目が覚めたら世界は劇的に変化を遂げていると思っていた。






それはやがて来る雨のように






「サスケって好きなヤツいるんだって?」
照明を消した暗い部屋で―――それでも闇の中でも忍の目にははっきりと見える―――ナルトが言ったその言葉に、サスケは心臓を鷲掴みにされたような、という気分を味わった。
知らず目を見開き、元より動きのない表情が固まる。
今ナルトは何と言ったのだろうか。
好きなヤツなどいるに決まっている。
それを今聞いているこのウスラトンカチ本人だ。
というか気付いてなかったのか、というのが一番最初に浮かんだ率直な気持ちだった。
じっとこちらを答えを待つナルトは本当にほんの少したりとも気付いていないらしい。
確かに口に出して言った事は一度としてなかったが態度や行動には十分出してきたつもりだった。
あくまでつもりであった事が今分かったが。
「素直に答えろってば」
ニシシと楽しそうに、悪戯小僧のような無邪気な笑顔で残酷に重ねて聞いてきたナルトにふつふつと怒りにちかいものが込み上げてくる。
それはナルトにとってはサスケに誰か好きな相手がいても何の問題もないのだと言われているようなもので。
はっきりと伝えていなかったとはいえ好きな相手、それも唯一人と想い続けて来た相手からのあまりな言葉にサスケの中で長年溜まりに溜まっていた感情が大きく膨張した。
今まで様々なものを押し留めていた理性がその重みに耐え切れずあっさりと瓦解する。
「素直に、か。…分かった」
それほどにお望みならば答えてやる。
音すらさせないしなやかな動作で起き上がると、すぐ側にあったナルトの腕を掴み己の下へと引き寄せた。
両手を顔の横につき、上から覗き込む。
「お前だ」
血が昇っている頭の中とは対照的な声を出したサスケの形良い唇はすぐに突然の事に呆然としていたナルトの唇を味わうことに使われた。
すぐにあるであろうと思っていたナルトからの抵抗がない。
例えされたとしても組み敷いた、欲して欲して止まなかった身体を貪るのを止めることなど到底出来ないが。
流れる項をきつく吸い、鎖骨に歯をたて。しっとりと汗ばみだした柔らかな肌を堪能し、快楽を引きずり出し。
その全てを余すことなく眼に焼きつけ、裡で大きくなりすぎた熱を降らせる。
そうして。
溶けると思うほどの熱を分け合あった後、ナルトは気を失い眠りについてしまった。
甘い余韻に浸りながら、サスケは同じ男にしては華奢であろう身体を抱き寄せるとしっかりと腕に閉じ込め、その寝顔を眺める。
つい先程まで熱で潤み、切なげにおもねっていた、色素の薄い睫が縁取る瞼に隠れた青い瞳。
何度も高い嬌声とサスケの名を零した赤い、紅を掃いたような唇。
指を絡めて掻き抱いた触り心地のよい髪。
上気し白を桜色に染める、まだ丸みを残しすふっくらとした頬。
甘い息を抜いていた可愛らしい小振りの鼻。
その一つ一つに確かめるよう、キスを降らせる。
「…っん、ふぅ…」
小さく声を上げたナルトに起こしてしまったかと思ったが小さく身じろいだだけですぐに規則正しい寝息をたて始めた。
そして動いた拍子に覗いたナルトの肌につけられた幾つもの赤い痕を見て、急にサスケは気恥ずかしくなった。
ナルトを抱いたのだと言う実感が熱に浮かされていたような頭にしっかりと入ってくる。
どうしようもないくらいに喜んでいる自分と一緒に。
どきどきと今更ながらに胸が高鳴るのを自覚する。
ほんの少し前まで叩き付けるように煩く心臓は音を出していたのにそれとはまた違い、じわりとサスケの中を満たした。 拒まれると思っていた。
拒絶され何もかもが終わり、変わってしまうのだと。
だがそうはならず、現実はこの腕の中にある。
その事実にすっきりとした疲労感と昂揚していた気分の後の充足に満ちた落ち着きがあるにも関わらずサスケに眠気は一向にやってこない。
ナルトが目を覚ましたら。
何と言うだろうか。
その気持ちを言ってくれるだろうか。
いくら考えても答えの出ないことばかりが巡るサスケの目が閉じられる事はなく時間は過ぎていき。
微かな緊張を持って再び鮮やかな青が現れるの見た。




