白に覆われた世界は、無に思えた。
動かぬ、死んだもだけで構築されたようだと。
その視界の感想をそのまま述べた自分に笑って言ったのだ。









ただ眠っているだけだと










世間が年の瀬で浮かれる頃合であろうと、一種のサービス業とも言える忍の、それも時期など問わぬ任務ばかりを取り扱う暗部に於いてその忙しさに代わりは無い。
むしろ厄介な事は年内に片付けたいという心理は誰でも同じなのだろう。
忙しさが輪をかけて酷くなるのは暗部も下忍も同じだった。
同じチームでフォーマンセルを組み、その中でも二手で分かれて行動するとなれば、囮役という危険なものであるなら尚の事サスケと行動するのはナルトというのが最早通例となっている。
一度里を抜けたサスケを里へと戻したナルトが監視役に近い状態である事は、未だにサスケに対して完全な信頼を置いていない者達が安心するという理由もあり二人が同じ任務に就けば同じ行動をするというのはかなりの高確率を弾いていた。
その任務の成功率とともに。
サスケはそれに否を言える立場ではないし、むしろ歓迎すれこそだ。
そして正しい判断だと褒めてやる。
サスケの、それこそ心身の全てを木の葉に戻し、繋ぎ止めている存在がナルトだというのは親しい連中だけでなく、少しでも二人を見たものであれば誰もが分かる事で、何よりも単純で純然たる事実でしかないとサスケ自身が自覚していた。
そしてどんな理由であれ、ナルトが自分に対し深く強く拘る部分が出来た事という証明の一つのようで喜びすら感じる。
「何笑ってんの?任務中だってのにフキンシンだろ」
面のせいで幾分くぐもったが、それでも男にしては高く澄んだ声が多少の非難を込めて流れて来た。
木々の枝と枝を高速で移動していても聞き取れるのは忍の耳だからだろう。
こいつの声を聞き漏らす事が少なくて実に都合がいい、ともう一度声もなくサスケは笑った。
「だから何笑ってんだってきーてんだろ、バカサスケ」
同じく面を被っているにも関わらず何故か分かるらしいナルトの他人の気配には敏感な部分にサスケは何とも言い難い気分を今更ながらに味わった。
あれだけ鈍さを武器に人の気持ちを散々振り回してくれたというのに。
「よく笑ってるだなんて分かるな。コレ付けてるってのに」
「それぐらい分かるっつーの。お前って結構分かりやすいもん」
さらりと返されたその仮面の下は、きっと笑っているのだろう。
だが、何故笑ったのかその本心をサスケは理解出来ない。
人間誰しも、他人の思考を完璧に理解するなど元より無理とかそういった話ではなく、単純そうに見えてそれこそこちらが抱えてしまいたくなるくらい複雑な頭をしている。
ナルトに比べれば世の中の殆どの人間が分かり易いになるだろう。
そう言ってやろうかと開いた口は、だがしかし止めて、最初の質問を答えることにした。
「嬉しいからだ」
「は?」
「お前の隣だからな」
自分から聞いて置いて間の抜けたその声は何だと少し可笑しく思いながら、サスケはそれを極力出さずにすぐに続けた。
暫くの間を取って、ナルトはサスケが言った意味を脳に理解させ、心に侵食させてしまい仮面に隠れてない耳まで赤く染める。
「ばっ、バッカじゃねー!?」
「テメェのせいだろ」
精一杯の声を振り絞って叫んだナルトにサスケは平然と返す。
事実なのだ、しょうがない。
自分が馬鹿だというのなら、仲間内から散々言われている『ナルト馬鹿』にしたナルトの所為だ。
「訳ワカンネー!てかバカ!」
「うるせぇよ、ウスラトンカチ」
任務前とはとても思えない子供じみた悪態の応酬を続けながらも速度を落とさない二人の影は、曇った空の下で昼前の森の地面に落ちる事は無かった。
うっすらと化粧のように重なりだした雪の上に足跡が落ちる事も。



