そもそも甘い物が大好きなうずまきナルトにとってそれを口にする事に何の疑念も湧かない事だった。
喉を通った甘さは落ちていき、ふわりと溶ける。
蕩けたそれはすぐにじんわりと胸の中を占めていくように広がって吸い込まれてしまった。









感味吸収









三月も半ばになったというのにこの寒さは何だ、と温暖化になってたんじゃないのか地球はと環境問題の授業で散々聞かされた観測的事実に疑問を持ちながらうちはサスケは朝の登校をしていた。
意識する前に視界に入る、隣で愛用の自転車「ガマ吉」を漕いでいる幼馴染の目立つ色の髪が朝の陽を吸い込んで透明な金、蜜のようで微かにサスケは目を細める。
真っ直ぐ前を向いている寒さから周りを赤くした目の蒼も透明な朝日を受けてつるりと透き通らせていて綺麗だ。
見慣れているのについ見惚れ、何度もただ純粋にこいつには陽の光が似合うと思う。
幼い頃からこうして何もなくともナルトを眺めるのがサスケは癖になるほど好きだ。
「なに笑ってんだよ」
いつものように気付かれず笑みを浮かべていたサスケは急に振り返ったナルトに小さく咎められた。
拗ねたように唇を突き出すのは小さい頃からの癖のようなものだと知っているが、その仕草に頬が緩む前にサスケは瞠目する。
ナルトの視界はすぐに前へと戻ったが、緩んだ顔を見られ動揺もないわけではなく、手っ取り早い対処法方である沈黙を返したサスケの心臓は余計な働きを更に要求された。
「さっきからずーっと見てるしさ。何かついてるってば?」
どれだけ視線を注ごうとも今まで一度とて全く気付いてこなかった過去から安心しきっていたサスケは、気取られた事にその奥にある気持ちの一端まで見透かされたと一瞬焦るが、つんと跳ねている見た目よりずっと柔らかい髪を乱暴に払うナルトに小さく吐いた。
こいつがそんなに察しが良い訳がなかったと、安堵とそして落胆を微かに混じらせて。
「…別に朝からアホ面してやがると思っただけだ」
「だれがアホ面だ、コラァ!」
自転車置き場に近い裏門へ続くなだらかな坂へと差し掛かり、脚に込めた力に乗せて怒鳴ったナルトは一歩分サスケより前に出る。
僅かに遠くなった肩を追いかけ、サスケも大腿部へと掛ける力を強くした。
「お前以外にいねぇだろ、ドベ」
ぐん、と勢いをつけてナルトよりも半歩前に出た自分よりも少し高い位置の肩に負けず嫌いの、特にサスケ相手には点きやすい闘争心に火が点く。
「ドベっていうな、バカサスケ!」
車輪の回転数があっという間に上がり、サスケを追い抜き返していくナルトにサスケもすかさず脚を動かした。
「はっ、テメーに馬鹿扱いされちゃお終いだ!」
ひゅっと風が歩道の左右に植えられた沈丁花の香りも混じって強くなる。
朝から無駄な体力を使い、17人抜きの自称自己新記録を叩き出してゴールである裏門をくぐった二人の無言で開始されたレースは僅差でナルトの勝利で終わった。



二つの合同クラスの男子が占領している体育館の片面のコートで行われているのは3on3のバスケだ。
タイムは5分で次々と選手交代が行われるのを見ながら、クジ引きで決まった順番待ちのナルトは同じチームのキバと並んで壁に背を預けた。
「ところで、今年はナニ用意した?」
ぽんぽんと手鞠のように小さいドリブルを座ったまま器用についていたナルトはキバが唐突に言い出したことが何か分からず、首を傾げて手を止める。
「用意?なんかあったっけ?」
「バッカ。今日はホワイトデーだろ。まだ用意してねーのかよ?何もしなかったらサクラ達、うるさいぜ?」
もう自分は用意をしたのだろうキバは大きい青目を面白いほど丸く見開くと思いニヤっと笑った。
「それなら準備バンタン!この前の休みにサスケと買いに行ったし、ちゃーんと持ってきてきてるってば」
だがニシシ、と得意気な笑みとともに返ってきたのは予想した楽しみと反するものだったが、それ以上に面白い台詞にキバの笑みはますます深まる。
