八月の真ん中の週の終わり。
まさに夏の真っ只中。
しかも気象庁が今年最高気温を計測し、これまた今年最高気温の熱帯夜が予測出来るとありがたくない発表して下さった日。
そんな、これ以上の熱は勘弁して欲しいと思うような日に、ナルトとサスケは体温を分け合っていた。






熱帯夜幽霊





省エネを推奨する人や、冷房病に悩む人が温度計を見たら間違い無く非難を上げるであろう温度に設定されたクーラーは、その性能を遺憾なく発揮して部屋の気温を下げていた。
この部屋の持ち主であるサスケにしてみれば寒すぎるが、エネルギーの燃焼率が良すぎるナルトに合わせた結果だ。
最も、タオルケットを頭から被っている所を見るとナルトも少々寒いのかもしれないがサスケはクーラーの温度を上げたり、止めたりする気はさらさらない。
ベッドに並んで座り、肩をひっつけあっているナルトとサスケの体温が相乗効果のように混じって本来の体温より高い熱が接した部分から生まれるこの状況には今の温度が適していた。
というより今日の暑さを考えれば、こうでもしなければこんなにぴったりとひっついてもらえない、などとセコイ考えがあったりするのだが。
ガタガタッとテレビ画面から大きな音がすると同時に、握られていた左手に更にぎゅっと力が加わる。
画面には薄暗く、狭い2畳半ほどの和室に主人公の男が一人佇んでいた。
誰もいない筈の部屋に気配の存在として糸をひくような音響が効果的に流れている。
それなりに大きい画面に流れているのは本物の幽霊が映っていると今話題になっているB級ホラー映画。
タイトルは憶えていないが、レンタルショップで貸し出し在庫がある、と酷く喜んでいたナルトの興奮した顔はよく憶えている。
サスケが観る種類の映画ではないが、今すぐ観たいけれど一人では観たくないと上目遣いに甘える――あくまでサスケ視点の――ナルトの誘いを断る筈もなく急遽お泊り映画鑑賞会となった。
始まってずっと青い目が向けられている映画が怖いのか、照明を落とした室内でさえ解かるほどナルトの表情は引きつっている。
それ程怖いのなら――それもわざわざ電気を消して――観なければいいだろうとも思うのだが、理由はどうであれナルトからのスキンシップという滅多にない機会に恵まれたサスケは決して意見するつもりはない。
「…ぜってーあの鏡なんかあるっ」
右端に見える古ぼけた鏡は、端であるにも係わらずピントが確りと合わせられており、いかにも何かが映りそうな雰囲気だ。
幽霊と知らず旅先で女性一晩過ごしてしまった男が、旅行から帰ってきたら、嫉妬の念に囚われ死んだ幽霊に自分の周りの人間から呪い殺されていくというストーリー。
ナルトとスキンシップを取れている状態故に映画への入り込みは半分ほどのサスケに言わせれば、好んで危険な状態へ進んでいっているようにしか見えない馬鹿な主人公と死んでまで勘違いと人違いを起こす馬鹿な女の間抜けな話なのだが、欧米のホラーとは違った、じわりと底から這い上がるような日本独特の恐怖感をナルトは存分に味わえているらしい。
斜め上から覗いた青が潤んで少し濃くなっていた。
緊張で薄く開いた唇と合わさってサスケの理性を攻撃してくる。
キスしてぇ。
切実に浮かぶサスケの胸の内に全く気付かないナルトは変わらず画面に釘付けのまま。
ここで思った通り行動を起こしたら間違いなく拳の一つも飛んできて「バカサスケ!オレ今映画観てんの!変なコトすんなら今日はオレに触んの一切禁止!」とか言われるに違いない。以前音楽番組を真剣に見ていたナルトにキスをした結果言われた時の台詞と顔が一部変更されてすぐさま頭に浮かぶ。
理由がどうであれナルトからの密着は非常に嬉しいのだが同時にキス一つも出来ないなんてある意味拷問状態だった。
大体コイツは分かっているんだろうか。
仮にも自分達は世間一般に言われる「恋人同士」なのに。
幼稚園からの幼馴染という間がらで、同性であるにも関わらず会ってすぐ一目惚れして以来ずっと片想いをし続け、つい一月前にやっと告白して、一月掛けて漸くオトしたばかりだが。
お互い恋愛感情で好きだと確認しあった恋人同士がこれだけ近くにいれば何も思わないわけがないだろう、と言いたいがナルトにとってはテレビ番組や映画の方の関心が強いらしい。
少し緩んでいた手をまたきゅっと握られ、その原因となってくれている映画に少し視線を戻すと不自然な体勢で女がベッドに横たわっていた。身体が柔らかいといったレベルではすまないだろう。横向きに寝ている男の後ろから手を伸ばしているのに足元から顔を覗かしている。
ずっと男の視線の先にあった鏡からなにか、はっきり言って女が出てくるのだと構えていたナルトがまた少しこちらに擦り寄ってきて、またすぐに映画など見えなくなった。
サスケの腕を抱きこむようにしたナルトの体温に口の中が乾いていく。
怖さと緊張を紛らわす為かちらと出てきて引っ込んだ舌の赤さと濡らされた唇の潤いに頭の奥がくらりとした。
「あー!い、いま窓の端っこに変なのいっ」
突然真正面に見えたナルトの顔はあまりにもタイミングと都合が良すぎて。
「んっ…んん!」
これで何もしないで居れるのなら明日から聖人にだってなれる、と妙な言い訳を内心でしながらしっとりと柔らかな唇と暖かな口腔を味わった後に。
「ば、バカサスケー!オレ今映画観てんの!変なコトすんなら今日はオレに触んの一切禁止!」
顔を真っ赤にしたナルトから予想通りの言葉と予想外の拳を投げつけられた。


