馬鹿と言われれば不愉快な気分になるのが普通だ。
明らかな罵りだし、例え相手が好意的な感情を持って言ったとしても腹立たしい場合がある。
だがやはり感情のやり取りの一端である会話は、感情と同じく杓子定規というわけではなく状況によって変わる。
例えばこんな場合。
言われて腹立たしいどころかむしろ楽しい。
「何笑ってんだってばよっ!」
膨らませた頬が可愛く一層笑みの広がった口で、その柔らかさを確かめるサスケにナルトはますます頬を赤くした。









馬鹿








その色彩に自然と目が行く。
目に入れば側に居たくなる。
側にいれば触りたくなる。
ごく当たり前で自然な欲求だ。
欲求と認識するよりも強く速く走るそれはもう本能だというのに、何でこいつはこんなに怒ってるのだろうとサスケは目の前に――背後から腕の中に収めて――いるナルトの青い目から放たれたあまり穏やかでない視線を受け止める。
「いい加減にしろってば…」
男にしては少し高め、ハスキーな方であるナルト声が普段とはかけ離れた低さで這った。
普通のナルトを知る人間ならば皆それが如何にナルトを怒らせているかと理解するには十分なもので、その怒りを回避しようとするだろう。
だが今言われた男には残念ながら通じない。
不機嫌な声でいくら言われようとも、潤んだ――怒りで血が頭にのぼったのが原因の――青い目が上目遣いに見つめてきているわ、唇を尖らせてる――怒りを抑えるためにきつく閉じているだけだ――わでちっとも怖く無い。
可愛らしく拗ねられた程度の認識しか出来ていない。
むしろ。
「誘ってんのか?」
「だーー――!!!なんでそんなアホなんだってば!?意味わかんねぇ!会話一つまともに出来ねぇのかよ!?」
至極真面目に、本当にそう思ったのでそう言えばナルトはますます機嫌を悪化させ、遠慮のない掌底を食らわせてきた。
抱き込むようにしていたのナルトからのまさに真下から攻撃にぐきっと首が嫌な音をたてる。
「ってぇじゃねぇか…何しやがる」
流石にそれまでおしなべて問題なしといった風情だったサスケの顔色が変わる。
妙な音を奏でてくれた首の痛みはなかなかに強烈だ。
元より気が長い方ではなく、何よりナルトとは違い不機嫌さを醸し出すことにおいては非常に有利な性格と顔をしているので気の小さいものならば理由がどうであれすぐに謝りそうな様相を呈するのだが。
「それはこっちの台詞だ!」
ナルトにはそんなもの一切通じない。
下忍時代、遡ればもっと幼い時からの慣れもあるが、そんな迫力を一切無効にするものがあった。
「こんな時にまで腰抱くな!変なとこ触んな!撫でるな!ああ、もうここ大通りなの!コウシュウノメンゼンなの!ちょっとでいいからそれを理解しろー!」
あれほどきつい一撃をお見舞いされたのにも関わらず左腕はがっしりと細い腰を離さず、右手は形のよい臀部の上をちゃっかりと動いている。
随分といやらしい手つきで。
これではどれほど凄まれようがセクハラをしている真っ最中ではただの間抜けにしか見えず、むしろ先ほどから怒っている原因が全く解消されていないことに怒りは加速すれこそ止まろうはずもない。
はぁはぁっと矢継ぎ早に注意をせねばならず、ナルトは息を切らせた。
上忍にもなり、任務でさえこうも呼吸が乱れることは滅多にない。
ぐったりとした疲労をナルトは感じずにはいられなかった。
そんなナルトの様子に、やっと手を止めたサスケは後ろから抱き込んでいたナルトの身体を反転させ、真正面に向かい合わせる。
「ナルト」
つい先ほどまでの暖簾に腕押し、といった様子ではなく、じっと真剣な光を湛えた黒い眼にナルトはどきりと心臓が跳ねる音を聞いた。
今の今までアホな行動で立てていた腹など一瞬で消えてしまう、吸い込まれそうな形良い切れ長の漆黒にこれだから顔のいい奴は、と心の中でこっそりと毒づく。
