まるで苛めのような陽射しが遠慮なく肌を焼いていく。
痛みさえ感じる暑さに何度目かの敗北宣言をしそうになりながらも、諦めず立ちつづけていた。
今度は。
今度こそは大丈夫。
てか絶対止めてやる。
地面が溶けて蒸発したものだと幼い頃信じていた陽炎の向こうから見えてくる影を睨むように見つめる。
すっと白いしなやかな腕が肩と同じ高さで伸ばす。
親指を上へつき立て、残りの指を丸めた掌を見せるために。









ヒッチハイク










大型トラックでは少々狭いかもしれない車線が二本だけの、一応国道のコンクリートの道。
それ以外には断崖の下から広がる海とそれを受け止めて、道のために切り立たされた山しかない。
店一軒、民家一つ無いこんな場所でガス欠になったのは運が悪いという言葉ではお釣りがくるべきだろう。
燃料がそろそろ切れそうだと気付いたのはこの峠に入ってすぐ。
少し戻れば近隣に一件だけのスタンドがあったのだが、越えてからでも大丈夫だろうと甘く見たのが今思えば間違いだった。
携帯用の燃料も前に使って残ってないし、携帯電話のバッテリーも切れてる上に誰も通らないこの状況ではどうする事も出来ず、地図で確認した一番近いスタンドまでバイクを押して行くしかない。
拭いても拭いても流れる玉の汗をまた拭きながらうずまきナルトは溜め息をついた。
夏休み前のバイトで貯めに貯めた資金で丸一ヶ月かけて行くバイク旅行に出たのは一週間前。
日本一周とか全国横断とかの目標を持ってたわけでなく、その場その場で行ってみたいと思った所を走り、まだ見たことのない景色や空気を沢山、時間や計画に左右されず気分のままに味わうこの旅行を計画した。
きっと見たいと思った時に見るのが一番楽しいと思ったから。
一番最初はダーツが当たった所にすると宣言したナルトからダーツを奪い、「ダーツの旅!」と笑いながら投げた幼馴染の一人、キバの顔を思い出しながらナルトはバイクを押す。
動かなくなったバイクはどうしてこう悲しい重さがあるんだろう。
荷物は極力少なくしているしバイクと言っても49ccのスクーター、オレンジカラーのZOOMERだがこれでも結構重い。
しかも更に素敵なことに今はゆるい坂道。
ぽたりと汗がまた頬を伝った。
「だっ、ダッスイショウジョウ起こすってばよ」
青い目を同じ色をした上に向けて、スタンドを立てる。
少し休憩を取る事にして、括りつけてある荷物からぬるくなったミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、口をつけた。
魔法瓶の水筒に入っていた冷えた水がほんの少し恋しくなりながらも、思っていた以上に乾いていた身体がぬるい水の美味さに喜び、貪欲に欲する。
ごくごくと音が鳴るほど勢いよく飲んだペットボトルを直そうと荷物の入ったバッグを見てどきっとした。
「ヤバ。あとこれ半分しか残ってないってば」
ガソリンだけでなく色々と物資も底を尽きかけている。何より水が無いのが困った。他の物はまぁ一日二日なくても何とかなるが、水分だけはそうはいかない。
じり、と熱を吸収しにくい金髪が保護をしている頭でも焼けそうに暑く、肌に纏わりつく熱気が促す汗は止まらずまた流れる。
「早く着かないと本気で倒れるかも…」
冗談ではない心配をしだした時だった。
微かなモーター音が背後から聞こえてくる。
つられるように振り返ったナルトにぶわっと瞬間的な涼しさを感じるほどの強い風をかけながら車が一瞬にして通りすぎる。
1メートル、2メートルを懸命に歩いているナルトをあっという間に抜かし、置いて行った。
「あ」
もし車かバイクが通ったらバイクはここに置いて、スタンドまで乗せていって貰えるよう頼もう。
そうしてバイクの所まで歩いて戻れるだけの方がずっと楽だし時間も掛からない。
考えていたのに実際は乗せてもらうどころか止める事さえ出来なかった。
「あああああああ!何見送ってんだ、オレ!」
バイクを押しながら歩き出して1時間と少し。
漸く初めて通った一台だったのに。
ぼんやり見送った自分にがっくりと項垂れる。
はぁっと盛大な溜め息をつくが、それでも車が通ったという事実に希望を見出す。
一台でも通ったのなら、また通る可能性だってある。
いや、きっと通る。
「そん時はぜってー止めてやるってば!」
決意を新たにすると、ナルトはバイクのスタンドを外した。




