その日は初めからツイてなかった。





迷惑防止条例違反





人で作られた密室のような電車の中でバイト先へと向かう事になったナルトは息苦しさと窮屈さを味わいながら、所謂るラッシュ時の電車に乗らなければならなくなった己の不運を嘆いていたが、だからといってどうにかなるものではない。
出来る賢明な行動といったら急な代役はもう絶対受けないと心に決めるぐらいしかない。
慣れない、まさに寿司詰め状態にナルトはこの満員電車が動き出す前から些かぐったりとなる。
それでもドア付近の手摺りの所へ立てた分まだマシかと思った。
ここなら乗り降りする人の波に流される事も無いしちょうど良かったと、この時は思えたのだ。
この時は。
車輛が再びリズミカルな揺れを出して少しした頃。
始めは何か荷物でも当たったのかと思い、腰から下に擦るような感触に、これだけ狭いから仕方ないかとナルトは詰めれるだけ前に寄った。
左側は座席があるし大して動けなかったがそれでもマシだろうと。
だが当たっていたそれは僅かならがでも避けたナルトを追ってきて、さらにさっきよりしっかりと触れてくる。
それどころかピタリとしたジーンズから解かる形の良い片方の尻のふくらみを包むように撫でてきた。
鞄や何か物とは思えない柔らかさと熱を持ち、動くそれは間違い無く人の手で、それも男みたいに大きい。
明らかに弾みでぶつかったとか当たったとかではない動きをする手にナルトの頭は一瞬で真っ白になった。
(なっ、ななななななんだってばよコレーーー!!!)
心の中でナルトは絶叫するが、何もあったものではなく、状況を第三者が判断するならほぼ100%でこういうだろう。
痴漢、と。
ナルトも頭では解かるのだが自分は男だという事実と精神的ショックからすんなりと受け入れられないでいる。
(え!?てか触られてる!?ってつまりこれはアレだってばっ!?)
混乱したまま顔を上げて目に入った、ドアの硝子に映った自分の後ろにいる黒髪の驚くほど端正な顔をした男が目に付いた。
こいつだと直感する。
ナルトの表情を食い入るように見る眼がそう思わせた。
位置からいっても間違いないだろう。
相手が解かっても、じっと射ぬくようにドアに映ったナルトを見つめてくる眼と合ってしまうとその強い視線に縫い留められたような気がして動けない。
(なんか…怖いっ)
よく女の子が「怖くて動けなかった」と言うが、こういう事だったのかと知った。
出来るなら一生知りたくななどかったが。
(だいたいなんでコイツオレなんか触ってんだってば!?普通痴漢って女の子がされるもんだろ!いや、女の子ならされてもいいとか言ってるわけじゃなくてむしろそんなの女の子が可哀相だし、でもオレだって嫌だし……ともかくヤメロってばよーーー!!)
混乱した頭でいくら心の中で叫ぼうとも、所詮は心の中。
当然今現在も痴漢行為を継続している黒髪の男に聞こえる筈もないし、いきなり改心して止めるはずもないだろう。
ドアガラスの虚像越しに絡みつくような視線を寄越してくるこの男は。
固まったまま身じろぎ一つ出来ないナルトを余所に、男の行動は更に大胆になる。
カーブに差し掛かかり、人並みで押し寄せられ、より密着したのをいい事に前にまで手を伸ばしてきた。
逃れようとしても背中から抱えられるようにされている今となっては身を捩る事も出来ないし、そうでなくとも座席とドアと人に挟まれたこの場所では元より逃げられるか怪しい。
だが敏感な箇所を触られて否でも反応して身体は熱を持ちはじめる。
(こんなんヤだってば…!)
ナルトの目じりにはうっすらと涙が浮かんできた。
はっきり言って怖いし、気持ち悪いし、耳元に掛かる息が熱く、ざわざわと背中が粟立つ。
変態くさい。
というか変態なのだが。
何とかこの場から逃げ出す方法はないのか、と必死に考えだした時、救いの神は突然やってきた。
「おい、大丈夫か」
低い、落ち着きを持った声が不意に近くで聞こえると同時にキィィィィィィという揺れとともに電車が止まりドアが開く。
降車する人波に乗せられるようにぐいっと手を引っ張られ、そのまま電車を降ろされ。
人に揉まれるよに押し出されながらもその手は離れず、気がつけば駅のホームに降り立っていた。
見知らぬ二人の男と。
いや、片方は知っている。
知っているというかついさっきまでガラス越しで見ていた痴漢男。
そしてもう一人。
長い黒髪を後ろに流し、ちょっと浮世離れした雰囲気のある男がナルトと痴漢男の手を掴んでいた。
ナルトを庇うように立ちながら痴漢男を睨んで。
「犯人はこいつだな」
「犯人…」
突然の出来事に付いてこれず、呆然としていたナルトはただ言われた言葉を繰り返しただけだった。


