白昼夢



砂の里の面々に引き止められるのを断って早々に帰ってきた木の葉の里は穏やかだった。
綱手への報告を終えたナルトはサクラ達と分かれて自宅へと向かいながら、部屋にあるラーメンの数と種類を思い出す。
歩きながら里の匂いをかいで、胸にじわりと染みてきたものは二年半の修行から戻った時と同じだ。
それはくすぐったくて、愛おしさと苦しさが確かにあった。
ほんの半月近くの間と二年半では時間の差が大きくあるが、それでも戻って出ていくまでがあまりにも短かったためしっかりと帰ったと認識出来たのは今の方が大きいかもしれない。
あの時はそれが少し残念だと思わなくもなかったが、今任務報告を終えて帰り道を歩いているとふと、そうでもないと思えた。
どうしても。何をやっていてもそれは影のようにナルトの中で過ぎる。
修行の旅に出る前なら、三年前ならばあったはずの存在が。
報告書を書くのも、任務報告をするのも、そうして遅くなった帰りを一緒に歩いたはずの存在。
今はない存在。
この里のどこを見ても。
どれだけ声を張り上げようとも。
いつまで待とうとも。
返ってこない。
三年前との違いがはっきりと見えてしまう。
その事実が変わるわけでもないので逃げるつもりはないし、絶対にとっ掴まえてぶん殴ってやると決めているけどこうして痛みが消えるわけでもない。
一歩づつ通り越していく店や民家や人を見ながら、見えない存在が頭をまた過ぎる。
ちっとも成長してないと痛感させられた今回の任務の事も。
結局我愛羅を助けたのは自分ではなくチヨバアだ。
チヨバアがいなければ我愛羅はあのまま冷たく固まり、肉塊としてその姿を崩していっただろう。
そうして大事な友を永遠に失ってしまうところだったのだ。
また自分の力不足がチヨバアの命を使わなければならかった事実は変わらない。
冷たい鉛が胸に落ちてきたようだった。
「もっと、強くなんねーと」
ぎゅっと拳を作った手の指先が白くなる。
ぞっと走るものに反発し、燃やすように込み上げてくる熱のような感情が叫んできて、ナルト自身に突きつける。
己に、自分の忍道と伝えられた想いと言葉にもう二度と失わないと誓ったその決意を。
パンっと両手で頬を叩くとナルトはアパートまでの道を忍の足をもって駆け抜けた。
一人の道を。



