ネットの辞書検索を開き、意味を知りたい言葉を入力すればものの数秒もしない内に答えは出される。
だがいくらそれを読んでもサスケの疑問は解かれず、抱える問題の解決にはならなかった。
画面の中にある文字をそのまま当てはめるならば最初の単語の段階でサスケは一生目的を果たせないだろう。
『男女が前もって時間や場所を打ち合わせて、会うこと。』









デート









午前中の授業の終了を告げるベルが鳴った時、早めに授業が終了していたナルトのクラスではもうそれぞれがお昼を広げていた。
ブロックを作る為に寄せられた机の数はナルト、サスケ、キバ、シカマル、サクラの5つだが椅子は9つ。他のクラスから来るいのとチョウジ、シノとヒナタの分も入っている。
知り合い同士があつまるようになり、今の人数に落ち着いたのは入学してすぐだ。
購買に飲み物を買いに行ったサスケの分を入れて今は4つの椅子が空いていた。
いつものセッティングが終わると登校途中のコンビニで昼食を買っていたナルトは机の一角にパンを広げる。
「なんだパンかよ〜」
取り出されたナルトの昼食を見てキバの溜め息が盛大に吐き出された。
「? オレいっつもパンじゃん」
父子家庭でしかも父が仕事の都合上しょっちゅう海外に行っている上に、ナルトは料理が苦手だ。必然的にお昼はパンになる事が多い。
そんな事はキバだけでなくここにいる全員が知っている。
クラス変えのないこの高校で2年もつるんでいれば知る機会などいくらでもあるし、それにキバとサクラは幼馴染の間柄なのだから。
「昨日親父さん帰ってくるって言ってたじゃねーか」
今更何を言っているのだろうとナルトは軽く首を傾げたナルトをキバは恨めしそうに見やる。
確かに言った記憶がある。そしてその通りだった。だからといってキバにそんな目で見られる事がナルトの中でイコールにならない。
「帰ってきたけど?」
それがどうしたのだと青い目に疑問を浮かべたナルトにキバは実に不満そうに言ってのけた。
「ならなんで弁当じゃねーんだ。親父さんの出汁巻き楽しみにしてたオレの落ち込みをどうすりゃいいんだよ」
「知らねーっての。てか勝手に人の弁当食おうとした罰だってば」
ひょいっと蓋が開けられていたキバの弁当から唐揚げを摘むと口の中に入れる。
「あっ、返しやがれ!」
「も、むりらっればひょー」
持ち前の運動神経の良さを遺憾なく発揮した早業に、防ぐ間もなく食べ盛りにとって貴重な食料が奪われてしまったキバは腕でナルトの首を締め上げた。
顔を真っ赤にして振り解こうと軽く暴れるナルトとがっちりとホールドをするキバのじゃれあいなどいつもの事すぎてシカマルや隣のサクラさえも止めない。
「アンタたちナニやってんの〜」
のんびりと後ろから掛かった声に二人が振り向くと、色の薄い長い髪を一本に纏め上げたいのの勝気な顔が呆れを浮かばせていた。
「ちょっと邪魔よ〜。さっさとどきなさいよね〜」
遠慮のない物言いにキバは顔を顰めるが、ここで下手に逆らえば後が大変だと経験上よく分かっているので大人し自分のく席に着く。
「ナルト、アンタ食べないの?」
いのやヒナタ達の空席も埋まり、全員の口が動いてる中、パンの包装一つ破らないでいるナルトにサクラはいつもは真っ先に食べ始めるのに珍しいと目を丸めた。
「うん。サスケ帰ってくんの待つ」
そう返したナルトの視線の先には一つだけ空いている、じゃんけんで負けて購買に飲み物を買いに行かされたサスケの席がある。
「へぇぇ〜。恋人を待ってあげるなんて優しいわね〜」
からかいのネタが向こうからやってきたとばかりににんまりと笑みを浮かべたサクラの一言にナルトの顔が一瞬で赤くなった。
「さささサクラちゃん!こ、恋人って…」
「あら、ホントの事じゃない」
確かにサクラの言う通りサスケはナルトにとって恋人という間柄でもある。ナルトもサスケも同じ男であるという世間一般と少し違う点があるが。
だが、事実だからと言ってそれを言われるのはどうしようもなく気恥ずかしい。そういう意味で付き合いだしてまだ1ヶ月という時間よりも、高校に入ってから続いている友人としての時間の方がずっと長かったせいもありそんな呼び名にナルトは未だに慣れない。
「照れなくていいのよ。こっちとしては今更なんだから」
顔を赤くしたままのナルトにいのも面白がりながら続く。
「そうよね〜。付き合うまでが長かったけどあれで付き合ってないのが不思議だったわ。サスケ君があんなにあからさまだったんだし〜」
「あれだけイチャついてくれてて、ねぇ?」
「い、いちゃついてって…」
赤い顔で開いては閉じるを繰り返す口では上手く言葉を出せず、だからと言ってそれを助けてくれる者は周りにはいない。キバは同じように面白がって見ているし、シカマルは面倒だと顔に書いてある。チョウジやシノはも黙って見ているだけ。 元より口ではほぼ最強を誇るこの二人から助けてやれる者などいないのだが、サクラ達が言う内容に少なからず肯定を示しているからこその沈黙だ。
「そういえばもう初デートはどこ行ったの〜?」
いつもならばこんな事を聞こうものならばサスケの不機嫌な遮りに遭うが幸い今はおらず、このチャンスを逃すほど二人は甘くない。
ナルトから聞きだした情報で後からサスケをもたっぷりとからかえる、と内心でサクラが北叟笑んだ。
「し、してないってばよ、そんなの!」
が、顔の赤いナルトが返してきたのは予想外の答えで。
あのサスケが。ナルトだけが気付かなかっただけで1年のころからずっとナルトを追い掛け回してきたサスケが本当にやっと、気持ちを告白して晴れてめでたく両思いになったというのにデートの一つもしてないなんて予想の範疇ではない。
「まだ?」
「本当にまだなの?アンタが気付いてないだけじゃないの?」
思わず聞き返すいのとさり気に酷い台詞の混じったサクラの迫力に押されながらも頷く。
「う…うん。一緒に帰ったり、サスケん家行ったりとかはしてるけどそれって前と一緒だし、全然変わってねーもん」
戸惑いながらもはっきりと首を縦に振ったナルトにサクラは深い溜め息を吐いた。
「どっかに遊びに行ったとかは〜?」