どれほどアホをしようと、こうしてサスケに少しでも反省の色を見せられれば弱い。
普段がそれ程反省や素直な謝罪というものをしない奴だから、ちょっとすればそれだけで大きな反省に見えるのだ。
ああ、狡い。
でも、本当に悪いと思わなければ謝ったりしないというサスケの性格をよく知っていて、それが嫌いじゃない。だから一言。一言謝れば許す気になっていたのだ。
だが出てきたのは。
「理解なんざしてる。だからやってんじゃねぇか」
悪びれもせず。
真剣に。
本当に当然とばかりに、むしろ自分が正しいと言わんばかりの台詞。
言われた意味が理解出来ない。というかしたくない。
「…いっぺん死ねぇぇえ!」
腹の底からの叫びとともに繰り出された螺旋丸を真正面、それも至近距離から力一杯捩じ込まれるという、戦闘中の敵でも滅多に味あわない経験をサスケはする事となった。



必要以上の力で閉じられた扉は派手な音で抗議をするが、その相手であるナルトの耳には全く届いていない。
一緒に暮らしているサスケの眼前で閉じられた扉がもう一度開き、今度はゆっくりと閉じられた。
「そこまで怒ることはねぇだろうが。てか俺でなきゃ死んでたぞ?」
「一回くらい死んだほうがちょうどいいってば」
さらりとナルトは返したがサスケの言葉に嘘はない。
至近距離でぶつけられた、ナルトからすれば中型程度の螺旋丸だがその殺傷能力は十分すぎるほどだ。
咄嗟にチャクラの壁ともいうべきものでガードし、且つその威力を多少なりとも殺すだけのチャクラの放出をするなど並大抵の忍では不可能と言える。
しかもそれはどこにカウンターが入るか分かっていなくてはならないのだから。
サスケの二つ名の由来にもなっている写輪眼を持ってすればそれはそう難しくはないが、何せいきなりで写輪眼を発動させる時間は無かった。
それでもナルトの動きを読めたのは一重に幼い頃からナルトをよく、それはもうじっくりたっぷりと見て養ったナルト観察の結果、記憶した動きやモーションの些細な癖などから予測出来たからに他ならず。
サスケ以外の誰にも不可能だ、そんな事。
そこまで分かっているわけではないが、過去の経験からあれぐらいではサスケが死なないということを知っているナルトには容赦がない。
「そもそもサスケがワリぃんだろ」
冷たくあしらうと、ソファに座り、受付所で貰った任務内容が書かれた書類を取り出し目を通し始める。
本日の任務は火の国のお大名の夜間遊行時の警護。
それなりの要人ということでAランク任務に指定されているが、実質はBランクと言っていいだろう。
開始時間を確かめ、そこから逆算すると家を出るのは六時ぐらいか。
「サス」
ツーマンセルの相手であるサスケに時間確認をしようとして開いた口が、背中にずしっとした重みと圧迫感に閉じてしまう。
「あ?何だよ?」
「…重いし狭いんだけど」
ソファの背とナルトの背の間にあった僅かな隙間から無理矢理身を入れたサスケがぴったりと後ろから覆ってくる。体格差で負けているナルトにしわ寄せが来て当然ながら狭っ苦しい。
「ならもう少し前に行きゃいいだろ」
「そしたらソファから落ちそうになるんですけど?」
「なら膝の上に乗るか?」
そうすれば落ちないし、より密着出来る。一石二鳥で実に好都合。
ひょい、と両脇の下に手を入れて抱き上げようとしたところで雪の国の海よりも冷たい青い目が振り返ってきて、サスケは手を止めた。
仕方なしにナルトの背後から移動して隣へと座る。
ぎしり、とソファを移動していた重みが落ち着いた所でナルトは長い溜め息を吐いた。
「はぁぁぁ〜〜〜〜〜〜」
膝に肘を付き、真ん中で組んだ手に額を当てて、たっぷりと吐き出された息は疲れを多分に纏っている。
ここ最近、こんな溜め息が多くなったと思う。
サスケの過剰なスキンシップは以前からあったし、頭が絶対おかしいと思える発言も昨日今日に始まった事じゃない。