昼を少し過ぎた頃に付いたそこは城下町と城下町のちょうどほぼ真ん中に位置する街だった。
大規模、という程ではないが交通の要所として栄えているその街で一、二を競う富豪の屋敷が今回のターゲットだ。
一商人とはいえ、交易と宿場、そして売春宿などで手にした莫大な利益とそこから付随し発生した権力は一国の大臣に勝るとも劣らない、少なくともこの街では絶対的とも言えるものであろう。
そうして整えられた環境はこの国で合法である売春以上の売買、禁止されている人身売買や臓器の売買を許した。
交易が盛んで、旅人の多いこの街で、いかに閉ざされた街のシステムがあろうともそれが完全に隠しきれるはずもなく、その証拠である、取り引きを記した全ての書類や帳簿を奪えと命じられたのが今回の任務。
一つの街の商人相手に暗部がとの声が無くも無かったが、相手の経済力とそして裏で作られた人脈により固められた警備はビンゴブックにAランクで記載された者も含めた抜け忍のオンパレードと来ている。
それも質の良いものを数多く、と商人の見る目を遺憾なく発揮した素晴らしい人事ぶりで、故に綱手は暗部に任務を下した。
本命であるもう二人の仲間は先に街へ長逗留の客とそして売春宿の新入りとして潜入している。
既に隠されていた多くの書類や帳簿、そして巻物の隠し場所は既に掴んでおり、奪う予定だが、但しそれは囮としてナルトとサスケが進入し、あたかも目的の書類を盗んだように見せかけて屋敷内の警備を誘き寄せてからだ。
ナルト達が警護を一手に引き受け、屋敷が手薄になってから潜入組みは全ての証拠となる記録を持ち、ナルト達と別方向で依頼主の元へと走る。
派手に暴れろ、と言われた通り暴れる心算だ。
不自然に思われない程度に、と付け加えられた注釈を少し思い出しながら、雪が本格的に降り出したにも関わらず、子供達が寒さをどこかに置いて遊びに出かけていったまだ明るい昼間に侵入を果たす。
警備が夜よりも実はずっと緩い昼過ぎを選んでの作戦が功を奏したのか予想よりも手早く奥座敷へと辿りつけた。
「こっからが本番なんだよな」
適度に荒らし、適度に片付けてから隠し扉の横に普通の古い帳簿と紛らわせて置いてある目的の物を打ち合わせた場所へと隠すと、ぺろりと赤い舌で乾いてもいない唇を舐めたナルトにサスケはそれこそ不謹慎と分かりつつも眼が行く。
すぐに引き離すことを忘れるほど任務を疎かにはしなかったが、状況が許すならばそのまま塞いでやったのにと思うと何やら急に二人きりであってもこの任務に腹立たしさを感じた。
足音と気配がしない方向から、僅かに感じる空気の揺れをびり、と肌で感じてその怒りを持続する事は出来なかったが。
予定通り上手く屋敷へと這入り込み、そして眼の良い奥屋敷の警備を任された霧隠れの抜け忍に体良く見つかる事に成功した。
慣れているのであろうか、屋敷に常駐している対侵入者を命じられていた者達は素早い連携を組みながらナルト達を追い、それに加え個々の能力も高いのも、その間合いの取り方一つで分かる。
事前の調べではビンゴブックAランクの抜け忍が三人、Bランクが五人、そして腕を買われた食客がもう五人と素晴らしい取り揃えだ。
今回のナルトとサスケの主な任務は逃げる事。
頭に叩き込んだこの任務を意識しながら、ナルトとサスケは最短距離で屋敷からの脱出を図る。
如何に忍五大国の中でも名実ともに上位に謳われる木の葉の里でほぼトップの実力を持つと目されている二人であろうとも、否だからこそ逃げられると見込まれての作戦だ。
ナルトはそう思っているし、それ以前に忍として受けた任務を必ず果たしてやるという自負もあった。
この任務が多分に良心を刺激しない、久方ぶりの任務だからだというのもあるが。
その自覚もあるし、否定はしない。
それが自分なのだろう。
どう否定しても、心のどこかが冷えて嗤っても込み上げる感情が無くなりはせず、ならばそれを抱えて、自分は今と先を変えてやると決めているから迷わないし、止まる事など決して己に許しはしない。
そうやって時折見る、過ぎるほどのナルトの苛烈さをサスケは好ましく、そして苛立たしく感じる。
だがそんな事など億尾にも出さず二人の頭と身体は本能的に最も効率の良い動きで敵の攻撃から身の躱し、そして当然可能ならば反撃を試みながら街の中心部から国境を抜ける森へと移動した。
土地の利を言えば恐らくそれなりに長くここに留まる敵にあるだろうが、それを考慮せぬほど作戦部は愚か者が揃っているわけではないし、そして戦闘に最も必要な部分でそれを理解し実行する事が出来る二人だ。
だからこそ相対する敵の実力、技量を計りつつも自分達のスピードでここまで運べた事に疑念というものを抱かずにいた。
シュっと矢を射るように放たれた赤い火は昼間でも重い雲と木々の影で薄暗い森で認識しやすいものだ。
左後方から水を鋭利なワイヤーのように使った水遁系の忍術を躱していたサスケと上空から硬い岩石を自分の手に沿わせた拳を振り下ろしてきた男に影分身で横っ腹に蹴りを入れたナルトでも、それには気付いた。
爆破系の武器だろう。
街中では関係の無い者が多く被害が出てしまい、引いては依頼主の商売にも少なからず影響してしまうという理由でそれまで使用を避けられていたその威力は激しいものなのだろうかとサスケは頭の隅で無意味に考えた。
そんな理由を分かっていなくとも直撃すれば非常に困った事態に陥るだろうとその場にいる全員が察せれる。
「まったくナメてやがるな」
「珍しくサスケと意見が合うって、ばっ!」
だが息を呑むこともなく合図のように笑いあったナルトとサスケは、身動きの取り辛い空中でチャクラの加減して爆風のように放ち、受けた身体を回転させた。
同時により安全な場所への着地と念の為の受身の準備と、出来うる限りのガードを薄いチャクラの膜で作れば多少ダメージを受けた所でこの任務に支障が出るとは考えられない。
サスケよりももう一呼吸早く気付き、影分身により本体が幾分自由に動けたナルトが更に自分達がいる数本先の木の根元に子供がいる事にまで気付かなければ、それは問題が無かったのだろう。
印を組む暇など無いと焼けた導火線の匂いがナルトの鼻に知らせる。
もう一度身向きを変えたその身体を留める腕が届かないとサスケが知ったその瞬間に広大な焼け野原が作られた。