トントンと見事な手捌きで茹でたいんげんを細かく刻む。
全てを刻み終えたところで溶いた卵の中に出汁と一緒に入れ、混ぜた。
野菜嫌いのナルトに野菜を採らすべくいつもこうして工夫する。
深緑と卵の黄色が綺麗な色のコントラストを作ったそれを熱した長方形のフライパンに流し込むと手際よく巻いていった。
ごま油を使い風味をだした出汁巻き卵はナルトの好物の一つなのでよく作るので、すっかりと慣れた手際だ。
すぐに厚みのある出汁巻き卵が完成した。適当な大きさに切り分け、皿に乗せると運ぶ。
食卓には焼き鮭や小松菜の御浸しや、端休めのお新香などが並べられていた。
後は味噌汁と白米をよそえば完璧な朝食が出来上がる。
既に座って待っているナルトの前に熱々の味噌汁と白米を置き、自分の分も置いて座ると計ったように二人同時で両手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
ぴたりと合わせたような食事の挨拶がこれまでと同じように繰り返され、ほっと安堵しつつもサスケの中に焦りにも似た感情が這い出す。
変わらないナルトに。
こんな風にナルトと穏やかに過ごすのが変わらないことは嬉しい。
だが他にも全く変化が見られないナルトに溜め息の一つも出そうになる。
目を覚ましたナルトはサスケに何を言うでもなく、ただサスケの顔を凝視し、そしてその後は何も変わらなかった。
こうして取る食事も今までと同じだ。
自分で作った物の味の評価もこれまたいつもと同じでまぁ悪くないと思いながらサスケは小松菜を租借し、嚥下する。
ナルトと食べればその実なんでも悪くない、というか美味いと思えるのだからこの評価は果たして意味があるのかないのか。
「サスケ、お新香とって」
サスケの右手側に置かれた小鉢を渡す。
「ほら」
「サンキュ」
ぽりぽりと小気味良い音をさせながらお新香を齧るナルトの口の動きが何だかリスみたいだと思っているとナルトの茶碗の中身がもう無くなるのが目に入った。
「サスケ」
「ん」
茶碗を受け取るため手を伸ばし、こんもりと湯気をたてている白米をよそった。
「ほら」
「あんがと」
受け取ったナルトの口におかずとご飯が次々と運ばれて行き、それを味わったナルトの顔が幸せそうに弛緩する。
それにサスケは今日も深い満足を憶えた。
ナルトが一緒に食事して美味しいというのはサスケにとって大事で嬉しい事だ。
『お前イルカと食うときはやたら美味そうに食うよな』
以前任務帰りに寄った一楽でアカデミーの教師と遭遇して時だったか。
相変わらずのナルトの懐きっぷりを見せられ、多分の嫉妬混じりの言葉がつい口を突いてしまったサスケに。
『呼び捨てにすんな、先生って言え!…だって好きな人と食べるって格別じゃねぇ?ウマいってばよ』
そう言って笑ったナルトの鮮やかな笑顔を忘れられず、少しでもその顔を見たくて料理のレパートリーを増やした事などきっとこいつは露とも知らぬのだろう。
自分と一緒にする食事でナルトが僅かでも特別に美味しいと思い、喜んでくれるのなら、それはほんの少しでも自分に対する好意がある証だと思えて、その度にサスケの中をじわりと暖かくしてくれた。
今もそうならどうやら嫌われてはいないらしい。
昨夜の事があってもこうして顔を合わせて食事を取るナルトにほっとし、浮上する気分そのままに目元が柔らかく緩んでふっと笑みが零れる。
「なんだってばよ」
笑われたと思ったのだろう。ナルトが唇を尖らせて軽く睨んできた。
「いや、美味そうに食うとおもってな」
「だって美味いもの」
「そうか。なら、良かった」
好かれいると自惚れてもいいのだろうか。
当たり前だと言うようなナルトに安堵と嬉しさが増し、比例するように笑みが広がったのをサスケは自覚していなかった。
気付いたのは急に止まったナルトの箸。
「?食べないのか?」
「た、食べるってばよ!」
何か不味いものでもあったのかと顔を微かに顰めたサスケの顔から視線を逸らすと、出汁巻きを掴み一口で頬張りまた気持ちいいくらいの食べっぷりを見せる。
どこか様子が変だと思えなくも無いナルトの血色のよい頬に白いご飯粒がつくのが見え、サスケはいつものように手を伸ばす。
「ナルト」
「なに!?」
「ついてる」
ナルトの頬から自分の口の中へと移動させたそれは甘く、触れた頬は熱く感じた。
胸に巣食っている熱の質量がじわりと重くなる。




