「だからさ、右!ぜってー右のが速いって!」
「ウスラトンカチ。距離をよく見ろ。どう考えたって左の方が速いだろうが。これだからドベは」
「ドベ言うな!」
「本当の事だろ」
「違うってば!とにかく、ぜってー右!右のが速いもん!」
「なら試すか?」
「望む所だってばよ」
始まりはとても単純だった。









レース










うずまきナルトと知り合ったのは2週間ほど前――正確には12日。
夏休みという学生特有の長期休暇を利用したバイクツーリングともう一つの趣味である風景画のスケッチ場所に選んだ峠の中腹にあるポイントに行く途中に見つけた。
陽射しよりも眩しい金色にばかり目が行き、指を突き出した手があまり目に入らなかったのだが、速度を落とす事を思い付けなかったサスケに掛かった少し高めの声と、通り過ぎ様に向かってくるような青い瞳にブレーキを掛けて戻っていた。
足であるバイクが側に置いてあった事から何かあったのだろうとは思ったが、ガス欠で困っているという間抜けさに馬鹿か、と己の性格なら嘲笑の一つも出る所だが。
最初に見た笑顔と、透き通った青の上目遣いにどうしようもなく心音が加速するのを抑えられず、あっさりと返事を返してしまった。
聞けばサスケと同じような、けれどサスケよりももっと計画性のないバイク旅行にに呆れと興味を感じ、もう少し話したくて、いいと言うあいつをバイクまで送り届けてから別れた。
もう会う事はないのだろう、と酷く残念な感情を持て余す自分を不思議に思いつつも最初に予定していたポイントに着いてスケッチブックを構えたが、想像していた以上の景色にも手は一向に動かず。
浮かんでくるのはあの目の前の海と空よりも透明な青と柔らかい陽の光を集めたような触り心地のよさそうな金の髪。
黙っていれば整っているだろうに、それを隠すような騒々しく、けれど目が離せなくなる表情。
気付けばナルトが行くと言っていた場所に走っていた。
ナルトが行こうとしていたのは古いその町で最初に出来た時計台。
オレンジのズーマーが止めてあるのを見た時、わけもなくほっとし、かつどうしようもなく気分が良くなった。
登れる構造になっているらしい中から、バタバタと慌しく木造の床を軋ませながら出てきたナルトの姿に更に感情が浮上する。
「やっぱサスケだ!え?なんでここにいんの?さっきの峠で絵、描くって言ってなかったってば?」
「…ここを描いてみたくなった」
ぱっと笑顔を零し、次いで不思議そうに見上げてきたナルトの至極当然な疑問に正確な答えをサスケ自身も知らず、咄嗟について出た言葉をナルトは疑いはしなかった。
「そっか。サスケもやっぱ見たくなった?だってさぁ、すげーいいよな。うん。あったかいし、息してる」
「そう、だな」
すっと目を細め、口元にふんわりとした笑みを浮かべて時計台を見上げたナルトを見ながらサスケは頷いた。
その日泊まる予定の宿が同じだった事もあり、そのまま行動を共にして。
それがずっと続いた。
いつもならこんな人の間合いに平然と入ってくるような、騒々しい奴など苦手と思うのに側にいると得られる落ち着きや、全く合わない、正反対の人種だと思うのに景色を見て思っていたことをナルトが言ったりする瞬間や、不快にしか感じられなかった渋滞でさえ楽しくなる時間がどうしても手放せなくて、予定を一部変更する事になってもナルトと同じルートを選んだ。
ナルトには「気が変わった」とか「元々こっちの予定だった」と言って。
そうして今やすっかり二人旅になったのだが、ほんの些細な事で道が分かれる事になった。