「どこも…行きたい所が特に無かったし、サスケも言わねーし」
「ちょっと1ヶ月よ!?1ヶ月!それでデート一つしてないってどういうコトなの!?」
「それじゃ付き合ってるって言えるのかしらね〜」
「とんだヘタレっだったってコトね」
二人の台詞はどちらもサスケに向けた言葉だが、目の前にいるのはナルトだけで、当然聞くのもナルトだ。
言われてみれば――正確にはナルトに言われたわけではないが――付き合ってると言えるのかちょっと怪しい。
付き合う前と付き合あようようになってからの違いが何かあるのかと問われればナルトはすぐに答えられない。
心の中では友情だけじゃない想いが確かにあって、それをお互いに受け入れているけれどそれは別に目に見えるわけではないし、形になにかなっていったわけでもない。
友達とはしない事…キスは一度だけしたけれどそれだけだ。
でも一緒にいればそれだけで満たされているので別にそれでいいと思っていたのだがサスケはどうなのだろう。
ナルトと同じなのか、それとも恋人だとあまり思えないのだろうか。
本人が聞いたら憤死しそうな事を本気で考え込んでしまいだす。こういった発想がクラスの担任に意外性NO.1だと言われる所なのかもしれない。
「ナ、ナルト君。その、あんまり気にしないほうがいいよ。人、それぞれだと思うもの」
ヒナタの遠慮めに掛けられた声にナルトが黙りこくってしまったことに気付いたサクラといのは内心、舌を打った。自分達の発言に3、サスケの不甲斐なさに7の割合で。
「別に気にはしてねーんだけどさ。さんきゅ、ヒナタ」
にこっとなんでもないと笑うナルトの頭をキバが大仰に撫でる。
「バッカ、気にすんじゃねーよ!唐揚げもいっこやっから!」
「だからしてねーっての!でも唐揚げはちょーだい」
寄せられた机の中央にわしわしと乱暴な手つきでナルトのクセのあるけれど柔らかい金色の髪がぐしゃぐしゃにされながらも、手はしっかりと差し出した。



早すぎず遅すぎない自転車のスピードで風と肩に置かれた手の高い体温をサスケは気持ちよく思う。
後ろの車輪の軸に取っ手を取りつけ、そこに足を掛けて立っているナルトをほんの少しだけ振り返れば、気持ちよさそうに受けている風で前髪が後ろに流れていた。
いつもこうしてサスケの自転車にナルトを後ろに乗せて駅までの道を帰る。
二人の通う高校への通学は少々変わっており、最寄の駅からそこそこの距離があるのだが駅周辺に駐輪場がないため自転車通学が禁止されていた。
通学方法として許されているのは最寄駅からの徒歩、もしくは最寄駅から一つ手前の駅からの自転車通学かバス通学。
ナルトは最寄駅からの徒歩をしていて、サスケは一つ手前の駅からの自転車通学だったのだが、二人が乗る電車の方角も同じなのでサスケが利用する駅までナルトを乗せて帰っても問題はない。
二人乗りは本当は禁止されており教師に見つかると自転車通学の禁止を食らうのだが、上手くやればこちらも問題無い。
見つかりやすい朝は出来るだけ自粛していたのだが、最近はほぼ毎朝学校のすぐ近くまで乗せて行っている。
背中に感じる体温が欲しくて、朝ナルトを自分が降りる駅に降ろす日の方が別々の駅で降りる日より多くなっていった結果だ。
空は茜を微かに呼び始めたばかりでまだ明るさを存分に残している。
帰りにコンビニに行く時間ぐらい十分にあるだろう。
今日から新作のソフトクリームが出ていると今朝ナルトが言っていたからきっと行きたいと言い出す。
「なぁーサスケー。コンビニ寄らねぇ?」
まるでサスケの思考と合わせたかのようなタイミングでナルトが後ろから声を掛けてきた。
少し身を屈めてサスケの耳元で言ったその声が甘く阿っているように聞こえるのは重症だろうか。
「アイスだろ」
「へへっ、やっぱ新作は一度食べないといけねーよな!」
言い切ったナルトが嬉しそうなので何故いけないのかは分からなかったかが黙っておくことにする。
もうずっと先から見えていたオレンジと白の電飾と一目でコンビニと分かる形状の建物の前にある、広く入りやすい駐車場で自転車のブレーキを踏んだ。
キュッと高いゴムの擦れる音が止むと、慣れた動作でナルトが後ろから飛び降りる。
サスケもサドルから離れ、同じ学校の学生証明書がついた自転車がいくつも並んであるドアの近くではなく、少し離れて空いている場所で止めた。
「行こーぜ」
わざわざ待ってなくてもいいのに、律儀にサスケが来てからドアを潜ったナルトの後姿を見ながら口元が綻びつつも、いつ言い出そうかとサスケは今日何度も考え、でもまだ実行に移せていない事に頭を悩ませる。
切欠になった出来事を思い出し、あまりいい気分にはとはいえない感情が込み上げた。



第二校舎の裏にある焼却場にゴミを捨てにいくのは面倒な事この上ない。
ゴミ箱の口と焼却機の口がまるで計ったかのようにぴったりと合うという、却ってゴミを入れにくい入り口にゴミを黙々と落とすサスケの元に、周りに誰もいないこの状況を見計らっていたサクラが来たのは当然といえば当然だった。
「聞いたわよ〜、サスケ君」
「何がだ」
ガコン、と蹴りを入れて奥で詰まったゴミを衝撃で落としおえたサスケはゴミ箱を手に振り返れば、嫌な予感をさせる顔があった。
どことなく楽しげというか、面白い物を見つけたというような、微かに笑みを浮かべたその顔を見た時、あまり良い経験を過去した事が無い。
「ナルトと初デートもまだなんですってね」
ひくり、とサスケの頬が引き攣った。
本当にこの世の中、悪い予感の的中率というものだけは常に高い数字をキープしている。
「付き合いだしてもう1ヶ月よね?」
「余計なお世話だ。テメーには関係ねぇだろ」
深く刻まれた眉間の皺と地を這う低い声がサスケの心情を表してるが、そよ風ほどもサクラには届かないらしい。
サスケの視線を平然と受け止め、逆に鋭い視線を返してきた。
「そうね。でも放っておけないもの。あの子あんな顔するなら」
「どういう事だ?」
サクラに下世話なからかいを受けるのは迷惑でしかないが、ナルトの事を言われ無表情に近かった顔色が僅かに変わった。