「サスケのヤローも?珍しいじゃねぇか」
毎年どれだけ貰おうとも、比較的仲の良いサクラ達にもお返しというものを一切してこなかったサスケがどういう心境の変化だと思いつつ今年のバレンタインデーを反芻し、ひょっとして、と頭に過ぎった考えにキバはどうにも楽しくなった。
「あ、違う。サスケは別に何も買ってねぇけど。本屋行く途中で寄ったから、そん時サスケも一緒にいただけってか」
「んだよ、つまんねぇな」
またしても予想――サスケがナルトからバレンタインデーに貰ったと主張したいであろうあの涙ぐましいチロルチョコのお返しを用意したのではという予想――を覆され、すっかり気を削がれたキバは一瞬前に乗り出した身をどかりと木の壁へとぶつけるように押し当てた。
「キバがつまんねーのはいいけどさ、サクラちゃん達にお返しはしろってんだよなー」
折角いつもくれてるのに悪いってば、とナルトはご立腹だが、そこには自分にお返しが無いと思っている様子は欠片も無い。
(まぁ、アレでそんな風に思うわけねーか)
ナルトからサスケがバレンタインにチョコを貰う一部始終を見ていた一人としてはそう判断せざるをえないものがある。
恐らく、というか間違いなく当人は必死だったのだろうが、あんなやり方ではこの鈍いナルトに一般的な男女間での、それも本命の意味合いを持ったチョコを要求されたとは思われないだろうし、事実あの時ナルトは思っていなかった。
ただ単に少々珍しい「きなこもちチロルチョコ」をサスケが欲しがって、それをあげたとしか思っていなかった様子で、それでも受け取った一個のチロルチョコを握り締めたサスケにキバは腸捻転を引き起こすのではないかと思うほど笑いを堪えたのでよく憶えている。
このままではあの時のようにはならないと予想したキバの中で本人曰くほんの少しの悪戯心が湧き上がった。
「ま、そうだよな。それにお前もチョコやったんだからお返しを要求してもいーよなぁ」
「…チョコ?……あ!あ、あれ、あれはさ、違うじゃん!」
てっきりノリの良いナルトの事だ、きっとその気はなくともサスケにお菓子を奢れと軽い気持ちでサスケにお返しと言い出すと思っていたのだが、不自然なほど勢いよく否定する。
「あれはチョコが珍しかったからってだけでバレンタインとか全然カンケーねー……ハズ、だし…」
弱くなっていく語尾と一緒に俯いていき、立てていた膝とその上に組んだ腕の間に埋めたせいで金色の旋毛が見えた。
そしてすぐにまた上げられたナルトの視線の先には教師が勝手に振り分けたチームで今試合をしている筈の男が居て、こちらを見ている。
キバがナルトの視線に追いついたと同時にサスケは試合に使用されているボールへと目を戻し、走り出すと嫌味なくらい手際のいいドリブルカットでボールを奪うと、そのまま二人抜き、スリーポイントシュートを成功させた。
ナルトらが使っている方とは反対のコートにいた女子から悲鳴に似た歓声があがる。
「相変わらず嫌味なヤロウだな」
キバが舌を出し、いつものように同意を求めようとナルトを振り返れば、何も言わず上目遣いで睨むようにサスケを見ていた。
覗いた目元や耳が赤味をおびていて、キバは首を傾げる。
だがプレイしていたチームの持ち時間終了を知らせる笛の音と、次に自分達を呼ぶ体育教諭の声に促されそれを追及する事なくキバはナルトと共に立ち上がった。



まただ。
ゲーム終了直前に逆転サヨナラ勝利になるシュートを決め、直前にボールをナルトへとパスを回してきたキバと体育教諭の口癖、青春らしく暑苦しい抱擁で勝利の喜びの分け合いなんぞをやっていた時だった。
キバと馬鹿みたいに笑いながらも、何となく気になって動かした青瞳の視線がまた黒い眼と直線で繋がってしまう。
最近よくある事で、話すでもなく何をするでもなく、サスケを意識して見てしまっていた。
「ナルト?どした?酸欠でアタマ、ヤられたかよ?」
「へっ!この天才うずまきナルト様があれぐらいでヘバるわけねーだろ」