隣の市になるが、もう閉館したが扉が壊れていて入れる水族館がある。
宿の人間から聞いたというその言葉に、朝から目を輝かせて部屋に戻ってきたナルトの考えがすぐに分かり、サスケは何も言わず地図を広げた。
「行っていいってば?」
「ああ。別にオレもこれといった予定があるわけじゃねぇし、行ってもいい」
「やた!」
嬉しいとストレートに表れるこの笑顔を可愛いと思い出したのはいつ頃だろうか。
考えれば初めて会った時からだと気付いて少し溜め息をつきたくなった。
知り合ってまだたったの二週間足らず。
その内の多くの時間を下らない口喧嘩で過ごしていたりするのに。
どうしようもなくその一挙手一投足に左右されてしまう。
「えーっと、ここだから…」
言いながらキュッと赤ペんで印を付けるナルトの向かいから覗き込む。
「なら県道まで出てから…右回りで行くのが速いよな」
ナルトが示したのは細い道で入り組んではいるがほぼ直線に近いルートだった。
「おい。地元のモンじゃねぇオレらが行くなら慣れてねぇし返って遠回りになるだろ、そんな道。そのまま県道走って、左のルートを通った方が速い」
対してサスケが示したのはやや回りこむことになるが安定し、道順も単純なルート。
どちらも一度県道に出る所までは同じだが、そこからは左右正反対だ。
「そんなコトねーって!こっちのが明らかかに速そうじゃん!そっちのがずっと距離もあるし」
「一見真っ直ぐに見えるがそこら辺の拡大見てみろよ。かなり曲がりくねってるだろうが。距離計ればそういう道の方が長いんだよ」
「そんな事ねーって。それにこういう裏道の方が混まないし、こっちのが速いって!」
「いくら夏休みシーズンとはいえ平日の昼間にそんな混むわけねぇだろ」
地図を挟んでお互い一歩も譲らない。
「だからさ、右!ぜってー右のが速いって!」
「ウスラトンカチ。距離をよく見ろ。どう考えたって左の方が速いだろうが。これだからドベは」
「ドベ言うな!」
呆れた口調で言われた、ナルトが原付免許の試験に何度か落ちたという話をしてから言われる失礼な言葉に即座に言い返す。
長年の癖のような反応の速さだ。
「本当の事だろ」
「違うってば!とにかく、ぜってー右!右のが速いもん!」
「なら試すか?」
「望む所だってばよ」
青と黒が真っ直ぐにかち合う。
サスケには絶対不可能なほど人懐っこく、会った人間誰に対しても優しいナルトだが、こうと決めた自分の意志は決して曲げない、恐ろしく頑固な所がある。
そしてサスケも一度決めた事はそう簡単に変えたりするような性格を持ち合わせてはいない。
そんな二人が意見を衝突させるなどそれこそこの短いとも言える期間に既に何度もあった。
今回もまた同じ事だったのだが、真剣な表情で、本当に真っ直ぐにこちらに向かう青い瞳にほんの小さな欲求が生まれた。
「なら…賭けねぇか?」
「賭け?」
「どっちが速く着くか。先に着いた方が勝ち。勝てば一つだけ負けた方に何でも好きな事を命令できる、ってのはどうだ?」
「えー?なんかサスケがナニ言うか分かんねぇからヤだってば」
「自信ねぇのかよ?」
「ムカチーン!アッタマきた。受けてやるってばよ!後で吠え面かくな、サスケェ!」
「ハッ、そっくりそのまま返してやるぜ」
余裕の笑みを浮かべながら、何が何でも勝つとサスケは誓う。
勝って、そして。
不純な動機で誓った意志の純度は何よりも高かった。