「つい、それで付き合ってるの、みたいな事を言っちゃったんだけど、そしたらナルト黙っちゃたのよ?サスケ君、ナルトに恋人らしい事ってしてないのね」
「なっ」
瞬間的に頭に血が昇る。
他人の恋愛事情に勝手に首を突っ込み、あまつさえ余計な事を言われる筋合いなど無いとサスケが言おうとするが、サクラの舌が回る方が早かった。
「ヘタレ」
一切の表情が抜け落ち、ドスの利いた声、とでもいうのだろうか、少なくとも若い年頃の女が発する声で放たれた一言が突き刺さった長さは結構深い。
「私達が言っちゃったからってのもあるんだろうけど、結局ナルトが考えて気にしちゃうような現状作ってるのはサスケ君よね?」
根本的な問題はそこなのだと指摘され、それが悔しいが事実だと理解は出来る。
非常に不満と不愉快さが残るが。
「そんな事は…分かってる」
本当に言われなくてももう分かっているし、第一サスケとて何もしなかったわけではない。
ただ誘おうにも休日どこか行きたい所はないかと問えば「サスケん家!ゲームの続きやらせて」だの、学校帰りに買い物ついでにどこか連れていこうかとしてもふらふらと思いつきで店を入って行っては楽しそうにしているナルトを見ればそれ以上はまぁいいかと思い、部屋でキスの一つも仕掛けようと思えば以前真っ赤になってそれ以上その日は口を利いてくれなかった事が頭を過ぎる。
結果として付き合う前とほぼ全く変わらぬ日々。
それはそれで居心地のよさがあり嫌ではないが、物足りない。
サスケの方がずっと現状を気にはしているのだ。
「ならいいんだけど」
苦虫を噛み潰したようなサスケの顔にどうやら全く何も思っていなかったわけではないらしい、とサクラは苦笑を浮かべた。 本当に余計なお世話だったのかもしれないが、楽しかったので良しとする。それに釘は何度刺しておいても悪くはないだろうし。
「ねぇサスケ君」
「なんだ」
まだ何かあるのかと苛立ちを隠さず応じたサスケにサクラの顔が変わる。
「ナルトをあんまり不安にさせるような真似ばっかりしてたら…許さないわよ?」
にっこりとそれはそれは綺麗な恐ろしい笑顔がそこにはあった。
高校に入り知った実態により過去形になった憧れよりも、今となってはずっと弟のように可愛がって来ていたナルトを篭絡した憎ったらしさの方が大きい。
それをサスケはナルトと付き合う事になったその日に嫌というほど知らされた。
『泣かせたら地獄を見せてあげるから』
付き合う事になったと言った時の台詞と笑顔は決して忘れられない代物だ。
その時と同じ笑みが浮かんでいた。



ぞっと背筋を走る感覚に眉間の皺の数がまた増加する。
「サスケは何もいらねーの?」
レジカウンターでソフトクリームを注文して待っているナルトの横で動かないサスケを振り返った青い目に脳内の回想から覚める。
言われて見れば特に何か目当てがあったわけではないが小腹が空いた。ナルトほどではないが、サスケも成長期で最も食べる時期だ。帰りに間食するのも珍しくない。
おにぎりの棚は見事なほど空白を有していたので、まだ種類の残っているパンの中から甘くない惣菜系のパンを選ぶと空いている方のレジへと持って行けば、ナルトのアイスも出来上がっていた。
二つの精算を一つにして貰うよう店員に頼んだサスケに、慌てて財布を取り出したナルトの頭をくしゃりと掻き混ぜる。
「いいからオゴらせろ」
「…アリガト」
指通りの良いつるりとした髪の感触を楽しみ、緩くなった目元にナルトはくすぐったそうに頷いた。
コンビニを出て、食べる間は並んで歩く。
「うまー!これ、ミルクの味がすっげぇ濃い」
包装を破いたパンを片手に器用に自転車を押しながら歩くサスケの隣でナルトはくるりと巻かれたソフトクリームの天辺を舐めるのではなくがぶりと豪快に齧って、幸せそうに目尻を下げた。
「サスケも一口」
差し出される白乳色の甘い香りは本来なら遠慮したいものなのだが、オプションで付けられる満面の笑顔に口が自然と開く。
「……甘い」
「当たり前だろ」
一口で広がったミルクの香りとそれを引き立たせる甘さに眉根を寄せたサスケの一言にナルトの頬が膨らむ。
甘いものが苦手だと知ってはいるがそうしつこい甘さではなかったからサスケもこの美味しさを楽しめるんじゃないかと思い、あげたのだが矢張り駄目だったようで。
美味いのになぁ、と残念そうに幾分悄気るナルトを前にすれば、途端に甘い物が食えない自分に少しの腹立たしさを憶えるが仕方ない。
糖分摂取は一つだけで十分だ。
「お返し」
手にしていたベーコンとほうれん草のソテーが乗ったパンをナルトの口元に持っていってやる。
「へへっ、サンキュ」
ぱっと笑みに戻った顔に満足を憶えながら、大きく開けられた口の中に少しだけパンを押し入れる。
「んっ…ん」
白い歯が噛み切り、咀嚼する様とくぐもった声にわけもなく目を離せずにいる危なさに自覚を憶えるが、リスのように膨らませた頬も可愛いと思えてくる。
己の重症ぶりなど今更すぎるのだ。
「コレもおいしーってば」
「まぁ、悪くねぇよな」
嚥下して口の端に付いたソースを掬う舌の赤さの鮮やかさに引き付けられながら、表情の乏しさはそんな素振りすら浮かばせない。
これ以上見ていると、後から「バカ」だの「変態」だのと罵られるような事を往来の道でやってしまいそうになるので視線を無理矢理剥がし、代わりにずっといつ出すかと溜めていたものを口にした。
「ナルト、今度の休み空いてるか?」
「土日?別になんも予定はねーけど」
唐突な話題に丸まった青い目がサスケを捉えながら、色よい返事が返り、横に並ぶ金色の髪が風をふうわりと孕ませるのを見遣りながら、本題を出す。
「ならどっか行かねぇか?」
「別にいーけど、…」
軽く頷いてすぐ言葉が急に途切れ、矢張り都合が悪かったのだろうかと悪い方へ考えだしたサスケを振り返ったナルトの顔はほんのりと赤く染められていた。
「あ、あのさ、いっこ確認してーんだけど、これってさ、つまりひょっとして…デートってやつ?」
「それ以外何があんだよ」
ひょっとしなくてもそうだ。何故疑問系なのかと、むしろサスケの方が問いたい。
