手にあるそれはさして重い物ではない。
小さなの手でも軽々と持てる。
けれども手の中でその存在を主張して、胸を高鳴らせた。










必要遣い









広い庭の縁側で、ナルトはまだ小さく短い足を揺らしていた。
まあるいふっくらとした踝が膝と同じ高さと下駄の置かれた石台を行ったり来たりしている。
リズムよくぶらんぶらんと振られる足は元気そのものだが、幼く柔らかな丸みを持つ顔にはあまり元気がない。
「おせーってば…」
つい先ほどまで茜色の羽織り、紅葉をよりいっそう燃え上がらせていた陽はゆっくりと去り始め、控える夜の藍を引連れて来ている。
それでも玄関が開く音はしなかった。
この家の主であり、ナルトの保護者であるサスケは太陽が隠れるまでには帰ってくると言っていたのにその気配は一向に現れない。
手にした絵本はまだ新しくまだ読んでいないが、綺麗な絵と大きく見やすい平仮名をナルトの青い目は追う気になれなかった。
「ナールト。そろそろ寒いから中入ろうね〜」
ぽん、と居なくなってしまった陽の、昼の光を集めたような頭を優しく叩いた手を乗せたままナルトは上を見上げた。
顔の中で唯一まともに出ている片方だけの目が細く笑みを作ってる。
「はぁい。わかたってばよ、カカシせんせー」
素直に頷くと、ナルトは縁側から立ち上がり、続く居間へと入り、ふんわりほこほこの布団がある炬燵の中に潜り込んだ。
「ん、っしょっと」
ナルトの身体はまだ小さく、普通に一人で座るとまるで炬燵に埋もれているようになってしまう。
小さい手で一生懸命に大きな炬燵布団を退け、顔と胸をちゃんと出せるようになったナルトの隣に縁側への障子を閉めたカカシが座った。
「ナルト、お腹すいたか〜?」
5時半を少し回った時計を確認したカカシは、いつも8時と知っている就寝時間に合わせてそろそろ夕飯を食べさせる頃合だと持ち掛ける。
「うん」
「じゃそろそろご飯食べよっか」
「や。サスケ待つの」
案の定、頷いたナルトの頭を撫で、立ち上がりかけたカカシに予想外の言葉をナルトは返してきた。
「待ってたらうんと遅くなっちゃうかもしれないよ?」
あまり遅い食事を取らすのは良くないし、何よりお腹を空いたのを我慢させるのも可哀想でカカシは説得を試みるが、じっとカカシの目を見つめた後、にっこりほそれは愛くるしい笑顔を広げた。
「それでもいーってば」
「でもね、お腹すいてるんデショ?ちゃんとお腹空いてる時に食べないとおっきくなれないぞ〜?」
「う〜〜、それでも待つのー」
それでも良いと言うナルトとは正反対に「テメェ、ナルトをちゃんと見てなかったのか!?」と血相を変えて怒る保護者が非常に煩わしいのもあり、日頃「おおきくなってしのびになる」が口癖のナルトに有効的な文句を出すが、ふるふると目一杯、頭を横に振ってナルトは聞かない。
「う〜ん、しょうがないね〜」
素直だが頑固でこうと決めたら梃子でも動かないナルトの性格も良く知っているカカシは、苦笑を一つ洩らすと、テーブルに乗ってある蜜柑を一つ掴み、皮を剥き、綺麗にした一房をナルトの小さな口へと運ぶ。
「ほらナルト、あーん」
「あーん」
山吹よりも深く、みずみずしさを含んだ鮮やかな色の蜜柑が、寒い外から炬燵にすぐに入ったため頬も唇も真っ赤になったナルトのいっぱいに空けられた口の中に入れられた。
一噛みでじゅわっと溢れ出てくる甘い果汁はナルトの小さな頬の中を満たし、きらきらに光る青い目が美味しいと訴える。
この家にある果物やお菓子は、どれもこれも主が厳選したばかりのもので見るからに上質の品で、美味そうなのが分かるが、ナルトが食べいる様子を見ていると本当に美味しいと伺い知れた。
もぐもぐと口をしっかり動かして咀嚼している間に、カカシは次の房を綺麗にし、飲み込んだのを見計らって口元へと持っていく。
「あーん」
「あーん」
カカシの声に合わせて口をあけながらも、あーん、と言うナルトに目元を緩めながら蜜柑を入れる。
