生まれた日が特別なのだという事はほんの幼い頃から知っていた。
ただ、それが誰かから「おめでとう」と言われる日ではなく、じっと静かに家の中にいる日だと、そういう『特別』な日だと。
そう思っていた。









卑怯な祝いに








きっちりと閉められた部屋中の窓と玄関の鍵。
忘れがちな台所の窓も確認済み。
小さく息を吐くと、ナルトはやっとベッドに潜り込むため最後の戸締りを終えた窓から離れた。
時刻はもう11時を回っている。
いつもならとっくに眠りの世界へと誘われている時間で、翌日の任務にしろ、修行するにしろ備え必要不可欠な休息を取っている頃だ。
けれども今日は問題ない。
明日は任務は休みで、修行も外では行えない。
そして家の中でもきっとする気が起きないだろうと分かるから。
「雨戸も閉めたほうがいーよな」
ベッドの横にある、いつも朝を知らせる気持ち良い陽の光を通してくれる窓だが、明日にはよくないだろう。
10月10日。
明日の、その日付は木の葉において大きく意味を持つ。
時代の節目に現れ、天災とも呼ばれる九尾の妖狐が里を襲った日であり、多くの犠牲者が出た日で、それを里全体で弔う日なのだ。
そして10月10日という日をそんな日に変えてしまった九尾が封じられているのはナルトの身の内。
大事な人な亡くしたという沈んだ感情を抑えきれずに九尾、それを入れられているナルトへと悪感情が働くのは用意に想像が出来る。
それだけに、ナルトは普段ならばしないであろう警戒をするのだ。
ただそれが12年間生きてきたナルトを取り巻く現状の、純然たる事実だから。
明日は、『特別』な日だから。
里が喪に沈む日。
そしてナルトが生まれた日。
生まれた日が特別だという事はもの心つく前から知っていた。
ただそれは一日静かに、決して騒がずに、息を殺すようにして日が過ぎるのを待たねばならない日だとずっと思っていた。
その日の終わりに火影のじっちゃんがやって来て、頭を撫でてくれるまで、それまでずっとそうやって過ごさないといけない日だと。
生まれた日の過ごしかたはそういうものだと、ナルトは幼心に思っていた。
けれどそれが違うと知ったのはいつだったろうか。
アカデミーに入る前か。
いつもとはいかなかったけれど、外に出て時々キバやシカマル達と遊ぶようになって、他の同じ年ぐらいの子どもの話が聞こえたりして初めてナルトは知った。
生まれた日、誕生日とは「おめでとう」と言われ、皆からお祝いをされる日なんだと。
自分と違う他の子の『特別』。
それがどんな意味なのか、どうしてなのかナルトははっきりとは分からなかったが、ただ最初に思った感情は悲しいだったと思う。
何度か火影のじっちゃんにどうして、と聞こうとして、いつも頭を撫でてくれる優しい手に何も言えなくなるのを繰り返していたが、何故かはずっと後に知る。
あの日、大好きなイルカ先生の両親や多くの里の人たちを殺した九尾がいるのは、その弔いが行われるナルトの中だと言われて、漸く理解出来た。
理由の分からぬころは理不尽さに腹立たしい気持ちもあった。
だが、理由が分かった今はただ諦めと以前よりもずっと強い怖さと小さな悔しさがナルトの中にある。
向けられる視線や時に暴力に込められる憎悪を秘めた冷たさがより強固に感じられるようになって。
しょうがない。
いずれ絶対に九尾の容れ物ではなく、ちゃんとうずまきナルトを見させてやると思う気持ちは変わらずあるけれど。
けれど今はまだしょうがない。
そう納得するようになったナルトは理由を知る以前にも増して、生まれた日を部屋で何もせずただひたすら気配を殺しじっとしている事を己に強いた。
だからいつもなら閉めない雨戸もきっちりと閉めようとするのだ。
カラカラと乾いた小さな音をたて、鍵を閉めていた窓を開ける。
まずは右から、と重い木の戸を引こうとした時、それは唐突に降ってきた。
「人が来ていきなり閉めてんじゃねぇよ」
低い夜の空気のような声は耳に馴染んだものだ。
身を僅かに乗り出しながらも俯き気味に雨戸へと手を伸ばしていたナルトは、何の前触れなく現れたその声と声の持ち主に大きく肩を震わせた。
「さ、サスケ!?」
耳が知っている人物だと判断していても、上げた目で見た姿は確かに知っているマンセルの仲間だと認識しても疑問を含まずにはおれない。
「なに、やってんだってばよ?」
そうしてぽかんと開いたままの口がひどく間抜けだがそんな事を気にする余裕などない。
もう真夜中と言っていい時間に突然――しかも窓に――現れたサスケという異常事態に。
「なにしに来たんだって」
驚きながら至極当然の問いを重ねるナルトに、サスケは一度視線を外し、そしてナルトを見てはまた外すという行動を何度か繰り返してから漸く視線を定めた。