恋人から休日に出かけようと誘われればデートだと思うのが普通なんじゃないのか。そうとはっきり思われないほどにナルトの中で自分は恋人としての認識が低いのだろうか。
「だってイキナリだったし…あ、もしかしてサクラちゃんに何か言われた?」
普段、恐ろしいまでの鈍さを発揮するナルトだが、こういう時だけは勘が酷く良かったりする。
この察しの良さがいつもであればサスケの片想いが終わるのももう少し早かったかもしれない。
こんな時にだけ、と思わないでもないが最も、今日の昼と放課後なんて時間の空いて無さを考えればいくらナルトでも分かるというものだ。
「違う。前から決めてて言ってなかっただけだ」
半分は本当で半分は嘘だった。
確かにサクラに発破を掛けられるような事は言われたがサクラに言われずとも何よりサスケ自身がちゃんとナルトと恋人らしい時間を過ごしたいと思っていた。きっとナルトは今日サクラ達に言われて初めてそんな時間を過ごしてないのだと気付いたのだろうがサスケにしてみれば今更すぎる。
ナルトがそうだと気付いてくれたのは有り難いし、切欠になったのには間違いないのかもしれないが。
だがそれに変な思考回路を通し、気を使って言い出したんじゃないかとか有り得ない曲解しそうなウスラトンカチには多少の嘘も必要だろう。
「大体、何でサクラが出てくんだよ?」
わざとらしい台詞だが、ナルトよりは嘘を吐くのが下手ではない。不自然でない程度には言える。
「い、いやっ、別になんでもねーって!それより土曜と日曜、どっちにすんの!?どっちでも空いてるけど」
明らさまに不自然なその口調と話題転換は嘘を言ってるのと同義だと教えてやるべきなのか。焦って顔を赤くしている様子が可愛いから結局の所言わないが。
「土曜は?時間は10時にお前ん家の近くの駅で」
「いいってば」
「なら決まりだ」
「おう」
そのまま妙な沈黙が流れてしまう。
嫌なものではないのだが、どことなく座り心地がよくないような、気恥ずかしいというかくすぐったいような静かな間。
前ばかりを見ているのは歩くためであって、決して火照っている顔を見られたくないからではないと心の中でお互いに言い訳している二人が駅につく時間はいつもよりずっと遅かった。



部屋に帰り、カレンダーで約束の日が明後日だと確認する。
それだけで妙に浮き足立った気分になってくる自分にサスケは呆れ、それでもすぐに頭は明後日、たった二日後の時間を考えだした。
そこでサスケの思考はぴたりと止まる。
明後日、土曜はナルトと初めてデートをする日だ。
だが。
ここで重大な疑問がサスケの中で生まれた。
「何すりゃいいんだ…」
思わず口に出てしまったその呟きがサスケの思考にどっしりと乗し掛かった。
そもそもデートとは何か。厳密に考えた事など一度としてない。ナルトと付き合うまでしたいと思った事がないのだから仕方ない。
サスケからして極論を言えば、ただナルトと二人っきりでいられるだけで十分それに当てはまるのだが、ナルトの方はそうは思わないだろう。
現に今まで何度も一緒にいたがサクラに問われ、否定を返している。
ただ二人だけで出かけるなら今までにも何度もあった。映画や買い物やテーマパークに行った事など何度も。
デートでする事はそれらとは違うのだろうか。
それとも付き合った上でそれらをすればデートになるのか。
だが同じ事をすればまたいつものただ友達と遊んでいる、程度の認識しかナルトはしないかもしれない。
整然と整理された机の面積を最も取っているパソコンを起動させると愛用の検索システムを呼び出し、ネットの辞書検索を開いた。
意味を知りたい言葉を入力し、数秒もしない内に出されるた答えをみれ。
だがいくらそれを読んでもサスケの疑問は解かれず、抱える問題の解決にはならなかった。
『男女が前もって時間や場所を打ち合わせて、会うこと。』
会ってから、何を目的とするのかが知りたいのにこれでは意味がないし、そもそもこれで言うならばサスケは一生デートなるものを出来ない事になる。
使えなかった辞書画面を消し、再び検索システムを呼んだ。
暫くしてサスケは着立ち上がり替えを済ませると帰ったばかりの家をもう一度留守にする。
学校と最寄駅の間で使っているのとは別の、自宅用の自転車を出し、漕ぎ出した。



ナルトが駅に着いた時、サスケの姿は見えなかった。
解かり易いようにと約束した場所の改札前まで歩きながら携帯を取り出すと、英数字が示していた時刻は待ち合わせ10分前。
すぐに来るだろうと改札前で立ち止まろうとしたとき、柱の影から黒に縁取られた人影が現れた。
「わり、待った?」
「いや、今着いた」
「そっか」
待ち合わせた場合の殆どで使われるであろう会話文句の後、不自然な沈黙が落ちる。
サスケと出かけるなどいつもの事なのにサクラ達に色々言われたせいだろうか、ナルトの心臓がは過ぎるくらいに動き、頬が熱くなってきた。
「ほら」
赤くなっているだろう顔を合わせているのが気恥ずかしく、逸らそうとしたナルトに切符を差し出したサスケはいつもと何ら変わらない。
一人妙な意識を持っている事への面白くなさが気恥ずかしさよりも勝ったナルトは頬に昇った熱を散らし、切符を受け取ると財布を取り出そうとした。
「ドベ。いらねぇ」
むっと不機嫌そうになるがナルトも譲らない。
「ドベじゃねぇっての。でも、」
「いいから行くぞ」
出しかけていたナルトの財布を無理矢理鞄へと押し込んだ手で財布を持っていたナルトの手を掴み歩きだす。
すぐに迫ってきた改札に慌てて切符を通さなければならず財布を出すのを諦めたナルトは、こんなあまりに不器用なやり方しか出来ないサスケにもう一度頬が熱くなった。
「どこ行くんだってばよ?」
引かれるままに歩いていったホームは普段使わない方向の物で、切符に明記されているあまり使わない額とともに当然の疑問が湧く。
覗き込むようにして問われたサスケは少し躊躇った後、答えた。
「……奥波の方にある植物園」
出来るなら着くまで黙って置きたかったのだが、ここで言わないのはあまりにも子供っぽくそんな事はサスケにはとてもではないが出来ない。
地元から物凄く遠いというわけでもない、あまり行かずとも何度も耳や目にはしている地名にナルトの瞳が瞬く。