半分ほどを食べさせた所で殺しつつも慌てているせいか薄く感じる、勢いよくこちらへと向かう気配にカカシは顔を殆ど隠すマスクの下で笑いが込み上げた。
暫くして玄関の扉が引かれる音が響き、ナルトは炬燵から飛び出し、とたとたと軽い足音を鳴らして行く。
「サスケ、おかえり!」
「ああ、ただいま。いい子で留守番してたか?」
「もっちろんだってばよ!ナルト、おりこーさんにしてたもん」
そんな会話が玄関から聞こえ、カカシは見ていない筈の、ナルトを抱き上げて頬を寄せるサスケが見えた。
「相変わらずの惚れっぷりだねぇ」
玄関から移動して現れたナルトを抱いたサスケの想像と寸分違わぬ姿にカカシの顔がにやついたものになる。
「うるせぇ、とっとと帰れ」
腕に座らせるように抱きかかえたナルトへ向けていた、それは嬉しそうな柔らかな笑みが途端一瞬で消され、正反対の険しい顰め面と不機嫌そうな声でカカシに向けられた。
「酷いねぇ〜。可愛いナルトを見ててあげたのに。なぁーナルト?」
「うん?」
ナルトに眼線を合わせて首を傾け、同意を求めるカカシに意味がよく分からぬままナルトは頷く。
「てめぇが無理矢理買って出たんだろうが。こっちは他の奴に頼むつもりでいたのに」
カカシの少しは感謝してもいいだろう、と言った物言いをサスケは容赦なく断じた。
上忍であるサスケに当然任務が回ってくる。
ナルトがいるので必要最低限しか請け負っていないし長期任務だけは何があろうと受けないが、断れないものや任務を受けず鍛錬のみとなるのも腕が訛る可能性があるといった理由から上忍、時には暗部の任務も引き受けるのだが、そうなればまだ幼いナルトがこの家に一人取り残された。
例え日帰りで帰ってくるとしても、誰もいないうちはの家でナルトを一人きりになど出来るはずがない。
故にサスケが任務に行く時は必ず誰かがナルトの側につくように手配をするのだが、大抵は人の良いアカデミー教師やナルトを猫可愛がりしている元マンセル仲間のくの一などに頼むが生憎二人とも都合が悪く、任務を断りに五代目火影の綱手の元に行ったサスケの前で、カカシが無理矢理にナルトの面倒を見ると綱手に取り付けたのだ。
綱手がそれを許可してしまったが為に、一日この変態とナルトを一緒に過ごさせるハメになってしまったと、サスケの眉間に深い皺がまた一本追加された。
サスケが引き取る前は綱手の元にいたナルトの世話と護衛をしていた上にこんな風にナルトの面倒を見るのも初めてではないカカシだからこそ即決で決まったのだが、他に誰かに頼みたかったと今でも思っている。
済んでしまったので仕方なくはあるが。
「ナルト、ちゃんとご飯は食べたか?」
それよりも、と近い顔から漂う蜜柑の爽やかな甘味の香りにサスケは蜜柑を食べていたであろうナルトを風呂に入れるかと考えながら聞いた。
6時も過ぎていたし、てっきり夕飯を食べた後だと思ったのだ。
「んーん、まだ」
ふるりと蜜色の髪に風を通しながら横に首を揺らしたナルトの返事に、サスケの顔が不機嫌に怒りをプラスしてカカシを睨みつける。
「テメェ、ちゃんと見てなかったのか!?」
予想通りの言葉に、カカシはそれだけで人を射殺せそうなサスケの視線にカカシは痛くもかゆくもないといった風情で笑った。
「ナルトがどうしてもお前を待つって聞かなくてな〜。愛されてるねぇ」
「黙れ」
ぶっきらぼうな言い方だが、カカシの多分にからかいを含んだ言葉を否定はしないらしい。
「サスケ、サスケ。ごめんなさいってば」
「あ?何謝ってんだよ」
サスケとカカシの遣り取りを見ていたナルトが唐突に謝ってきて、サスケその意味が分からず不安そうになっている青い目をのぞきこんだ。
「だってごはんまだたべてなかったからサスケおこってるってば?」
言われたのにちゃんと食べなかった自分を怒っているのだろうと、しゅんと項垂れて幾分元気の無くなっている頭をサスケの大きな手が優しく撫でた。
「そうじゃねぇよ、ウスラトンカチ。この変態がメシの一つも作らずサボってた事に怒ってんだ。お前に怒ってんじゃねぇ」