ここ数週間ずっと続いていた晴れの後の反動のような台風の接近により、干上がっていた土はすっかりと水を吸収し、湿った空気にその匂いを立ち昇らせていた。
開け広げた縁側から入る風の土の香りの向こうには見えた空は台風一過の言葉通りすっきりとしたまさに快晴と言ってよかった。
それを眺める猫のように寝そべるナルトの姿を、洗い物で濡れた手を拭きながらサスケが眺める。
ちょうど一週間前も似たような光景を見ていたと思いながら。
あの朝、ナルトが目を覚ませば世界は大きく変わると思っていた。
そう、思っていた。
ナルトの気持ちを得られると。
だが違った。
直前の告白の上の行為という事と抵抗の一つも無かった事から希望的予測を以って長年抱いていたこの気持ちを受け入れられたと思ったのだが。
目を開け、暫くぼんやりとしていたと思ったら急に跳ね起き、そうして顔を赤くしたと思ったらサスケをじっと見てそれから浮かべた困惑したような顔が違うと告げていた。
ナルトは何も言わず、だがサスケへの態度が特別変わることもなかった。
どうしてあのまま流されたのか、どうして拒絶しなかったのか。好きだと言って押し倒した男に何か思うことはないのか。
そう問い詰めて聞きたくもあったが、それでもし明確な否定を返されたらと思うと出来ない。
ライバル、親友、仲間。
そういった関係を壊したくなくこの生温かな現状をナルトが選んだのだとしたら、明瞭としたものを求めて完全に拒否されるかもしれない。
そんな耐えられない事になるくらいならならば今の方がずっとマシだし、そう言い切れるたった一つの変化があった。
以前と変わらぬ普段の会話、任務での行動、次にどう動くか、どう求められるか、どう求めるか意識せずとも分かる呼吸。それらを心地良く感じつつも、一度知ってしまったそれ以上の熱を欲する気持ちはいつだって次々とサスケの心の底から立ち昇り、ずっしりと覆ってしまって抑えきれなくなる。
その衝動をあれからナルトは受け入れるようになった。
それはとても不確かで、いつナルトの気持ちが変わるか分からないものだったがサスケは手を伸ばさずにいることなど出来ない。
じわりと不安が湧き上がろうともそれを圧して尚焦がれ向かう気持ちはいくら抑えようともそれはやがて溢れだしてしまうから。
どれだけ日が照らし続けようともやがては必ず降る雨ようにそれが無くなることはないから。
ぼすっ、とナルトが枕代わりにしているのであろう丸めた座布団に顔を埋めた音がして、意識がナルトへと戻る。
深く顔を沈めたせいで後ろの項が露わになりその白さにどくりと波打つ。
そこにつけた赤はひどく映えるのだと思いながら、部屋の入り口で突っ立ったままサスケはそろりと足を動かした。
寝転がっているナルトの側に。
そう、雨は降る。
今みたいに。
「ナルト」
呼びかけ、こちらを振り返ったナルトに大きくなりすぎたこの熱を落とすように込めて見つめる。
サスケの濡れ烏のような眼に応えるように頬を赤くしたナルトの薄く開いた唇を奪った。
いつだってこの欲求は瞬く間に成長して降り注ぎ、サスケの中から溢れだす。
それを受け止め、すっきりと晴れた空にしてくれる太陽を自分だけのものにしたいと本心は叫んでいるから当然で。
だが側にいてくれるなら、この腕の中に納まる瞬間があるなら、返してくれる腕があるならそれだけでも今はいい。
閉じられた瞼が開き、現れたサスケの口づけに潤んだ青い瞳に溺れながらそう結論付けた。




















(終)


サスケの中に存在するのは熱の雨だと言いたかったんですと言ってみたり;雨とは海上の水が熱で蒸発し、細かな水や氷の固まり、雲となり、それが移動などにより新たな水蒸気と合体する事で発達しいき、大きくなりすぎた氷は自身の重みで落ちて水、雨になるんだそうです。氷が重くなっておちる水の核というか。常に底にあって、上がってきて、溜まって溜まって成長した熱は必然的に落ちてくるのがサスケ。突然やってくる気持ちにその時はどきどきしつつもそれ以外はあまり気にしない、変わらないのがナルト、と、というお話でした……;
ほんっと分かりにくくて;その上山もオチも意味もない話ですみません;;


'05/9/9