「おくなみ…って奥波?中の森のちょっと向こうの」
「ああ」
「へ〜。そんなトコに植物園があるなんて全然知らなかったってば」
「結構遠いからな」
足がまだ自転車と電車の高校生の行動範囲などあまり広くはない。勿論ただ単に行こうとおもえば日本一週どころか海外も行けるが普段の日常に置いて情報を耳にする範囲はそれほど広いとは言えなかった。
「なんか楽しみだってば」
じっとしている事があまり得意ではなく、どちらかといえば賑やかで騒がしく、身体を動かすのが好きなナルトの趣味外外にもガーデニングだと知っているのは親しい友人達だけだ。
無論サスケもその一人で、それを考えて決めてくれたのだろうぐらい、いくら鈍いと言われるナルトでも分かる。
にっこりと素直に表された感情に、サスケの方が胸の中を満たされていくのを感じた。
特に乗り換えなど必要なくローカル路線の区間快速一本で着いた駅から少し歩けば、きつい潮の香りとともに硝子で出来たドームが連なった建物が見えてくる。
潮風の影響が考えられる海のすぐ側という植物園にしては少々珍しい場所に着いたのは11時を少し回った頃だった。
土曜と言っても朝の早さからだろうか、人の入りは多くもなく、少なくもないと言った程度で、入園チケットをすんなりと買えたサスケは、ナルトの分も直接係員に渡すと、ナルトの手を引き園内へと入る。
合計で7つのドームからなる園内はそれぞれの地域やコンセプトで分けられた自由散策型の施設となっており、薄暗いトンネルのような通路を抜けて入った最初のドームは亜熱帯地域で、温度を調整された室内で硝子の屋根から降り注ぐ光に反射した深緑に映える極彩色が目を奪った。
アメリカンディエゴやブーゲンビリアにコバノセンナ、ノボタン、コリウス、トーチンジャー、レンブ。良く知られたものではハイビスカスなど、本来咲く季節が違う花々や実が一斉にその身を輝かせていた。
「わっ、すっげぇキレー」
濃淡が美しい緑を従えた赤紅や緋、黄色に紫とどれも華やかな色合いにナルトの蜜のような金と空の青が加わり、それこそが綺麗だとサスケは思う。
「こいつら開花時期が結構違うのに何で咲いてんだろ」
今の時分が開花時期のものも確かにあるが、それ以外のものも他にも多くある中、多少のバラつきはあるが大体が7、8分咲きから満開で見事に咲き誇っていた。
それは緑の葉植物達にも言える事でここまで青々と美しく葉を茂らせているには時期が合わないものがある。
温室等で気温を操作し、植物に本来の季節とは違う季節だと勘違いをさせ開花などの成長をコントロールしたのだろうという事は分かるが、同じ室内で異種同士をどうやって一斉に開花させたのか。
凡その開花時期を憶えていたナルトは首を傾げながらサスケに手を引かれつつ歩を進める。
亜熱帯の森を再現した風景を楽しみながら植物の説明などを読んでいると突然ナルトは声を上げた。
「咲いてからここに植えたんじゃねぇ?」
ぱっと顔を輝かせて振り向いたナルトにサスケは肯定の頷きを返す。
「そうかもな。必ず各種類づつの生垣があるし。花が付いたらこっちに植え替えるためのもんだろ」
「だよな。あ、でもキレーだけど花がついてる時だけこっちに連れてこられるなんてなんか可哀想かも」
答えが見つかった明るさが、ふっと落ちていく。
「一緒に育てられたヤツと一緒なんだからいいんじゃねぇか?」
少なくとも自分ならナルトと一緒ならそれで良い。
そう思ったからその言葉はするりとサスケの中から出てきて、それにサスケ自身が密かに驚いた。
ほんの数年前なら決して思わなかっただろう。
きっとナルトに会わなければ決して口にしなかっただろう己が容易に想像が出来る。
サスケに多大な変化を齎した事実に気付く事はない青い目は少し瞠った後、嬉しそうに細く緩まっていった。
「それもそーかも」
地図を簡単に記憶したサスケが引く手の力が少し強まる。
亜熱帯の気温よりも高い熱を分け合った手のひらがゆっくりと森を抜けた。



生きた植物を見て、植物の分類体系を学べるよう代表的な植物が分類体系に従い植えられている植物分類標本園や、食虫植物ばかりを揃えた温室、英国の迷路のような庭園、日本の庭園など各ドーム全てを回った頃には1時近くになっていた。
それなりの距離を歩いた事もあり、十分すぎる空き容量を訴えてくる腹の言い分を聞いてやるべく、植物園にあるハーブと地鳥を使った料理がメインのレストランへと入る。
軽食が中心だが値段も家族向けに安く設定されており、味も悪くなく、量がナルトとサスケからすれば少しもの足りなくもあったが十分満足の行くものだった。
食べ終わり、店を出た所で隣接する売店のハイビスカスソフトという文字に目が釘付けされてたナルトの頭をサスケは苦笑しつつ掻き混ぜると売店へと足を向ける。
「ちょっと待ってろ」
「あ、いいって。オレ買ってくるから。サスケもいる?朝からずっとオゴってもらってワリーし今度はオレのオゴリ」
「甘いモンはいらねぇ。それにオレが出すのは当たり前だろ。恥掻かすなよ」
サスケの腕を掴んで止めたナルトの手をやんわりと止めながら返された言葉にナルトは首を傾げる。
「恥って?何で当たり前なんだってばよ?」
「付き合ってるからだろうが」
全く分からない様子のナルトに軽く溜め息をつくと、サスケはソフトを買いに行った。
残されたナルトはサスケの言った言葉を一人考える。
確かにサスケと付き合ってて、だからこそ今日はデートで。それに掛かる費用が何故サスケが出すのが当たり前なのか、と考えた所で漸く分かる。
こういった場合は彼氏持ちなのが一般的で、それを出すぐらいは高校生でも男としては求められる場合が多い。
つまり。
「あ、あのバカ!これって女の子の扱いじゃん!」
気付いた瞬間、顔全体が火照る。
「どうした?」
ほんのりピンクがかった乳白色のソフトクリームを手にして戻って来たサスケに顔を赤くしたナルトは小さく唸る。
「オレ、女の子じゃねーけど」
「何言ってる。そんなの知ってるに決まってんだろ、ウスラトンカチ」
ソフトクリームを渡しながらサスケは怪訝そうに眉根を寄せた。