柔らかな声で甘やかすように諭すサスケの姿を何も知らぬ同僚や里のくの一達が見たら卒倒するかもしれない。
あの無愛想、不機嫌、傲岸不遜が服を着てあるくと言われている普段のサスケからは想像も出来ないような、優しげな笑みを浮かべてナルトを見つめているのだから。
「カカシせんせーわるいの?」
「ああ、あいつが悪い」
一瞬の間さえ空けることなく深く頷いたサスケに、ナルトは首をぐるっと捻りカカシを振り返った。
「カカシせんせー、め、だってばよ」
「う〜ん、ナルトになら怒られても悪い気はしなーいね」
サスケの失礼かつ酷い言い掛かりをつい水に流してしまうほど可愛らしい説教にカカシの目がやに下がる。
非常にしまりのないその顔に、サスケは一秒でも早く追い出すためにナルトをしっかりと抱きながら、クナイをホルスターから引き抜いた。



「じゃ、ナルト。任務開始だ」
マスク下の顔が普段とはまるで違うものになったカカシにナルトも真剣な眼差しを返す。
「りょーかい!」
丸い拳を作って掲げたナルトはその意気込みも強く、任務先――カカシの書斎へと小さな足を踏み入れた。
だが、その一歩目で躓いてしまう。
「わっ」
床と言う床を埋め尽くした大量の巻物やら書類やら本やらがナルトの足指に当たってきて、小さな身体をこてんと転がしてしまった。
「ナルト、大丈夫!?」
すぐ後ろから付いて来ていた髪の色同じ名前を持つサクラが慌てて抱き起こしに――巻物など平然と踏みつけて――駆け寄るが、ナルトはすぐに自分で立ち上がる。
「だいじょーぶだってば!」
気丈に答え、にこっと笑顔を見せるナルトにサクラは転んだ所を擦ってやりながら、釣られ笑みを浮かべた。
「偉いわね、ナルト」
「へへっ」
「サクラ〜、巻物踏まないでほしいなぁ〜」
褒められ、くすぐったそうに、けれど嬉しそうなナルトの後ろでどうやってそんな隙間を作り出したのか分からない場所に立っているこの部屋の持ち主であり、この特別任務を発生させたが故、サクラに内なるものを開放して睨みつけられたカカシの抗議は小さな声すぎて二人には届かない。
「じゃ、にんむもっかいかいしだってばよ、サクラちゃん」
「そうね」
カカシの声は届いていなかったが、転んだ周りからナルトが巻物を集め始めてくれた幸運により、巻物はそれ以上の被害を受ける事が免れた。
小さな手が巻物を取り、短い腕が二つ、三つと抱えては廊下へ運び、大きさによって巻物を分けていく。
本や書類も同じように。
こうしてナルトの初任務が開始したのだが、その理由はほんの1時間前へと遡る。
里内での簡単な、けれど少々厄介な任務がサスケに回って来たのは昼をすぎた頃だった。
ナルトのお昼寝の準備をしていたサスケの元に任務依頼書を持ったサクラが現れ、ナルトの面倒は私が見るからさっさと行ってきてちょうだい、と自分の屋敷から渋るサスケが叩き出され、サクラがナルトのお昼寝相手の役を奪い取り、寝かしつけるために絵本を読んであげようとしたのが切欠といえば切欠になる。
ナルトが持って来たのは最近買ってもらったお気に入りの絵本だった。
忍の活躍を描いた冒険活劇で、ナルトを始め同世代の子供達に人気の一冊だ。
「あんね、あんね、オレぜったいしのびになるの」
頬を上気させて嬉しそうに持ってきた絵本を渡すナルトに、内では「なんって可愛いの!?」と雄叫びを上げていたがそんなもの微塵も出さず、ある意味サスケのポーカーフェイスなど足元にも及ばない完全無欠の微笑の仮面を被ったサクラはナルトの頭を撫でてやる。
「ええ、きっとなれるわ。頑張ってね、ナルト」
「うん!だからね、はやくいっぱいにんむして、よつくなるの」
「?ナルト、忍になって任務をするのよね?」
ナルトの言葉に引っかかりを憶えてしまったサクラは念のためと聞き返す。
「ちがうってばよ。いっぱいにんむをしたらしのびになれるの。ここにかいてるの」
ぱらぱらと厚く大きな1ページを1ページを捲り、丸みのある指が『おおくのにんむをして、しのびとしてみとめられた』という一文を指した。
