情報、物資の流通技術の発達と共に様々なものが広がりをみせるようになって久しい現代。
食文化もその一つで、ここ数年縁起をかついだお祭色の濃い宣伝で広く一般化しつつある事を顔見知りの店までが始めた事で知った。









恵方巻き










日々明け暮れるバイトを終え、どっかりと圧し掛かる疲労を背負いながら帰宅したナルトを出迎えたのはストーカー、ではなく元ストーカーで今は一応友人とそこに少々それ以外の要素も加えた間柄であるうちはサスケだった。
ナルトには渡した覚えがさっぱり無いのにいつの間にか持っている合鍵で部屋に上がりこんでいた男は何事も無かったかのように、これまたナルトが許可した覚えの無い冬の始めに持ち込んで来た炬燵でくつろいでいる。
「遅かったな、ウスラトンカチ」
来るなら来るで先に一言言えとか、その前にそもそもいい加減に毎回勝手に上がりこむのヤメロとか、てかナニ自分の家みたいにくつろいで茶まで飲んでんだとか色んなものが胸の中で生まれ、喉元まで上がってくるが結局疲れているナルトの口から先まで出られたのはただ一言のみ。
「ウスラトンカチ言うな」
はぁっと盛大なため息を吐き出し、荷物を置くと同じようにリビングの炬燵に入れば冷え切った身体をじんわりと暖めてくれる熱の心地良さにほうっとする。
所有者が誰であろうと炬燵に罪は無い。
血の巡っていなかった足先から熱に包まれほかほかとしてきたナルトはこてん、と頭を炬燵の上に乗せた。
さらりと跳ねているクセの金髪が見た目よりもずっと柔らかい質を表すように流れ、それをサスケの長い指が梳く。
髪の一本一本や柔らかい頭皮を確かめるようにゆっくりと撫でていく手が齎す気持ちの良さに目を細めた。
言葉では言わないけれどその指が疲れているナルトを甘やかすように労わってくる。
こんな優しい手があるのは狡い。
この優しい手を持つ男といるのは呼吸が酷く楽なのだ。
いつもは自分勝手で、我が儘で、こっちの都合など勝手に無視して傲慢なまでに生活領域に上がりこんでくるくせに、こんな風に包むようにその高い純度の熱を伝えるのだから心の中まで浸蝕されても仕方ないではないか。
例え最悪と言って良い出会い方をしてもそれを許してしまうくらいには、この存在が一番近くに感じてしまう。
腹立たしいので絶対に言ってはやらないが。
「腹減っただろ」
くしゃりと大きく一撫でした手が離れ、立ち上がると台所から皿を持ってくるサスケの姿を追っていた青い目に黒く長い物体が映った。
「今日は節分だからな」
ナルトの視線に気付いたサスケは軽く口の端を上げて言うとナルトと自分が座っていた場所の前に皿を置き、また台所へと取って返す。
目の前に置かれたのは数本の巻き寿司で、だが今まで食べてきた物とは一つ違っているところがあった。
切れてないのだ。
太巻きという名の通り、太く長い巻き寿司はどう考えても一口では食べられない。
自分で切るのだろうかと思っているナルトの前には香ばしく狐色の焦げ目のついた塩焼きにされたまるまると太った鰯と上品な出汁と三つ葉の香りが食欲をそそるお吸い物が運ばれ、自然と頬が緩む。
箸休めの柚子の皮をあしらった白菜の漬物――恐らくこれもサスケの手作りなのだろう――も置いたところで、炬燵へとまた腰を下ろしたサスケは熱い緑茶を湯のみに注ぐ。
こんな急須や湯のみや、もっと言えばこんな揃えの箸やお椀などもナルトが揃えた憶えのないものだが、こちらも作り手が誰であろうと料理には罪は無い。
そう納得してしまっているナルトは甘い香りを含ませたお茶が置かれるのを待って箸を取った。
「すっげーウマそう…いただきますっ!さんきゅーサスケ」
「待てよ、ナルト」
にっこりと満面の笑みでまずは鰯に箸を付けようとして止められたナルトは、今まで出された食事に手を付けろと怒られたことはあっても付けるなと言われたのは初めてで目を点にする。
「南南西は…こっちだな」
更には包囲磁石という、食事には縁遠い物が出てきた事により驚きに近い混乱が深まったナルトの横でサスケは一人頷いた。
「まずはその太巻きから食え。あのベランダの方にあるソファを向いてだ」
「え?なんで?てか食べるんならまず切ったほうが良くね?」