「だから!そんな女の子にするみたくしないでいーってば。自分で買うっての。これぐらい」
受け取り、熱をもった膨らませた頬の裏にひんやりと冷たいソフトクリームを入れる。
口の中に広がった濃厚なミルクと甘味と喉を通った後に仄かにハイビスカスの香りが残り、美味しいがナルトにそれをしっかりと味わう余裕は与えられなかった。
「別に女扱いとかしてるわけじゃねぇよ。俺がしたいからしてるだけだ。好きな奴に色々すんのは当たり前だろうが」
さらりと返された台詞に、物理的に下げられた熱が倍になってぶり返す。
耳までが熱い。
「ば、バッカじゃねー!何でそんな恥ずかしいコトが言えんの!?」
「何でって」
「わー!わー!わー!も、いい!それ以上何も言うな!ぜってーもっとハズカシイ!!」
思わず落としそうになったソフトクリームを持ち直し、両手で耳を塞いだ。
「失礼なやつだな」
一度口を噤んだのを確認してから手を離したナルトにサスケは憮然とする。
「オレはコウガンムチなサスケとは違うの。恥じらいってもんがあんの」
赤さはまだ取れないまま背けられた顔にすぐに綻んだ口でサスケはにやりとする。
憎まれ口を叩かれようとも、照れ隠すためのもので、恥じらいとやらを持っているナルトの様子は酷く可愛らしい。
言えば本当に怒らせてしまうだろうから、心の中だけで留めておくが。
「厚顔無恥なんざ漢字で浮かべて言えるようになってから使えよ」
「うっさい。意味が通じればいーんだってば」
がつっと勢いよくソフトクリームに噛みついたナルトを連れて、笑いを噛み殺しながらサスケは植物園を出る事にした。
駅へとは向かわず、海沿いの遊歩道を歩く。
この植物園からの遊歩道は海沿いの景色を売りの一つとしたショッピングモールやら、映画館、ビル丸々一つ使ったフードテーマパークなどが入った複合商業施設に続いている。
正確に言うならあの植物園もその一つだった。
少々距離が離れている為、そうは感じないが。
30分ほども歩けば、20店舗の店が入った南欧をイメージした建物の入り口に着いた。
取りとめて欲しい物があるわけではないので、適当な店に入り適当に冷やかす、を繰り返す。
「げっ、ナニこの値段!?ぜってーゼロ一個多いって」
シルバーアクセサリーのショップで少し目を引いたデザインにナルトが悲鳴にも似た声で小さく叫んだ品を見れば、細やかな模様で描きながらも全体の形はシンプルにしたレザー付きのブレスレットがあった。
アクセントに使われているブルーチタンがシルバーと黒のレザーに嫌味なく惹きたてられていてナルトに似合いそうだが、値段を見れば確かに一桁間違えたのかと聞きたくなる。
他のアクセサリーも同様でまたしても軽い冷やかしで店内を一周してから、隣のカジュアルブランドの店へと移り、またその隣、と歩いていくと建物の全体のインテリアが変わった。
薄暗い証明の中で明るく光る上映中の映画の紹介映像。
映画館やちょっとしたゲームなどの遊びがメインのエリアに移り、サスケは時計を確認すると5時近く。
ほぼ予定通りだと内心で安堵の息を吐くが、心の中でのみでそれを出したりはしない。
「丁度、今だとあれが観れるぜ?席も空いてるみてぇだし。観たいって言ってたろ」
サスケの指が差したのはついつい先日公開されたばかりのホラーコメディ映画で、上映時間と空席状況がパネルに見やすく映っていた。
「開演、17時かぁ。ほんとだすっげぇいいタイミング」
計ったかのようなそれに軽い感動を憶えたナルトはサスケに観ると頷き、迫る開演時間に合わせて二人して駆け込んだ。



「マジうけるって!」
予想通りの痛快アクションありのホラーコメディにナルトは眦にうっすらと涙を溜めながら、まだ笑う。
「お前、笑いすぎ」
館内からすっかりと陽が落ちた外に出ても可笑しそうに笑うナルトにサスケも言いながら釣られて声を震わせる。
「だってさ、だってさぁ!肉まんがっ…!」
「肉まんか。食うか?そろそろ腹減ってるだろ」
思い出してはまた肩を揺らすナルトに、ナルトよりも低めの声が同じように笑いを含みながら聞いてきた。
漸く笑いを収めたナルトの腹具合は言われなくともすっかりと空きを主張している。
「腹は減ってっけど、肉まんなんてあんの?」
「ああ。取り合えず行くぞ」
コンビニが近くにあっただろうか、と周りを見回すナルトの手を取り、しっかりと握るとサスケはすぐ向かいのビルへと引いていった。
中に一歩踏み込めば、原色の赤が回りの殆どを満たしていた。
灰白のビルの外観からは想像も出来ない。
中華大世界と宙に吊り下げられた文字と、入ってすぐに渡されたビル内マップの赤にナルトは青い目を行き来させた。
「ここのビル全部が中華系のフードテーマパークなんだよ」
サスケの簡単な説明の通り、マップの絵にもこのビル全部の階に中華の店舗ばかりが何店も並んでいる。
この土産売り場の一階と展望台と何故か占い館のある最上階以外は全て飲食店なのだから驚く。
二階へとエスカレーターで上がると屋台のように小さく区切られた店舗が何店も並び、中央に椅子やテーブルが置いてあった。
点心エリアとされているここでは、熱そうな湯気と食欲をそそるいい香りがあちこちで上がっていて、ナルトの腹の虫を刺激する。
取り敢えず手荷物を置き、席を確保するとサスケはテーブルにあったこの階のメニューをナルトに渡した。
「どれが食べたいか決まったか?」
「ん〜〜〜〜〜〜まだ…サスケは?」
店の簡単な説明と代表メニューから顔を上げずナルトは唸った。
「そこの海老まん」
「オレも同じ!それすっごいウマそー」
ぱっと嬉しそうにメニューから顔を上げるが、すぐに小難しそうなものになる。
「でもさ、こっちのトンポーローまんと海老餃子と大肉焼売とかもさ〜!」
苦手な数学のテストで難問を前にしている時のような、否、それ以上に頭を抱えている。
「全部食えばいいだろ。どうせ一個じゃ足りねぇだろうが、テメーは」
真剣に悩んでいるヒヨコ頭をぽん、と軽く叩いた。
「へへっ、そーする」
くすぐったそうに笑うナルトの頭の髪を絡めるようにもう一度撫でるとサスケは立ち上がって、店舗の位置を確認する。