慌てて顔を背けるが遅かった。
サスケの顔をまともに見れないあの時よりはマシだが、今また訳も分からず心臓が運動していたさっきよりも慌しく鳴りだす。
身体を動かしていたときには飛んでしまっていた馬鹿な勘違いが舞い戻ってきて。
(あるわけねーってば)
サスケがナルトにバレンタインのチョコを欲しがったなんてあるわけがない事だ。
確かに試合が始まる前にキバが言ったようにナルトはバレンタインデー当日サスケにチョコをあげているが、それは元々自分が好きで食べようと大量購入したチロルチョコのお裾分けをしただけであって、別にサスケにバレンタインチョコとしてあげたわけではない。
あの日のサスケの言葉が不意に胸にひっかかって一瞬浮かんだ考えをそんな事ある訳がないとあっさりと頭で否定するのだがどうしてか酷く落ち着かない気分になりはする。
けれど、違うと言い切れる。
あれからもいつもと変わらないサスケの態度、それに第一男同士でバレンタインチョコなんて普通は考えない。
こんな事ほぼ忘れていたのにいきなりキバがバレンタインデーの話などするから忙しない気分を思い出してしまった。
ナルト達と交代で入っていくチームの為にさっさとコートを出るが、そんな気分に背を押されてサスケの隣ではなく一番近い壁へと足を向ける。
「そっち空いてねーだろ」
だがつるりとした体育館の床や壁を反響さすまでもなく、よく通る低い声がナルトを捕らえてしまった。
それを無視するのはおかしいものでナルトはそのままサスケの隣へと座った。
すとんと腰を落としてしまうと自然と慣れた相手との隙間、何も言わず渡される手遊びのボールに落ち着く。
いつもの定位置。
いつもと同じだ。
それだけでほっと息を吐ける。
ちりりと首筋が感じていても。
タンタンと小さくつかれだしたバスケットボールが小さく笑ったナルトの手の中で変わらないリズムを取り続けていた。



「はい、サクラちゃん、いの、ヒナタ!」
手の平よりは大きい、白と青のリボンで綺麗にラッピングされている小包を一つずつ、まるでにっこりと自分が貰うような笑顔でナルトは渡した。
午後から曇りと言っていた天気予報は今の所当たる気配を見せず、うっすらと薄い雲の白化粧をしてはいるが青が広がっている空の下の屋上で、サクラといのとヒナタの元にはホワイトデーの贈り物がたっぷりと積まれていた。
キバやシノにシカマルとチョウジら男子組みから渡されるバレンタインデーのお返しにナルトからのも加わる。
「あ、あの、ありがとうっ、ナルト君」
「ふふっ、ありがと。今年は何かしらね」
「ナルトって甘いの好きだからいっつも美味しいの選んでくれるし、結構楽しみにしてんのよねー」
さっと白い頬を赤くし、俯きそうになりながらも嬉しそうに笑顔になるヒナタと上々のサクラといのの反応にナルトの笑顔も深くなった。
「へへっ、今年は春限定苺のトリュフ!ホワイトチョコのムースと中に入ってる苺がすんげー美味しそうだったからコレにしたんだってば」
「季節物を選んでるなんて分かってるじゃない」
一件年中変わり無いようなお菓子にもちゃんと旬はあり、それが矢張り美味しいと甘味好きとして知っているサクラ達女子陣に高得点を貰える選択だったようだ。
「やっぱニホンジンですから四季を大切にしねーといけねーし?」
ニシシ、と少し照れを隠すように言ったナルトは頬をかきながら、ヒナタの隣に腰を下ろした。
「それにオレ、限定って言葉に弱ぇーの」
「わ、私もおなじだよ」
「分かるわ〜。つい似たようなの持ってても手が出ちゃうのよね〜」
「そうそう!この間もさぁ…」
まるで違和感なくヒナタといの二人と買い物話に花を咲かせ始めたナルトから少し離れたフェンスに背を預け、今日この場にいる男子の中でただ一人お返しを用意しなかった男が溜め息を吐き出すのを聞きつけたサクラはふと吐息のように笑みを吐き出す。
「お返しはないの?」