どうやらこれを読んでナルトは沢山任務をすれば忍になれると誤解してしまったらしい。
「あのね、ナルト。これはそういう意味じゃないのよ」
このまま間違った知識をナルトに憶えさせるわけにはいかないと、サクラは少しだけ困った顔で言った。
嬉しそうに話すナルトの言葉を否定したくない――きっとあのナルトに滅法甘い保護者もそんな理由で言ってないのだろう――が、こうして間違ったまま憶え、遠くない将来、外でそんな知識を披露して恥を掻くのはナルトだ。
そんな事など絶対にさせられない。
「ちがうの?」
きょとん、と蒼目が丸められ、間違っているといわれた不安に揺れる。
「ちょっとだけね。忍になるにはね、木の葉ではアカデミーっていう学校で忍の事をお勉強して、お勉強が全部終わって、卒業したらなれるの。そして忍になってから初めて任務が出来るのよ。これは沢山の任務をすれば凄い忍だって認められるって事で、任務をして忍になるって事じゃないわ」
出来る限り優しく、ゆっくり言い聞かせたのだが、みるみるうちにナルトの青い目には透明の膜が盛り上がってきた。
「じゃ、ナルト、にんむできないの?」
「忍になったら出来るわ。ナルトならすぐよ!」
今にも涙が眦から横へと流れ落ちそうでサクラは慌てて慰め、ナルトはこくん、と頷くが落胆の色は濃い。
「どうしてそんなに任務がしたいの?」
忍には任務をする前になれるのに、泣きそうになるほど任務にこだわる理由が気になった。
理由が分かれば少しでも浮上させてあげられるかもしれないと聞いた答えは、絵本のような冒険がしたいからだろうか、とサクラが思っていたものとは全く違っていた。
「…ナルトもね、ナルトもにんむ、いきたいの。サスケといっしょにいきたいの」
うるうると潤んだ瞳でまっすぐに見上げて、寂しいとは口にせずそんな事を言ってくる。
あまりのいじらしさにサクラはぎゅっと小さな頭を抱きこんだ。
(サスケ君本人が聞いてたらそれこそ涙を流して喜ぶわね…)
ナルト馬鹿であるその姿は容易に想像がつきすぎるが、サスケでなくともこんな事を言われれば嬉しいだろう。
忍になるという憧れよりも一緒に居たいから任務をしたい、だなんて。
「ナルトなら、すぐにサスケ君と同じ任務くらい出来るわ」
柔らかなクセのある髪を梳くように撫でたサクラの腕のなかで、しっかりともう一度頷いた。
実際は上忍の中でもかなり高ランクに位置するサスケと同じ任務につくとなれば、かなりの年数を要するだろうが、当然そんな事言えるわけもないし、場合によっては任務ランクを下げてでも一緒にしようとするだろう、あの男は。
「おーや、サクラさん。イタイケな男の子を泣かしちゃってどうしたの?」
出かけた苦笑は突然ふって湧いた声に飲み込まれ、次いでわいた不快感と怒りに取って代わられた。
「カカシ先生?人聞きの悪い事を言わないでもらえるかしら」
訂正を要求して来た笑顔は、ナルトに向けられていたものとは違い、普通の人間ならば背筋を凍らせる。
「だってナルト泣いてるからね。なぁ、ナルトー?」
だが神経が普通とは縁遠いカカシは内心はどうかは知らないが変わらぬ飄々とした笑顔のままで、サクラに抱き込まれている合間から覗くナルトの旋毛に手をあてた。
ナルトが顔を上げる気配がしたので、サクラは腕を緩めると、ナルトは布団から起き上がりほんのり潤んだ目でカカシを見上げる。
「泣いてないってばよ、カカシせんせー」
確かに頬に濡れた後はなく、ぶうっと頬を膨らませてみせたナルトにカカシはにっこりと目を閉じるように笑い、空気でいっぱいになった頬を摘んだ。
「そうか〜。じゃ、サクラだけじゃなくて先生にもお話してくれるかな〜?」
やんわりと頬の柔らかさを指で確かめながら言ったカカシはサクラから裏拳付きで一通り聞き終え。
「ならナルトに先生から特別任務を依頼してあげよーね。今日はサスケはいないけど、今度からサスケと一緒にすればいいから。今回のは練習ってことで」
カカシがそんな事を言い出し、それに喜んで文字通りカカシに飛びついたナルトと本日の保護者代理であるサクラはカカシの家へと移動する事となった。