「大丈夫か?」
そうナルトを気遣わしげに聞いてきた男は日向ネジと名乗った。
「あ、うん…も、ヘーキだってば」
駅のホームに座り、状況に落ち着いてきたナルトは頷く。
駅が出て少ししたホームにはナルトとどこかにいるはずの駅員以外は二人の男しかいない。
ネジと、ナルト達が今ここにいる原因、痴漢の犯人――うちはサスケ。
初めて正面で見たその顔はドア硝子越しよりもずっと黒い眼と髪が印象的な、美形と言って差し支えない顔だった。
この今の顔だけを見ればとても痴漢の犯人とは思えないが、ナルトがドア硝子越しに見たのと、何よりネジが現行犯で押さえているので間違いはない。
本来ならさっさと鉄道警察でも何にでも突き出す所だがナルトが「ちょっと待って」と止めたのだ。
怪訝そうな顔をしたネジにナルトは言い難そうに、けれどその理由を言った。
理由は至極簡単。
恥ずかしいから。
男なのに男から痴漢を受けただなんて口が裂けても言いたくない。
そんな事を言うだけでも恥ずかしいのに、警察でどのように被害にあったかなんて事細かに言うなんてとてもではないが出来ない。
「日向さんだってされたらそう思うってばよ?」
確かに男なら誰だって男に痴漢に遭ったなど言いたくもないだろう。
「…分かった。それとネジでいい」
顔を真っ赤にして、犯人には聞こえないように耳打ちするナルトにネジは渋々といった様子で取り敢えずは、と納得したのだった。
「で、一体どういうつもりでこんな事をしたんだ?」
仕方ないからと警察代わりにうちはサスケと名乗ったこの男の動機でも聞く事にする。
そして反省が見られ、ナルトが許せばそれで開放すればいいか、とネジはまだ気楽に思っていた。
「そ、そうだってば!ひょっとしてにーちゃんホモ?」
ナルトも取り合えず何故男の自分にこんな事をしたのかは気になるらしい。
助けたばかりの時のような怯えたような表情はすっかり消え、好奇心にも近い輝きを満たしたかおで聞いてくる。
「誰がホモだ。男なんぞに興味なんかあるかよ。それと…うちはサスケだ」
ナルトの物言いに眉を顰めながらきっぱり否定した。
心底嫌そうに言うのを見ると本当に違うらしい。
「じゃ、間違えた?オレって女の子に見えんの!?そんなひ弱くねーってばよ…」
確かにそれほど男らしいと言われた経験は少ない…むしろいつも頂く褒め言葉の代名詞は「かわいい」。だがだからと言って女の子に間違われるのはショックだ。
「別に間違えたわけじゃねぇよ。いかに可愛かろうが、華奢だろうが、腰が細かろうが一応男だとは分かってた。安心しろよ」
この現状で安心しろ、などと言われて誰が出来るか。
「……な、なんっかすっげームカつくってば」
拳を固く握り締め、肩を震わせるナルトの青い目は怒りで少々据わっている。
「ならまさか誰か他の人間と?」
男に対してそういった興味がなく、尚且つナルトが男だと分かっていたのなら目的とした人物自体を間違えたのか。
可能性は低いがありえない事もない。
「だから間違えたわけじゃねぇ」
「はぁ!?言ってるイミわかんねー!ホモじゃないのに男のオレに何でこんな事したんだよ?大体、ええっとサスケ?サスケってモテそうだしこんなのする必要なさそうじゃん。あ!ひょっとして嫌がらせ?オレ前にどっかで会ってる?オレなんかしたってば?」
「聞くなら一つ一つにしろ。答えらんねーだろうが、ウスラトンカチ」
「うっうす…?な、何だよそれ!」
「ウスラトンカチはウスラトンカチだろ。さっきも言ったように別に俺は男なんかに興味はねぇよ。それと別に嫌がらせでもねぇし何もされた憶えもねぇが、前に会ってるってのは正しいぜ」
「え?いつ?ってかますますわかんねー!」
「本当に鈍いな。俺はお前だけに興味があるんだよ!」
逆切れしたように言い放ったサスケの声は大きかった。 元より立場を考えれば十分不遜とも取れるそれまでの態度が更にデカくなる。
「ずっと見てて、気にしてたが我慢してたってのに……近くにいてどうも思わないはずないだろ」
「つまり、このナルトに…その、片思いをしてて想い余ってやったと?」
それまで黙ってナルトとサスケのやり取りを聞いていたネジが聞く。
なんだか厄介な痴漢を捕まえてしまったと痛み出した頭を押さえながら。 そしてそれに頷いたサスケによって痛みの酷さは更に加速する。
「しょうがねぇだろ!目の前にコイツがいたら手が出るってもんだろうが!!」
反省。
そんな、間違いを犯した人として当然求めらされる事ですらこの男に求めるのは無理なのだろうか。
最早遠くを見つめてしまったナルトとネジをよそにサスケは滔々と彼曰く「現状に至った経緯」を語り始めた。


