ぽてぽてと拙い足音が聞こえてくる。
可愛らしくも一生懸命に、少しでも速く前へと進もうとしているその足音は持ち主をよく表していた。
振り返る前から解かる。
「ナルト!!」
お日様を受けてきらきらと光を遊ばせたような金色の髪と夏の空で作られたような青い目。
入園式で一目惚れをした相手、うずまきナルトを間違えるはずがない。
今日もナルトに会って初めて、うちはサスケの幼稚園での一日が始まるのだ。









『火の国幼稚園物語』










「あ、しゃしゅけー。おはよーってば」
「お、おはよう」
にこぉっと幼い顔いっぱいに広がった愛くるしい笑顔にサスケの頬が赤くなる。
「しゃしゅけ、おかおがあかいってばよ?びょーき?」
よいしょと小さな手をサスケの額に伸ばす。
柔らかい手と熱が触れたと思ったら、すぐ近くにナルトの顔がありサスケはまさに真っ赤になった。
「しゃしゅけのおでこあちゅいってば!おかおもまっからし、おねつあゆってばよ!」
「ねぇよ」
血が昇ったサスケの顔の熱さに青い目を大きくする。
心配してさらに覗き込んでこようとするナルトからサスケは慌てて離れた。
ナルトを間近に見れるのも心配されるのも嬉しいが胸がどきどきしすぎて苦しいのだ。
「しょんなことないってば。しゃしゅけぜったいおねつあゆってばよ!」
だがそんなサスケの想いを知らないナルトはぶんぶんと音がしそうなほど首を振って、もう一度サスケの額に手をあてようとする。
「違うって言ってんだろ、ウスラトンカチ!」
パシッと高い音が響きナルトの手が叩かれた。
白い小さな手はうっすらと赤くってきている。
「あ…」
間の抜けたサスケの声が固まった空気の中に落ちた。
くしゃっとナルトの顔が歪む。
「…しゃしゅけなんて、だいきやいだってばよー!」
大きな声でそう言うとナルトは駆け出していった。
綺麗な青瞳が濃く、潤ませて。
さっきまでとは全く違う苦しみがサスケの胸を占めていく。
すぐに謝らなければいけないのに、ナルトを追い掛けるにはショックが強すぎて出来ない。
「おーい!サスケ!早く教室に入りなさーい!」
大好きなナルトから大嫌いと言われたサスケにイルカ先生の声は遠く届かなかった。



晴れ渡った空の下で園児達が楽し気に遊んでいる中、サスケは一人教室の隅で座り込んでいた。
大荒れの気分で端にへばりついてるその姿は壁に備え付けてあるロッカーに入ってしまいそうなほど。
実際サスケの気分はそばのドアを開けてその中に入っているように真っ暗だった。
朝、ナルトと喧嘩をしたまま仲直りできていない。
喧嘩、というよりはサスケが一方的にナルトを怒らせてしまった。
ナルトは勘違いであれサスケを心配してくれていたのに。
どきどきするのをどうすればいいか思いつかず、咄嗟に伸ばされた手を叩いて撥ねのけてしまったのだ。
理由はどうあれナルトの気持ちを踏みにじるような真似をしたサスケに非がある。
あれから謝ろうとナルトの側に行くが、サスケの顔も見たくないのかさっと逃げるように他の誰かと遊んでしまう。
最初はシカマルと砂場で。
次はキバとブランコ。
お歌の時間はヒナタ。
お昼は年長組のネジの所まで行く避けられっぷりに、流石のサスケも落ち込む。
もっと強引にナルトを捕まえようかと思ったが、あの時の泣きそうなナルトの顔がよぎって出来なかった。
強くでて完全に嫌われたらという不安がサスケを留める。
だがいつもならどれもサスケが一緒だったのに。
他の誰にもナルトの隣を渡さなかったのに。
そう思ってはさらに落ち込む。
それをここでずっと繰り返していた。
「ん?サスケ?こんな所で何してるんだ」
午後からのお昼寝の準備をしようと布団を両手にいっぱい抱え教室に入ってきたイルカに声をかけられたが、底無しに沈んでいたサスケには朝と同じく遠い。
下を向いたまま全く返事をせず、隅っこで影を背負い座り込んでいるサスケにはちょっと引きそうになる。
だが園内一と言われる面倒見の良さが発揮され様子を見に行くが、サスケはイルカに気付かない風でぼんやりとしていた。
らしからぬサスケにそういえば朝からおかしかったと思い出す。
「サスケ?具合いでも悪いのか?」
「…ちがう」
すぐ近くに来て漸くイルカの存在と言っている事に気付いたサスケは重い口を開いた。
「そうか?だが顔色が良くないぞ。自分じゃ分からないだけかもしれないしなぁ。ちょうど今からお昼寝の布団を敷く所だし、少し早いが休んでなさい」
そう言うと手早く教室を片付け布団を敷き始めるイルカに、別に具合など悪くもないと誤解を解き、それを止める気力は今のサスケには無く、非常に悪いこの気分は他に何かする気も起きない。
暗鬱とした気持ちに引きずられるように寝込んだ。
サスケを寝かし付けたイルカがカラカラとドアを開いて廊下に出ると、そこにはふわふわとした金色の頭が待っていた。
「ナルト」
しゃがみ込み、くしゃくしゃと掻き混ぜるように頭を撫でてやるとくすぐったそうな笑顔になる。
ナルトはいたずらは多いが素直だし、手が掛る分可愛い教え子だ。
「どうした?何かあったのか?」
「イルカしぇんしぇー…えっと、えっと……」
言い出し難そうにしているナルトが話すのをイルカは触り心地の良い頭を撫でながら待った。



