目が覚めたら世界はとんでもない変化をしていた。






それは突然嵐のように






眠りに沈んでいた意識が浮上し、瞼が開く。
白く薄い膜が徐々に消えていき、自分の家ではないが見慣れた天井がくっきりと映った。
まだ微睡む意識が考えずにゆるく動かした視界に黒いものを見つけ、何だろうと思うと同時に分かる。
あーサスケだー。
何だったかを認識したぼやけた頭の隅で、だから左側が温かったのだとナルトは思った。
そして先に起きていたのかもう開かれてある黒い眼がずっとこちらを見ているのにも気付く。
じっと慣れない者なら――と言ってもナルトも別にしょっちゅうこんな風に見られているわけでないが多少の免疫はある眼で――発せられる睨みつけていると勘違いしてしまいそうな視線に訝しむ。
何でそんな見んだろ。
おかしく思いながらもまだ働きの悪い頭は涼やかだとか、カッコイイとか評されているその眼は確かに悪くないなんて思う。
絶対に言ってやらないが。
女の子達が言うみたいにクールだなんて思わない。見た目を裏切る激情家で、その熱を灯し、何かに向かう眼は確かに綺麗だし格好いい。
そんでやばいんだよなー。
ぼんやりと思い浮かんだ「やばい」眼にどくりと、心臓が大きく打った。
熱の籠もった、否、熱そのもののような眼。
同じくらい高い体温。
近い鼓動。吐息。汗。身体の全てを浚う指。ざらりとした舌の感触。
そして身の内を狂わすような熱と全てを包めて呑み込む快楽の嵐。
一つから連なり矢継ぎ早に浮かび上がってきたそれは睡眠で一時的に遠ざけられていたつい昨日の、もう少し正確に言うなら半日も過ぎ去っていない程度の過去。
憶える限りの最後の記憶が明瞭と戻ってきて今と繋がれた。
繋がれたところでびっちりと固まってしまった。
ええと。
今のこれはどういうことだろう。
ええと、どうしてだ。
てか、ええええええ?
てか。てか。
何かに押されたようにナルトは上半身をガバリと起こした。
………し、シたんだよな?
それを事実と証明するように身体全体はどこかすっきりとしているのに気だるく、腰が酷く重い。
何が、何がどうなったんだ。
確か、昨日サスケん家(つまりここ)で飯食わせてもらって。
遅いからって泊まることにして。
話してて。
気が付いたら押し倒されてて。
サスケの顔が近くにあって。
あとは…。
「〜〜〜〜〜〜!!!」
何かを叫びたいような、でも声にならず、なったとしても意味のある言葉など言えなかったろう。
混乱やら驚愕やら何がなにやら分からない感情が混ぜこぜになってぐるぐるしているナルトにまるで正反対な落ち着いた声が掛かった。
「どうした?」
平然と、何事もなかったかのように聞いてきたサスケの――端正だとか美形だとか女の子に散々誉めそやされていて、数少ない取り柄の一つだと思ってやっている――顔を瞬間的に殴りたいと思った。
思っただけで動けなど出来はしなかったが。