カカシ家の書斎の整理、もといアスマから借りた巻物探し出してね、というかなりただ人をこき使いたかっただけなのではないかと思われる『特別任務』の為に。
そして現在へと至るのだが。
片付けても片付けてもまるでどこからか生まれてくるかのように一向に減らない巻物らにサクラの不機嫌ゲージは何の苦労も無しに溜まっていく。
ナルトにはそう重労働などさせられないので簡単な分類だけに回し、カカシは当然動かしているがどうやら今一つ作業をさぼっているようであまり作業が捗らない。
サボっている証拠を掴もうとしても腐っても元暗部の上忍といった所か。悔しいながら今の所はつかめていなかった。
「フフッ…楽しいわね……」
少しずつなどではなく、豪快にどんどん不満を積み上げていたサクラが急に笑い出し、カカシは気取られないで済んだが嫌な予感に震えた。
そろそろ休憩でも、と提案すべきかと思ったがそれはどうやら手遅れだったようだ。
「報酬はたっぷりはずんでもらうわよ、先生」
にっこりと嫣然という言葉が似合う微笑みを浮かべたサクラの台詞に己の勘が少し遅く役に立たなかった事を知った。
「ほ、報酬?」
「当然でしょ?これも立派な任務なんだから。『特別任務』だものねぇ。最低でもこれぐらいは頂くわよ。勿論、私一人分で」
暗にナルトにも同じだけ出しなさい、と仄めかしながらすっと上げた指は三本。
「3000両?」
カカシの言葉にサクラはますます笑みを深くした。
「やだ、先生。子供のお小遣いじゃないんだから。0が一個足んないわよ」
30000両。安い教師の一か月分の給料に匹敵する額にカカシは顔色が悪くなる。
上忍で、これまでの貯蓄がないわけではないがそうあっさり出せる金額でもない。
「ん〜、それはちょーっと高いんじゃないか〜?これならせいぜいDランクの任務なんだし」
「あら。『大事な簡単に人目に触れさせられない巻物もある。これはAランク任務にも匹敵する』なんてナルトに言ってたのは誰なのかしら。Aランクならこれぐらいの報酬は当然でしょ。さ、頑張って早く終わらせなくちゃ。あー、今日の夕飯は豪華に出来るわ」
てきぱきと先ほど以上に素早く片付けていくサクラの後姿に銀行に行くべきかとカカシは居間へと財布を取りに行った。



棚やダンボールに整列され、ぴしりと美しくかつ取りやすく並んだ巻物や本、ファイリングされた書類の数々。
一つだけ机に置かれたのはアスマに借りた巻物だ。
足の踏み場もなく、入ってきてすぐにナルトが転んでしまったのと同じ部屋とは到底思えないほど綺麗になっていた。
「にんむかんりょーだってばー!」
両手で万歳をしながらぴょん、とナルトが飛び跳ねる。
「はーい。ごくろーさん、ナルト」
「良く頑張ったわね」
「へへーっ」
二人に交互に褒められたナルトは満面の笑顔で見上げた。
「そうそう。カカシ先生がナルトに渡すものがあるんですって」
膝を曲げ、ナルトを覗き込んだサクラが楽しそうに言い、ナルトがカカシへと青い目を不思議そうに向けた。
「なぁに?」
「手、出しなさいね」
分からないながらも言われた通りにふっくらと熱で紅めの小さな手が差し出される。
その上に手甲をしたしゃがみ込んで眼線を合わせたカカシの手が重なり、こつん、と金属音とともに何かが落ちてきた。
カカシの手が退き、中を確かめたナルトの空色の目はますます意味が分からないというようにカカシを見る。
手の中にあったのは100両の紙幣一枚。
「任務報酬ね。ナルトがちゃんと任務をやってくれたから」
2、3度瞬きをするとやっと意味が飲み込めたのか、徐々に頬を上気させて目を大きく開いていった。
「いいの?」
「当然よ。ナルトは任務をしたんですもの」
カカシが何かを答える前にサクラが力強く頷く。それに追従するようにカカシも頷き、ナルトはカカシに抱きついた。
「カカシせんせーありがとうってば!」
「こちらこそ有り難う」