うつらうつらとしていたサスケの額に柔らかな感触があるとはっきり認識したのは、そのぬくもりを感じてからどれくらいだったろうか。
触れてくる熱に閉じていた目を開けた。
と同時に心臓が口から飛び出そうになる。
「あっ、おきちゃったてば」
サスケが寝込んだ原因であるナルトが、朝と同じくサスケの額に手をあてて覗きこんでいた。
いきなり間近に見る綺麗な青。
「あれ?またあちゅくなってきた?」
「ナルト!」
心底驚きながらも、額に手をあてたまま小首を傾げているナルトを兎に角掴まえようとサスケは起き上がろうとした。 が。
「だめだってばよ!しゃしゅけ、びょーきだからねてないとだめなんらってば!かおいろよくないってイルカしぇんしぇーもいってたもん」
力任せに押し戻すと、布団を掛け直しぽんぽんと叩いた。
自分よりずっと幼く感じるナルトに子供をあやすような仕草にサスケは気恥ずかしさを覚える。
だがそれよりも嬉しさの方が上か。
イルカにサスケの事を聞いて来てくれたのだ。
今朝あんな態度を取ったにも関わらず。
ナルトが心配して。
これを喜ばないうちはサスケではない。
「ナルト…その、わるかった」
大人しく布団に戻ったサスケに満足していたナルトは突然の謝罪にびっくりし、すぐにふんわりと笑った。
「もーいいってばよ!」
窓からの光を受けてそれ以上にきらきらしているナルトの笑顔にサスケはまた顔を赤くしてしまう。
その結果。
「しゃしゅけ、まだおかおあかいってば。しょーだ!」
ぽんと手を叩き、何かを思いついた青い目は輝きを増す。
何をするのかと黙って見ていれば。
サスケと一つ同じ布団に入ってくるではないか。
「んしょっと」
固まるサスケをよそにすっぽり布団に入ると、サスケを振り向き、可愛らしい笑顔で言った。
「とーちゃんにおしえてもらたんだってば」
そして。
こつん、と熱を計るようにおでこをひっつけて。 それだけでもサスケにはかなりの衝撃だったのだが。
ちゅ。
頬に柔らかい感触が触れた。
もしかしてひょっとしなくても間違いでなければこれはそうなのでは。
初めてのナルトからのキスではないだろうか?
「はやくよくなるおまじないだってばよ!」
無邪気な笑顔のまま隣で眠りにつきはじめるナルトにサスケはそれこそ熱をだしたように真っ赤になりながら少しも休めなかった。





















(終)


7月6日でナルくんの日!と主張したく、ちまです。趣味に思いっきり走ってすみません;;
ほっぺにちゅーして一緒のお布団(ベッド)で寝るのが熱を出した時のうずまき家の習慣というかパパがしたくてやっている事です。
おでこで熱を計るのは関係ないんですがパパがいつも必ずやるからするものとナルトが勘違いしちゃってしてます。
実はいくつか書かせて頂いた幼稚園サスナルは琉依。にメールで送りつけたのが発端でして、これが話の中で一番最初の時間になります。
またしても書ききれず補足をすみません;;


'06/7/6