かちゃかちゃと食事を進める音が静かなリビングに響く。
窓から差し込んだ陽が眩しく、照明をつけなくとも十分室を優しい光で照らしていた。
食卓に並んでいるのは理想的な朝食。
塩鮭の焼き物に小松菜の御浸し。油揚げとねぎと豆腐の味噌汁と食感良く茹がかれたいんげんが入った出汁巻き卵、そしてつやつやと光る炊き立ての白いご飯。
いつもナルトはそれらを幸せと顔に大きく書いて、あっという間に平らげていく。
サスケの作るご飯は今日も同じように美味しいし、食べるペースも普段とそれほど違ってはいない。
ゆったりと進む休日の朝は平和そのもので、穏やかでつい数時間前の怒濤のような回想と混乱が嘘のようにナルトの中で落ち着いていた。
落ち着いたというよりは許容量を超えて真っ白になってしまったまま、そのままとりあえず放置しているとも言うほうが正しいかもしれない。
何であれこれ以上考えた所で過去が変わるわけではないのだからと、取り敢えず苦手な思考を放棄して食事に集中する。
「サスケ、お新香とって」
「ほら」
「サンキュ」
ぽりぽりと小気味良い音をさせながらお新香を齧る。美味い。
会話もごくごく自然。
取り敢えず減った腹を満たすのが先決と決めたナルトはどうあっても美味しいご飯を頬張った。
「サスケ」
「ん」
名前を呼んだだけですっと伸ばされた手に空になったお茶碗を渡す。
サスケは本当にこういう事によく気が付くと言うか、見た目を裏切って世話焼きで面倒見がいいところがあると感心しながらご飯を待った。
もしここに下忍時代同じスリーマンセルを組んだあの女帝がいて、そんなナルトの心の声を聴いたのなら間違いなく「それはアンタにだけよ」と言っただろう。
「ほら」
「あんがと」
こんもりとほかほかのご飯が盛られて帰ってきたお茶碗を受け取り、塩鮭の身を解してご飯と一緒に口に入れる。
その味に生きているっていいなぁっとお手軽な幸せを文字通り噛み締めたナルトを見ながらサスケの口の端が上がった。
「なんだってばよ」
声なく笑われた気配に気付いたナルトが箸を咥えたまま器用に唇を尖らせ、軽く睨む。
「いや、美味そうに食うとおもってな」
「だって美味いもの」
「そうか。なら、良かった」
当たり前だと答えたナルトにふっと息を吐くように僅かだった笑みが広がった。
それにナルトの心臓が反応する。
あ、あれ?なんだこれ。
なんだか少し苦しい。
ひょっとすると何か病気かもしれない。今度綱手のばーちゃんに診てもらった方がいいんだろうか。
自分の理由の見当たらぬ唐突な変化に戸惑うも止めようもなくて、ただ胸がどくどくどくと忙しく高鳴るのを聞きながらその音が齎す落ち着きの無さをそんな不安と名付ける。
「?食べないのか?」
「た、食べるってばよ!」
また箸の止まったナルトを不審げに見やるサスケから逃れるようにナルトは出汁巻きを掴むと一口で口の中に納めてしまうと頬の筋肉を総動員して租借した。
「ナルト」
「なに!?」
「ついてる」
赤い頬についた白米の粒を長く器用な指が掠め取り、口へと運んだ。
サスケと食事していればしょっちゅうある事で同期の仲間から「まるでお母さんだな」と何度もからかわれたことのある行為で、いつもはそれを特に気にとめていないのに勝手に働きすぎている心臓が今度は顔に血を昇らせて来て、ザァザァと血液が流れる音が耳を塞いだ。
まるで嵐の強い風の中に放り込まれたように。