突然訳の分からない、食べる順番だけでなく方角まで指図されナルトの頭には疑問符が大量に浮かぶ。
それでも空腹に負けて食べようかと思い、包丁を取りに立ち上がろうとしてサスケの腕に止められた。
「ドベ、切ったら駄目なんだよ。恵方巻きっての知らねぇか?」
「えほうまき…?ってばナニ?」
いつもならばドベと言われて黙ってはいないのだが、聞き慣れない言葉に興味が先行し、ナルトは盛大に浮かんだ疑問を言い出した男に投げる。
「節分ってのは邪鬼を払うって福を呼び込むってのが目的の行事だが、それに因んで福を巻き込むって意味と、縁を切らないという意味を込めてその年の恵方に向かって一本の巻き寿司を丸かぶりしたりもするんだよ。関西が発祥らしいが。どっちにしろただの縁起担ぎだけどな」
「あー!聞いた事あるってば。テレビで言ってたし、コンビニとかでも売ってるよな〜」
身長差から上目遣いに見上げてくる形になる青目と微かに尖った唇を眺めながらすらすらと説明したサスケにぽん、と手を叩いて関心と納得をしたナルトは「サスケってじじくさいほど物知りだよな」と褒めているのか貶しているのか良く分からないコメントを続けた。
「あっ!だったらあれってそうかも」
突然ナルトは身体を伸ばし、帰ってきてすぐに置いたままの荷物を取り出す。
白いビニールの袋の中から出てきたのは蒔絵が施された見事な重箱で、ぱかりと蓋を取ればそこには数本の太巻きが入っていた。
「コレ、どうした?」
売っているものでもなさそうだが、ナルトが作ったとは絶対に違うと言い切れるサスケは嫌な予感の元に眉間に皺を刻んだ。
「ネジがさ、くれたんだってばよ。ネジん家で作ったらしくてさー。なんか本家の人も来るから祝い事して作るんだって。よくわかんねーけど」
「捨てろ」
予感が違えられる事が無かったナルトの返事にサスケの不機嫌さが跳ね上がる。
「はぁ?ナニ言ってんの、サスケ」
突然コイツはまた何を言い出すのだと小首を傾げた。
時々よりは遥かに多い回数でサスケの言動が理解不能となり、心の中で唸るがすぐに理由が分かる。
「何じゃねぇ!他の男から物をもらったりすんじゃねーよ!下心に気付きやがれウスラトンカチ!」
力拳を握って強く言い切ったサスケにナルトは拳を繰り出した。
「ウスラトンカチはてめぇだ!下心って馬鹿なコト言ってんじゃねぇ!万年変態のお前とネジを一緒にすんな!」
ごつっと強かな音とともに味わったであろう痛み顔を顰めながらサスケは沈黙するが、それは決してナルトの言い分を認めたわけではなく、本気でネジの気持ちに気付いていないのならこのまま気付かせないでおくかと思ったからである。
ので今はまず目の前の厄介物を処理する事が先決と口を開いた。
「ともかく、それは明日にでも食えよ」
「えーセッカク貰ったんだし、今日食わねーとイミねーし」
重箱の蓋をナルトから取り上げ、しっかりと閉めるサスケにナルトは不服そうに顔を顰めたままだ。
腹立たしい事にネジに懐いているナルトはサスケが用意したものと一緒に無理をしても食べきる心算なのだというのが嫌でも分かる。
ので仕方ないと、サスケは紡いだ。
「これは恵方巻きじゃねぇから、明日食べた方がいいんだよ」
「え!?違うってば?」
「ああ。恵方巻きの具材にはそれなりに意味があってな。これは違う。こういうのは今日じゃなく明日に食べるもんなんだよ」
真っ赤な嘘を。
いけしゃあしゃあと言い切ったサスケの言葉を疑いもせずにへぇっと感心しているナルトがこの嘘を見抜ける様子は欠片も無い。
「だからこっちを食えよ」
とどめとばかりに用意した皿を示せば、素直にナルトは目の前の皿から太巻きを取った。
「じゃ、今年のエホウってのがあのソファ?」
「ソファじゃなくて南南西だ。だが、そっちを向いてりゃいい」
取り敢えず方角が間違ってないからいいだろうと満足そうなサスケが頷くと、ナルトは太巻きを手にしてほぼ真正面に近い南南西へと向ける。
「それと一本目を食べてる間は喋るなよ。福が逃げるらしいからな」
「知ってるってばよ!そんじゃ今度こそいただきまーす!」
最後の注釈をしっかりと聞いたナルトは、大きく口を広げ太巻きを頬張った。