カシャン、と揺れてぶつかる軽い金網の音とともにサクラが口の両端を上げてフェンスに背を預けながら向けてきた言葉にサスケは自然と眉間に皺を生みながら憮然とした。
「別に頼んで貰ったわけじゃねぇだろ」
毎年の事でサスケは無理矢理押し付けられている物にお返しなどする必要がどこにある、と言って一度も用意したことがない。
それは女子の中ではほぼ唯一と言っていいほど親しくしているサクラ達にでさえも変わりは無く、それはサクラ達も承知していた。
「私だって別にサスケ君に期待なんかしてないわ」
さらりと笑顔とそれだけでない嫌な何かを背負って返されたサスケは喉に何か詰まりを憶えながらなら何だと眼で促せばそれをすぐ後悔するはめになる。
「私じゃなくてナルトによ。折角今年は頼んで貰えたんじゃない。お返ししなくていいのかしら」
頼んで、の言葉に力が入っていた気がするのは気のせいではないのだろうと思うサスケの酷くなった渋面と比例するように、サクラの笑顔がそれは綺麗に大きく広がった。
「お前には関係ないだろ」
「そうよ。ただ興味があるだけ。悪い?」
早口で切り捨てるが、崩れぬ笑顔のまま堂々と言い放ったサクラにサスケはそれ以上言う事が出来ず顔を背ける。
「向こうに貰う気がなくても贈るだけ贈ったら?意思表示くらいはっきりしないと。100年経っても意識してもらえないわよ、あの子には」
背けたサスケの視線の先にあるまだ若い実年齢より幼く見える横顔を見ながらサクラが笑みを苦笑めいたものに変えた。
馬鹿みたいに鈍いのよね、と言う言葉とは裏腹に見つめる目はそれを慈しんでいる。
いのとヒナタの二人と商店街近くのケーキ屋の春の新作ケーキの話に夢中になって大きなアクアマリンをきらきらと光らせている子は本当に色恋の機微というものに疎い。
そんな所がいつまでもあどけなく可愛らしい、と同じ年なのに弟のような気分にさせられてしまう。
側で見ている自分はそれでいいけれど、隣の男にはそろそろ我慢も限界で辛いらしい。
ほんのりと頬を染めて、つまりながらもいつもより饒舌にナルトと話しているヒナタに嫉妬でもしているのか、口元に明らかに力が入っている。歯でも噛み締めているのだろう。
「そんな事は分かってる」
唸るように吐き出したサスケの声は予想したものよりもずっと低く重かった。
眇めた黒い双眸が渇望している青は未だ暖かな光を湛えているヒナタへと向けられたままで、苛立ちが一呼吸ごとに強くなる。
これまで、二桁にもなる年数を掛けて気付いてきたポジションは確かにあいつの側に、他の誰より近いと自惚れでなく確信していた。
嫌われてはいない、好意を持たれている部類にはいる。
あいつの気持ちの中の少しは占領しているとも。
他の誰にも向けさせないあいつからの些細な甘えを独占している、出来ているのだから、あいつの中に俺がぶんどっている部分があるのだと。
その地を足がかりにもっと奥へと行き、全てを欲したままに捉えたいと望みつつも、足元を失くすかもしれないリスクが歯止めを掛けていたが、いつか他の誰かが、こうして掻っ攫っていくのを指を銜えて自分は見ているつもりなのかと、焼け付く思考が吠えた。
あちらこちらに跳ねている硬そうな見た目を裏切る柔らかな金糸、丸みがまだ残る猫の髭ような痣のあるふっくらとした頬、下唇の方がぽってりとした血色のよい唇、声変わりしてきたとはいえ男にしては高い音域を持つ声、それぞれが実は整っているのに大きくくるりくるりと動き分からなくさせる表情、その感情を偽らず通して湛える美しい硝子玉のようにつるりと透明な青い目。
どれも一瞬たりとて誰にも渡したくないと捕らえようとするが、何よりナルト自身が持ち前の鈍感さでするりとそんな視線からも逃れている。
今みたいに、と内心の嫉妬にまみれた溜め息をサスケがつきかけた時、ふっと持ち上がった首がくるりとこちらを唐突に向いた。
「あら…気付いたわ。見すぎなんじゃない」
「あいつがそんな事で気付けるかよ」
からかいを隠そうともしないサクラが見遣ったサスケは少しの沈黙の後、憮然としつつも眉間の合間を広げた。
