これは何の罰だ。
もしこれが誰かが仕掛けた幻術ならば殺してやる。
それも与えうる苦痛を与えて後悔にまみれさせて。
今の自分のように。


















じとりと支配していた。
重く、それ自体に圧しつける力あるような完璧な暗闇。
それに男は馴染んでいた。
そのものであるかのようにこの部屋、というよりは里全体に満ちている闇と黒に。
部屋の壁に凭れ掛かりながらただ開かれているだけの同色である黒い眼からはそれが心地良いものであるかなどはさっぱりと分からない。
なんの感情の動きもなく、是とも非とも言ってはいなかった。
だが少なくともその身体は溶け込んでいる。
境目が分からないぐらいに。
ふ、と男は顔を上げた。
「時間だな」
部屋には小さな窓一つなく、外界と部屋を繋ぐ僅かなものさえない。元よりこの里自体が地中に潜るようにつくられているせいもあるが。
それでも男には分かった。
日が暮れていくのが。
一拍の後、男の身体はその残像すら残さず消えた。
背に纏う闇色と同じになった外へと。
同じであった眼をそれを切り裂くような鮮やかな赤に変えて。



サスケにとって闇の中は心地良く、そしておぞましかった。
がっちりと己を捉え、呑み込むそれはどこまでも落ちていき、繋がっていた線が一つ一つ切れて朧気になっていく。
そしてただ濃くて何も見えない黒があるだけだ。
それは己が望んでいたもので、ただ一つ、力を手にするためには望ましい状態だ。
だが同時に己と言うものが希薄になっていくとも思えた。
力を求め強くあろうとするのは変わらない。
むしろそれしか無くなった。
その為にここにいる。
だが何かが分からないが弱々しくなり、己の内側から発せられていたそれは日々、刻一刻と静かに引いていく。
それが何かを考えようとすると途端にそれまで馴染んでいた暗さに嫌悪感を抱き、そう思うくせに馴染んでいる闇に安堵している己がおぞましい。
それでも今更ここから抜け出られるものではないし、望むものではないと知っている。
だからサスケはこうして息を殺し、今回の任務のターゲットである人物が己の戦闘範囲内に入ってくるのを宵闇に溶けて待っていた。
任務内容は波の国の豪商であるターゲットが所持している水の国との密約で交わされた商談書。
これを元に何かしらの利益を上げるのが依頼人だがそんな事はサスケに興味はなく、どうでもいい事だった。
ただこの任務をこなす。
商談書さえ手に入れればターゲットや周りの生死も問わない、という非常に簡単で楽な任務。
護衛についている忍は3人で木の葉の里の忍だという。
だからだろう。愚にもつかない考えが先程から浮かんでいたのは。
下らない、と小さく胸の内で吐き捨てるとサスケは神経に引っかかる気配にターゲットが近づいて来たのを理解した。
終わらせればいい。
そしてまた強く、力を手に入れる。
実戦に勝る実力を付ける方法などないのだ。
音も無く抜かれた刀を手にぴたりと合う角度で持つと殺傷区域に入ったターゲットの元へと身を躍らせた。
余計なものなど一切付いていない、細身だけれども筋肉がバランスよくついたしなやかな身体は忍である事を考えても恐ろしく速く移動し、ターゲットがいる籠手前の忍を斬った。
身代わりの術を発動させる隙など与えず振り下ろされた白銀の刃はその忍の胸部を大きく切り裂く。次いで返す刀で隣にいた忍の腕を切り構えられていたクナイを落とし、そのまま腹を突き、顔を上げると同時に奥にいた忍が発動させようとしていた術を持ち手の限られた赤い眼で幻術をかけ発動を不可能にさせる。ぐしゃりと土が忍の身体を受け止めて悲鳴を上げた。
目立たないようとした、ターゲットの配慮の結果がサスケの眼下に広がっていた。
忍達が動ける状態かを一応の警戒を持って確認をする。
倒れてはいるが万が一に備え幻術を残りの二人にもかけると、返り血のついた頬を拭う事なくサスケは長身を屈ませ、刀を構えつつ相手からの死角から籠の戸を引いた。
中にいるターゲットはやや壮年に差し掛かった中肉中背の男で、そいつの喉元ぎりぎりの位置に刀身を突きつける。
そう繰り出した腕が弾かれた。
腕だけではない。
眼に映るものにも。
写輪眼を発動した眼に薄い膜のような壮年の男の奥にあった鮮やかな青い目がサスケの殺気を弾いたのだ。
息も、心臓さえも止まりそうな青。
夜闇の中も忘れる空と隠すように巻かれた額宛の布からこぼれる陽の光。
幻術などを見抜くこの眼が曝け出さしたそれに本当に刹那、魅入ってしまい、即座に頭が発した信号に従い飛び退く。
サスケが居た足元には背後にいた影分身により放たれたクナイが突き刺さる。
周囲の気配を伺いつつ左後方へと着地しながらホルスターからクナイを抜き、後退しながら確認した影分身へとチャクラを纏わせて放つ。
チャクラでコントロールされたクナイは影分身を消して行き、跳ね返されたものには付着したチャクラを印しとし、そこから遠距離系の火遁で残りを一掃した。
パチッと生木が焦げる音と匂い、そして煙が周囲にあがる。
乾燥させられたものでない、水分を含む木や葉は燃やせば多量の白煙が立ち込め、それに乗じて引き上げようと地を蹴ろうとしたサスケに迫った刀身に気付いたのはその時だった。
赤い目が、白銀が描く軌道とただ避けるという動作では間に合わないスピードと位置にある事を知らせてくる。
もっと早くに気付けなかった苛立ちを感じつつ、逆手に持ち変えた刀身をそれに合わせた。
甲高く重い剣戟とともに痺れが腕に掛かる。
最早不必要になった術は解かれ、覚えのある面影がはっきりと見えた。
「サスケ」
記憶よりも少しだけ落ち着いた、それでも高い声も。
罅割れる音を聞いた。