最初の傲岸不遜な物言いとは打って変わった、酷くらしくない落ち着きのない様子からまた一転して、真っ直ぐに今は見えない蒼穹の空を湛えた瞳を、漆黒の夜空を切り取ったような眼が射抜く。
「おめでとう」
そうしてやっと開いた口から、その登場よりももっと唐突に渡された言葉にナルトはもっと瞳を丸く、見開かせた。
「………なにが?」
いきなり来て、いきなり言われた言葉が何のことだかさっぱり分からないと呆けた顔をしているナルトにサスケは短い舌打ちをする。
「ッのウスラトンカチ!今日はテメェの誕生日だろうが」
言われ、はっとしたナルトは時計に目をやる。
いつの間にか12時を越えて、日付は10日へと変わっていた。
つい今さっきまで己の生まれた日だからこそ、それをよく分かっていたからこそ、らしくなく入念な戸締りをしていたのにサスケに言われた言葉は、これまでのナルトのこの日に対する認識と大きくずれていて、結びつかなかったのだ。
おめでとう、というその言葉が。
その意味が分かってすぐ浮かんだのは疑問だった。
あまりにも縁遠く過ごしてきて、嬉しいとか、喜ばしいとかの前に不安が込み上げて来る。
「あ、あのさ、その…それってめでてぇの?」
自分の誕生日は祝ってもいいのだろうか。
九尾が、ここにいる九尾が多くの人を殺した日なのに。
きゅっと知らずナルトは腹を掴んでいた。
真っ青な瞳が曇りなくサスケを見上げる。
分からない、と不安に満ちた、綺麗な青が。
サスケは今までそれが本当に目出度いだなんて、何故そうだなんて分かっていなかった。
幼い、まだ無償の祝福をくれていた人達がいたときでさえ、それはただ曖昧ながら祝われるべき日なのだと認識していたにすぎない。
その人達の存在が消えてからはただ己の歯痒さを確認する日へと変わった。
一つ年を取り、肉体的成長をしても尚燻ぶっている自分、あの兄とは違うレベルに留まっている自分への怒りと焦燥と、そしてそれを更なる生きる糧へと変える日にサスケはしていた。
生まれた日とは、そういうものだった。
だがそれが突然変わる。
ただ年を取るだけの、それまでの己の無力さを確認する日だと思えていた誕生日がとても尊く、大切なのだと思えるようになった。
ナルトが、生まれた日。
ただそれがあると気付いただけで。
その存在が、魂がこの世に生まれた日。
全ての起源。
それが無ければ決してない、今という時間、空間。
どうしてそれを祝わずにおれるのだろう。
ナルトが生まれた、生まれてきてくれた日。
その奇跡とも思える日を、大切になぞらずにはおれない。
誰よりも強く思っているし、誰よりも先に伝えたかった。
例え明らかに理不尽な里のナルトに対する態度や、未だ知らない理由が、それこそナルトが不安になる理由があろうとそんな事は関係ない。
少なくともサスケにとっては。
「ああ、めでてぇよ」
明瞭な、確りとした声が落ち着いた空気の中によく通った。
「お前が、生まれてきてくれて嬉しい」
低い声があまりにも耳に心地良く響く。
「お前がここに居て、存在してくれて嬉しい」
耳朶から侵食し、じわりとナルトの中を染め上げていく。
「お前が生まれてくれたこの日があって良かった」
普段の無口さからは想像出来ないほどに饒舌で、真摯な情熱に満ちた言葉に声も無くナルトは口をぱくぱくと動かす。
真っ赤な顔で、まるで金魚のように。
「なななななに言ってんだってばよ、サスケェ!」
聞いていて恥ずかしさを抑えられない台詞に耐え切れず小さく叫びを上げる。
だが、言っていたサスケは軽く眉間を寄せただけでちっとも羞恥など感じている様子はない。
「なにってお前が聞いたんだろうが、めでたいのかって」
「それはっ、そうだけど…」
「だから言ってんだよ。少なくともオレにとってはめでてぇよ」
じっと方時ももう逸らされない黒い眼にナルトはどきどきと心音が速くなっていくのを聞く。
「…誕生日おめでとう」
二度目に言われたその言葉がナルトの胸に漂った不安を消し、どれほどのものを与えたのかきっと目の前のこの人物は知らないだろう。
きっとこれはナルトにしか分からない。
息が上手く出来ない。
たった一言を言うのに、これほど苦しくなることがあるなんて知らなかった。
「あ、ありがと…ってばよ」
いつもなら相手の目から決して視線を外すことはないのに、どうしてもサスケの眼を見ていられず少し俯いてしまったが、それでもその声は届いた。
くしゃり、と柔らかな手つきが頭を撫でる。
こんな風に撫でられるのは初めてじゃないだろうかとか、サスケにこんな風にされんのは意外と嫌じゃないとか、いつもの反発してしまう気持ちはどこに行ったんだろうかとか。
嬉しい、とか。
取り留めなく浮かんではナルトを満たしていく、温かいものに頬が熱くなる。
嬉しかった。
本当に。
そうしてもう一度言われたのだ。



