かぼちゃ色の灯りが寮内のあちこちに灯る。
最後の一個、一階のホールに置かれた一際大きいかぼちゃ、ジャンック・オ・ランタンの蝋燭が灯され。
それが開始の合図だった。









Heavenly gate








目の前にはお化け屋敷のような光景が広がっていた。
何せ今この寮、照明が殆ど落とされた古い館内にいる半数以上の人間が皆、化け物に扮しているのだからような、というよりまさにお化け屋敷そのものだ。
しかも普通の格好をしているものは皆、部屋に閉じこもっており、化け物達だけが出歩いている。
その中でも目立つ跳ねるように揺れていた金色の髪の間から茶金の耳をぴょこんと出したナルトは力強く宣言し、隣にある対照的な黒――ヴァンパイアに扮したサスケを振り返った。
「今年こそ当たりゲットすんぞサスケェ!」
黒のノースリーブのトップから伸びた白い腕の肘から先にはふわふわとした茶金色の毛が包まった獣腕と口元に犬歯を付け、同じく茶金の尻尾が出ている黒皮のパンツを履き、狼男になったナルトは肉球でどうしても可愛く見える手で拳を作る。
意気込みはきっと手にしてるランプよりも熱い。
「見つかりゃいいがな」
眉間に皺を寄せて返したサスケの反応はあまりよろしくない。
一分の隙なく着こなしたタキシードと黒のサーコート。口元から覗く長く細い牙と生まれ持った顔でそれこそ映画に出てきそうな吸血鬼になったサスケが不機嫌そうにしていれば、普通はそれ以上の会話は試みないだろう。
「サスケ、なんかテンション低い。気合いが足りてねーってばよ」
部屋もクラスも同じでサスケの仏頂面など慣れきっていて、紆余曲折あったものの所謂お付き合いをしているナルトには「テンション低い」の一言で片付けられるのだが。
「そんなんじゃまた今年もハズレばっかになるじゃん」
ぼやくナルト達学生にとって、10月31日、全寮制の木の葉学園で行われるハロウィン祭には当たりとハズレがあった。
男子寮と女子寮、それぞれに分かれて、寮内で行われるこのハロウィン祭は陽が沈んだ夜から始まり、お化けに仮装する子供役の1年全員と2年の一部が何もしない大人役の3年と2年の一部の部屋を廻り、ハロウィンでお馴染みの「トリック・オア・トリート(おかしをくれなきゃいたずらするぞ)!」を合い言葉に『お菓子』を貰って廻るのだが、その中身に大きな差がある。
本当にキャンディーやクッキーなどただのお菓子、通称ハズレの場合と、特別券、通称当たりの場合。
当たりは包装はお菓子のようにされているが中身は学食の券や寮内の役員や当番の免除権と書かれたチケットのようなものが入っている。
免除権などを貰えた場合には向こう半年は寮内の雑事から開放されるし、学食の権も食べ盛りの高校生には嬉しい代物だ。
子供役の生徒は必ず何かしらのお化けの仮装をしなくてはいけない、という条件が付くが、ただお菓子を貰うより断然いいし、面白い。
派手好き、お祭騒ぎ好きの学園長である綱手が考えたものだが、全員が強制参加となっているが生徒達からは概ね好評だった。
因みに三年や二年の一部の参加がない理由は元よりそんな雑事からもう既に免除されているからだ。
去年はナルトもサスケも一つも当たりはなく、全てクッキーやらキャンディー、ちょっといい所でマフィンやかぼちゃのパウンドケーキ。
割りと多いと言われる学食券すらないという見事なハズレっぷりを披露した。
「テメーはそれでも喜んでたろーが」
「へへっ、だってくれるお菓子美味いし」
甘い物が苦手なサスケの分も合わせて貰え、甘い物好きで細い見掛けによらぬ大食漢のナルトにすればどう転んでも『当たり』だ。
嬉しそうに笑ったナルトは今年もまたハズレでも悪くはないのだろう。
「ともかくさっさと行こうぜ。他の奴らはもう廻ってるみたいだし」
当たりを誰が持つかは当日、始まる直前のくじで決まり、誰が持ってるか分からないようになっているので本当に虱潰しに一部屋一部屋廻るしかなく、早い者勝ちといった色合いも濃い。
「ああ」
むにっとした肉球がついた手で腕を引かれ、僅かにサスケの眉間の皺の数が減る。
面倒な仮装や寮内の役員や雑事から逃れられるのには魅力を感じるが、仮装なんぞをしなくてはならないこの祭自体が煩わしい。
出来る事ならばこっそりと今すぐ部屋に帰りたいのをしないのはナルトがこうして楽しそうにしているのと。
「まずは一階の北側に行こーぜ。カブト先輩が絶対おいでって言ってたからさ」
決してナルトを一人で行かせたくない部屋があるからだ。
「あんなクサレ眼鏡の所なんざ行かなくていいだろうが」
ついさっき減った不機嫌のゲージがまたすぐに回復する。
「サスケ、失礼だろ!折角声掛けてくれてんのに悪いじゃん。大体なんでカブト先輩が嫌うんだか分かんねーってば。あんな良い人なのにさ」
むぅっと唇を尖らせて怒る可愛い仕草を高校二年にもなってやってのけるナルトを僅かに開いた身長差で、見下ろすサスケには上目遣いに甘えられているように見えて非常に気分が良くなるのだが、カブトの事が話題になればそれだけではいれない。
以前もカブトを嫌う理由を問われ、簡潔に、お前が懐いてるから嫌いだ、と以前言った時は「バカじゃねー!?」と真っ赤になった顔で殴られ、サスケの顔も赤くされた。
勿論それもあるがナルトが誰彼なしに愛想を振り撒き、優しくし、優しくされれば懐くのはいつもの事だ。
だがあのカブトには特にそれを許したくは無い。
サスケと同じ類の目でナルトを見ている。
それにあの浮かべる優しげな笑みや丁寧な物腰の胡散臭さには生理的に受け付けないほどの嫌悪感を感じるほどで、どう転んでもいけ好かないのだ。
「あれのどこがいい人だよ」
吐き捨てるように言ったサスケにナルトまで顔を顰める。
「いい人じゃん。優しいし、面倒見いいし、親切だし、この間も寮のゴミ捨て手伝ってくれたし」
「下心があんだろ」
にべもなく断じたサスケにナルトは訳が分からないと小首を傾げた。
「下心って、オレ別になんもしてあげられてねーけど」
「それでいい。てか絶対すんな。自分から食われに行ってどうすんだウスラトンカチ」
「誰がウスラトンカチだっ!ってホント、意味わかんねーんだけど」
「もういい、さっさと行くぞ」
言葉が通じないと項垂れたナルトの腕を今度はサスケが引っ張る。
「わっ、何ソレすげーオウボウ!」
「漢字を浮かべて言えよ」
騒々しいお化け達の夜行が始まった。