「っサースーケェェェ!お前もなんか渡せってばー!」
座ったままビシィと効果音が聞こえそうなほど勢い良く指を突き付けたナルトにサスケはおかしな、と言うのが一番いいような顔をして黙りこくったので思わずナルトは目を丸める。
てっきり「知るかよ」だの「俺が頼んだんじゃねぇ」だの返してくるかと予想していたのに。
そんなナルトを見つめながらヒナタは胸の中で小さく息を吐く。
狡い。
突き刺さるような強い視線を向けてくるサスケに対してそっと裡で毒吐いた。
いつもあんなにナルトの近くに、物理的にも精神的にも一番を奪っているくせにほんの僅かな時間でさえ自分へと向けさせようとしてくる男に。
ヒナタやいのがどれだけナルトと共通の趣味や話題で盛り上がろうと、いつだってたった一つの視線でいともあっさりとナルトの意識を持っていってしまうのだ。
それでも仕方ない、と思うのはナルトがそれを受け入れるから。
悔しくてしょうがないけれど、うちはサスケと共にいるナルトは誰と一緒に居るより表情が柔らかい。
サスケの存在の前では無条件でナルトはきっと本人も意識していない優しい気遣いという膜を解いてしまっている。
怒ってる顔も笑ってる顔も、どれもこれも何一つその過ぎるほどの優しさで包もうとはしない。
とても自然で綺麗。
そして嬉しそうだと思う。きっと自分ではナルトにそんな顔をさせることは出来ないと思うから、ただこうしてとっくにその意識を奪っているとは知らず苛立ちを募らせている原因、誤解を少し放置するだけでいようとヒナタは小さく笑いながら思った。



週3日入っているバイトを終わらせ、今日も仕事でいない父からのメッセージ付き夕飯を食べて上がってきた部屋にナルトが戻って来たのは10時少し前。
明かりが点り、程なくしてこつん、と窓の硝子が鳴った。
コートを一枚脱いだだけでまだ制服のまま、着替えも終わってないがすぐに窓辺へと寄ったナルトが乾いた音を上げながら硝子の壁を引けば、よくこれ程接近して建てられたなと思うほどの、僅か1メートル弱の隙間の先に小さな入り口を開けた部屋とその主が居る。
「ただいま」
「ああ」
お互いが部屋に帰ってきたら必ず――一緒に帰って来たとしても――するのが毎日の習慣になってる挨拶を終えるとナルトは窓の棧に凭れた。
「どうした?」
くたり、と凭れかかったナルトにサスケが片眉を僅かに上げる。
「ん、ちょっと疲れただけってか。なんか甘いもん食いてー」
特大オムライスで一応腹は膨れているのだが、何かこう口寂しい。
それにバイトなどの疲れを癒してくれるのはやっぱり甘い物に限ると思う。
ポッキーでもあったかな、とお菓子箱を記憶の中でまず探し始めたナルトの視界にアイスブルーとコバルトブルー二色が入った。
空中に浮いたようなそれはサスケの手の中にあって、四角い箱のようなものを綺麗に飾り立てている包装紙だ。
「やる」
手の中のものと少し斜め下を向いたまま、あまりに端的に言ったサスケをナルトの瞳が丸くなって交互に見返す。
「え、くれんの?」
「そう言ってるだろ、ウスラドベ」
煩わしげに答えるけれどそれは怒っているのではなく、単にストレートに優しくなどと出来ないサスケの性格上のものだと分かっているナルトは嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
「うっせー。でもくれんなら貰うってば」
二つの青、ナルトとの瞳の色と似た色で綺麗に飾られたものをサスケの手がするすると白いリボンを解いていった。
二段になっている真っ白な箱、引き出しのようになっているそれを取り出せばそこには白くて丸いものがいくつも小奇麗にならんでいる。
ふんわりと柔らかそうな白と甘い香り。
マシュマロだった。
真っ白なしっとりとした甘さのプレーンマシュマロ。
プレーンマシュマロにとろりととろけるチョコを包んだチョコマシュマロ。