だが確実に回数が増えているし、行動もエスカレートしていってる気がした。
これはちょっと真剣に、本腰を入れてサスケに言っておかなければ。
でなければいつ往来で押し倒されるような事になるか。人気がない時にならもう既に押し倒しされた過去がある身としては切実だ。
沈みがちな気分に押され、下を向いていた顔を上げ、隣のただ黙ってれば見るには十分に鑑賞に耐えうる、同じ男として悔しいよりも先に格好いいと思ってしまう顔を見る。
本当に顔だけは掛け値ナシにいい。
「サスケ、最近ちょっとおかしくねぇ?いや前からおかしかったけど最近とくにさぁ。なんつーの?所構わずってか、やりすぎってか。もうちょっとさぁ…控えて欲しいんだけど」
喧嘩をしては意味が無いと、少しは落ちつこうと自分に言い聞かせながら出来るだけ言葉をオブラートに包んで言った。
こんな言い方が出来るようになっただけ、随分と大人になれたと妙な所で自己成長を確認してしまう。
ただ怒っているのではなく心の底より切実に訴えてこられ、漸くサスケはナルトの本気の度合いを察した。
何もそこまで嫌がらなくてもいいだろう、と思いながら。
第一こんな風にサスケがしている原因は他でもなくナルト自身にある。
「させねぇくせに」
吐き出された言葉はどこか不貞腐れているようだった。
主語の抜けた台詞に、己に関することには見事に鈍さを発揮するナルトは何を言われているのか分からずただ首を傾げる。
「はぁ?」
「お前、俺以外ならイルカやキバ、あの変態上忍にも平気で抱きついたり触らせたりするくせに俺にはした事ねぇだろ」
不快気に眉根を寄せたサスケにとってみればどうしても納得が出来ない。ナルトと親しい他の者達は皆許されて、何故恋人である己だけが駄目なのか。
そもそもサスケにとってナルトの側にいて、ナルトに触れるというのは息をするのと同じ事だ。いつだって触れていたいし、当然ナルトから触れてきてほしい。
なのにナルトはそれすら許さなかったくせに控えろも何もない。
「先生って言えって。それとこれとは別だろ」
「別じゃねぇ。だから俺は決めたんだよ。俺だけにしても、させてもくれねぇんなら他の奴らが出来ないような事をしてやるってな」
そうすればお前が誰のものかよく分かるだろうし、余計な虫がつく心配も減る。
ニヤリ、と不敵にすら見える笑みを浮かべ、頭がおかしい、沸いているだろうと本気で思うようなことを臆面もなく言ってのけるサスケにナルトは頬が熱くなった。
「ばっか…!ナニ言って」
「なら俺にも他の奴らみたいにしろよ?させろよ?それくらいはいいだろうが」
呆れと恥ずかしさから放たれようとしたナルトの否定をサスケはすかさず封じる。
「それはっ…」
「出来ねぇなら俺も止めねぇ」
ふん、と開き直り言い切ったサスケにナルトは言葉を詰まらせた。
確かにサスケの言う通りな部分もあるから。
イルカ先生やキバやカカシ先生、その他にもシカマルやネジなどナルトがスキンシップを取る相手は多少いる。
それはナルトからの接触を許してくれる、大好きな大事な人達とのちょっとした触れ合いはナルトにとって楽しく、安らげるものだ。
だけれど、サスケだとそうはいかない。だからサスケだけにはそういったものを一切許さなかったし、していないのは事実で、一応恋人であるサスケがそれを不満に思うのも無理はないのかもしれない。
だがナルトにとて言い分はある。
けれど。
言いたくない。
こんな恥ずかしいこと。
だけれどこのまま言わずにいて納得するような男ではないし、このまま何も言わずにいればサスケの行動を黙認するようなもので困る。
「〜〜〜〜だってしょーがねぇだろ!?」
ああ、もう本当に困るというのに。
観念したようにナルトは声を荒げた。
「サスケだとなんか変な感じになるし、ちょっとでも触れらっと気になるし、心臓とかもすげーどきどきしてしんどくなるから駄目なんだよ!それくらい分かれってばバカサスケ!」