「あー怖かったってば」
「そうかよ」
上機嫌でビデオをデッキから取り出すナルトの後ろで頬に手をあてたサスケの返事は憮然としている。
「まだ怒ってんの?」
「別に怒ってねぇ」
言っている言葉と態度の不一致さにケースに入れたビデオをレンタルショップの鞄に入れながらナルトは軽くため息をつく。
「怒ってんじゃん」
本気で怒っているわけではないのだろうけど、いつまでもこんな雰囲気でいたいわけでもなく、サスケの態度が悪い原因はほんの少しだけならこちらも悪かったかもしれないと思わないでもない。
ので、少し譲歩してみる。
「痛かったってば?」
腰を掛けているベッドに近づいてほんの半時ほど前に殴った右頬を出来るだけ優しく撫でた。
真正面から覗き込まれ、高い体温に頬を包まれるとサスケの態度はすぐに溶かされた。単純、と頭の隅で己を呆れる声が聞こえるが無視する。この上目遣いに勝てるのなら苦労はない。
「まぁな」
「まだ痛い?」
「…少しは」
「ゴメン」
小さく謝ると期待していた指先がすっと離れ、残念に思う間もなくしっとりとした指とは違う柔らかな感触ととても近くに金髪が目に入る。
小さな音とともに口づけられた頬が一気に熱を帯びた。
本当は痛みも完全に引いているし腫れる様子もないのでもう何ともないと言っても良いのだが、もう少し柔らかなナルトの指や手のひらに対する独占欲が首をもたげて言葉を吐いた己を褒めたい。
「と、とーちゃんがよくやんの!だから、サスケにも効くかなぁって。それよりさ!さっきの映画の幽霊の女の人ってちょっと可哀想だったよな」
すぐに身を離して立ち上がり逸らした横顔を耳まで赤く染めて、殊更早口で明らかな話題転換をしだしたナルトに先ほどのキスをした時以上の衝動が身体を突きぬける。
「そうか?」
「そうだってば。死んでも約束守らなかった恋人を待ち続けてたのに最後まで会えないなんてさ。元はと言えば約束守んない相手がイチバン悪いんだし」
不意に手首を掴まれ、ナルトはベッドに腰を下ろしたままのサスケを見下ろす。
そのまま何がしたいんだろうと首を傾げていると、握られていた手首が引っ張られたかと思うと視界は一瞬で反転してサスケに見下ろされた。
悔しいことながらナルトよりもいい体格をしたサスケの身体の下でベッドの上という位置で。
「な、なにすんっ」
「俺なら……」
急な手荒い行動に当然口を突く文句を言おうとした時、覆いかぶさった男の声が耳元から流し込まれる。
「俺なら間違えたりはしねぇ」
低く、普段とは少し違う艶のある声。
こんな声をこんな近くから聞かせるなんて反則だといつも思う。
「死んだってお前しか欲しくねぇよ」
それでこんな事を言うなんて詐欺だ、と。
耳朶に掛かる声に絡まる息と熱が何故だか身体から力を抜かしてしまうのだ。
首筋に当てられた唇とそれを追うように撫でる舌にはっとして、慌ててサスケの肩を押し返して引き剥がす。
「ちょ、ちょっサスケ、タンマ!ダメだってばっ」
「ああ?」
白く甘い肌に埋めていた顔を上げ、視線を寄越してきた欲情を孕ませた漆黒の眼には明らかな不満が映っていた。
「明日シカマル達とプール行くから今日はヤらないって約束してただろ!?だから、その、朝もけっこー早いし…ダメだって」
「…そうだな」
「なら、これは、なんなんだってばよ…!」
朱に染まった困り顔を堪能しつつ頷いたサスケの手はシャツの下から這入りこんで胸の飾りへと伸びてきている。
「さぁ?幽霊だろ」
しれっと言ってのけて小さく笑ったサスケにナルトは寸前まであった怒りが失せてしまう。
バカサスケの言うコトがあんまりにも馬鹿馬鹿しすぎたから。
熱帯夜を忘れるほどクーラーで冷えすぎた部屋のせいで、合わさったサスケの低いまるで幽霊みたいな体温が暖かいから。
だから許してやろう。
「バカサスケ」
腕を回しながらした小さな抗議はあっさりと塞がれ、喘ぎへと変えられていった。










(終)


またヤマもオチも意味もなくてすみません;えーっとイチャくらこいてますね;こっ、こっ恥ずかスィーーーー!!甘ったるくてすみませんでした(汗)
サスケの場合は死んでもストカというか、絶対ナルトに憑きそうとか思います。や、守護霊として(笑)たぶん。きっと。きっと死んでも側にいてくれたら萌え!ナルトに全く気付かれずそっと涙するのも萌え!(待て)いえ、ナルトさんを泣かせたくないので出来るだけ死なないで頂きたいと思ってます!信じて…!


'05/07/24