爽やかなオレンジのマシュマロにチョコを包んだオレンジマシュマロ。
コーヒー味のマシュマロをホワイトチョコでコーティングしたエスプレッソマシュマロ。
「うまそー」
「ほら」
サスケの長い指が手前の一つを摘むと瞳が夜闇でも分かるほどキラキラと輝くナルトはすぐに手を伸ばした。
手元へと落とすように渡され、ころんと跳ねるように掌に乗ったマシュマロをぽん、と口に入れる。
じゅわりと舌先で柔らかく弾力のあるマシュマロが溶けて、とろりと蕩けたチョコがカカオの芳香が広げた。
「んー!これすげーウマイ!ありがとな、サスケ」
にへら、と頬も目元も語尾もハートマークでも付きそうなほど緩んだナルトにサスケの顔が綻ぶ。
「ホワイトデー、だから」
「え?」
またもや会話として必要な言葉がいくつも抜けた台詞にナルトの理解は追いつかずヒヨコ頭を少し揺らした。
「お前、返せって言っただろ。昼間、屋上で」
「…?」
キーワードを与えられて解く謎謎のようなサスケの言葉にナルトは精一杯昼間の屋上と、自分が言った言葉と最初のサスケの言葉を反芻する。
ホワイトデー。
昼間の屋上で、返せと言った。
お返し。
つまり今貰ったのはサスケからのホワイトデーのお返し。
サクラ達にホワイトデーのお返しを済ませたナルトは今日がホワイトデーである事をすっかりと頭から消去していた。
正確には終わったものとして容量が少ないと不名誉な評価を受けている――とナルトは思っている――ナルトの脳は処理し、終わったという軽い安堵から特に必要な情報ではないと忘却というゴミ箱にぽいっと投げ捨ててしまっていたのだ。
そのせいで単純な答えに気付くまで少々時間が掛かってしまったナルトは、途端飲み込んだはずの甘いそれを身体の中で意識する。
そもそも甘い物が大好きなうずまきナルトにとってそれを口にする事に何の疑念も湧かない事だった。
喉を通った甘さは落ちていき、もうふわりと溶けてしまった。
蕩けたそれはすぐにじんわりと胸の中を占めていくように広がって吸い込まれる。
どくん、と吸い込んだ胸が鳴った。
「お前、受け取ったよな」
怒っていると誤解されかねない仏頂面で言うサスケの顔が少し赤いのに気付いたナルトは、一気に伝染され、それ以上に頬を赤くする。
「受け取ったって…てか、あ、あれはサクラちゃんたちにお返ししろって意味で、何でオレなんかに渡してんの?」
あり得ない、と必死にそれを振り払おうと絞り出した声は不自然に上擦っていた。
「やりたいからだろ。悪いかよ。…それに俺が頼んで貰ったのはお前のだけだ」
「べ、べつに悪くねーけど、でもなんか違くね?男のオレにとか、その、こういうの渡すのってのは」
「好きだからだろ、いい加減気付けよ。このウスラトンカチのドベ」
はぁ、と溜め息をつくように言われるにはあまり相応しくない言葉がナルトの耳に届いたナルトは、一瞬思考が真っ白になるというのを経験する。
「す、すすすすすすす!!?」
思考が正常に働かない時は言語機能も働かないのは当然なのだろうか、ナルトは意志を伝えるべき言葉とは程遠い声をあげた。
そして次の瞬間には身体の血がどうにかなってしまったのではないかと思う。
この感覚には憶えがあった。
何と言えばいいのか分からないけれど敢えて言うなら恥ずかしさに似た感情がナルトの胸だけでなく頭の天辺から足の指先まで満ちてしまうようで、それがサスケの顔を見たり声を聞いたりすると一層酷くなるのだ。
バレンタインデーの後しばらくナルトが悩まされたもの。
いつも好きでもない人からはチョコを欲しいとは思わない、欲しがるのは好きな人からののみと公言しているサスケがナルトが渡すのはウザくない、欲しいと言い、好きでもないチョコを欲しがった。
その理由として導き出した答えが頭を巡って暫くおかしくさせられたが、結局はそれまでと何ら変わらないサスケの態度にいつの間にかナルトもそんな考えを忘れていたというか、どうにも処理しきれない感情を心の棚の上にあげていたというか。