しっかりと細いその身体を抱きとめたカカシに、サクラに笑顔のまま釘を深々と刺された。
「私の分と残りのナルトの分は後で振り込んで下さいね」
瞬間的にナルトを嬉しそうに抱き締めていたカカシの顔が硬く強張ったのを見逃さなかったサクラはより一層楽しげに微笑んだ。



「でね、ナルトね、きょうにんむして、ほーしゅーもらったんだってば!」
にこにこと今日一日あった事を楽しそうに、こっぽりと被った布団から顔を出して話すナルトに、サスケは同じ布団で一緒に横になりながらただ黙っている。
それでも時折は相槌も打って、きちんと話を聞いてくれているのでナルトは気にせず最後まで話し終えた。
手の中にある紙幣をそれは嬉しそうにサスケにも見せる。
「良かったな」
骨ばった大きな手が頭を包むように撫で、目を閉じてナルトはそれを受ける。
「うん」
「初任務の成功報酬だ。大切にしろよ?本当に必要な、大事な事に使え」
「わかってるってば」
ナルトは普段、10両、20両のお小遣いを毎日貰っていた。
使い道はキバ達と駄菓子屋に行ったり、好きに出来るものでナルトの大事なお小遣いけれど、それらとこの100両はまた違う大切さがある。
サスケに言われた通り大事に、本当に必要な物に使おうとナルトは心に決めて、眠りに就いた。



すっかりと寒くなった冬の空気の中でも、じっとしていれば陽に暖められていくほどの快晴だった。
青い透明の硝子に白のレースをうっすらと掛けたような綺麗な空につられるように、ナルトは外へと飛び出す。
まず川原を走って、そして公園だ。
赤く指が二つに分かれた手袋に持ち主の目の色を濃くしたような鮮やかなマフラー、ボアのついてこんもりとしたオレンジ色のジャケットで重装備をしたナルトは、公園につくと軽く汗を掻いてしまいマフラーを外した。
そしてすぐにまた走っていく。
「おはよーってば」
「よぉ、ナルト!」
「お前らは朝からげんきだな」
ナルト以上の声で返事をしたキバと、眠そうに答えたシカマルの二人がナルトの遊び相手だった。
「きょうはなにしてあそぶ?」
「そうだな〜」
まずはいつも競争が激しいが今は空いているブランコか、それとも忍者ごっこか。
「わりぃがよ、俺は遊べねーんだ」
キバが悩んでいる所にシカマルが子供らしからぬ渋面を作りながら口を開いた。
「ええ?なんで?シカマル、あそべねーの?」
いつも三人一緒で、一人でも欠けるのが寂しいナルトは見るからにしゅんとしてシカマルを見つめる。
小首を傾げるのが癖なのか、こうして上目遣いにナルトからじっと見つめられるとシカマルはとても弱いのだが、仕方がない。
「かーちゃんがからお遣いしてこいって言われてんだ。木の葉しょうてんがいまで行かなくちゃなんねー。ここが行くとちゅうにあったからそれを言いに待ってたんだよ。言うこと聞かねーとうるさくてしょうがねーんだ」
はぁっと溜め息を吐いたシカマルに、キバとナルトは大変そうだな、と子供心に思う。
「じゃあしょうがねーよな。ナルト、オレたちだけであそぼうぜ」
キバとてシカマルがいないのは残念だが、シカマルの様子から無理には誘えない。
「うん…あ、キバまってってば!」
ナルトも仕方ないと諦め、頷きかけるがぱっと顔を輝かせる。
急に待てと言われてもシカマルは遊べないし、他にどうする事も出来ないのに何を待つのだろう、とキバは訝しげにナルトを見遣る。
「なんだよ」
「シカマルといっしょに、このはしょーてんがいいこうってばよ!」
「はぁ!?」
「なんでそんなメンドクセーことすんだよ」
程度の差があれ、ナルトの言っている意味が二人とも分からず素っ頓狂な声が上がった。
別にナルトもキバもお遣いを言いつけられているわけではない。わざわざここから少し歩かなければいけない木の葉商店街に行く必要はない。
「だってまだしょうてんがいひとりでいったことねーもの。シカマルだけずるいってば」
「まぁ、そういわれてみりゃオレもねぇーなー」
それでどうして狡くなるのか。
シカマルは一生懸命考えてみたが、ナルトの思考というものがさっぱりと読めずそのまま黙ってしまう。