3ヶ月前。
偶然同じ電車に乗り合わせたナルトを見かけ、一目惚れしたのだと言った。
「初めて会った瞬間にこいつだと俺には分かった」
何ガデスカ?大体今日が初対面んですけど?と強張ったナルトの顔は言っているが、完全に自己世界に入っているサスケには映らない。
「今まで誰かに一度だって興味なんざ持った事が無かったが、どうしても目が離せなったんでそのままナルトが降りる駅に一緒に降りて勤め先が分かった」
一緒にって、それってお前が一方的に付いてきただけじゃねーか!
見解に著しい間違いが見られるが力強く言うサスケに、それを今言える精神的余裕のある人物はここには居なかった。
のでナルトの心の中だけのツッコミが無音で空しく響く。
「そこまで分かったら次はいつどの駅からどの駅までよく使うのか知りたくなるだろ。だから一週間ほどかけて大体の時間帯を調べて出来るだけこいつと同じ時間になるように合わせてたんだよ。いっつも時間がきっちり決まってたら楽だったんだが勤めてるのがファミレスなせいか、結構時間がバラバラで苦労したぜ」
はぁっと苦労の溜め息を洩らすサスケにナルトは溜め息どころではない。
「だがまぁ、コイツは目立つし、第一俺が見失ったり見間違えたりするわけねぇからそんなに難しくはなかった。待ってる間もそれなりに楽しかったしな」
そう言って思いだしているのかニヤッと笑みを浮かべた。
本来なら、その整った顔に似合う不敵とも呼べる笑みに女の子なら胸をときめかせたかもしれない。
だがナルトは男な上、その前に語られた内容の恐ろしさにときめくどころか寒気しか走らない。
まさにストーカー。
完全ストーカー。
全く知らぬ間にストーカー被害に会っていた事を、完全実害が出てからその犯人に知らされ、ナルトはまさにドン引きの状態だった。
「ほぼ毎日会うようにしてたんだが、時間帯が悪い事もあって中々近づけなかった。いずれ結ばれるとは分かっているが性急過ぎるのも困るだろうし、タイミングを図っていたんだが…」
いずれ結ばれるって…。
電波まで入っている。
ナルトとネジは背筋を振るわせた。
「まぁ、結果オーライだろ」
「……………な、なわけねぇだろーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
さらりと自己完結して終わったサスケにナルトの叫びと拳が繰り出され、小気味良い音が空へと響いた。










(終)


すみませんでした(土下座)ほんっっとうにごめんなさい!!ストカでアホなサスケをギャグで書いてみたかったんです;い、石をなげないでくださっ;
えと、補足(またかよ)としてはこの後、警察へ突き出そうかとも思ったけど殴った手前ついしにくくて「二度とするな、これは犯罪!」というナルトさんからのきつーいお説教で取り合えず隠れてのストカ行為は止めるとサスケさんは誓ったそうです。(証人ネジ) ナルトさんって器が大きいというかサスケのこの痴漢ぐらいじゃあっさり許しそうで(そんな所も愛おしいんですが!黙れ)
それ以来、電車で会えば話すようになってサスケともネジとも友達〜となり、サス→ナル、ネジ→ナルになっていくんですね!(どこまでも→好きめ)
………サスケスキー様、申し訳ありませんでした;(いつか刺されても文句あんま言えない;)


'05/8/6