そしてあるわけないと否定した考えを言われてしまった。
「サスケが、オレを、」
「好きだ」
呆然と呟いた先をサスケが続け、推測ではなく現実の低く甘いあの声がナルトの耳朶から入り、その意味で思考を縛り、心に感じさせていく。
「でも、でもさ、オレ、男で、」
「知ってる」
間髪入れず返された事実にナルトは口篭った。
サスケにすれば今更だ。それこそ幼い頃は一緒に幼稚園で着替えもすれば、プールも行った、お互いの家で風呂も入っている。
ナルトに胸がないのも、同じ男である証明があるのもとうに知っているし、それを含めてナルトで、サスケはナルトが好きなのだ。
そう思って、同性だとかそんな悩みなんぞ越えてしまって何年になるか。今更もすぎるところだ。
「男だろうがなんだろうが俺はお前が好きなんだよ。お前は違うかも知らねぇけど」
最後は自嘲気味になるのを抑えられずに言ったサスケは、例えそうであっても諦める気にはなれないけれどと自身を裡でもう一度嗤った。
「オレは…」
お前は、と言われたナルトは今まで自分がどうサスケを想っているかなど考えてこなかったことに気付く。
サスケから好きだと言われたのかも知れないとは考えた事があったけれど、ずっと勘違いだと思っていたし、否定してもざわつく感覚にサスケの気持ちに対する自分の気持ちなど考える余裕なんて一つもなかった。
ただ息が苦しくなる、いたたまれないほど気恥ずかしく、そしてこそばゆさが支配する。
でもそれは何故そうなるのか。
こうして自分には用意されたお菓子を、それが想いを乗せたものだと知って今ある気持ちは。
(どうしよ……ウレシイってば)
どうしようもないようなこの感覚を何度か味わっていたせいだろうか。
いざはっきりと告白されてしまえば、ナルトはすんなりと受け入れ引き出された感情がどんなものかあっさりと気付いてしまった。
力を抜けた身体がずるずると窓際の壁を伝い、棧に頭と肘をつかせる。
「ナル」
声も出さなくなったナルトに、例え今拒否されても諦めるつもりはないと決めていはいるが不安に彩られて名を呼んだサスケの声が今度は遮られた。
「マシュマロ…寄越せってば」
拗ねたような声が少々傲慢な言葉を紡ぎながらするりと差し出された手に、サスケは瞠目し、そして口端を吊り上げる。
俯いて隠れた顔と跳ねる蜜色の髪の間から覗いた耳も項もこれ以上ないくらいに赤い。
窓越しの手には柔らかいマシュマロと、それ以上に柔らかく温かい口付けが返された。





















(終)


大遅刻で駄文でもう本当に本当にすみません!
4月にホワイトデーってアハハハハ!(涙)
……すみません!!!(土下座)
一応バレンタイン駄文、糖分摂取の続きとなっておりまして;本当はもっとサスケの半告白を意識してわたわたしたナルトさんとか書きたかったのですがナルトさん視点難しく、そんなにわたわたしてたらナルトさんの容量すぐ超えて一ヶ月も保たないとか、趣味ナルト観察のサスケにすぐバレるよ!とかありまして;
サスケもいつもながらヘタレで今一煮えきらず;;お陰で本当にもう(涙)サスケはずっとヒナタの存在がナルトと近くなるのが不安で、あまりにナルトに意識して貰えてないと思っていたので黙ってたら一生このまま、という焦りからやっと告白出来た、というやつなんです、実は。こんな補足説明の必要なものをすみません;
ナルトにとってもサスケにとってもお互いが一番近い、お互いが自分の中で占める割合が一番大きい相手で、結局お互いがどんな感情に対しても一番に向けている、無いなんて考えられないほどの存在だので、無意識で両想いだろ、というのはその他周りは見ていて今更、と言いたいような二人です。ヒナタはナルトが恋愛感情で自分を向くことがないと分かりつつもサスケの誤解を放置というか。ちょっとだけ黒いかもしれないヒナタでして;
いつもながら、いつも以上に酷い駄文ですが、読んで下さってありがとうございました!


'06/4/8