「じゃ、いくか!」
「うん、いくー!シカマル、はやく!」
そうこうしているうちに、すっかり勝手にシカマルと一緒に商店街へと行く事になった二人に引き摺られるようにして木の葉商店街への道を歩いた。
公園から子供の足でも10分ほども歩けば商店街の入り口へと着く。
唯一ちゃんとした用事があるシカマルを先頭に活気に溢れた店並みを歩いては、きょろきょろと周りを見渡した。
メモなど一切持たずとも言われた通りの店をすぐに見付け、頼まれていた商品をシカマルが買っている間、ずっと店の外で待っていたナルトはあまり聞きなれない音を聞いた。
気がどこか抜けたような、高く揺れるような音色。
そしてその後に続く独特の口上。
「い〜〜しやぁ〜〜〜きぃいもぉ〜〜〜〜〜。おいも〜おいも〜おいもだよ〜〜。おいし〜いおいもが一個たったの30両〜。い〜〜しやぁ〜〜〜きぃいもぉ〜〜〜〜〜」
屋台を引いてゆっくりと歩いてくるおじさんと、おじさんの後ろからぽっぽっとたつ煙と香ばしい匂いにナルトの意識は引き寄せられる。
「やきいもさんだってばぁ」
きらきらとほっこりとした甘さを思い出してナルトの目がきらきらと光った。
いつもおやつはナルトだけが食べてサスケはナルトを見ているだけなのだが、焼き芋なら一緒に食べてくれ、それが嬉しくて、いつもよりも美味しくて密かにナルトは楽しみにしている。
愛用のお財布の中には今日のお小遣い10両と昨日の任務報酬が入っている。30両なら2つでも買えた。
ナルトはがま蛙財布の大きな口を開けると100両紙幣を握り締めた。
p 手にあるそれはさして重い物ではない。
小さなの手でも軽々と持てる。
けれども手の中でその存在を主張して、胸を高鳴らす。
たっとナルトは駆け足で口上を謳いつづけているおじさんの所へと向かった。



玄関の扉を開ける音が聞こえ、浮き足だつような気配に思っていたよりも早かったな、とサスケは居間でくつろぎながら読んでいた書物を閉じる。
同時にガラリと引かれた障子から防寒具ですっかり着膨れしたナルトが現れた。
「早かったな。寒くなったのか?」
「んーん、ちがうってば」
「ならどうかしたのか…ナルト、それは?」
ふるふると首を振ったナルトが後ろ手に何かを持っていることに目敏く気付いたサスケは、ナルトが早く帰ってきた原因かと矛先を向けた。
「へへーっ、やきいもさんだってばよ。サスケとナルトの!」
冬の寒さなど忘れるような、まるで大輪の向日葵が咲いたような笑顔で茶色の包み紙で包まれた焼き芋をナルトは差し出す。 ずっしりと重いそれはまだ十分に温かく、香ばしく仄かな甘い香りが昇っていた。
これをナルトはどうしたのだろうか。
ナルトに渡している小遣いは一日10両で、使わなければ貯金箱へと入れていて貯めており、手持ちは10両しかないはずだ。それで焼き芋を2個も買えるか買えないかなどサスケにはすぐ分かる。
「これ、どうしたんだ?」
「シカマルとね、このはしょーてんがいでね、やきいもさんのおじさんがいてかったの」
誰かから貰ったのだろうか、もしそうならば礼を言わねばとまるでどこかの主婦のような事をおもいながら聞いたサスケにナルトは嬉しそうな笑顔のままサスケが否定した考えを答えた。
どうやって、と疑問が湧いた所でサスケは昨日の任務報酬があった事を思い出した。
「昨日の報酬で買ったのか?」
「うん」
こくんと頷いたナルトにサスケは小さく溜め息を零した。
大事にしろと言ったのに、もう使ってしまったナルトにちゃんと注意をした方がいいのかもしれない。
「ナルト、何に使おうがお前の自由だが、あまり無駄遣いはするんじゃないぞ。初めての任務で貰ったんならもっと考えて使えよ」
あまりきつく言ったつもりはなかった。
事実それほど怒っているわけでもないし、お金の使い方を誤らないようにと念のための注意で、怒ったというほどのものではない。
だがナルトはびっくりしたように目を大きくし、青瞳がまるでその色のまま空にでもなったようにぽろぽろと大粒の雫を落としてきた。