2時間後。
波と風と木の葉が擦れる音以外の音、懐かしささえ感じるモーター音が再び聞こえてきた。
すぐにスタンドを立て、バイクを止める。
今度は。
今度こそは大丈夫。
てか絶対止めてやる。
そう胸に誓いながらヒッチハイクのサインをしっかりと道に突き出した。
坂道をしなやかに上がり、徐々に近づいてくるにつれ何かはっきりと解かる。
今度は車ではなく黒いバイクだった。
といってもナルトのスクーターとは違い、少なくとも250ccは越えている。
それでいてしなやかなスタイルにうっかりと見惚れそうになるが、頬の熱を上げる暑さにはっとする。
もう間近という所でナルトは更に腕を伸ばして、訴えるがバイクの速度は落ちる様子はない。
「ちょ、待てってばー!」
バイクという乗り物がありながらのヒッチハイクに、同じ乗り手なら何かあったと察せるだろうに無視していこうとする事に勝手だと思いながらも腹が立ってつい大声を上げてしまった。
だがバイクはあっさりと追い越し、風だけをナルトに送った。
再びがっくりと項垂れる。
「止まれってばよ…」
はぁっとため息を吐いて下を向いたナルトの耳に、ブレーキの掛かる音が聞こえたと思ったら遠ざかったモーター音が近づいてくる。
「えっ!?」
ひょっとしてひょっとするかも、と音と同じく去ったはずの期待がすぐさま舞い戻ってきて顔を上げたそこには、黒のバイクと車体を横付けして、フルフェイスのヘルメットを外そうとしている男がいた。
近くで見て分かったが、ナルトのスクーターと同じメーカーのバイク。
ナルトと同じメーカーとはいえ、相手はSHADOW SLASHERといって398ccの排気量を持ち、展示されていたのをどきどきしながら見つめた覚えのあるものだった。
あ、やっぱカッコイイかも。
「おい、テメーが止めたんだろーが」
低い耳に良い声が不機嫌そのものを表しながら掛かる。
つい車体へと行ってしまっていた目線を少しあげると、バイクに劣らず整った顔があった。
さらりと流れる黒い髪と黒い眼。
「悪ぃ。カッコよくて見惚れたってば」
にこっとひまわりのように広がる笑みを浮かべながら思った通りの事をそのまま言ったら、男の顔が赤くなった。
愛車を褒められて悪い気はしないよな。
自分だって気にいっているこのバイクを褒めてもらったら凄く嬉しい。
多くの乗り物乗りに共通する感情だと一人納得したナルトは気にせずそのまま言おうと思っていたお願いを口にする事にした。
「あのさ、実はガス欠にあっちゃってさ。悪いんだけど近くのガソスタまで乗せてってくんねぇ?」
バイクから降りた男はナルトよりも少し背が高く、自然と上目遣いに見上げることになる。
「オレのバイクはここに置いといて帰りはスタンドから歩いて帰るし、行きだけでいいから!」
ぎゅっと目を瞑り、手を合わせて拝む。
実際乗せていってくれるなら正に神様、仏様、な気分だった。
「ダメ?」
返事が無いことに恐る恐る目を開けて、男を見る。
口元に手をあて無表情のまま、まだ赤いままの顔をしていた。
何も言わない様子に小首を傾げそうになった時。
「いいぜ」
「…や、やったー!」
ぽつりと返された言葉に一拍の間の後、文字通り飛び上がって喜び、勢いのまま目の前の男に抱きつきながら感謝を述べる。
「ありがとってばー!」
キバとのスキンシップに慣れているナルトにしてみればどうということのない行為だったが、男は慌ててナルトを引き剥がした。
「あ、暑いだろうがっ!」
「そか。ごめんってば。オレ、うずまきナルト!ちょっとの間だけどヨロシク」
なんのてらいもない、感情そのままの笑顔につられるように男も口の端を上げる。
「ああ……うちはサスケだ」





















(終)


この日からナルトさんのバイク旅行は二人旅になりました(笑)
お礼になってるか怪しいですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いですv
*拍手で掲載させていただいておりました。読んで下さってありがとうございました!


'05/08/03