太巻きと名が付いているだけあって普通の巻物よりも一回り大きいが、それでも丸齧りの醍醐味といわんばかりに半分ずつ齧ったりなどせず大口で咥えて口いっぱいに押し込んで食べるナルトは口には出さずとも嬉しそうに顔が綻んだ所を見ると、美味しいと思っているようだ。
両手で持った黒い太巻きを咥え、炬燵ですっかり温もり血色の良くなった頬で一所懸命に咀嚼し、嚥下しているナルトを眺めながらにやりと笑みを浮かべる。
「アレを食ってる時みたいだな」
少し熱めのお茶で潤した喉の奥で笑い、いきなりまた訳の分からないことを言い出したサスケの方を向き、目で何の事だと問うナルトにサスケはますます笑みを深くした。
いやらしい笑みを。
「オレのを口で咥えてる時にそっくりだぜ?」
すっと耳元に近付けた口でとんでもない事を言った男にナルトは思わず声を上げる。
「ぐっ、こ、このヘンタイッ!いきなりナニ言ってんだバカアホサスケベ!」
飲み込みかけていた酢飯が喉に詰まらなかったのが奇跡と思えるくらいの精神的衝撃を味わったナルトは、いきなり変態発言をかましてきた男をきっと睨みつけた。
こいつには理性とか恥じらいとかそういったものは無いのだろうか。
というかどんな頭をしてるんだと本気で悩みたくなる。
これで有名大学の法学部在籍者というのだから余計に。
「ナニってだから」
「あああ!もう喋んなってば!オレが食べ終わるまでぜってー黙ってろ!」
更にろくでもない事を平然と言いそうな男の口をナルトは慌てて止め、今度こそ落ち着いて静かに食べようとして気付く。
「あーー!!オレ、喋っちゃった……」
手には太巻きがまだ3分の1弱ほどしっかりと残されている。
大きさに苦労しながらも一本食べ切るまであと少しだったのにいきなり変態発言をしだしたヘンタイのせいで、とナルトは3分の2の苦労が水の泡となって流れてしまい肩を落とすと同時に怒りを燃やした。
「サスケのせーだっ…サスケのせーでオレのシアワセが逃げちまったっての!どーしてくれんだよ!?」
そもそも喋るなと言っておいて人が声をあげずにはいられない事を言うとはどういうリョウケンだと睨めばサスケは軽く息を付くだけで反省と言うものをまるでしていない。
「幸せじゃなくて福だろうが」
「どっちでもいーってば!ともかくオレの福もシアワセも返せっ」
むぅっと不満を表して尖った唇の艶やかな赤色に怒られながらも気分の良くなるばかりのサスケにナルトは気が付かつかず、拗ねた顔を向け続けた。
「また食えばいいじゃねぇか」
「でもコレ、最初の一本を黙って食べなきゃダメなんだろ?」
何でも無いように返されるが、確かバイト先で流れていた夕方のニュースでそんな事を言っているのを聞いた気がする。 それによく皿を見れば太巻きは今食べているもののみで、残りは野菜嫌いなナルトでも好きな海老サラダ巻きや鉄火巻きやらの七分巻きだけだ。
これでどうやって恵方巻きをやり直せと言うのか。
いい加減なサスケの物言いにナルトの眉根が寄りかけるが、それを分からないほどナルトを見ていないサスケではないというか、見ないサスケなどサスケでは無い。
「また後でちゃんとこれとは別のをやるから拗ねんなよ」
皿を見てまた不機嫌さを増したナルトの言いたい事が分かったサスケはふ、と息を吐くように笑みを浮かべるとくしゃりとナルトの頭を撫でた。
そして引き寄せた頭に柔らかい唇の感触と「悪かった」という恐ろしいまでに珍しい素直な謝罪を寄越してきて、ついナルトは絆されてしまう。
日頃滅多に謝ったりしない人物がたった一度謝るだけで何故こんなにも許せてしまう気持ちになるのか。
「別に拗ねてなんかねーってば」
不公平だと思いつつもナルトは美味しいうちに食事を続けることにし、口にした温かいお吸い物は予想通りの出汁の旨みが口に広がった。



風呂上りにソファで髪を拭いていたナルトの手からタオルを奪ったのは間違いなくサスケだ。
「ちゃんと拭けっていつも言ってんだろーが」
思った通り、というか他に人がいないのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
「うるせぇ。ちゃんと拭いてたの」
「これでかよ」