縁側でごろりと転がったナルトはふぁ、と大きな欠伸を一つ洩らした。
大型の台風の接近により昨日までの吹き荒れていた暴風雨が嘘のように開けた窓から入る風はあまりに優しく、ナルトの頬や髪を撫でていくのでうっとりと目を閉じ、のんびりだらだらと過ごす気持ちよさを味わう。
こればかりというのも駄目だが偶にこんな時間も大事だと思う。きっとそれがどんな任務であろうと帰ってくる力の一つになるから。
ナルトは一週間掛かった任務明けで今日から2日は休みだった。
サスケもナルトと同じ任務を終えたばかりで全く同じ休みに入っている。
そしてだからこそナルトは今サスケの家にいて、こんなに何もせずにだらけられていた。帰還したその日の夕飯にしようと思っていた一楽が定休日だったと項垂れるナルトに食事を作ってやるとサスケに言われついてきたのだ。
ふと、それがあの日と全く同じ行動だと気付く。
あの日も昨夜と同じく、一緒の任務で疲れていたはずのサスケに作ってもらったご飯を食べ、風呂も入って、そうしたらすっかり遅くなっていたのでそのまま泊まる事にして、いつも泊まる時がそうであるのでサスケの二人でも眠れるセミダブルのベッドに一緒に潜りこんだ。
それまで何度もしていた事で、違ったのはそこから先だけだった。
サスケの家に行く途中寄った山中花店で、いのが夕暮れの中サスケに隠れてこっそり耳打ちしてきたことをサスケに言ったのだ。
『サスケって好きなヤツいるんだって?』
サスケ君ってずっと好きな人がいるのよー。
そうニヤニヤというのが一番正しいような笑みを浮かべて、買った土を渡してくれたいのが言った台詞をふと明かりを消した暗闇の中で思いだし、何となくサスケのずっと好きな相手というのが想像出来なくて、誰だろうという純然たる疑問から出た言葉だった。
『素直に答えろってば』
夜目に慣れた忍の目は驚いたサスケの顔をいう珍しいものをしっかりと捉え、ナルトにネタにしてからかってやろうという子供っぽい気持ちを甦らせ、ニシシと笑いながら更に問い詰める。
『素直に、か。…分かった』
一瞬の後、驚きを引っ込めたサスケは、起き上がるとあっという間にナルトの腕を引き、身体を下に組み敷いた。
『お前だ』
短く返った答えに、え?と疑問符を浮かべているうちに気付けばキスされて、気付かぬうちに服の下から手が這入ってきてて、あっという間に流されて。
ぼすっと音を立てて枕代わりに丸めた座布団に顔を埋める。
何でああなったのかは未だによく分かっていないがサスケが好きな相手というのが誰かは分かった。
だがだからと言ってサスケとの関係は殆ど変わってない。
ライバルで親友で仲間。
サスケの態度もそうだし、昨日までの任務でも今までと同じく、やっぱりサスケと組むのが一番動きやすいのも、呼吸というか些細なタイミングというかそういったものが他の誰よりも合うのも何ら変わりはない。
次に起こす行動を言う必要なんてサスケには必要が無いくらいで、サスケが隣にいるのはやっぱり良いと思うし、しっくり来るし、落ち着く。
ただ一つ変わった事といえば。
「ナルト」
呼ばれて振り返れば、何時の間に来たのか寝転がっているナルトを覗き込んでいる黒い眼とかち合った。
あの時と同じ熱そのもののような眼。
その眼がナルトを捉えるだけでナルトはどきどきと跳ねる鼓動と身体の血がザァザァと逆流していく音がする。
そうして瞬くうちに心も頭もぐちゃぐちゃにされてしまうようになった。
至近距離のサスケの顔が更に近くなり、自然とナルトの青い瞳が瞼に隠れると少し苦しい息を塞がれ、サスケの重みが掛かる。
あの日、朝目を覚ました時ナルトの世界はとんでもない変化をしていた。
そのハズだった。
だったのだが。
サスケはやっぱりサスケで。
どうあっても何があってもずっと変わり無く、今も隣にて、それが心地よいのでとりあえずいいかと思う。
唐突にやってくるようになったこの嵐も心地よかったりするから。
閉じた瞳を開けばすっきりと晴れ上がった空が見えて、そう結論づけた。




















(終)


流されてしまうナルトさんというか、なんとなーく最後までしてもそれまでとそんな変わりない関係とかも好きだったりします><あー、うー、うん。ま、いっか、みたいな(ひでぇ)サスケの方はいっぱいいっぱいだったりするんですが(笑)いえ、もちろんナルトさんも根底にサスケに対する好きがあるからこそ流されたのだと!でなきゃ嫌だろうし、嫌ならそれこそ流血沙汰になろうとも抵抗するはずですので!(って本当に毎度補説の必要なものをすみません;)
これと対になるサスケ視点の話も書けたらと思います。一つに纏められなくてすみませんでした!(土下座)


'05/9/3