「トリック・オア・トリート!」
コンコンと規則的なノックの後に続くお約束の言葉に表れたのは長い黒髪が印象的な男、ネジだった。
こいつの部屋だったか、とサスケは内心舌を打つ。ネジもナルトを可愛がっており、特別視している。カブトほどではないがサスケにとって嫌いに分類されるには十分だ。
「ナルトか」
扉を開き、誰だかが分かると厳しさを湛えている事の多い目がやんわりと緩む。
比例してサスケの目は厳ついものとなるがナルトもネジも気付いてはいない。
「おう!ネジ、トリック・オア・トリート!」
ふさふさの茶金の毛と肉球のついた手を早速差し出したナルトに苦笑しつつもネジは側に用意してたらしき包みを二つ渡す。
「中身はまぁ期待していいと思う」
ふ、と口の端を上げ、意味深に微笑したネジにナルトは一拍の間を置いて、青い目を丸く広げた。
「それってひょっとして当たり!?」
初めてかもしれない当たりにナルトはどくどくと早鐘を打ち出した心臓のせいで幾分頬を紅潮させながら意気込むが、ネジは静かに笑っただけで教えてはくれない。
「帰って見れば分かる」
「うーん、ま、それもそうだけどさ」
貰った一つをサスケに渡し、二人とも麻の大きな袋に入れる。
生徒一人ずつに渡されたお菓子を入れる為の袋だが、本当にこれを使わなければならないほど入れる予定なのはナルトとチョウジくらいだろう。
「ナルト」
「ん?なに?」
腰を屈めて袋の紐を解き、入れていたナルトは眼線だけを上げてネジを見る。
「これは俺個人からだ」
先に渡した包みとは別の、シンプルな深緑色と鮮やかなオレンジ色の紙で包まれた長方形の箱が目の前にあった。
「詰まらない菓子だけどな」
「わ、マジ!?いいの!?」
「そのためのだ」
くしゃりとナルトの髪を撫でられ、ナルトは目を猫のように細め受け取った。
「すっげぇ嬉しいってば」
ふんわりと広がる笑顔にネジが穏やかな笑みを返す。
「早くしろよドベ」
冷ややかな声が割ってこなければ暫くはこのまま和やかな空気が流れていた筈だった。
言葉はナルトに向けているが、視線はネジに放たれている。
好意的なものとは程遠いそれにネジは特に反応を示すことはなかった。
「ドベっていうな!」
代わりに即座にナルトが口癖になっている言葉を返しながら、菓子の箱も袋へと仕舞う。
「そんじゃ来たばっかで悪ィけどまだ全然廻ってねーからもう行くな。ネジ、ありがと。また明日な」
きゅ、と紐で口を閉じ終わると背を伸ばした。
「ああ、またな」
軽く手を上げたナルトの手をサスケが強引に引きずり、ナルトが後ろ向きのまま歩いて行くのをネジは暫くの間見送った。