心臓の音が煩い。
忙しなく跳ね震え、自身の無様を突きつけるようで不快だ。
同様に強く拳を握り締めておかなければならないこの手も。
じっとりと覆わんとしてくるこの暗さも。
里に入ったのだから、任務結果の報告に行かなければならないのだが足は自室へと向かって行った。
「ああ、帰ってきたんだ」
神経に障る穏やかな声というものが存在する。
背後から不意に掛かった声の主は、その口調と同様穏やかで優しげで怪しく冷徹な思考を滲ませてそれを証明しながら楽しそうに言った。
「情報に誤りがあった。調べたのはてめぇだったよな」
背後に負った刀を流れるように抜き、刃を向けるまでの間は瞬時。
隙無い構えと完全な殺意を漲らせるその姿は本来この里においてこの場合正しい選択とは言えないのかもしれない。
だがサスケは目の前の男を殺したかった。
ゆらと唯一の明かりである蝋燭の炎が揺れ、影をぐにゃりと歪ませる。
「正確には僕の部下だけどね。まぁ間違っていたのなら謝るよ」
眼鏡の奥の胡散臭い眼が愉快気に細められ、ちらとも悪いと思われない声がすまなそうに謝罪の言葉を口にした。
その落ち着きようと内容を一切聴いてこない事がサスケの殺意を増幅させる。
「知ってやがったな」
「何がだい?君に任せた方の一行がフェイクかもしれなかった事かい?まぁ可能性が無いわけじゃなかったぐらいには思ってたし、君に知らせなかっただけでその場合の対策も取ってあった。だからと言って君に全てを知らせなきゃいけない義理はないからねぇ。君は言われた通り動けばいいだけなんだから」
肩を竦めにっこりと笑ったまま吐かれるわざとらしい台詞に右手が動きそうになる。
「それとも、偽者役が」
動いた。
両足の腿の筋肉にチャクラを使い瞬発力を高め、押し出した勢いに右手とそれを支える左腕を目の前の男に突き出す。
だがあっさりと予測されていた動きは躱され、狙っていた場所からも突き出した刃は遠かった。
「駄目だよ、そんなんじゃ。殺せない」
口の端を吊り上げ、まるで子供をあやす様な口ぶりに目の前が真っ赤に染まる。
「僕もあの子もね」
投げつけた数本のクナイは一本だけが右手を貫通し、不愉快な笑みを更に深くさせた。



四方を囲む完璧な何も見えない暗闇。
眼を開けていようと閉じようと何ら変わらない。
そこに埋もれただ一つだけで何も考えなければいい。
いつもそうで在り、そうで在れた。
なのにちらつく。
何度も何度も消そうと頭を振ろうとも消えるはずもない微かな光。
金色の眩しい。
鮮烈な青の。
『今度こそ』
少し落ち着きを纏った、それでも男にしては高い声。
『ぜってー連れてかえるッ!』
鍔迫り合いになり触れそうなほど近づいて有り得ない事を言う。
『馬鹿は直ってねぇようだな。オレはもうとっくにお前とは違う所にいる。関わるな』
声が震えてなかったのが不思議なくらい、腹の底から震えた。
選べる、在るはずのない道に。
染み付いたその思考が冷たく欠片の余地さえないように断じさせる。
後ろへと走らせた視線で、かつての同朋と言われた者達を躊躇いなく斬れるようになったのだとも。
だがそれでも濁らない。
揺るがない。
『なら、ぶん殴ってでもそっから戻す』
強い光が目の前をまたちらつき、洩れだす。
『それに、お前はアイツとは違う』
規則正しく上下する倒れた3人の忍の胸から吐き出される息を受けたようにサスケの刃を押す力がまた、強くなった。
ギギッと刃同士が双方の力の流れを受け、泣き声が交わる。
『例えお前が見捨ててもオレが見捨てねぇ!』
どれだけきつく眼を閉じようとも睨み、挑むんでくる陽をうけた空が黒い壁を壊し、こうしてただ力を計りそれだけを求めていた日々に弱く消えかけていた何かを起こしてくる。
いつものように考えないように、亡きものと扱おうとしようとも出来ない。
どくり、どくりと震え脈打つ心音とともに止めようが無い。
今すぐあの手を取り、身体をこの腕に閉じ込めたいという常に発せられていたこの衝動。
これは何の罰だ。
誰かが仕掛けた罠なのだろうか。
思い浮かぶのはここには無い陽の光。
全てを透かし、眩ませるほど強すぎた光の残像。
思い浮かぶのは。
お前の顔ばかり。
ナルト。




















(終)


薄暗く、本当にヘタレた(いつも)サスケさんで……;これ書いてて何が辛いってナルトさんにああ言って貰えるサスケが羨ましくて羨ましくて、言わせるサスケが憎くて憎くて(オイ)
自分で書いてて何アホ言ってんだ、って話ですよね!(笑汗)ほ、ほんまアホな上に駄文、失礼しましたー!!(土下座)


'05/9/21