「おめでとう」
ふ、と夜露の冷たさに目が覚める。
開いたままの窓から入ってくる、すっかり秋になった風を運んでナルトの高い体温を少しずつ奪っていっていたのだろう。
窓により掛かっていた身をぶるりと震わせ、室内を見渡せば師匠である自来也はまだ帰ってきておらず、真っ暗に近かった。
読んでいた途中の巻物はほぼ終わりに近づいていたが、ナルトはそれをしゅるりと巻き、仕舞う。
誕生日祝いだと言ってくれた巻物は中に書いてある術の奥義よりも大切なものが含まれている。
がしがしと乱暴な手つきで頭を撫でてくれるのがこそばゆく、くすぐったく、嬉しかった。
けれど今は少しそれが遠のいてしまっている。
そのまま明かりを付けずに窓の外を見れば、宿屋の明かりに浮かされた夜闇が少し遠い。
あの夜のように。
口を突いて出そうになる溜め息を呑み込もうとして、不意に、肌寒い中頬に残る熱に気がついた。
目が覚める寸前に感じていたような頬の熱に近い、けれど一点だけに灯ったそれは酷く誰かの温もりを思い出させた。
微かに聞こえた声とともに。
聞こえた、聞こえるはずのない声。
けれど確かに耳にした声は夢よりもずっと近くて遠かった。
まさか、とすぐに否定し、打ち消そうとするけれど、ぽつ、と生まれた甘やかな疑念は無くならない。
記憶よりももう少し低くなっていた声が紡いだ懐かしい言葉。
姿も見せずに。
違う、と思う端からそれは確信に変わる。
あんな声で、あんな言葉を寄越す人間なんてナルトは一人しか知らない。
こちらの心ごと捕らえてくるような言葉を、迷い無く押し付けてくる。
あの時、何故祝うのかを分かっていなかったナルトの中にその意味を染み込ませたように。
また贈ってきた。
「ひきょーもん」
少し高い声が掠れた。
あの日あれだけナルトの中にその言葉をしっかりと残したのに、それを断ち切ると自分で言って行ったくせに。
決してナルトが拒めない言葉を贈ってくるなんて卑怯だ。
何かを考える間もなく胸が締め付けられるような甘さと温かさに満たされてしまっている。
ぱんっと頬を両手で挟むように叩くとナルトは遠く静やかに佇む夜の黒を睨む。
こんな勝手で一方的な言葉など誰が受け取ってやるか。
誰が認めてやるか。
絶対に受け取らない。
だからいつか。
「またちゃんと言えってば」
そうしてもう一度教えて欲しい。
祝われていいのだと。
一方的な祝福を寄越してきた男に、我が儘な返事を密やかに返した。




















(終)


お誕生日おめでとうございます!
こ、こんなん書いてますがナルトさんにはもう、目一杯幸せになって欲しいと思っとるんですよー!
でもナルトさんはお誕生日を祝われるのには、どうしてもこう引いてしまいがちというか……。
最後の台詞が精一杯のナルトさんの我が儘です。
きっと叶います。ここサスナルサイトだしね!(笑)因みにサスケさんは一方的に祝いを述べてほっぺちゅーして逃走という相も変わらずのヘタレっぷりでございます(笑)
監視役のカブトにきっとこの後ねちねちと言われ、胃を痛めたかと(笑)
こんなヘタレた駄文ですがよろしければお持ち帰り下さい。ご報告等は無用ですが、していただけたら泣いて喜びます><。



'05/10/07