き攣るが、サスケと付き合うのにこれぐらいで堪忍袋の緒を切っていては一日で脳の血管が切れる。
仕方なしに黙って異臭の元、いつも行くリビングへと足を動かした。
取り立てて広いというわけでもない廊下はすぐに終わり、リビングのドアを開ければヘンな匂いがより鮮明になり、それが焦げくさいものだと分かる。
ひょっとして朝、コンロの火を消し忘れたのかと一瞬考えるが、すぐ違うと分かった。
テーブルに乗っている黒コゲの塊を見れば誰にだって原因に察しがつく。
黒コゲの塊というか、黒コゲのものに白いどろっとしたものがかかった塊というか。
上に乗ったフルーツから察するに、楕円形のそれはケーキなのかもしれない。
クリームはホイップが足らずとろみのついた液体といった程度の硬さしかなく、多少生地に染みこんではいるが殆ど流れ落ちて皿に溜まっている。
しっかりとコーティングされていないから白いクリームが流れた下からスポンジが見えるのだが、表面を切り取ることもしなていないそれは黒い焦げがしっかりと見える上にぺしゃんと萎んでいた。
そして唯一まともというか、まだ食べれそうな、そしてこれがケーキだと判断できる材料のフルーツはどんな切り方をすればこうなるのか謎なぐらい前衛的な形のものばかり。
色から察するに柿と梨、だと思う。多分。
これほど具材が不憫に思える物を作れるのは、ナルトが知る限りただ一人で、そしてその一人はこの部屋の主であった。
「これいつ作ったんだよ」
ケーキもどきからテーブルの前で腕を組んでいるサスケへと視線を移して問えば、矢張り否定は上がらずあっさりと今度は答える。
「昼」
「昼って、ひょっとしてこれ作るために学校サボったのかってば?」
ああ、と何でもないように頷くサスケに、だが考えてみれば当然だった。
この部屋の異臭は今朝ナルトが学校へ行くために起こして迎えに来たには時には無かったし、だとするならその後でしかない。
なんで、とは聞かずとも分かる。
「ばっかじゃねーの」
悪態を吐いてみせるが強くはない、照れを含んだ声だ。
それを誤魔化すようにナルトはケーキの横に無造作に置かれたフォークを取る。
そのままケーキを一口分取り、口に放り込んだ。
もじょり、と何とも言えない食感と焦げた苦味と入れすぎた砂糖が残ったゆるいクリームが口いっぱいに広がる。
お世辞にも美味しいとは言えない。
よくこんなにマズく出来ると思うほどだけれど。
「美味いってばよ。ありがとな、サスケ」
「誕生日くらい嫁を労うのは夫の勤めだからな」
したり顔で頷くサスケにナルトは口を曲げる。
(だから嫁じゃねぇ。あと日頃から労えってば)
だが、そう思うが口には出来ない。
返された、ほんの少し口端を上げただけの、けれど目元をとても柔らかに緩ませた笑みにナルトは返す否定を失う。
口から出そうなのは煩いほど速く鳴る心臓の音だ。
ナルトはまたしても思った。
世の中は理不尽だ。
顔のいい奴が得をする、同じ事を言うにしても顔のいい奴が言うと妙に説得力を感じるように出来ている。
たったこれだけで今日までかけられた苦労も迷惑も全部絆されてしまったナルトは裡で詰った。
全部全部、サスケの顔がいいのが悪くて狡い。
あの戯言のようなプロポーズまで受け入れてしまいそうになる自分にそう言い訳をする。
理不尽な法則によってナルトの頬は赤く、胸はどうしようもなくどきどきと騒がされたまま、治まる術を知らなかった。





















(終)


ナルトさんハピバー!
って、言えばいいってもんじゃない。毎年言ってますがこれ祝えてないですね。すみません。
栄養?家事?健康?なにそれおいしーの?な無頓着ナルトさんと家事でも何でも器用で完璧にこなすサスケも大好物ですが、たまには逆な、幼い頃から父親を手伝ってきて家事一般完璧なナルトさんと顔だけしか取り得のないサスケというのもいいなぁっとお、思いましてですね。サスケがほんと駄目男ですみません。サスケスキー様に刺されても文句いえない。
でもサスケは興味とやる気がないだけでやれば勉強でも何でも本当に出来るので、ナルトが一言、ちゃんと真面目にやんねーと結婚してやんねー、とでも言えば次の日から素晴らしい努力と結果をたたき出してくれると思います。そんでもってあっさり成績で差をつけられた上にやっぱりサスケ君すごーい!ってちやほやもてもてなってるのを見て、やっぱ世の中理不尽だ!って涙目になってぶーたれるナルトさんとかちょう可愛いとおもいますまる!
サスケは高校に入ってから一人暮らししろ、と世間勉強の為に部屋を借りて実家を出てきました。そのお隣がナルトさん。それまで坊ちゃん暮らしであまりに何も出来ず、見かねて面倒みてあげてたら見初められて勝手に嫁扱いされてる、という経緯があります。あとヒナタら他の子達とは大学あたりで出会うとかそんなどうでもいい設定もあったりします。
中にきちんと書ききれず失礼しました。
こんな駄文ですが読んで下さってありがとうございました!
そしてちっとも祝ってなくて、ほんとごめんなさい…!
ナルトさんハピバー!(言えばry


'09/10/10