アパートに着き、懐かしの我が家に入る。
なんの障害もなくくるりと回ったドアノブを回して。
まずは腹ごしらえを先にするか汗まみれの身体を洗うのを先にするか悩みつつリビングに入ったところで諌めるような声が掛かった。
「鍵が開けっ放しだったぞ、ウスラトンカチ。危なねぇだろうが」
「え?マジ?」
ごく自然に。
それはつい今さっきまで話していて、その続きのように本当に自然に言われたのでつい返事をしてしまった。
あ、そういえば今開いてたよな、と思い。
そしてそれを気付かせた声があって。
ここはナルトの家で、自分一人しか住んでいないはずで、そうそう訪ねてくる人物もいなくて。
つまり誰もいないはずなのに、何故か聞こえた人の声。
それも知っている、記憶によく残っているものに非常に似ている声が聞こえた気がした。
というか、聞こえた。
そして聞こえた時に視界の端にそれを通り過ぎたたような。
記憶の中でなく、現実の視界で。
ぎしり、とナルトの身体が動きを止める。
そんなに広くない、むしろ修行に出る前よりもずっと狭いと思うようになった部屋を横切る事が出来ない。
その原因を確かめなければ動けないのに、確かめたく無い。
夢か幻か、あまりにも想うあまりに見てしまった幻覚ならばまだいい。
ちょっと情けないけれど全然いい。
振り返り、見てしまうかもしれない現実よりは。
「全く…いつまでたってもドベだな」
そんな葛藤をあっさりとそれはぶち壊してくれたが。
ぽん、と側に来て肩を叩かれ。
否応なしに視界に入ってきたのは。
「さ、ササササササスケーーーー!!」
認めたく無い現実だった。
死に物狂いで修行を頑張った理由の大きな一つが、今あっさりと目の前にある。
最後に見た時よりも背も伸び、体格もしっかりとしてより精悍になったその顔は忘れたくとも忘れられない面影が濃く出ていて、間違いようがない。
二年半前に里を抜けたうちはサスケその人がいた。
「てめぇ何でいるんだってばよ!?」
「はぁ?何言ってんだ?」
あまりにも普通な様子でいるが、力を求め、木の葉を壊滅させようとした大蛇丸の元、音の里へと下ったサスケが木の葉にいるのがおかしく、ナルトの台詞は最もすぎるほど最もだった。
だがサスケはそんなナルトの方がおかしいといわんばかりに不審気に眉を顰める。
それだけを見ていればサスケが里抜けしたなんて嘘で、ずっと木の葉にいたようにさえ思えるがそれが違うというのは誰よりナルトが良く知っていた。
「お前里抜けしたんじゃねーのかよ!?ここ木の葉だろ!なんでいんだよ!それにここオレん家!」
「煩せぇ、喚くな。里抜けはした。お前が一番知ってるだろうが。何でいるかだって?決まってんだろ」
低くなった声がより落ちて、黒い双眸が真っ直ぐにナルトの蒼を射抜く。
知らずナルトは緊張し、身構えながら唾を呑み込んだ。
そうしてサスケの口が再び開かれるのを待ち。
「お前が木の葉に戻ったって聞いたから、観察日記の続きを書きに来たんだよ」
それを激しく後悔した。
「………はい?」
「それに身体検査も必要だ。成長期の記録はしっかりつけとかねーといけねぇのにあのエロジジィの邪魔があって無理だったからな。これ以上間を空けるわけにはいかねぇ!」
セメントをぶっかけられて丸一日天日干しされたようになったナルトの横でぐっと拳を握り、力説する目の前のこれは何だろう。
「あと音に持ち込んだ分じゃ到底足りねぇナルトグッズの補給もな。安心しろよ、ドベ。もう着れなくなった服はしっかり俺が保管しておいてやる」
おかしい。
こんなキモイ発言を繰り返すストーカーが、変態があの厳しい修行の目標として取り戻すと決めた仲間に見えるなんて。
自分の目や耳はおかしくなってしまったのだろうか。
「それにしても久しぶりに来たら鍵の一つも掛けてねぇたぁどういう事だよ。前から言ってるだろうが。無防備すぎんだよ、テメーは。もっと警戒心を持て。変質者が侵入したらどうすんだよ」
変質者?それはお前だって。
「俺は合鍵を持ってるから問題ねぇんだ。しっかり掛けとけよ」
いつそんなもん渡したっけ?
てか作ってもいねぇよ、合鍵なんて。
この部屋の主であるナルトの記憶にない合鍵をなぜこいつが持っているのか。
激しく真っ当な叫びが声にならないのは大きな不幸だと言えた。
そもそも最初に部屋の鍵が掛かっていなかった時点で不審に思うべきなのだが、修行中は野宿も多く、宿で泊まる時もふらっといなくなる自来也がいつ帰ってくるか分からなかったので鍵など掛けずにいた。
そんな鍵を開ける生活とはほぼ無縁な状態が二年半も続いていたせいで鍵というものに鈍くなっていた。
忍としてそれはどうだろう、と思うほど警戒心が薄れてしまうほど。
そんな気の緩みが今こんな形でツケとして現れると誰が想像出来るだろう。
出来ないし、したくもない。
それなのに。
「おい、何ぼぉっとしてんだよ。疲れてんのか?なら風呂にするぜ。沸いてる」
精神的衝撃で動けないナルトの肩に置いたままだった手を上着のジッパーへと移動させて脱がそうとしてくる。
ジィーッと滑らかに降りて行くジッパーが取り入れる外気の冷たさにこれが夢でも幻でもなんでもないことを嫌でも認めてしまった。
「……てんのは」
「あ?」
チャクラが高回転をして鳴る音がナルトの掌で生まれる。
青い綺麗な球体はそれ一つが嵐を凝縮したような威力で、吹き飛ばしたい悪夢に叩きつけた。
「沸いてんのはお前の頭だってば!!!」
至近距離、すぐ脇かわの螺旋丸を受けた身体は窓を突き破ってナルトの視界から消えはしたが、だが脳裏に残った姿や数々の台詞は消えてくれない。
目を暖かく濡らすものが込み上げてきた。
これはやはり自分が成長出来ていないせいなのだろうか。
だがとてもではないがあれを受け止めれる強さなどナルトは持ちたくないとちょっぴり思ってしまった。





















(終)


来週サスケ出るって……!
WJの予告を見て妄想でこんなアホウなネタが出来てしまいました。すんません;
時間がたったら痛いだけですが、(いや今でも十分;)こんなんですが読んで下さってありがとうございます!!


'05/10/18