「取り敢えず海老まんとトンポーローまんと海老餃子と大肉焼売だな。行ってくるから荷物見ててくれ」
「任せろってば」
迷いの無い足取りで行ったサスケが、仕上がり待ちの番号札を抱えて戻ってきてすぐに、注文した品々が届けられた。
出来たてほやほやの香りと熱を放つ点心達は、見るからに美味しそうでナルトの頬が緩む。
「いっただきまーす!」
「いただきます」
一緒にきちんと両手を合わせて挨拶をするのはそれぞれ幼い頃からの躾けられたが故なのだが、ぴたりと同じ動作になるのに二人は気付いていない。
まずは、と海老まんに二人揃って手を伸ばし、揃って口に入れる。
大葉と生姜の風味がよく効いた歯ごたえのよい海老の身がほんのり甘味のある皮と一口目からたっぷりと詰まっていた。
「ほれ、おいひいー!」
「…飲み込んでから喋れよ」
「んっ、…だって、すっげぇウマいんだもん!」
頬を上気させ、嬉しそうに言うナルトにそれ以上サスケも小言など言う気は無い。
元々こうして笑顔のナルトを見ているだけで機嫌は上昇傾向にあるのだから。
「ま、好きなだけ食えよ」
そう言ったサスケの言葉に応えるように海老まんの他にとろっとろのトンポーローまん、カリッと揚げた皮の中にぷりぷりの海老揚げ餃子とスープと餡の味わいが濃厚な海老たっぷりの海老水餃子に滴り落ちるほど肉汁が美味い大肉焼売、全てをあっという間に完食したナルトは次のメニューをもう見ていた。
その後、点心エリアの各店の看板メニューほぼ全てを制覇した後、当然のようにラーメンエリアへと乗り出し、中華惣菜エリアとデザートエリアを見過ごす事も無く。
ラーメンエリアで早々に途中リタイアしたサスケの隣で頬を幸せそうに膨らませた。
「も、おなかイッパイ!」
「そりゃあんなけ食えばな…」
ぽんぽんとたぬきのように音がしないのが不思議な程たっぷりと詰め込まれた腹部を満足げに両手で叩いたナルトに、食べた量を思い返しサスケの胃の方が重くなり、食べ過ぎ注意という言葉が頭に浮かんだが、喜色満面といった様子にまぁ、いいかと思いながらフードエリアの最後の階から最上階へと上がった。
数人の占い師が机を並べるのとは逆の方向にナルトを連れて外の展望台へと出ると、海沿いの夜景が一望出来るとあって、展望台には思ったよりも人が多く、邪魔なく夜景を見れる場所を探して移動する。
「危ねぇ」
余所見をしていて向かいに居た人に気付かないナルトの腰に手をあてて引き寄せ、ぶつかりそうになったのを避けさせながら、歩く場所をリードする。
抱き寄せられてエスコートされたナルトは慣れないそんな行動にどきりとするが、サスケはごく自然に、さも当たり前のような顔をしていた。
ふ、と胸に冷たいものが過ぎるナルトを他所に、少し空いてあるポイントを見つけたサスケはすっと先に自分の身体を割り込ませ、作ったスペースにナルトを引き寄せる。
「ふーん。随分と慣れていらっしゃるんですねー」
朝も感じた、何だか面白くないものが高鳴ったままだった胸に込み上げてきた。
こうした事にまるで慣れているような、というか慣れているのだろう動作に。
今日一日、ずっとサスケのエスコートの手際の良さを思えばそう思える。
ナルトが知り合ったのは高校からで、誰かと付き合ったとかは聞いた事がなかったけれどそれ以前に付き合った人間がいないというのも聞いた事がない。
同じ男として腹立たしいほどにモテる奴だから中学からそういったお付き合いがあっても、そういった誰かとここに来たことがあっても別に不思議ではないのだ。
そんな事は当たり前なのかもしれないけれど何だかあまりいい気分どころか悪い気分しかなれない。
自分だけがこうしてみっともなく慌てたり、落ち着きがなくなったりしていたのが悔しいから、不愉快な気分の原因をナルトはそう結論づけた。
あまり機嫌がいいとは言えない声音とどこか嫌味を込めた口調にサスケは顔を顰める。
「何だよ」
「別に」
取り付く島もない、普段のサスケがナルト以外にするような物言いに、元々喧嘩になりやすい互いの性格に火が付く。
「別にじゃねぇだろ。何か気に食わないことでもあんのかよ?」
「別に無いって言ってるんじゃん!しつこいっての!」
「そうかよ、なら勝手にしろッ」
寸前まであったはずの楽しい、裡を満たす暖かな火が一瞬のうちに雲に覆われ、背けあった目の前にある見事な景色もどこか淋しい色へと変えてしまった。



交わす言葉が最小限の帰り道で、それでも駅で別れる事をしなかったのは、やはり互いにそれでは嫌だと思っているからで。
サスケの家へと向かいながらナルトは前にある背中に向かって、気付かれないよう小さな溜め息を漏らした。
馬鹿だと思う。
少なくともサスケが悪い事ではなかった。
サスケがこういった事に慣れていて、自分だけが緊張していたからといってそれは別にサスケの責任ではない。
それなのに、どうしようもなくやっぱり嫌な気持ちがあり、それをぶつけてしまった自分が馬鹿だと思う。
それを分かっていて未だに謝れていないのも。
たった三文字なのに、声にする困難さに気を取られていると、見慣れた一軒家の前に着いた。
鍵が開けられ中に促されるままに入る。
「お邪魔しますってば」
明かりが一つも点いていないのと、熱が全く感じられない家の中には誰かがいる気配はないが、挨拶はきっちりとするとナルトはいつものようにサスケの部屋へと向かった。
とんとん、と階段を上がり奥にある右手側の部屋がサスケの部屋で、後ろに続く部屋の主よりも先に入ると、勝手知ったる室内の明かりを点けた。
真っ暗で何も見えなかった部屋の様子が、白い皓々とした明かりの下、ナルトの目に晒される。
「っ!ちょっと外でまってろ!」
途端に慌てたサスケの声という珍しいものが聞こえたが、耳よりもまず目で珍しいものを認識してしまったナルトには少し遠く、遅かった。
いつもならばこれが本当に10代男子の部屋だろうかと思うほど整理整頓された綺麗な部屋が散らかっている。
散らかっているといってもテーブルにごちゃごちゃと物が載っているだけなのだが、それがサスケにとって問題だった。
付箋やペンでチェックされた雑誌や、プリントアウトした地図や時刻表の数々。