きっと睨み、怒鳴るように一気に言い放ち、すぐに顔を思いっきり背けたナルトは耳まで赤く染まっている。
「だ、だからあんま触んなって…」
顔を見ないようにしただけでは気恥ずかしさは拭えず、下を向いたため声が篭ったがそれでもサスケの耳にはしっかりと届いた。
が、返事はない。
「なんとか言えよ、バカ!」
しぃんと満たされる沈黙に耐え切れず朱に染まった顔のまま振り返れば、不気味なほど機嫌のよさげな、楽しいと言わんばかりの笑みを浮かべたサスケの顔があった。
振り返ったナルトの依頼書を持ったままだらりと投げ出されていた手を取ると、クッと喉の奥で声をあげて笑う。
「なんだよ…」
不可解な行動に疑問とサスケの笑顔に嫌な予感をナルトは感じた。
依頼書を取り上げられ、放り投げるのを見たと同時に視界がくるりと反転する。次に見えたのは白い天井と。
「それだけ誘っといてなんにも無しってのはねーよな?」
笑みを、それはいやらしい笑みを浮かべたサスケの顔だった。
ナルトの身体を縫い止めるほど強い視線を放つ黒い眼には雄の色が濃く湛えられていて、その意図を否応なしに伝えてくる。そういった事に鈍く、疎かったナルトだが分かるような年齢になったし、何より今組み強いている男に教えられたのだから分かる。
「ぎゃー!なんでそうなるんだよ!?イミわかんねぇ!!バカ?お前ってぜってーバカだろ!?さっさと放せ、バカサスケ!」
元よりある体格差と上に圧し掛かられているという不利な状況では難しいと分かりつつも身を捩り、抜け出そうとするが上手くいかない。
どうすれば敵の拘束から逃れられるかといった訓練なんて数え切れないほど受けたはずなのに火照った頭はそんな経験を引き出してもくれず、ナルトはただ叫んだ。
バカなこの男に。
「ああもうこの大バカやろう!オレの話聞いてた?あんま触んなって言ってんのに何でこーなんだってば!」
「うるせぇ。てめぇがあんな可愛いこと言うのが悪いんだろうが。大体俺はいつだってお前に関しちゃ我慢できねーんだよ」
いつのまにか大きなサスケの片手がナルトの両手首を上で纏め上げ、空いた手が服への侵入を果たしていた。
かりっと胸の突起に爪を立てられ、びくりと肩が揺れる。
「が、まんしろっての、バカサスケ…!」
上擦りそうになる声を抑え、熱にじわりと濡れだした蒼眼が苦しげに睨んでくるが、それで止められるはずもなく、むしろ先を促しているようにしかサスケには受け取れない。
こうして誘っているくせに、とサスケは裡で密やかに呟く。
サスケにしてみればナルトと言う存在はいつでも必ず視界に入ってきて、その体温を匂いを存在を魅せていく。それに手を伸ばしたくなるのは当然のことだ。
「無理だな。それこそしょうがねぇだろ、好きなんだから」
真剣な顔で、それこそが当たり前で正しいように言ってくるサスケに、ナルトは口を何度か開けては閉じる。
そうして言いあぐねた言葉は結局音にならず。
小さく息を吐くとゆっくりと腕を背中に回す。
「バカ」
口の端を上げた男にナルトはもう一度言った。
ああ、本当にバカだ。
今夜任務あんのに。分かってんのに。
困るのに。
押し付けられる熱が嫌じゃないからしょうがないと思っている自分が一番バカだ。





















(終)


流されるナルトさん萌えー。を主張したかったんです…!あとサスケはナルトから言われる「バカ」は好きだったりするというか、ナルトさんの「バカ」には愛情が篭ってるとおもうのですよー!というかサスケはとことんまでにナルト馬鹿だといいです!馬鹿でいてください。
す、すみません微妙な内容で;
本当はエロにする予定だったんですが…;いつもいつもヘタレててやまもオチも意味もなくてすみませんでした;
このような駄文ですが読んで下さってありがとうございますっ!


'05/10/15