お菓子や券を所有する数に限りは当然あり、それが無くなれば合図としてドアノブに「NO TREAT!」と書かれた表札が掛けられる。
ネジの部屋がある棟は一番奥のネジの部屋を含めて全ての部屋から貰えたが、今来ている棟はざっと見たところ半数ぐらいの部屋しか残っていない。
取り敢えずそれでも全部制覇だとドアをノックしていくナルトにサスケは付き添いながら溜まる一方のお菓子の山を見る。
一つしか残ってない部屋もあり、その場合はナルトの方へといれたりもしたが、サスケの分も結構溜まった。
この中に幾つ当たりがあるのか分からないが、少なくとも殆どは普通のお菓子だ。
ナルトと自分の分を合わせれば相当の量になるはずだが、それをほぼ1日が2日でナルトは平らげてしまう。
男にしては華奢といっていいあの身体のどこにそれだけ入るのかは謎でしかないが、現実入ってしまうのだから仕方ない。
「良かった、まだある」
部屋の前でほっと息をついたナルトが合い言葉を言おうと口を開いた段階で、目の前の扉は開かれた。
「待ってたよ、ナルト君」
にっこりと柔和な笑みを眼鏡の奥に浮かべた男の顔を見て、サスケはとっとと品切れになってれば良かったんだと腹の中で吐き捨てる。
「カブト先輩!え?何で分かったんだってば?」
まだノックさえも無かったのに先に扉が開いた事に不思議そうに目を瞬かせる。
「もうそろそろかなって思ってたらナルト君の声が聞こえたからね。良かったよ。ちょうどこれで終わりだったから」
「ホント?ラッキー!そんじゃカブト先輩、トリック・オア・トリート!」
「はいどうぞ」
にっこりと差し出された二つの包みをナルトが受け取る前にサスケが後ろから腕を伸ばし取り上げた。
「あっ!」
むっとするナルトにサスケは何も言わず黙って二つとも自分の袋に入れる。
「何すんだよ、サスケ!」
「まぁまぁ。サスケ君の分もあるし、後から貰うといいよ。バラしちゃうけど当たりだからね」
一つは自分の分なのにと振り返り頬を膨らませたナルトの肩をカブトが宥めるように肩に手を置く。
すっとサスケの切れ長の目が剣呑な光を湛えた。
「ホントですか、っ!」
不満は一気に解消され、明るくなった顔をカブトへと向けようとし、引っ張られる痛みが腕に走ってすぐ視界がぐらりと揺れる。
身体のバランスが崩れたと感じた時にはすぐにタキシードの黒がナルトの目の前にあった。
「触るな」
すぐ耳元でサスケの声がし、顔を上げるとサスケの顔もすぐ近くあり、抱き締められている事が視界とぴたりと合わさった場所からの体温で分かる。
「何も取って食おうっていうわけじゃないだからそんなに警戒しないで欲しいな」
「どうだかな」
軽い溜め息とともに緩く首を振るカブトにサスケの応じる態度は変わらない。
「ちょ、このバカサスケ!離せって!」
にこやかな、けれど目だけは笑っていない笑顔と相手を射殺すような視線の交差をナルトの慌てた高い声が破った。
サスケの胸を思いっきり押しやり、離れると湯で上がったような顔色でサスケを睨むが、すぐに振り返ってカブトに頭を下げる。
「あ、あのすみませんでした!それからありがとうございましたっ!」
ぺこりと下がった金色のひよこ頭を上げると同時に、ナルトはサスケの手を引き廊下を曲がった階段の踊り場まで一気に走り、カブトからの視界から消えた。
「お前ナニ恥ずかしいコトしてんの!?てかイキナリなんなんだってば!」
木の床が軋みを上げるほど荒々しい足取りでサスケを引っ張ってきたナルトは、壁の影に隠れるなり深くなった青い目が周りに朱を散らせながらサスケを睨む。
「もーカブト先輩の顔みれないじゃん!明日からどんな顔して会えばいいんだよ!?」
「会わなきゃいいだろ」