呆れを滲ませ言いつつも、どこか楽しそうに背後に立ち、後ろの首筋や耳の横などナルトがよく拭き損ねる箇所もきちんと拭いていき、終わった頃には殆どの水分はタオルへと吸収されていた。
すぐさま持ってきていたドライヤーをつけ、手で髪を散らせながら根元まで綺麗に乾かしていく。
深みのある金色の細い髪がふうわり熱と空気を孕んで上へと跳ね、乾きたてのさらさらと触り心地の良い感触を確かめていた指がつ、と項をなぞった。
「…っ」
擽るように指が掠めていく箇所は正確にナルトのある部分を刺激する。
こん、とドライヤーを床に置く音とともに湿った感触が耳の裏をざわりと撫で上げられ、ぞくりと背が震えた。
「ちょ、サスケ、やめろって」
いつもながら早い、後ろからパジャマを捲り上げなだらかですべりの良い肌を撫でる両手を掴んで止めようとするナルトにサスケの眼が険しくなる。
「明日バイト早出だし、てか昨日もシたし、いい加減、ゆっくり寝たいってば」
上擦りそうになる声を抑え、振り返ったナルトの瞳は微かに潤みはじめ、アクアブルーが奥へと誘うような深い色合いになっていた。
「誘ってんのか?」
そんなものを見せられては止められるものも止めれないと、最初から止める気などないくせにサスケは裡で結論づける。
「はぁ!?サスケ、人の話聞いてた!?」
一体どうやったらこの自己中心男に言いたい事を理解させれるのだと頭を抱えたナルトはうっかりとサスケの手を離してしまった。
その隙を逃さずサスケはソファを回りこみ、ナルトの足の間に膝を置いてしっかりと圧し掛かる。
はっとして頭をあげた時にはおそく、上をむいた唇を啄ばまれていた。
するりと這入ってくる舌が口蓋をざらりと舐め、喉の奥から腰へと快楽が粟立っていく。
「んっ……ふっ…」
舌を絡め取り、じっくりと口腔を弄られ、息さえも奪われた長い口付けでぼんやりとするナルトの耳朶に意地の悪い、そのクセ艶のある声が流し込まれた。
「それに今日食うって言ったおはお前だろ、ナルト」
「…な、なにが…?」
上がる息の合間で聞き返したナルトにくっと喉の奥を震わせて笑ったサスケが、布の上から足の付け根の更に奥、先を知って疼きを始めようとしている蕾へと触れる。
「上の口では喋っちまったからな。こっちでは喋るなよ?」
「なに、言って」
「福を逃したくねーんだろ?ちゃんと食わせてやるから安心しろよ」
まさにエロ親父、助平そのものの笑みを刷きながらぐいっと押し付けられた腰はすでに熱を篭らせていて、何を『食わせる』つもりなのか嫌でもナルトに知らしめた。
「な、いらねぇ!そんなのノーセンキュー!!」
ばっと両手を組んで拒否を表すが、そんなささやかすぎる抵抗などサスケには存在しないのと同義だ。
「遠慮すんなよ」
「してねーっての!」
「今度は喋るなよ?」
人の話を全く聞かない男に再び塞がれた口が、盛大な文句を流すまでまだまだ時間がかかりそうだった。





















(終)


え、えーっと、下のお口云々で食べても福は来ません。
変態なサスケの完全なこじつけです。というか変態は私です。
ええっとその、下の口で咥えて(ゲフン)る間だけ喋らなければいいというサスケさんの勝手解釈の元、『食べてる』間(ゲフゴフッ!)は手で塞がれてたそうですよ、ナルトさん。
そのすみませんでした…!(土下座)またしても要説明な駄文な上こんな下品変態で更に遅刻;;ごごごめんなさいー!!!
因みにネジ兄さんは今やナルトさんがバイトしてる店の常連客です。そして家で作ると言っても日向家お抱えの料理人を家に呼んで盛大に作るのです。こっそり設定で日向さん家は柔術のお家元だったりしてます><
巻き寿司を食べる風習は、福を巻き込むという意味と、縁を切らないという意味が込められ、恵方(えほう)に向かって巻き寿司を丸かぶりするようになったそうです。
そして恵方巻きとか太巻きとかいいますが、物は同じです(笑)
節分に恵方を向いて食べるのが恵方巻き。
ようするにそうやって名前つけてちょっと日頃と具ざいを変えて高くしても売れる!という商魂逞しい作戦です。感じ的には土用の丑の日のキャッチコピーと一緒。こっち(鰻)は平賀源内プロデュースですが(笑)
こんなんですが、読んで下さってありがとうございました!!


'06/2/4