生き物のいない、水だけの世界。
しん、と静まり返り、命を張り上げて鳴く蝉の声さえ遠い建物の中はずっとひんやりとしていた。
思っていたより透明な硝子越しに見る水と射し込む光の交差が酷く綺麗で、ナルトはここにやって来るまでに上がった頭の熱を一気に忘れる。
狭いこの水の中に生き物がいる姿よりずっとこの方がいいと思う。
別に水族館や動物園にいる動物達全てが必ず不幸だ、可哀想だというわけでなく、こんなのもあってもいいと思ったのだ。
水の世界。
遥か彼方、人類の祖もいた世界。
もうそこの生き物では無くなったはずなのに、どこか懐かしさを感じる水の中にいれるような、水を感じるこの空間が心地よかった。
奥へと進みながら、徐々に嬉しさが湧き上がってくる。
サスケはまだ来てない。
この水族館の前にはあの黒のSHADOW SLASHERは無かった。
待っているのも退屈で中を回り始めたのだが、少しもの足りない気がするのを賭けの勝利の喜びが掻き消す。
「やっぱこっちのが速かったってばよ。サスケのバーカ」
何を命令しようか、と自然に笑みが浮かんだナルトの笑みが固まる。
一番奥の部屋にいたサスケの姿に。
「誰が馬鹿だって?ウスラトンカチ」
先ほどの独り言が聞こえていたらしく、眉間に皺を寄せながら、口の端だけを上げる笑みを浮かべていた。
「さ、サスケ!?なんで?バイク無かったのに…」
「裏側にちゃんと駐車場があっただろ。そこに止めたんだよ」
「そんなんあったっけ?」
「良く見ろよ、ドベ」
「だからドベ言うな!」
ククッと喉の奥で笑うサスケにもはやお約束の言葉を返し、悔しそうに唇を尖らせた。
「ぜってーこっちのが近いと思ったんだけどなぁ…」
「フン。オレが先に着いたのが証拠だ。とっとと負けを認めろ」
「む〜〜ムカツク」
ぷうっと頬までふくらませたナルトに本当に同じ歳か、と疑問を持たずにおれない。
暫し不服そうに見上げてきていた青い瞳からふっと力が抜ける。
「も、いーってば。ここすっげー綺麗だし。これでじゅーぶん!」
サスケの背後にあった水槽を見上げふわ、と広がる柔らかな微笑につい先ほどまでの子供っぽさが一瞬で消える。
そしてまた目を奪われながらナルトの言葉に頷いた。
「そうだな、水だけってのも悪くない」
「だろ?やっぱサスケもそー思う?」
小さく顎を引いて肯定したサスケに嬉しそうに満面の笑みを浮かべたナルト、朝生まれた欲求が思い出すように込み上げた。
「それより、分かってるだろうな?」
「何が?」
「何が?、じゃねぇ。まさか賭けを忘れたなんて言うなよ」
「…言いたいってば」
苦いものでも口にしてしまったように珍しいナルトの渋面にサスケは可笑しそうに喉を鳴らす。
「賭けは賭けだろ。約束守れよ」
「〜〜〜〜分かってるってば!さっさと言えって!」
また唇を尖らせて、拗ねたナルトに初めから決めていた事をやはり実行しようとサスケは思う。
「なら、目を閉じろよ」
「は?目?」
「ああ」
「なんで?」
「何でもいいだろ。いいから閉じろ」
何を言われるのだろうと構えていたナルトは、予想外のあまりに単純な動作に小首を傾げるが、サスケの催促にまぁいいかと目を閉じた。
何も見えない中、サスケが近づいてくる足音が聞こえる。
そうしてその身体が発する熱まで感じるくらいになり。
本当に近いな、と頭で考えた時。
柔らかな、暖かい感触が唇にした。
啄ばむようなだけの、すぐに離れたそれは。
慌てて目を開けると思った通り近くにあるサスケの顔。
まるで何事も無かったかのような、いつも変わらない整った顔が引いて、離れていった。
「行くぞ」
出口へと歩いていくサスケに何も言えず、ついても行けずナルトは呆然と立ち尽くす。
「い、今のって…」
キス、だよな?
声にならない疑問が胸のうちでぐるぐると回る。
始まりはとても単純で。
明快なルールで。
なのに終わった今どうしてこんな複雑な感情を持て余してるんだろう。
「わけ、わかんねーってば」
熱が一向に引きそうにない頬を隠すようにナルトはしゃがんだ膝に顔を埋めた。





















(終)


賭けの報酬はナルトの唇、です(笑)因みにファーストですv(お約束) サスケは自覚してる恋心ですが、ナルトの方はなんか居心地いいなー止まり。どこまでも→好きですみません;で、でもこれから!これからサスケさんの頑張り次第だし!ってもう日にちないな…(夏休み設定だからもうすぐ終わっ…が、がんばれー)こんなんですが、拍手ありがとうございましたv
*拍手に掲載させていただいておりました。駄文ですが読んで下さってありがとうございました!


'05/8/6