必要とあらば死んで、相討ちになっても、何を犠牲にしてもその秘密の保持を約束する。
それがあの爆破を仕掛けた人物と雇用主との契約だった。
そんな事など、知らない。
サスケは勿論、同じ雇用主に使えていた他の連中とて知らない事だ。
侵入を許し、屋敷からの逃走を許し、かつ戦闘に於いて腕があるからこそ悟ってしまった差に結論づけた男の行動を予測出来た者などこの場には居らず、男のその判断が正しかったかどうかなど誰にも分からなかった。
その近くでただ家を出て森で雪合戦から隠れんぼに変わった遊びをしていて、理由も分からず意識を失った子供も。
子供から少し離れた場所で息も無く転がるナルトも。
焼けた土の上に白があった。
音に居た頃に医療忍術の応用として知ったチャクラのガードを最大限に伸ばし、それでも届かず、その分防げなくなった衝撃で内臓と骨のいくつかをやられた身体の重い痛みを引きずって所々にある死体を抜けたサスケの黒い眼に金色を隠すような白が映った。
音を吸い込み消していく音が聞こえてきそうなほどの静寂の中、ひゅーひゅーと耳障りな己の息以外何も聞こえなくさせる、全てを隠してしまおうとするような雪の白がサスケの黒の眼を焼く。
それでも金色を、ナルトの髪を、身体を生きているものが無いと思える世界を作る白が覆っていくことが許せなくてサスケは可能な限りの速さで足を動かし、膝をついた。
寒さか、血の不足か、チャクラの無理な放出か、考えられる理由などいくつもある動きの鈍い腕が見た目よりもずっと柔らかく手触りの良い髪に積もった雪を振り払う。
濡れてしまった睫が伏せられた眼も、白すぎる赤が足りていない頬も、唇も、首も、肩も。 身体ごと引き寄せようとして、再生途中だったのか抉られ、中途半端に肉が盛った内臓を見せている腹に気付いたが構わずサスケはナルトを抱き寄せた。
「起、きろ…よ」
こんな所で寝てたら洒落になんねぇだろうが。
雪が降って、降り積もっていくこの場所ではそれこそ凍えてしまう。
ぺた、と力のない手がナルトの頬を叩くが、それに返される反応など皆無だ。
どれだけ頬に、唇に触れようとも返るものなど吐息一つ無い。
ひた、とも動かないそれはサスケにまるで生きていないように見せてくる。
払っても払ってもすぐにまた隠してしまうように重なってくる雪がサスケとナルトの周りに重い雲の灰色と影さえも呑み込むように白へと染めて、そうして白に覆われた世界は、無に思えた。
だが違う。
違うはずだ。
「このウスラ…ドベの、ウスラトンカチ……おきろって言ってるだろ」
動かぬ、死んだもだけで構築されたようだと。
ほんの数日前、白ばかりの視界の感想をそのまま述べた自分に笑って言ったのだ。
つまらなそうな顔をしていたサスケに向かってナルトが。
『ただ眠ってるだけだってば』
春になれば全てが動き、また息を吹き出す。
その為に今は休んでるだけで、この雪の下には命が眠ってるのだと、だから。
この雪の下に埋まっていくナルトは死んでない。
死んでなどいない。
ただ。





















(終)


痛み続けながら受け止めて生きる事も、死を認めて後を追う事も出来ないほどに心の全てをナルトに依存してしまっているサスケです。
ええっと夏なのに真冬ネタですみません;
そして死にネタですみません;苦手な方ごめんなさい;
私も得意ではないのですが、ナルトの死というものを決して受け入れられないサスケというのをどうしても書きたくて;
ナルトはこのまま永眠についてもいいのですが、実は医療忍術で蘇生の可能性もあるといえばあり、読んで下さった方のお好みで考えて決めて貰えたらとても嬉しいです。
またしても説明が必要な駄文をすみません;
読んで下さってありがとうございました!


'06/7/22