「そういう問題じゃねぇし。無理だし」
事も無げに悪びれもしないサスケに、ナルトは急速に何かを言う気力が削がれていった。
いきなり人前であんな事をして腹は立つのだがこれ以上いくら言っても無駄な気がするというか、確実に無駄だ。
「ハロウィンなんだし、もうちょっとだけ愛想よくしろっての」
脱力感を味わいながら呟いたナルトにサスケの眉が上げる。
「はぁ?何でハロウィンだと愛想良くしなきゃなんねーんだ?」
「だってお祭なんだしなんかいい日なんだろ?お菓子こんなに貰えるんだしさ。もっとアホばっかやってないで楽しめっての」
ずっと刻まれたままのサスケの眉間の皺を指差したナルトにサスケは呆れを滲ませた。
「ウスラドベ。ハロウィンってのは簡単に言うと悪霊を追っ払う日なんだよ。明日にある万聖節、まぁ簡単にいや死んだ奴を祝ったり記念したり盆みてーなもんだ。そこで祝ってやる霊を迎えるために前日に悪霊だけ追い出してテメーらの都合良くするのがハロウィンなんだよ。これのどこがいい日だ」
見も蓋もない説明にナルトの頬が引き攣る。
「そ、うだってば…?」
「ああ」
寸分の迷いも無く頷いたサスケにナルトは二の句が継げない。
「悪霊を追い出すって所が転じてこんな巫山戯た仮装大会になったんだろうが、これでいくと俺もお前も今夜中にあの世行きだな」
狼男と吸血鬼。
『悪霊』なのかという疑問は残るがまぁ、大事な霊を迎える日にいて欲しいとは思われない類のものだろう。
悪戯を盾にお菓子のもてなしをしてもらい満足してあの世へと帰っていくのだから。
口の端を上げて皮肉気に笑うサスケにナルトの負けず嫌いの性格がむくりと首を擡げる。
「でもあの世行きってことは天国にも行けるかもしんないじゃん。それだったらやっぱいい日だってばよ」
悪霊が天国行きになるか、地獄かもしくは煉獄が精々だ、と反論しかけ、突きそうになった口を一度締めると、また笑った。
密やかな、ナルトが気付かぬうちの笑み。
「…そうだな」
「えっ」
ナルトと同じくらいの負けず嫌いである、どんな小さな口論でも徹底的に論じなければ気の済まない石頭な所のあるサスケの思いつきすらしないほどのあっさりとした肯定にナルトは思わず声を上げる。
「なんだよ」
本来なら驚くところではないナルトの驚きようにサスケの目元が訝しげに寄せられた。
「い、いや別に分かればそれでいーんだけど」
慌てて首を横に何度も振った。
サスケが素直にナルトの言い分を認めるなどあまりにも珍しいがそれはそれで悪い事ではない。
明日は雨どころか飴が降ってきそうなほど変だとは思うが。
「ああ、お前の言う通り楽しませてもらうぜ。甘いお菓子のもてなしで天国にイカせてもらう。良いよな?」
「?うん?」
何故自分に確認を取るのか分からないがナルトは頷く。
その発言を後悔するのは部屋に帰ってからの事。
サスケが目の前の蜜色の髪をした甘いお菓子で天国を味わい、天国の門が開いた11月1日を過ぎた頃だった。





















(終)


サスケにとっての甘いお菓子も天国も、天国までの道も門も全てナルトさん。とまたまた頭の弱い主張を;(いつもいつもアホですみませっ;)
さぞ嬉々として門を開いていったことだろうと思います。何だかんだ理由を付けて最終的には頂くのがサスケかと(笑)
きっと毎年言うんでしょうね。「trick or treat(お菓子かいたずらか)」どう転んでもサスケには同じ結果というか。サスケのお菓子=ナルト。いたずら=ナルトに愉しくいたずら。
ってお約束ネタをすみません;そして相も変わらずヘタレ駄文ですみません;
拙い文ですが読んで下さってありがとうございました!


'05/10/31