その中のいくつかの場所に見覚えがある。
というか今さっき行って来た場所だから、覚えがあって当然だ。
じっと青い目が向けられ、固定されている先を見てサスケは舌を打った。
全く馬鹿だ。
完璧主義者だと言われ何事にも卒なくこなしているサスケだが、プライドの高さからかその努力している姿を見られるのは好まない。
ましてやデートの経験がない分、必死になって調べていたなんてあまり自慢出来ない事など特に。
それなのに今朝、直前までの緊張からそのままにしていた部屋の惨状をすっかりと忘れていた。
言葉を交わせなくなったナルトにばかり頭が行き、思い出せなかった自分を頭の中で盛大に罵るが何の意味もなさない。
いつまでもこうしていても仕方ないと部屋に入ったところで立ったままのナルトを追い越すと、簡単に纏めて机の抽斗へと仕舞った。
「さっさと座れ」
「あ、うん」
くしゃりとばつが悪そうに髪を掻き上げたサスケに促され、テーブルの前、特定席のようになっているナルトがいつも座る場所に腰を降ろす。
らしくなく乱雑に放り出されたままの雑誌やメモ、そしてサスケの照れを隠そうとしたときになる強い命令口調。
ひょっとすると今日の為にわざわざ調べたのだろうか。
「あのさ、サスケ」
「ンだよ」
呼ばれ、ナルトの隣に座ると一文字に結んでいた口を開く。
「今日行った所、さっきので調べたとか?」
出来れば聞かれたくなかった事を、速球のストレートで聞いてこられサスケの眉間の皺が増えた。
何事にも恐ろしく素直な奴だとは知っているし、それに好感を常に抱いているが、こんな時ばかりは厄介だと思いながらサスケは渋々と頷く。
「悪いかよ」
先ほど以上に硬い声が吐き出されるが、ナルトは少しだけ視線を流してからサスケを見直すと、赤い頬を指で掻いた。
「悪くないってか、その、あん時はごめん」
唐突に飛び出した謝罪にサスケのプライドからくる不機嫌さが遠い所へ蹴飛ばされる。
一瞬、意味が飲み込めずにいたが、普段よりも悪い動きをしていた頭を動かし、軽い喧嘩をしていた状態にあった事を思い出す。
何が原因でナルトの機嫌が悪くなったのかは分からないまま、突然謝られて意味が今一つ理解が出来ないが、取り敢えず折れてくれたのだからそれを逃すこともないとサスケは息を一つ吐いた。
「別にいい。それより何で怒ってたんだよ」
出来る事なら先ほど見られて物でからかわれる事などは避けたいサスケはこのまま話題転換をしてしまえと分からなかった理由追求をする事にする。
すると何故か少し赤らめていたナルトの顔が一層の朱を滲ませた。
「その、なんてーかさ、つまり……」
真っ直ぐにサスケの双黒を見ていた青の先が揺れて、床へと移ろう。
珍しく言いよどむナルトに沈黙で先を促していると、ナルトは再びサスケの方を振り向いた。
「悔しかったっていうか、今日みたいなのってオレってば初めてでキンチョーとかしてたんだけどサスケは全然普通にしてるし、慣れてるし、きっと今日行ったトコとかも他の子と来た事あったりとかして、オレ一人だけ経験なくてどきどきしたりとかして腹たったっていうか、そんな感じ!あー、もう馬鹿みたいで悪かったデス!」
半ば怒鳴るように言い放つと、すぐ様赤い顔がサスケと反対の方へと向けられる。
それを追って覗き込めば、先ほどまでのサスケのように眉根を寄せ、口をこれ以上は開かないと言わんばかりにぎゅっと結んであった。
だがそれをそのまま許すような性格をサスケは持っていない。
「なぁ、ナルト。それって嫉妬したって事かよ?俺が誰か他の奴とデートしたと思って」
にやり、と口の端を上げた笑みを浮かべ訊いてくる言葉の意地の悪さは折り紙をつけて太鼓判をおしてやる、とナルトは思う。
「なっ!違うっての!嫉妬とかじゃなくて、サスケなんかが慣れてて、このオレ様が慣れてないってのが悔しかったって言ってんだろ!オトコとしてのプライドなの!ナニ聞いてんだよ、バカサスケ!」
赤い顔で、困って潤ませた目で怒鳴られても一向に堪えるはずもないサスケは意地の悪さの定評を上げる事にする。
「へぇ。なら何で今日行った所が他の誰かと来た事があるかどうかまで気にするんだよ」
相手に嫉妬したからだろうが、と喉の奥を震わせながらナルトの手首を掴み引き寄せた。
すぐ隣にいたせいでナルトは抗う間もなくサスケの胸へと倒れ、向かいあった形ですっぽりと両腕に包まれてしまう。
「ひ、人の話を聞けっ、アホサスケバカサスケサスケベ!」
「俺なら嫉妬するぜ?他の誰かがお前とあんな風に過ごした事があったら。相手を殺してやりてぇってぐらいには」
耳朶のそば、息の温度を感じるくらいの近さで囁かれた不穏当な言葉はナルトの気恥ずかしさを促すほど甘く、それでいて嬉しいとさえ思わせるほど真摯だった。
「それにどう見えたか知らねぇが、慣れてなんかいねぇ。慣れるとしてもお前以外で慣れる心算もねぇよ」
ぴたりと隙間なく合わさった先から伝わる鼓動はその言葉が嘘ではないと言うように速い。
認めてしまうのは癪だ。
本当に癪だけれども、サスケに指摘された原因が図星だと心が理解して。
次いで貰った言葉が嬉しくて。
癪なのだけれど。
「オレも、おんなじ」
挑むように見上げた先には至極楽しそうなサスケの顔がある。
笑みを浮かべた口を想いを乗せた口で塞ぎ、すぐに離れ。
意地の悪いその端正な顔を今日初めて驚き慌てたものに変える事が出来、ナルトは意趣返しの成功につかの間の喜びを味わった。





















(終)


バ カ ッ プ ル め … !
長い上にこっ恥ずかしくてごめんなさい!!(土下座)
デートとかで小慣れた(ように見える)サスケにむっとするナルトさんと、その実内心イッパイイッパイなサスケ、その水面下の努力がバレる、というだけのお話で;
サクラにヘタレ呼ばわりされたのもあってサスケさんは必死に頑張ったものと思われます。この後サスケが男になれたかどうかは…どうなんでしょうね(笑←鬼)
ヘタレ全開の駄文なのですみませんでした;
こんなんですが読んでやってくださって本当にありがとうございました!


'05/11/9