「…ふぇっ……」
「ナルト!?」
突然泣き出してしまったナルトに、それほど怒っているように見えてしまったのだろうかと慌ててナルトのすぐ側へと行く。
「ナルト、泣くな。別にそんなに怒ったわけじゃねぇ」
サスケの長い指が白く冷たくなった頬を次々と濡らしていく温かい水を拭うが、それでも一向にナルトの涙は止まらない。
「む、……っ…じゃ、…ひくっ……い…っもん」
泣きながらも何かを言おうとしたが、嗚咽が邪魔をして上手く言えず、サスケの耳は不完全なそれを完全には聞き取れなかった。
「どうした?なにがないんだ?」
ゆっくりと、低い声を落ち着かせて聞く。
するとナルトは少しだけ息を大きくすって、それでも涙を零しながらもう 一度口を開いた。
「むだ…じゃない、もん。サスケと…いっしょにたべるんだもん、むだじゃ……なっ…ふぇっ…ううー…っ」
自分と一緒に、その為の物だから無駄遣いじゃない、そう言われサスケは迂闊だった己の発言を悔やんだ。
そんなナルトの想いなど気付かず、何も聞かず頭ごなしに注意などしてしまい、優しいこの子の気持ちをどれほど傷つけただろう。
ぎゅっと小さな手を握り締めて何かを我慢するような顔でぼろぼろと泣かれ、サスケは堪らず抱き締めた。
「ナルト…すまなかった。無駄遣いなんて言って俺が悪かったから、だからもう泣くな」
ゆっくりとあやす様に小さな背を撫でながら、何度も謝る。
「悪かった」
ぎゅうっと抱き締められた腕の中でサスケの声と心臓の音がナルトを包み、しくしくと痛んでいた心に染みて温かく変えてしまう。
「悪かったから…許してくれるか?」
止まりそうになかった空色の瞳から降る雨がゆっくりとあがっていき、何度も拭われた肌は擦られ少し赤くなっていたが、それでも綺麗な笑顔が陽の光のような金色の下で咲く。
後から食べた焼き芋は少し冷めてしまっていたが、それでも甘く、ナルトの口と心を十分に満たしていった。





















(終)


サスケが犯罪者ですみません;;
ナルトが大体4、5歳、サスケが17、8歳です。約じゅうさんさいさ………ホントにすみませんー!(滝汗)
い、いえ、この時にはもちろんまだなんもないです!こう心では惹かれ、惚れ合ってても何もありません。自覚あるのもサスケだけで。
ナルトにとってはお父さん+兄弟+好きって感じで、ただ大きく大好きで大事な人、と言う感じです。
元々5代目の保護下にあったナルトの護衛兼遊び相手として上忍兼暗部になったサスケに任務が下され、接していくうちにどうしても気に掛かり、大事にしたい、引き取りたいと思い(後に惚れていたと判明)一緒に暮らすようになったりしてます。><
五代目はナルトが行くと言えばあっさり了承。それまで一度も何かしたいと言った事が無かったナルトが言ったからなのですが、それもナルトは三代目が存命の時に何度かこうしたい、と言って出来なかったので諦めていたというか。
ナルトがこうして甘えたりするのはごく一部で、その筆頭がサスケ、少しの割合でカカシとサクラとイルカだけで、初めは一向に我が儘も言わず、なんでも自分だけでやろうとする子だったのですが、徐々にこれぐらいには甘えるようになってきたのですが。
因みにナルトの報酬の残りは後日サスケの口座へと振り込まれ、ナルトの将来に使われる予定です(笑)100両で大体千円なので今回カカシが支払ったのは30万という破格の報酬です。お、思ったよりもサクラが強くなったです。(苦笑)
後ナルトには特殊なトラップ忍術というか、ナルトに危害を加えたりすると発動する術をサスケが掛けています。ので里内の、家に近い所でならば一人でも遊びに行かせてあげられます。サスケにとっては九尾云々よりも単純に心配だから、って感じなで。(笑)親馬鹿全開です。(笑)
す、すみません作中に入れられなくて;;しかもまたお恥ずかしい駄文で;こんなんですが、読んでやって下さって本当にありがとうございましたー!


'05/11/27